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5話 サキュバスの外出

 

「あっ、忘れ物しちゃいました!」


 アーヴィンとクロエが結婚してから一週間が経った。二人は仲睦まじく生活しており屋敷の者たちを安心させていた。

 今日は初めて二人で外出をするというので屋敷の前には馬車が待機していた。外出と言っても領内のブドウ畑の視察にクロエもついて行くという半分仕事を兼ねている外出だった。

 忘れ物があると一度屋敷に戻り再び外に出たクロエの手には黒い日傘が握られていた。今日は雲一つない初夏のような汗ばむ陽気だったので屋敷の外に出てから思い付いたようだ。


「今日は日差しが痛いくらいですから。それにこれでアーヴィン様と相合傘ができます!」


 日傘なので雨傘より小さい。これでアーヴィンと相合傘をしたいと喜ぶクロエがまた可愛くてアーヴィンは編み込みを施した美しい髪を撫でた。


「気を使ってくれてありがとう。でも、俺が入ったらクロエの肩が日焼けするぞ。せっかく綺麗な肌なんだ日焼けには気を付けてくれ」


 魔力が高いといえどもヴァンパイアであるアーヴィンを気にしてというのもあった。アーヴィンの話では昼間に外出するのは苦ではないが、例えば雨の日に調子が悪くなる人がいるような感じで、ヴァンパイアは天気のいい昼間は少し調子が悪くなると言っていたのだ。逆に雨や台風の日は調子が良いとも。

 今日は朝からワインをいつもより多めに飲んでいたのがクロエは気になっていた。


 二人が乗り込むと馬車はゆっくりと動き始める。

 程なくして道の両サイドにはブドウ畑が広がり、等間隔にまっすぐと遠くまで続くブドウの幹が緑の葉を大きく茂らせ太陽の日差しを浴びている。圧巻の景色だ。


「今日は新しい品種のブドウ栽培を始めたブドウ園を1件見て、帰りには街で食事をして帰ろうか」


「はい!楽しみですっ」


 馬車の窓を開け風景を楽しむクロエの横顔を見ながらアーヴィンは今日連れ出してよかったと考えていた。別に農園への外出は急ぐものではなかったが、毎日自分の仕事の都合でクロエを屋敷に閉じ込めていては可愛そうだと思い急いで予定を組んだのであった。


「アーヴィン様、そちらに行ってもいいですか?」


 馬車には向かい合う形で座っていたが、遠慮がちにお願いするクロエに「もちろん」と返事をすると嬉しそうにアーヴィンの隣に座った。

 体を密着させると頭をアーヴィンの肩にもたれかけ上目づかいで嬉しそうに笑う。どんな些細な仕草もいちいち可愛くて仕方がない!

 顔を近づけ唇を軽く合わせる。

 より唇を求めようと舌を沿わせるとクロエが軽く身を引いた。


「っぁ…お化粧、とれちゃいます」


「じゃあ続きは帰ってからだな」


 未だクロエの魔力は開花しておらず口づけ止まりの夫婦生活だが、アーヴィンはクロエを溺愛しており無理強いはしていなかった。

 再び満足そうにクロエはアーヴィンの肩にもたれかかり、馬車は農園へとゆっくり進んだ。




 馬車は一時間ほど移動すると一軒のブドウ農園に着いた。広い庭に囲まれて白い壁に赤い屋根の可愛らしい屋敷が建っている。アーヴィンの領地で二番目に大きなブドウ畑を持っている家だ。


「ようこそ、アーヴィン様。奥様、初めましてオリビア・ブラウンです」


 馬車が屋敷の前に着くと中から女当主が顔を出した。オリビア・ブラウンは数年前主人を亡くし未亡人となってからも主人の残したブドウ園を切り盛りしている敏腕女当主であった。今は白い屋敷に数人の召使いと共に住んでいる。


「初めまして!クロエと申します」


 クロエは笑顔で答えるとオリビアの差し伸べる手をとり馬車を降りた。オリビアはちらりと横目でアーヴィンを見るとそのまま屋敷の中へ二人を案内した。

 オリビアの農園で獲れたブドウで醸造したワインとクラッカーをつまみながらアーヴィンは注文状況や出荷数の書類に目を通し、屋敷の地下で眠らせているワイン樽等をクロエも連れだって視察した。地下にたくさん並んだワイン樽を初めて目にしたクロエは珍しそうに目を輝かせながらアーヴィンにあれこれ質問をしたりしていた。


「では、次は新しい畑にご案内いたしますね」


 屋敷の外はまだ日差しがまぶしい。クロエは黒の日傘を開くと農夫に続いて畑の中を散策した。


「どうだ?飽きてはいないか?」


「はい!勉強になることばかりで楽しいです。アーヴィン様、気分はよろしいですか?」


 そう言ってクロエはアーヴィンに日傘を向けるが「こら、自分の肌を心配しろ」と過保護気味のアーヴィンに傘を追い返され軽く肩をすくめた。


「ふふっ、お2人の仲睦まじい様子に安心しましたわ」


 オリヴィアは口元を手で押さえ上品に笑いながら二人を追い越して歩いていき農夫より先に畑に向かっていった。

 新しい畑には若々しいブドウの木が立派な葉をつけ順調に成長している様子が伺えた。クロエは農夫にブドウについての説明をしてもらっているらしくアーヴィンから少し離れたところにいた。


「おい、クロエそろそろ戻るぞ?」


「あら、アーヴィン様、奥様は随分と勉強熱心でいらっしゃいますからどうぞ農夫にもう少し説明をさせてやってください」


「あ、はい。ではもう少しキリのいいところまでお話を伺ってから戻ります!」


 天気は良いがクロエは日傘をさしているし心配はいらないか…そう考えアーヴィンは「では、なるべく早く戻るように」と言い残し先にオリビアを連れだって戻って行った。



 ・・・



 屋敷に戻り薄暗い室内に入るとアーヴィンはオリビアにワインを求めた。


「随分と可愛らしい奥様ですわね」


 グラスに入れた赤ワインをアーヴィンに手渡すとオリビアはどこか素っ気ない口調でつまらなそうにしている。


「ああ、大切にしたいと思ってる」


 窓の外を眺めながら適温に冷やされたワインを体に流し込み外の日差しで疲れた体を潤すと、アーヴィンはふと、クロエの楽しそうに農園を歩き回る姿を思い出しまぶしそうに笑った。


「あなたもそんな顔をするのね。別にあなたを独占したいわけじゃないけど、妬けちゃうわ」


 オリビアはそっとアーヴィンの後ろから抱き着きアーヴィンの逞しい胸元に手を這わせた。

 実は、オリビアはアーヴィンの夜のお友達の一人だったのだ。亡き主人を未だに愛しているオリビアはアーヴィンとの関係は割り切っていたつもりだった。月に数回、主人の代わりに熟れた体を癒してくれる。それだけの男だと考えていたが、クロエとの仲睦まじい姿を目にしたら亡き主人と自分を重ね合わせてしまい心の奥底で小さな炎が燃えたのだ。夫以外の男性に嫉妬するなどオリビア自身も驚いていたが炎の消し方がわからない。もう一度アーヴィンに抱かれたいと思ったのだ。


「俺はもうそんなことはしない。君はこんな事する女じゃないと思ってたんだが」


 オリビアはアーヴィンに抱かれながらも亡き夫の名前を何度も口にしていた。夫の影を追い求めるだけでアーヴィンでなくても誰でもいい、そう割り切っている女性の一人だと思っていたのだ。


「女の心はすぐ変わるのよ。私も自分で自分の行動に驚いてるわ。ねぇ、最後だと思ってかわいそうな未亡人を癒してくれないかしら」


 アーヴィンは一度オリビアの手を振り払ったがオリビアは気にせず体の正面に移動すると、艶っぽい表情をしながらアーヴィンの腰に手を回し体をぴたりと密着させた。


「あなたの可愛い奥さんもしばらく戻ってこないわよ。農夫に言い聞かせてるから…きっとあちらはあちらで楽しんでるわ」


 オリビアは不穏な笑みを浮かべながらアーヴィンの上着のボタンを外した。




 ・・・




「ここの倉庫にブドウの収穫に必要な農具なんかが入ってます」


 広いブドウ農園の一角には立派な倉庫が建っていた。農夫が裏口の鍵を外しドアを開けると大きな樽やクワがずらりと並んでいる。


「わぁ!収穫したら足で踏んで果汁を絞るんでしたっけ?」


「奥様よくご存じですね。奥の大きな樽を使います。収穫祭も行われますし収穫の時期は毎日祭りのような忙しさですよ」


 クロエは倉庫の奥に保存されている大きな樽に手を触れてみた。かすかにブドウの香りが染みつきいい香りがする。収穫祭はさぞ盛り上がるんだろうなと想像し、またその季節になったらアーヴィンに頼んで連れてきてもらいたいと思った。


 突然、倉庫入口の扉が閉まりはじめた!扉の外には案内をしてくれた農夫がいるはずだ。クロエがまだ倉庫内にいることを知っているのに何故!?と急いで入口へ向かうがクロエの足音がすると扉は焦るようにガャンと閉まってしまった。取っ手に手をかけ開こうとするが鍵が掛けられてしまっているのかびくともしない。


「すいません!開けてください、まだ中にいます!」


 ドアに付けられた小窓から目を覗かせて懸命に扉を叩く。すると、農夫が扉の前に顔をだした。


「奥様すいません!オリビア様に奥様には少し大人しくしてもらっておくように言われてまして。許してください!」


「どういう事!?」


 小窓からのぞくと農夫は困った顔をして帽子を取ると深々とクロエに頭を下げる。目を合わせ謝罪する様子からは悪人になりきれない優しい人なんだということが良くわかる。しかし、何故閉じ込める必要があるのかと分からず問いただした!


「オリビア様がアーヴィン様と二人きりになりたいと申してまして…」


 きっとこの農夫はオリビアがアーヴィンの夜のお友達であったことを薄々感じていているのだろう。言いにくそうにどんどん声は小さくなっていく。


「アーヴィン様と!?」


 クロエは大きく声を張り上げた!

 何故オリビアがアーヴィンと二人きりになりたいのか意味が分からず"何で!?どうして!?"頭の中はそればかりだった。

 クロエもアーヴィンが結婚前に女性関係の噂があったことは知っている。しかし結婚して誠実な夫となりもうそんな前の事など気にする必要なんて無いのに…女性と夫が二人きりでいると聞いて嫉妬心が沸き上がる。倉庫に閉じ込められ冷静になれるはずもなく頭のなかはパニックだ。


 嫉妬とも、怒りとも、恐れとも分からぬ感情が胸の奥底で大きく渦巻き混ざりあい、クロエの中で何かが弾けた!

 小窓からのぞくクロエの瞳孔が獲物を狙うチーターのように大きくなり農夫の視線を捕らえた───!!

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