第拾玖話 光臨、ダイカッパーッ!!
――人類とはッ、実に愚かな者よッ。
哀れなほどにッ、陳腐な下等生物だッ。
ただでさえ呆れていたのにッ、更に呆れ果てる事があったッ。
それはッ、角力なる祭典に招かれた時の事ッ。
見せつけられたのはッ、極めて原始的な闘争ッ。
他の神々はッ、手を打ったり汗を握りしめて喜々と観戦していたがッ……。
つまらぬッ。
何が面白いのかッ、欠片も理解できぬッ!
よって私はッ、愚かなる人類に鋼の叡智を授けたのだッ!
この鋼の力を得てッ、より見応えある闘争を私にみせよとッ!
最初はまぁッ、上々であったッ。
下等なりにッ、滅びていく無様は嗤いに笑えたッ。
だがしかしッ、私の愉しみを邪魔する者たちがいたッ。
我が愚弟・絶雲崇と氾生頭を筆頭にッ!
多くの神々がッ、私のやり方を批難しッ、そしてやめさせようとしたッ!!
このままでは人類が滅びてしまうッ、などとッ!!
滅んだのならばッ、また代替を創れば良いだけだろうッ!
ああッ、そうだッ。それが実に良いッ!
愚昧極まる現行の人類などさっさと滅ぼしてッ、今度こそ見るに堪える高尚な生命をこの地に創れば良いッ!
例えばッ、機械の生命などどうだッ。
今はまだ私でもさほど優れた個体は創れないがッ、他の神々ッ……特に鋳造に長けた辮杯守徒主などが手を貸せば実現可能だッ!
良いッ、良いぞッ。
それらならばッ、私が率先して仕切ってやっても良いッ。
私が帝としてッ、高尚な次元へと導き育ててやろうッ!
――私の考えはッ、ただの一柱たりとも賛同を得られなかったッ。
どころかッ!
連中は私をッ、冥界に閉じ込めたッ!!
懲役としてしばらく冥界の管理を行いッ、頭を冷やせとッ! この私をッ!
ああッ、なんと悍ましい場所だッ。
退屈に過ぎるッ!! 闇と寒さと汚濁した魂魄の成れの果てしかありはしないッ!!
脱出は難しいッ……神としての権能は【鉄生神殿】以外を剥奪されたッ!
代えるように与えられたのは、【冥府君臨】などと言う「冥界の管理者として、あらゆる魂が急速に風化していくこの冥界においても、一切朽ち果てる事なく存在し続ける事ができる」と言う権能のみッ!!
私は冥界で待ち続けたッ。
いつか訪れる好機をッ。
だがただ待っていた訳ではないッ。
冥界に流れ着いた魂を使い、兵糧をこさえたッ。
文字通りの糧であり兵ッ。
小間使い程度の戦闘をこなしッ、いざとなれば私の養分となるッ。
生命と言うにはいささか悪趣味な宿命を背負った機械の者どもッ。
故に私はそれらを悪機と名付けたッ!
そして生み出した悪機どもを軍勢としッ、私は帝、大帝と名乗る事にしたッ。
いずれ冥界を出た暁にはッ、悪機を基礎として本格的に新人類を創生するッ。
その世が到来した時のための予行演習と言う奴よッ!
そして帝はついに好機を掴んだッ!
冥界と現世の間に生まれた僅かな歪みッ。
それを見逃さずッ、強引にこじ開けたッ!
現世に赴いてッ、絶句したともッ。
そこには神代の光景は微塵も無しッ!!
神々は皆この星を離れ、下等よりは多少マシな仙物と、下等生物のみが跋扈する……!
冥界並みに悍ましい世に変わり果てていたッ!!
だがこれも好機ッ!
神々がいないのであればッ、下等生物どもの蹂躙など容易いッ!
念のためッ、羅刹四将と名付けた特上の糧を別の大陸に予備してッ。
帝はこの禍の国とやらを足掛けにッ、人類の殲滅と新人類創生を始めようとしたッ!!
しかしッ、冥界から出てくる際に多くの力を費やした帝はッ!
その力の回復を果たす事なくッ、忌々しき河童ごときに討ち滅ぼされてしまったッ!
だがッ! 帝は終わらぬッ!
例え滅ぼされ再び冥界に堕ちようともッ。
帝には【冥府君臨】の権能があるッ。冥界にて永劫存在し続けられるッ!
冥界にてまた待ったッ! 現世に戻る好機をッ!
手早いのは化生に生る事だがッ……化生、つまり神でなくなれば権能を失ってしまうッ。
帝自身が化生になるのは駄目だッ。
同伴ッ。化生に生りそうな魂に引っ付いてッ、現世へ戻ろうッ!
そこで見つけたのがあの娜優とか言う下等生物だッ!
あれには激しい情念があったッ!
これならばッ、冥界から現世へと化生として舞い戻る【化け生り】を起こせるとふんだッ!
帝は娜優の魂魄に同化しッ、そして見事ッ、今回の復活を果たしたのだッ!!
◆
「おのれ愚弟がッ……帝に備えてッ……遺していたと言うのかッ!!」
大帝の視線の先、堂々と仁王立ちしている巨大な機械河童。
間違い無い。
あれは大帝の弟の一柱、水神・氾生頭が有していた兵器ッ!!
内部に仙物・または人間が乗り込み、神物に匹敵する戦闘を行える代物ッ!!
――神造機・大威禍破安!!
おそらく、辮杯守徒主の刀を鍵として、大帝が復活した時に対処できるようにと備えられたのだ!
神々も、この星に大帝と言う爆弾を放置して去るような間抜けではなかったと言う事だッ!
「……すごいですね。これが千鍛殿の言っていた、大帝を倒す力……!」
佇むダイカッパーから響いたのは――雫紅の声。
「ぬッ……そうかッ、その機体に融合っているのはやはりッ! あの生意気な下等生物かッ!!」
「おれだっていんぞ、震沌大帝!」
なんと、ダイカッパーからは翠戦の声も響いた!
そう、今、雫紅と翠戦は神日刀を要として融合、共にダイカッパーと化しているのだッ!
「ぬぅッ……!? その声はッ……あの忌まわしき河童かッ……!? まさか先ほどから視界にチラついていたあの翡翠色のちんまい仙物は貴様だったのかッ……!? 一度は大帝を倒しておきながらッ、なんと惨めなッ」
「うっせぇーッ! 誰のせいだと思ってんだ! 誰の!!」
「翠戦様! 怒りは拳としてぶつけましょう! さぁ早く!」
「あたぼーよこのやろー!!」
「プルハハハハハッ! 小賢しいッ! 所詮は神造機! 神の紛い物がッ! 神の帝に敵うとでも思っているのかッ!!」
大帝、千鍛吸収により獲得した演算機構を全開にする!
普通に戦っても勝てるだろうとは思うが、悪趣味な義弟の事、何を仕込んでいるかわからないッ!
故に、念には念を入れて対処を行う!
「行きますよ、翠戦様!」
「応ッ! 全力全開でさっさと決めんぞ!」
「はい! 手早く! だって翠戦様と合体していては、翠戦様を揉めませんからね!!」
「え、何? おめーがさっきから妙に急かしてくる理由ってそれ!?」
まぁ、理由はともあれ。
さっさと大帝を倒そうと言う結論に関しては翠戦も一致している。
「あ、でもよぉ、大帝の中にゃあねずみ御前がいるんじゃ? 普通に攻撃して大丈夫なのか?」
「御安心を! 拙者の眼にはねずみ御前さまの位置が見えておりますので! そこは避けて攻撃します!」
雫紅が誇る邪眼、柔見の慧眼は柔らかいものを決して見逃さない。
大帝の中で柔らかく存在している堕游を当然、その濁った瞳は捉えている。
「そいつは安心だ……なら、行くぜぇ!」
「はい!」
雫紅と翠戦の合意の元、ダイカッパーが走る!
翡翠の残像を引き、足音を置き去りにする超疾走だ!!
「「うおおおおおおおおおぁああああああああああああああああ!!」」
「間抜けめッ!」
千鍛から奪った演算機構にて、大帝は演算を完了ッ!
ダイカッパーは大帝の超巨体にぶつかる直前で超跳躍し、そのまま背面の大皿から水流を噴射。
水流噴射の勢いで滑空し、大帝本体を左の拳で殴りに来る!
それに大帝大噴火で反撃し、一瞬で消し炭にできる!
そして大帝大勝利! そんな未来が完璧に見えた!!
「貴様らの行動はッ、すべて演算済みだッ! 帝の勝利は揺るがないッ!」
「ッ、やべぇぞ雫紅、あいつ千鍛の鬼能を……!」
「大丈夫です!」
「はぁ!?」
「千鍛殿は言っていました! 『オレの演算を信じろ』と。『大帝が何を言っても、オレの演算を信じてくれ』と!!」
「じゃあ、信じるんだな!?」
「はいッ!!」
雫紅は信じる。ダイカッパーなら大帝を倒せると言った、千鍛の演算を!
そして翠戦は信じる。雫紅が信じている千鍛の演算を!
「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」
ダイカッパー、二重の咆哮をあげ、跳躍!!
背面の皿内部に搭載された水流噴射式の飛翔機構を使い、そのまま滑空!!
大帝の本体へと直進する!
「プルハハハハハッ! 帝の演算に狂い無しッ!!」
余りにも演算通りの光景に、帝、大笑い!
口腔内に漆黒の炎を溜め、迎撃用意万全!
そして、ダイカッパーが眼前に迫った!
帝本体とダイカッパーの体格はほぼ互角ッ!
読み切った拳を躱す程度、訳は無い!」
「プルッハァッ! 華麗に回避――ブルァッッッ」
芯熟に響き渡る、大帝の間抜けな悲鳴。
「あ?」
そして、翠戦も疑問と驚愕の声を上げた。
「な、何してんだこいつ……今、自分から当たりに来やがったぞ!?」
そう……今、大帝は、自らダイカッパーの拳に当たるように体を動かした!
右拳で横薙ぎに殴りかかって来たダイカッパーに対して、拳が来る方向に身を逸らせたのだ!
「げ、げひッ、ば、バカなッ、ぎ、貴様はッ、左の拳でッ、殴りかかってッ、来るはずッ、ではッ……!?」
訳がわからないが、千鍛の演算機構から大帝に次の演算結果が送られてくる。
続いて、ダイカッパーは追撃として右回し蹴りを放つ……と。
さすがは剛力の仙物・河童を模した機体か、その出力は大帝ですら痛い。
これ以上、攻撃を受けるのは御免こうむると、大帝は必死にその右回し蹴りを回避しようとした。
だが、
「よくわかんねぇが、この機は逃さないよなぁ!?」
「はい! じゃんじゃん殴りましょう!」
「えッ、殴、ぎゃばァッ!?」
ダイカッパーの追撃は、回し蹴りなどではなかった。
左の拳による正拳突き!
これを予想だにしていなかった大帝、鼻っ柱に直撃してしまう!
「ァ、がッ……!?」
大帝の顔面装甲が、割れて派手に舞い散った。
だが、ダイカッパーの追撃は終わらない。
じゃんじゃん殴る、と言った。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオララオラァッ!! よくわかんねぇが当て放題だぜこのやろー!」
「ぐぇッ、ぎゃッ、ひぎッ、づァッ、はごァッ、ゲブルァアッ!?!?」
混乱! 混乱の余りに大帝! もはや殴られて悲鳴をあげる事しかできないッ!
「な、なじぇッ、千鍛の完璧なッ、演算がッ、こうもッ、外れッ……はッ、ま、まさかッ……」
『ようやく気付いたか、大帝』
大帝の脳内に響くのは――千鍛の声だった!
『このオレが、むざむざ雫紅の不利になりかねない鬼能を貴様にやると思ったか?』
「貴様ッ……演算結果を改ざんしたのかッ!? 何故ッ、帝に取り込まれ死んだはずの貴様にッ、そんな事ができッ……ぎゃぼらァッ!?」
「独り言とは余裕ですね、大帝!」
「殴られ足りねーとみたぜ!」
「ちょッ、待ッ、今、話し中……づべアアアッ!?」
『フフ、冥土の土産に答えてやろう。大帝。オレは演算済みだったのさ。「貴様に取り込まれてもなおオレの自我が消滅せず、貴様の中に同居して活動するには、機体のどこにオレの予備記録を保存しておけば良いか」をな』
もはや何でもありッ!
これが一〇日間にも渡った演算籠りの成果であるッ!!
「の、乗っ取りをかけたのかッ……この帝にィィィッ!!」
『そうとも。そしてここからがオレの仕上げだ』
「仕上げ……ッ!?」
大帝は感じた。
何か、とても重要なものが削ぎ落された感覚を。
『権能【冥府君臨】、確かにいただいたぞ』
冥界の管理者として、冥界に永住する権能。冥府君臨。
それが今――千鍛の方へ移った!
『オレと貴様は今、同じ体を共有する同一個体だ。つまりオレも神になったのだよ。であれば、権能を保持できる。雫紅に殴られ続けズタズタになった貴様の意識から権能を剥ぎ取るなど、容易な事だ』
「ま、待てッ、それを奪られたらッ、帝はッ」
『次に死ねば、もう後は無い。冥界で朽ち果てるのみだ。間違っても化け生りなどさせんぞ。このオレが、冥界の管理者として貴様を完璧に閉じ込める! その魂が風化し朽ち果てるまで、なッ!』
「帝と共に冥界まで付き合うつもりかッ! それも永劫ッ、冥界を司る覚悟まで決めてッ!」
『ああ、愛故にッ!』
「こんの大バカがァァァァアアアアアアア!!」
大帝、絶叫ッ!
心のどこかで「今回死んでも冥界でまたまた再起を図れるし」などと思っていたが故に、この簒奪による精神的損傷は大きい!
「ま、負けられぬッ! 帝はもうッ、負けられ……ぬゥッ!?」
そして更に、大帝の機体を襲う異常。
「か、機体がッ、思うようにッ、動かッ、ぬッ……!?」
『さすがに、動きを鈍らせるのが限界か』
「こ、これも貴様の仕業かァァァァーーーーッ!!」
『無論。やれるだけはやる。ほれ。とくと見ておけ、大帝。貴様が最期に見る景色は、美しいぞ』
「あ……ァ……!?」
空高く舞い上がり、満月を背にした翡翠の影、ダイカッパー。
その胸部装甲が開き、中から一本の剣が放出される。
薄桜色の両刃剣。
銘を【輝勇凜の宝剣】。
ダイカッパーが搭載する最強武装である。
月光を受けて、薄桜色の刃が妖艶に輝き、そして振りかざされる。
『……ああ、月も君も綺麗だ……雫紅』
「ぅああああああッ、やめッ、嫌だッ、こんな最期ッ、帝は超嫌ァァァァアアアアアアッッッ!!」
「命乞いは――」「――あの世でやりやがれ!!」
ダイカッパーの身を以て放たれる。
一刀無双の剣技、斬奸一路【翠鳥輝斬】!!
「「地獄の底まで、墜ちろぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」」
一閃。
薄桜色の閃光が、大帝の本体を一刀両断!!
斬撃の余波だけで、大帝の超巨体がズタズタの八つ裂きに刻まれていく!!
「グワアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!?」
悪党らしい惨めな断末魔を上げて爆裂四散――大帝、撃墜ッ!!




