4話 サキュバスは頑張る
午前中、アーヴィンが自室で仕事をしているとメイドが何やら困り顔で訪ねてきた。
「あのっ…奥様が…!」
メイドに連れられ普段ならアーヴィンが立ち入る事のない洗濯場へ行くと、メイドに混じり腕をまくって洗濯をしているクロエの姿があった。
アーヴィンはしゃがみこむクロエを後ろから抱き上げそのままお姫様抱っこで持ち上げた!
「きゃっ…!え?アーヴィン様、どうして?」
「メイドがクロエをどうにかしてくれって俺のところに来たんだよ。さぁ、帰るぞ」
クロエを腕に抱いたまま洗濯場を後にする。
本来このような仕事をクロエがする必要など一切ないのだ。その為にたくさんのメイドを雇っているのだから。メイドも突然クロエが自分達の仕事を手伝うと乱入してきた時は直接強く断わる訳にもいかずどうしたらいいものかとアーヴィンに助けを求めたのであった。
「何でメイドの仕事を手伝おうと思ったんだ?」
「以前、異国の書物で"修業"をすると強くなると書いてあったのです!洗濯や掃除などのお仕事も修業の一環だとされていたので…つい」
どうやらクロエなりに魔力を開花させようと努力しようとしているらしかったが方向性が…違っていたようだ。しかし、それは違うんじゃないか?と言ってクロエを落胆さたくないアーヴィンは少し考えてから話しはじめた。
「クロエの仕事は俺の側にいることだ。メイドの仕事を取り上げることはやめてくれるか?」
「アーヴィン様のお側にいることが私のお仕事ですか?」
「そうだ。俺を癒してくれ」
「はいっっ!」
納得したらしく抱き上げられたままクロエはアーヴィンをぎゅっと抱き締め、頬をすり寄せて喜んだ。
・・・
その後クロエはまた一日、アーヴィンの仕事をする横で邪魔にならないよう静かに読書をしていた。家の中にいることに苦を感じていないクロエは彼の横にいられるだけで充分に満足している様子だった。
夕食時ハロルドが今日二人の結婚祝いに届いたと言う特別なワインを開封した。
「クロエ、せっかくだから少しは飲んでみたらどうだ?」
「そうですね。ワインは初めてですがアーヴィン様のお勧めでしたらぜひ!」
甘口で口当たりの良い赤ワインだったのでクロエにも進め二人で乾杯をする。
「どうだ?」
「…」
グラスからひと口舐めるように口にして少し微妙な顔をした。
「うーん、この渋み…大人の味ですね…」
苦手だと言いずらそうに遠回しに言うクロエにアーヴィンは微笑んでグラスを下げさせた。夫が好んで飲むワインを一緒に楽しみたかったのに苦手だとローズエッセンスが入った炭酸水を口に運びながらクロエは残念そうにする。
「無理をして飲むものでもないからな。後でクロエが飲みやすいようにしたものを運ばせるよ」
・・・
入浴後、念入りに髪の毛を乾かし整え、お気に入りのボディークリームを体に塗り込む。パステルピンクのボックスから今日の下着を時間をかけて選び、クロエは寝室に入った。
ベッドに夫であるアーヴィンの姿はまだなく部屋は静まりかえっている。クロエはガウンを着たままひんやりとするベッドに潜り込んでアーヴィンが来るのを楽しみに待っていた。
「悪い、時間がかかった」
「アーヴィン様!」
ガチャリとアーヴィンの部屋に続く扉が開くと両手に何かを持ちながらアーヴィンが入ってきた。ベッドサイドに置くとアーヴィンもベッドに腰掛ける。一人では肌寒かったらしくさっそくぴたりと背後からアーヴィンに密着したクロエは首をかしげた。
「それ、何ですか?」
「さっきのワインで作らせたサングリアだ」
デキャンタの中には赤ワインが八分目まで入っていて中にはざっくりと切られた果実がたくさん入っている。直前まで冷やされていたらしくデキャンタには水滴がついていて、美しい見た目にクロエの目が輝いた!
「わぁ、こんな飲み方があるんですね!」
「これならクロエも美味しく飲めるんじゃないかと思ってな」
アーヴィンは自分のグラスにはいつものワインを、クロエのグラスにはサングリアを注ぎ手渡した。
二人で乾杯をして口に含む。サングリアは甘さとフルーティーさが渋みを上手く緩和してくれていて美味しいと気に入った様子でクロエはあっという間に少な目に注がれた一杯目を飲み干した。
「これ好きです!おいしいっ」
「そうか、気に入ってもらえて良かった」
二杯目を注ぎ二人でゆっくりと楽しんだ。
デキャンタのサングリアが残り少なくなった頃にはクロエの目はとろんとし顔も体も紅葉したようにほのかに赤く染まっていて、途中からは「暑いです」とガウンを脱ぎ下着姿になっていた。
今日はパープルの蝶をあしらったなまめかしい下着を着ている。これで手が出せないとなるとかなりの拷問だがアーヴィンはクロエに焦らせたくないという思いもあり平常心を保ちつつ、あられもない状態で己の膝の上に座るクロエの髪を撫で愛でていた。
「さすがに酔ってきたな?なかなか強いな」
「実家では皆あまりお酒を飲まないので、私こんなに飲むのは初めてです!ふふっ、酔うって気持ちいいですね!」
一応呂律は回っているのでデキャンタのサングリアを全て飲ませても大丈夫だろうとアーヴィンはクロエのグラスに残りを注いだ。クロエはワイングラスを頭の上にかざし体をアーヴィンにもたれ掛けながらご機嫌な様子だ。
「そういえばアーヴィン様はサングリア、召し上がらないんですか?」
「あまり甘いのは飲まないんだが、そんなに旨いなら飲んでみようかな」
アーヴィンがクロエのワイングラスからひと口貰おうと手をかけようとすると、クロエがすっと手を避けくるりと向きをかえてアーヴィンと向かうように座り直した。
「思い出しました!私の家族があまりお酒を飲まない理由を。酔ってうっかり魔力を使っちゃうのを避けるためって言ってました」
そのままサングリアを口に含むとクロエは片手でアーヴィンの顎を持ち上げ、口づけをした。そのまま舌を滑り込ませると体温で温まったサングリアをアーヴィンに口移す。
アーヴィンの口内に滑り込むサングリアは果実のせいなのか、クロエが口移すせいなのかとても甘く気分を高揚させた。サングリアが喉を伝い落ちても尚、クロエはゆっくりとアーヴィンを味見するような濃厚な口づけを続けた。
互いに息を弾ませ唇を離すとクロエの口元にはサングリアが一筋流れ落ちていて、それは顎を伝い豊満な胸の谷間の奥にまで筋をつくっていた。まるでクロエが吸血を終えたばかりのヴァンパイアのようでやけに色っぽい。
「どうした?随分と大胆だな。まぁ、歓迎するけどな」
アーヴィンはクロエの口元に伝ったサングリアを舐めとると、そのまま彼女の胸に強くキスをして紅葉している体に赤く小さな華を咲かせた。
クロエは小さく声にならない声を上げ心臓の音を響かせる。まだくすぐったがっている様子はない。
そのまま胸に流れ落ちたサングリアを舌で舐めとり、より奥に落ちた赤い筋を追いかけようと舌を這わせたまま下着に手をかけると、ここでクロエの肩が震えた。
「───っ!あぁ…だめです!く、くすぐったいっっ」
アーヴィンはぱっと手を離し名残惜しそうな顔をしながらクロエの頭を撫でた。
「わかった。昨日より少しは進展したから良しとするか」
「あぁ…本当に、ごめんなさいアーヴィン様…なんだかふわふわとドキドキがすごくて大丈夫かな?って思ったんですけど…」
自分でも何とかして魔力を開花させようとしている努力がいじらしくて可愛くて、それだけでアーヴィンの心は満たされていた。
「開花するに越したことはないが、焦らなくても俺はちゃんと待ってるよ」
抱き締め額にキスをするとクロエは温かいアーヴィンの胸の中で瞳を閉じ自身につけられたものと同じところにキスをしアーヴィンにも華をつけた。
「こうしておけばクロエは片時も離れずアーヴィン様の側にいるみたいです」
「もう眠いんだろう?おやすみ、クロエ」
「はい…おやすみなさい、アーヴィンさま…」
気持ち良さそうに寝息をたてるクロエを起こさないようベッドに潜り込み体温の高いクロエを抱き寄せ、頭に腕を添え眠りについた。