表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/21

第拾捌話 神事


 大帝を千鍛に任せ、雫紅は走る。

 その健脚は、そう時間をかけずに翠戦が佇む提灯塔へと辿り着いた。


「翠戦様!」

「おう」


 大帝が健在だのに雫紅がこちらに現れた事に、翠戦は特に驚いた様子は無い。


 大帝の声は芯熟中に響いている。

 翠戦も、大帝の叫びから既に千鍛が味方についた事は把握しているのだ。


 それに、ある者から事前の説明も受けている。


「大帝に勝ちたいのならば、翠戦様に会えと言われました!」

「おう……おれも聞いたぜ、妙な虚無僧からな」

「虚無僧?」

「どうやら千鍛の仲間らしい。今は瑞那と一緒にねずみたちを連れて、芯熟の外縁を回ってる」

「ああ、だから瑞那さんが不在で……にしても、芯熟の外縁を……? よくわかりませんが……千鍛殿の指示で?」

「おう……だけど……本気で信じられんのか? あいつ」

「……?」

「その様子……おめー、これから何をするか、聞いてねぇのか?」

「はい。仔細はこちらで聞けと……」

「……………………」


 翠戦はぷるりんと頭を抱え、


「ねずみたちの準備が整ったら、ここで、おめーのその神日刀をおれの頭にブッ刺せ……ってよ」

「わかりました!」

「っておぉい!? 躊躇い無いな!? バカなの!? これ本当に信じて良いの!? もしも千鍛がおれを殺すために嘘を吐いてたらまずいとか思わねぇのか!?」


 羅刹四将は同胞の仇である翠戦を狙っていた。

 翠戦を殺させるための巧みな罠……と言う可能性も、まぁ、捨て切れはしないだろう。


「確かに、意図はわかりません。ですが……千鍛殿は、拙者の不利益になるような嘘は吐かないでしょう」

「……? おめー、随分とあの悪機に肩入れしてんな? 前は散々キモいと喚いていたのに」

「今でもばっちりキモいとは思っています。柔らかくもないし」


 雫紅には正面から「尊い尊い」と持て囃される事に耐性がまったくない。

 なので思い出しただけでも背筋が舐めずられるような不快感を覚える。

 千鍛がせめてぷにぷに生命体だったならばまだ悦びようもあったが、それも違うし。


「ですが、千鍛殿の心理は理解しました」

「はッ。同類だからか?」

「はい」

「!」


 先日は全力で否定していたのに、やけに素直に認めた。


「千鍛殿は、対象は違えど拙者の同志です。真っ直ぐに向かい合って、理解できました」


 雫紅が柔らかいものに向ける感情を、千鍛は雫紅に向けている。

 千鍛の瞳から、雫紅はそれをはっきりと理解できたのだ。


 であれば、断言できる。


「確かに、拙者は柔らかいものに対して完全な誠実とは言い難い。手籠めにするためなら平気で嘘や誤魔化しも弄します。しかし、絶対に不幸にはさせない。嘘を吐くなら幸せにするための嘘を吐き、手籠めにするならば生涯の奉仕を約束します」

「……だから、おめーと同類の千鍛の野郎も、おめーを不幸にする嘘は吐かねぇってか」

「断言します。絶対に、その通りです」

「…………………………」


 雫紅は力説したが、翠戦はいまいちと言った表情。

 それもそうだ。

 翠戦は悪機帝国と単身で壮絶に戦った過去がある。

 雫紅の腕前や変態性、そこからある程度の人柄も信頼しているが……やはり、悪機である千鍛の指示は快諾し難い心情があるのだ。


 それを察して、雫紅はその場で膝をついた。


「あ、おい、何して……」

「お願いします、翠戦様」


 雫紅は足場に額を擦り付け、土下座。


 武士に取って土下座は、そう軽いものではない。

 この願いが通るならば、この垂れ差し出した首を落としていただいても構わない……そんな局面で使う最後の交渉手段だ。


「千鍛殿は言ってくれました。拙者の未来を切り拓くと。そう言って、玉砕覚悟で大帝の相手を引き受けてくれたのです」


 雫紅の遥か背後で、花火のような鮮やかな光が散る。

 大帝の放ったド派手な攻撃が乱舞しているのだ。

 その光を背に、黒い小さな何かが飛び回っていた。


 大帝の怒号が芯熟中に響き渡る。千鍛を謗る怒号が。


 千鍛が、戦っている。

 ねずみ小姓たちが準備を終え、雫紅が翠戦を説得する時間を稼ぐために。

 絶対に敵わぬと、確実に敗れると、演算してわかっておきながら、戦っている。


 ――そして、大帝の悲鳴が響いた。

 ここからでもわかる。

 千鍛の一太刀が、大帝の本体を大きく裂いた。

 だが、大帝は動いている。仕留め切れてはいない。


「お願いします。翠戦様。拙者に力を貸してください……! 拙者は、託されたのです……『良き未来を生きて欲しい』と言う願いを……! その願いを叶えるためには、今、ここで大帝を倒さなければなりませんッ!!」


 このままいけば、大帝は糧を得ては肥大化を繰り返し、禍の国どころか世界を圧し潰すだろう。

 だが、今、ここでなら、倒す術があると言う。


「だから……どうか……拙者に、戦わせてください……! 命を懸けて戦う同志に報いる力を、拙者に貸してください……!」

「……おめー……泣いてんのか……?」


 雫紅の声は、涙で濁っていた。

 滂沱のごとく涙を流しながら、それでも泣き叫ぶのではなく、無理に言葉を紡いでいる者の声だ。


「……拙者には……力がありませぬ……! 千鍛殿に命を懸けさせねばどうにもならぬほどに、無力なのです……!」


 雫紅は今まで、命を懸ける側だった。

 だから、知らなかった。

 誰かに命を懸けさせる事が、こんなにも胸を裂かれるような苦痛を伴うだなんて。


 憎い。呪わしい。己の無力が。己の弱さが。

 武士らしくもなく、涙を流してしまうほどに。


 でも、泣き崩れて終わる訳にはいかない。


 千鍛が命を懸けて繋いだ願いを、未来へ繋ぐ。

 それが彼への、同志への、唯一の手向けなのだと雫紅は思う。


「……お願い、します……!」

「…………わぁったよ。信じてやる」

「!」

「悪機をじゃあねぇ……おめーを信じる。おめーが信じている悪機を信じてやる」


 翠戦は、雫紅ならば信じられる。

 この変態はバカだ。でも、筋の通ったバカだ。

 翠戦のために、命の切った張ったを平気でこなすバカだ。


 仙物である自分が、人間ごときにそこまでさせておいて。

 その人間を信頼できないだなんて、駄々をこねられるはずがない。


「……お、見計らったような間だな」


 翠戦が見据える先で、青白い花火が上がった。


「あれは……?」

「千鍛が虚無僧に持たせてた狼煙代わりの花火だとよ。つまり、向こうの準備は整ったって訳だ」


 具体的にどんな準備かは不明だが、とにかく大帝を倒すための準備が、整った。


 であれば、残るは……。


「では、翠戦様」

「おう。ここまで来たら四の五の言わねぇ。ひと思いにブッ刺しやがれ!」

「はい、では……いざッ!!」



   ◆



「プルハハハッ……取り込んでやったぞッ、愚か者めッ……ふむッ、しかし妙なッ……演算機構に狂いは無いようだッ」


 千鍛を取り込んだ大帝は、獲得した演算機構を点検して首を傾げる。

 千鍛の奇行からして、確実に甚大な故障が起きているとふんだのだが……。


「一体ッ、何だったのだッ。回路にも演算機構にも異常は無いと言うのにッ、一体何が千鍛を狂わせたッ……?」


 大帝の疑問に、獲得した演算機構が答えを出す。


「『魂の成長』ッ? バカなッ。帝の糧でしかない悪機ごときがッ、そんな高尚な進化を遂げるものかッ」


 有り得ない事だ。

 悪機の魂が成長するなど、絶対に有り得ない。

 そんな奇跡が、起こるはずがない。


 だがしかし、だとすると、千鍛の奇行はどう説明を付ける?


 獲得した演算機構を以てしても、答えが中々出ない。


「仕方無いッ、今はこの疑問は棚上げしようッ。ともかくッ、あの生意気な下等生物に神罰をくだすのが先ッ。さぁッ、千鍛の演算機構よッ、奴の居場所を帝に教えるが良いッ!!」


 大帝は超巨体の全感知機関を作動させ、情報を収集。

 それを演算機構に送り、この芯熟中のすべての生き物の動きを演算させる。


「…………むッ?」


 雫紅の位置を割り出す途中で、大帝はある不審な点に気が付いた。


「ねずみどもかッ……?」


 無数のねずみ小姓たちが……一列に並んでいる?

 まばらに間隔を空けて……手に持っているのは、荒縄?

 ねずみ小姓たちが縄を持って並び、ぐるりと一周、芯熟の外縁を正円形に囲っている?


 何と言うか……「本当は一本縄で円を作りたかったが、そんなバカ長い縄は無いので、無数のねずみ小姓たちの手で何百・何千本もの縄を繋がせている」ような……。


「何だッ……?」


 何の意味がある? 縄で、円を作って、大帝を囲んでいる?

 いや違う。正確には、大帝が円の中心では無い。


 円の中心は、丁度あの提灯鉄塔の辺り――


 大帝が中心地に感知器官を向けた瞬間、その光は舞い降りた。


「ッ!?」


 神々しき、薄桜色の光。


「な、バカな……この光は……あの頃の陽の光……!?」


 大帝は知っている。

 かつて己が純粋に神としてこの世に在った頃。

 空より降り注ぐ光は、あの色だった。


 神代を象徴する色だ。


「……ッ……まさか……!!」


 大帝は、気付いた。


 縄……いや、綱によって作られた正円形……その中心に注ぐ神の光。


「【角力すもう】かッ!!」


 神代より脈々と続く神事――【角力すもう】。

 人間どもが神々の恵みに感謝し、「あなた様方のおかげで、こんなにも力強く育ちました」と見せてくれる祭典儀式。

 綱で囲った正円形の戦場にて、力自慢の人間同士が裸一貫、雄々しく力をぶつけ合う。


 この神事を行う際には、まず神を招く。

 土俵の中心に神を呼び、ぜひ御照覧あれと祈りを捧げる。


 つまり、角力とは……神呼びの儀式としての側面を持つ!


「そうかッ……そう言う事かッ! 土俵と言う儀式場を設置しッ、その中心にて神物の後継たる仙物とッ鍛冶の神・辮杯守徒主ヘパイストスの神威が色濃く宿る神日刀を媒介にしてッ……帝に対抗し得る神物かそれに準ずるものを呼ぶ算段かッ!!」


 させるかッ! と大帝は口を大きく開いた。

 そこに盛るは黒き怨嗟の炎。


「消し飛べィッ!! 大帝大噴火ッ・界惨呀爆荒亡カイザーバーンッ!!」


 照準、薄桜色の光。

 一瞬にして万物を焼失させる漆黒の熱線が、音を置き去りにする速度で照射される!!


「プルハハハハハハハッ!! 降臨中は攻撃されんとでも思ったかッ!! バカめッ! 帝が法律だッ!!」


 勝ちを確信して笑う帝。

 だが、その笑いはすぐに止まる事になる。


 薄桜色の光を内側から蹴散らして、翡翠色の何かが漆黒の熱線を迎え撃った!!


「プルァッ!?」


 それは――翡翠に輝く鋼の拳ッ!!


 拳はあっさりと、大帝の熱線を殴り散らした!!


「まさかあれはッ……水神・氾生頭ポセイドンの軍勢として辮杯守徒主ヘパイストスが造ったッ神造機しんぞうきッ……!?」


 翡翠の拳を追うように、薄桜色の光から現れ出でる者。


 およそ成人の二〇倍はある翡翠の巨体は、湿ったようにしっとりと輝きを放つ。

 全身が極厚の翡翠装甲に包まれている。

 頭部と両肩には一枚ずつ鋼の皿がついており、背面にもひと際に大きな鋼皿が一枚。

 眼光は、神代の陽と同じ薄桜色ッ!!


 その威容……さながら巨大機械(からくり)として造られた河童の王ッ!!

 かつて、河童を含む水辺の仙物たちの王だった水神ポセイドンが、己の重臣の姿を模して造らせた兵器のひとつ!!


 ――「大」いなる武「威」を以て「禍」いを「破」り、「安」寧をもたらす者ッ!!


 その名を、天下泰平・大威禍破安ダイカッパーッ!!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ