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第拾壱話 故障ではない、君が尊いのだ。


 ――これが、一刀無双の起源か……!


 超・逆算による過去視で雫紅シズクの過去を読み尽くし、千鍛チタンは戦慄した。


 想像していたのは、怪物の熾烈な生誕劇。

 だが、蓋を開けてみればなんだこれは。


 一刀無双の中に在ったのは――ただの悲劇だ。


 ある少女が、深く傷ついた。

 そして少女は悲しみの渦中で、誰かを呪うのではなく、己の弱さを呪った。

 己の弱さ故に犯してしまった咎を受け止め、必死懸命、償おうと足掻いた。

 その償いが完全に果たされた……とは言い難い性癖げんじょうのようだが。


 ともあれ、この少女は……怪物となるべくしてなった訳ではない。


 償いのために……罪の意識に背を食われながら、前に進み続けた。

 それ故に、今の強さが在る……!


「道理で、得難いはずだ……」


 その心の強さは、悪機には到底得られない。

 悪機は、己の弱さを認識した時、単純に機体カラダを改造して対処する。

 強くなるために、苦労をする必要が無い。

 故に、時間をかければいくらでも戦闘能力を向上させる事は可能だが……泥くさい精神の強さは育まれない。


 血反吐を撒き散らしながらでも前に進むと言う経験が、体験し得ない境遇なのだ。


(……だが、わからない)


 ふと、千鍛の胸中に出現した、ひとつの疑問。


(今、オレを苛むこの胸の苦しさは……何だ……? こんな感覚を、オレの回路は知らない……! オレの完璧な演算機構ですら、結論しあぐねている……!?)


 完璧な過去視すらも実現する悪鬼解放状態の演算機構ですら、その答えを算出するのに苦戦していた。


 一体、何なのか、この感覚は。

 雫紅の過去を見た事が原因なのか。

 だとすれば、どう言った理屈で発生した何と言う現象なのか。


 演算が煮詰まらない。

 これは――オレの中に、該当する概念が無い?

 であれば、既知の中でもっとも近い概念から派生させ、定義するしかない。


 そうして千鍛が長考に入った隙を、見逃す二人(・・)ではなかった。


 雫紅は神日刀を振るい、喉元に突き付けられていた血黒の刃を払った。

 瑞那ミズナ翠戦スイセンを抱えたまま千鍛の遥か頭上の枝上を走り抜け、無数の小型煙幕玉をばらまいた。


「瑞那さん!」


 瑞那は基本的に、雫紅の戦闘に手を貸さない。

 理由はふたつ。

 まず、雫紅が手こずるような相手に、自分ができる事など無い。足を引っ張るだけだ――と言う、正確な自己品評。

 そして、雫紅が無遠慮に戦えるように周辺環境を整える「縁の下の力持ち」こそが自らの領分だと言う誇りある自負。

 だが、それはあくまで基本姿勢。


 今、千鍛は隙だらけだ。

 多少ちょっかいを出しても、即座に離脱して雫紅の邪魔にならずに済ませられる。

 ならば、当然、助太刀するに決まっている!


 もうもうと、白い煙幕が森の中を蹂躙していく。


 雫紅には【柔見の慧眼】がある。

 例え暗黒の闇の中であっても、柔らかいものと柔らかくないものを見切る。

 煙幕程度で見失うものなど無いのだ!


「シッッ!!」


 血黒の刃を退けて飛び起きた雫紅が放つのは、迅速必中を目指した技。

 薙斬なぎの剣技、烈苛迅切れっかじんせつ疾風燕はしりつばめ】!!


 煙幕を派手に斬り飛ばしながら、千鍛のどてッ腹を狙うが――当然のように躱された! 必中の技だのに!


 しかも、ただの回避ではない。

 千鍛は酷く大袈裟に高く飛び、枝葉の天井をバキバキと砕き散らしながら大きく後退した!

 今までの「余裕で読み尽くしているが?」と挑発するような最低限の回避行動とは似ても似つかぬ無駄の多い回避だった!


 それもそのはず……今、千鍛は演算能力が低下している!

 何故かと言えば、不意に覚えた「未知の感覚」への定義付けに演算機構の大半が持っていかれているためだ!

 故に無理に正確な演算回避を行わず、とにかく大きく動いて大雑把に距離を取った。


「……よくわかりませんが、予測の精度が落ちていると見ました」


 正確な理由までは看破できなかったが、雫紅は千鍛が大袈裟な回避をした事情を大雑把に推察。

 これを好機と見たが、


「…………………………成程」


 途端に、千鍛は「未知の感覚」への定義付けを完了してしまった!


「すべてわかった。オレの完璧な演算機構が理解した。美川ちゅらかわ雫紅、貴様に対して覚えた感覚の正体を掴んだぞ」

「拙者に覚えた感覚……?」

「そうだ」


 千鍛は鋼鉄の表情でしたり顔をしている。


 一方、雫紅は千鍛に過去を覗き見られていた事を知らない。

 故に「いきなり何言ってんですか、この鉄の塊」と言う感じである。


「貴様は――『尊い』のだ」

「…………………………は?」


 引き続き、何を言っているのか理解ができない。


「貴様の強さには御大層な理由など無い。貴様はただ悲劇を乗り越えて成長し、多くの何かを救い得る領域に至っただけだ! 聞き飽きた伝説……神代に割拠したと言う英雄たち、生誕からして完成されていた御子の豪傑どものそれとはまったくの異質! 運命も宿命も使命も大義も無く! 貴様はただ自らの弱さを悔やみ、自らの意思で強くなる事を選んだ!! 高潔などではない泥くさい、言うなれば凡庸な経緯でありながら、悪機最強であるオレに舌を巻かせるその精神の威容!! オレは感動を覚えたのだ!!」

「……意味がわからないんですが。拙者が強くなったのは、父譲りの才覚ですよ」

「剣の腕に関してはそうだろう。だがそれはただの武器だ。オレが言っているのはそこじゃあない。オレが『尊い』と感じたのは、どんな苦境にあってもその武器を取り立ち上がる精神性だッ!!」


 独りになった少女が泣きながら「どんな苦境においても心折れぬほどに強くなる」と誓い、高次元で有言実行してしまうその精神力!!

 あのボロボロと泣き崩れていた幼気な少女が、今、喉元に刃を突き付けられ次の瞬間にも殺されると言う場面においても、戦意を失う事無く!!

 どんな苦境においても剣を振るい、誰かのために戦える戦士に成長を遂げている!!


 その成長ぶりが、千鍛のドツボにハマってしまった!!

 心の成長と言うものが無縁、未知である悪機に取って雫紅のその姿は――前向きな驚愕と微かな羨望に値するのだ!!


「驚くほどに好意を以て接する事ができる対象に感じる圧倒的好感を『尊い』と言うのだろう!? であれば、オレの完璧な演算機構が貴様に対して下す評価は『尊い』に他ならなァァい!! 尊い、尊いぞ、美川雫紅ゥゥゥ!!」

「……あの……熱烈に説明していただいた今も尚よくわからないのですが……とりあえず悪寒が……」


 正面切って「君が尊い」と言う旨を連呼されると……何だかこう、気持ちが悪い。


「フフ、フハハハハハ!! だって仕方無いじゃあないかッ!! 貴様は――いや、君は尊いのだからァァ!! 尊い尊い尊いィィァ!! ああ、もう、とぅてぇなァ!!」

「おい、あいつ、何か柔らかいものを狙ってる時の雫紅と似てきてるぞ」

「圧倒的同感」

「えぇッ!? 拙者あんなにキモくないですよ!?」

「酷い言い草だな! だが許そう! 君は尊いのだから!!」


 そう叫んだ千鍛の背中から、ガシャンガシャンッ! と機械音が響く。

 背中の装甲を展開し、内側に格納していた大筒を露出させたのだ。

 南蛮の機動船や気球艇などが搭載している推進用噴射装置に似ている。

 そして実際、同じようなものだった。


 千鍛の背中から露出させた噴射装置らしき大筒からゴォォオオオオッ!! と言う轟音が鳴り響き、炎が噴射された。

 炎を噴射した勢いで、千鍛の巨体が空へと舞い上がる!!


「なッ……飛翔機構……!?」


 そう言えば、千鍛は最初、空高くから降ってきたのだった。

 そりゃあ、飛べても不思議は無い。


「今日は退くぞ、美川雫紅! 何故か? フフフ……君への尊さを持て余していてな! 何かこう……無理。しんどい。今のオレは若干混乱しているようだ! 君を傷つける覚悟ができない! 早く殺さなければいけないとわかっているのに! どうしてか!? それほどに君が尊いのだとオレの完璧な演算機構は」


 千鍛はどんどん空の彼方へと舞い上がり、台詞の途中でどこかへ行ってしまった。


「…………………………………………」


 余りに意味不明な方向へと急転した事態に、雫紅は呆然ぽかん

 瑞那と翠戦も同様。ただ、二名は思った事がある。


「「……同気相求……」」


 同気相求。

 意義:似た者同士は互いを求め合う。

 対義:同族嫌悪。

 同義:類は寄せ集まる。


「ちょぉ!? 何を言っているんですか!? あの変なのと拙者が同族だとでも!?」

「「……………………」」

「え、いや、何で目線を逸らすんですか!? やめ、いつもみたいに口で否定してくださいよ! そんな気まずそうに目を逸らされたらかつてない誠事まじっぽいじゃあないですかーーッ!!」



   ◆



 悪機帝国・羅刹四将が根城とする仄暗い某所。


「おお、帰ったであるか。千鍛チタン

「無傷とはさすがですねぇ」

「……………………」


 出迎えるふたつの影と声。

 しかし、千鍛は無言のまま、暗闇の奥へと進んでしまう。


「む? おい、どうしたのである? 何か不味い事でもあったのであるか?」

「……ああ、想像を絶する事態だ。オレはしばらく、【演算籠り】を行う」

「ッ、演算籠り、であるか……!?」


 演算籠り。

 それは、千鍛がその完璧な演算機構を以てしても解決できぬ問題にぶち当たった時に行うもの。

 悪鬼解放後、演算機構以外の全機能を遮断し、長期間的に引き籠る。

 全力全開の演算に全性能を集中させるのだ。


「故に、しばらく話しかけるな」

「ぅ、うむ、承知である」

「は、はい。わかりましたですねぇ……!」


 根城の奥地へと去っていく千鍛の背中を見送りながら、ふたつの影は戦慄に震える。


「対策を考えるには、千鍛が演算籠りを必要とするほどの敵……だったと言う事であるか……!」

「ぉ、恐ろしいですねぇ……! 一体、どんな怪物が相手なのか、想像もできないのですねぇ……!」


 千鍛は自他ともに認める大帝に次ぐ強大悪機。

 つまり大帝亡き今、千鍛こそが最強悪機。

 その千鍛が、必死に打つ手を模索するほどの相手……!


「吾輩たちにもできる事は無いのであるか……!」

「いやいや……千鍛先輩が出しあぐねる答えを、僕たちがどうこうできる訳ないので……ッ!」

「むッ……この、反応は……」

「先輩も感じましたですね? では、間違い無く……」

「うむ」


 ふたつの影がお互いの感覚が間違いでなかった事を確認し合うように頷く。


「これは……悪機の救難信号である!」

「まさか、侵略部の生存機がいたんですねぇ!?」

「うむ! これは朗報である!」


 二機が感じたのは、悪機が同胞への救援を求める超広域交信。


 一機が言った通り、朗報だ。

 侵略部は四将と同じく戦闘特化の機体が多い。

 その生き残りならば、戦力的期待もできる。


「千鍛の演算の一助になるかも知れんである!」


 その一機が加わる事で、進展する事もあるかも知れない。

 どうせ、何もする事が無いのであれば……迎えに行く以外に選択肢は無いだろう!


「地図情報を照合……場所は……」

「この禍の国が中心地……芯熟しんじゅくの領である!」


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