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前編

思いついちゃったから、またサマンサの後日を書いてみた。

麗らかな午後の昼下がりである。

私は庭を臨むお気に入りのテラスで冷たいアイスティをいただいている。

私の婚約者のハーディルト伯爵……デブ様のお屋敷の庭は眩しい陽の光に溢れているけれど、爽やかな初夏の風が時折さわさわと木の葉を揺らして、私の頬もくすぐっていく。

とても心地のよいひと時よ。


同じように席について、この贅沢ともいえる時間を共に過ごしているのは、この屋敷の主で私の婚約者でもあるデブ様と、そして突然やって来た招かれざる客、ルイス王子。

彼は、その麗しいかんばせの中央に配置された鼻の穴から、何本もゴールドの毛をチラ見せさせながら、テーブルに激突させんばかりに私に頭を下げた。


「サマンサ嬢、どうか、どうかもう一度、私の鼻の穴をほじっていただきたいのです。ハーディルト卿、婚約者殿の指をお貸しいただく許可を!!」

「だが断る」


デブ様は、ノータイムで拒否したわ。





私はテーブルに突っ伏して嘆いているルイス王子を眺めながら、彼との出会いを思い出してみた。


そう、あれはつい一週間ほど前かしら。

私がデビュタントのために、王家主宰の舞踏会に出席したのは。

その時、いっしょに踊ったルイス王子の鼻毛をなんとかしたくて、王子の鼻の穴を容赦なくほじったの。ええ、血が出るほどにね。

そうしたら、何故か王子が私に求婚してきて……。

でも、私には『王家の番肉』と呼ばれる実力肉のデブ様がいたから、お断りしたわ。

だって私、デブ様を愛しているって気づいてしまったんだもの。


その時は、ルイス王子も諦めてくれた様子だった。

その二日後には私は、メイドのマーサと共にこのハーディルト伯爵邸に移り、ハーディルト伯爵婦人となるための淑女教育をこちらで受けることになったわ。

マグナクト伯爵であるお父様は、長く公認お妾さんをやっていて、この前やっと正妻に昇格したお母様と、領地へと旅立った。

領地は、王都から強化馬車で三日はかかるの。

お母様達は私と同じ日に住んでいた別宅を出たから、今頃は領地に着いて、『ナイセイ』をしているのではないかしら?

『ナイセイ』が何かはよくわからないけど、お母様は『ゲンダイ知識でリバーシ無双』とか、『ニホンの料理レシピでガッポガッポ』とか意味不明なことを言っていたから、たぶん楽しくやっているのではないかしら。


まあ、そんなことはどうでもいいの。

私は舞踏会以来、伯爵邸から外に出ていないから知らないのだけど、デブ様から聞いた話によると、ルイス王子の様子が変なのだそう。

なんでも、凄くトイレが近くなったらしいの。

どうしたのかしら。

もしかして、以前マーサがかかった病気かもしれないわ。

あの時は、マーサもやたらトイレが近くなって、時々トイレから悲鳴が聞こえたわ。

心配になって聞いてみたら、やたら尿意を催すけど、出す時は激痛なんだとか。

お母様がお父様に頼んで、凄く高価な治癒魔法が使えるお医者様に治してもらったのだけど、あれはトイレを我慢しすぎるとなる病気なんだそう。


「ねえ、デブ様。ルイス王子はトイレを我慢し過ぎたのではないかしら?」

「さあ、そんな話は聞かないね。私が王宮で見かけた限りでは、あの方がもじもじ前屈みになっている姿を見たことはないな」

「でも、お母様は、貴族はほじりたくても我慢するものだって言っていたわ」

「貴族でも、尿意は我慢しないと思うがね」


確かに我慢し過ぎて王様の前で粗相してはいけないものね。


「ではご病気ではないのかしら」

「心配した王が、王宮医に見せた所、ご病気ではないという話だそうだよ」

「だとしたら、なんなのかしらね」




そんな話をしたのが、つい昨日のこと。

その渦中のルイス王子が、まさか突然やって来るなんて思ってもみなかったわ。

それも、私に『ほじってほしい』だなんて。


項垂れるルイス王子に、私は尋ねてみることにした。


「殿下、どうしてそんなに鼻毛をお出しになっているのです?舞踏会では、あれほど気になさっていたではありませんか」


ルイス王子は少し顔を上げて、色気たっぷりな憂い顔と、陽光に光る鼻毛を私に見せた。

「あの時、君は私の鼻毛を押し込むために、鼻の穴に指を突っ込んでくれたから。だから、君の前で鼻毛を出していれば、もしかしたら、と……」


私、鼻毛が出ていたら指を突っ込む女だと思われているのかしら?

心外だわ。


「それにしたって、何故それほどにうちのエターナルホッ」

「デ・ブ・さ・ま……?」

「……うちのサムに、ほじらせようとするのですか?ご自分で指を突っ込めばいいでしょう?」

「やっているよ!!」


王子は声を荒げた。


「彼女にほじられてからどうにも癖になって、我慢できなくなったら、トイレに駆け込んで指を突っ込んでいるんだ。それでも、君の指には敵わない。君に突っ込まれた時、全てが浄化されていくような感覚を味わったんだ。実際に、不眠気味だったのに、その日からぐっすり眠れるようになった。君の指は魔法の指だよ。私は君(の指)に捕らわれてしまった……!」


イケメンが何かイケメンぽいセリフを吐いているわ。

でも、要約すると、『君にほじられたい』って話よね。この王子、気持ち悪いわね。


「浄化……」


隣でデブ様の呟く声が聞こえた。

少し緊張を孕んだ声に、思わずデブ様を見る。なんだか思案顔をしているわ。

何か心配ごとがあるのかしら。不安だわ。


それにしても、この王子がデブ様を悩ませている元凶ね。さっさと帰ってほしいわね。


「ねえ、デブ様?殿下に指を突っ込んでしまいましょう」

「なんだって!!?私の目の前で他の男の鼻の穴に……!」

「ああ、サマンサ嬢、なんて優しいんだ、君は!」


悲しげなデブ様と歓喜するルイス王子の姿が、対称的だ。

でもわかって。別に突っ込みたくて、突っ込むわけじゃないの。……本当よ?


「ねえ、デブ様。私はさっさと殿下に帰ってほしいだけよ。他意はないわ。あなたの鼻の穴は、後でたくさん突っ込んであげるわね」

「それはいいです、サムさん」


何故、他人行儀で断られたの?酷い人だわ。でも、好きなの。

愛って許してしまうことなのね、お母様?……お母様がお父様を許し続けたように。


「じゃあ、殿下はさっさと鼻の穴をこちらに向けやがれくださいまし」

「サム、言葉遣い、言葉遣い」

「失礼、殿下。まだ淑女教育の途中ですの」

「いいさ。気持ちが私にないのは悲しいけど、素の君を見ていられると思えば、取り繕われるよりはずっと嬉しいものさ」

「サム、言葉遣いはきっちりとな!」

「心得ましたわ、デブ様!では殿下、参りますわねっ」


ズボボッ!


私は王子の心と鼻の穴を、容赦なくえぐった。





王子の鼻血がようやく落ち着き、王家の豪華な馬車は、愛しさと切なさと心強さが混ざったような表情の王子を乗せて、ハーディルト邸を出ていった。

王子を見送り、私達は居間に移動した。

私はソファーに座ったが、デブ様は執事長のラルフに何か言付けてから、私の隣に座った。


「サム。正直言うと、君にはもう、王子の鼻に指を突っ込んでほしくない」

「それは私も突っ込みたくはないけど、どうしたの、デブ様?顔色が悪いわ」


デブ様の顔が青い。何か普通ではない気配がするわ。


「ねえ、デブ様。あなた、何をそんなに不安がっているの?」


私の問いに答える前に、デブ様は私を引き寄せ抱き締めた。

私は、ふかふかのお肉に包まれる。

デブ様の体温は高い。私の体も熱を持つ。季節は初夏。……少し暑いわ。

私はデブ様の大きな胸肉をかき分けて、ひょこりと顔を出した。

目の前には、デブ様のお顔があって、私は少し恥ずかしくなり目を逸らした。


デブ様は、私の耳元で苦しげに呻いた。


「サム、ルイス王子は麗しい貴公子だ。君は、彼の容姿に心が動かないのか?」

「確かに、カッコいい王子様ですわね」


私の言葉を聞いて、デブ様はぎゅうっと私を抱き締める力を強めた。


「でも、私は好みではありませんわ。だってスラリとして線が細めだから、ちょっと頼りないのですもの。私、守ってもらえそうな殿方の方が好みですの」

「守って……。なるほど、確かに王子はそういう意味で少し麗し過ぎるかもしれないな。サムは、その、守れる強い男が好みか?」

「ええ。単なる美形よりは、ずっと好感が持てますわ」

「そうか。……そうかね」


デブ様は、嫉妬して不安になったのかしら?

今の話だと、そういうことよね?


「デブ様の不安は、解消しましたか?」


デブ様は、苦笑いした。


「半分だけだな」

「そうですか。では、不安が和らぐように、こうして差し上げます」


私はデブの背中に手を回し……きれなかった。

大き過ぎる。

でも、精一杯ぎゅっと抱き締めた。

デブ様の青かった顔に、朱が差した。


「嬉しいが、婚姻前なのに、サムを全て私のものにしてしまいたくなるな」

「デブ様、デブ様がお望みなら、私……」


バターンッ

「そこまでです、旦那様。ご自重を」


ラルフだった。

私とデブ様は、慌てて離れた。


「ラルフ、お前、頼んだものはどうした!」

「手に入れました。教会に向かおうと屋敷を出た所、サンロール子爵家の次男様が十歳で、その鑑定の帰りである修道士に会いましてね。顔見知りの男でしたので、鑑定用紙と鑑定道具をお借りして参りました。それより、婚姻までの過度の接触はいけませんよ」

「わ、わかっている!」

「鑑定用紙?教会の修道士様?」


何の話かしら。

教会なんて行ったことはないけど、十歳になったら行われる測定の時には、教会から修道士様に来ていただいて、魔法の才能(スキル)と特殊才能(スキル)を鑑定してもらったわ。

魔法才能は平均値、特殊才能は無しだったのだけど。


「誰か、測定を行うの?この屋敷に十歳の子どもなんて、いたかしら」


そう首を傾げた私に、デブ様は言った。


「君だよ、サム。君にもう一度、測定をしてもらいたいんだ」

「え?何故?才能なんて、そうそう変わらないわ。それこそ、冒険者みたいに、魔物を退治したりしなければ。私、家からほとんど出たことがないのよ?」

「それでも、とても珍しいことだけど、何かのきっかけで才能が変化することがある。特殊才能なんて持っている人はめったにいないけど、後天的に特殊才能を得た事例は非常に少ないけどあるんだ」

「私にそんな珍しいことなんて起こり得ないとは思うのだけど……」


私は、ここでいちいちごねるのも面倒くさくなり、さっさと測定を終わらせることにした。

変化なしという結果が出れば、デブ様は満足するでしょうし。





『趣味はジョブ習得』というジョブマニアのラルフは、修道士のジョブも習得していたらしい。その彼によって、測定が終わった。

特殊な道具が、鑑定結果を詳しく教えてくれる。

結果は……、



固有名 サマンサ・マグナクト

称号 エターナルホットサマー

魔法才能・・・・・・・

特殊才能『ほじりの聖女』

対象の鼻の穴に指を突っ込むことで、対象のあらゆる状態異常を回復させ、不浄を浄化する。

ただし、対象には、鼻ほじりの癖がつく。(定期的に鼻をほじりたくなる)

また、対象には鼻ほじりの魅了がかかる。(『ほじりの聖女』に鼻をほじられたくてたまらなくなる)



「私のエターナルホットサマー、今すぐに結婚しよう」


デブ様が、自重をやめた。


皆様も膀胱炎にはお気をつけください。

トイレを我慢し過ぎてはいけませんよー。

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