最強の部隊編成?
デイン・ミッドフェルド基地の屋外演習場で、修理を終えた〈音止〉が調整のため動作確認を行う。
ナツコはそんな様子を隊員達と遠目に見ていた。
天気は晴れていたが、昨夜降った雪が残っていて辺りは真っ白だ。
気温も低く、コートを羽織り、つい最近基地の売店で入手した毛糸のマフラーを巻いてなんとか寒さを凌いでいた。
雪上でも目立つよう濃いオレンジ色に塗装された〈音止〉は、真っ白な背景に浮かび上がって、陽光と雪の反射光を受けて輝く。
「やっぱりこうしてみると大きいですね」
距離は800メートル離れているというのに、全高7メートルを超える2脚装甲騎兵は迫力があった。それがまるで重力を無視したかのように走ったり跳んだりするのだ。
「この距離でも122ミリ榴弾ぶち込まれたらこっちには為す術無いしな」
「へえ。確かに、頑張って避けようとしても爆発に巻き込まれますよね」
800メートルと言えば狙撃しようとしたらそれなりに弾道の計算をしないといけない距離だが、高精度レーダーと〈R3〉のものより遙かに優れた火器管制装置を搭載された装甲騎兵にとっては相手が動いていないのであれば何の問題も無く命中弾を出せる距離だ。
「はっ! もしかして、装甲騎兵だけの部隊を作ったら最強じゃないですか!?」
気づいてしまったナツコに対して、イスラも驚いたような表情を浮かべて答える。
「そこに気づくとは天才か」
「違うなら違うって言って下さい」
そんなイスラの態度はいつもの人をからかうときのものだった。
冷ややかに返したナツコへと、イスラは指を立てて説明した。
「結論から言うと用意できりゃ最強になる可能性はある。
だが問題はそもそも装甲騎兵だけの部隊を用意するのがとんでもなく難しいってこった。
まず調達コストが高い。あれ1機作る間に〈R3〉が1小隊分揃っちまう。しかもパイロットには専門の訓練が必要だ。〈R3〉なら1ヶ月で武器を持って戦えるようになるし、2ヶ月あれば最低限兵士として運用できるようになる。
だが装甲騎兵パイロットとなれば、まともに動かせるようになるまでに1年はかかる。軍の作戦に参加可能になるまで2、3年必要だ」
「なるほど。確かにあれを動かせと突然言われても無理ですよね……」
どんなに優れた兵士であっても、操縦の仕方が分からない兵器を動かすことは出来ない。それは特に装甲騎兵で顕著であり、専門の教育を受けていない人間にとってはとても動かせるものではなく、パイロットが実際に操縦しているのを見ても何をしているのかすらさっぱり理解出来ないであろう。
「コスト面で言えばもう1つ、運用コストが高い。兵器ってのは作って終わりじゃない。それが使えるように、定期的に整備・調整、必要に応じて修理しなけりゃならん。〈R3〉の整備なら、こんなこた言いたくはないけど、まあやろうと思えば手順書片手に誰でも出来る。
それが装甲騎兵となると、専門の教育を受けた整備士じゃないとまずもって整備は出来ない。それも、〈R3〉なら整備士1人で数機受け持つことが可能だが、装甲騎兵は逆だ。1機に対して数人の整備士が必要だ」
「でも、〈音止〉はユイちゃんとカリラさんでなんとかなってますよね?」
「トーコが手伝ってぎりぎり3人ってとこだが、カリラの話じゃユイが3人分くらい働いてるらしい。あのおチビちゃん、態度がでかいだけじゃ無いらしい」
「なるほど。人は見かけによらないって事ですね!」
若干イスラに対する皮肉も込めつつ言ってみたのだが、対してイスラはそれをスルーして話を続けた。
「そもそも、装甲騎兵だけで構成された部隊ってのは、強そうに見えて意外とあっけなく負けたりする」
「そういえばこの間も〈ハーモニック〉3機相手に勝てましたね」
「あれは運が良くてタマちゃんの作戦がたまたま上手くいっただけ」
「タマちゃんだけに――いえ、その、違うんです、言い始めたのはイスラさんで」
タマちゃんと口にした瞬間タマキに鋭い視線を向けられて、ナツコは顔を真っ青にして弁明を試みた。しかし〈音止〉の調整に対する指示を出さなければならないタマキはそれに構っていられる余裕は無く、ひとまずそれを保留した。
助かったと勘違いしたナツコは胸をなで下ろし、されどその肩にイスラの手が置かれた。
「人を売ろうとしたな」
「い、いえ。私は事実を述べただけで――」
「ほーう。事実を述べるのは構わないと」
「あ、いえ、そういうわけではなく――と、とにかくイスラさん、続きを話して下さいよ!」
催促され、イスラもひとまずその件については保留することにして話を再開した。
「まあ要するにだ、同じコストをかけて装甲騎兵部隊と、対装甲騎兵装備の歩兵部隊を編成したとすると、間違いが起こらない限りは歩兵部隊が勝つ。
当然だな。装甲騎兵を倒すために編成された部隊なんだから。さっきも言ったとおり、調達コストも運用コストも歩兵部隊の方が安い。
特に拠点防衛における重装機〈アルデルト〉なんかは、微妙な機動力とかほぼ皆無な装甲とかのデメリットを無視して、突撃機並みの低い調達コストと、簡単な構造に起因する低い運用コストでもって、同じコストをかけられた装甲騎兵部隊を一方的に殲滅できる。
対装甲騎兵訓練を受けている、って前提条件はつくが、そんなもん即席訓練でもそれなりに何とかなっちまうのが〈R3〉の最大のメリットだしな」
身に纏って使用する〈R3〉は装備者の運動能力を拡張するためのもので、直感的に操縦できるというのが利点だ。
対する装甲騎兵は、大型で機動力や火力、装甲などで〈R3〉を圧倒的に上回るが、反面、どんなに訓練を積んだパイロットでも、7メートルを超える機体を人間の体のようには操れない。
「つまり――装甲騎兵だけで部隊を作っても、対装甲騎兵部隊と戦うと負けちゃうから、駄目なんですね」
「そういうこと。だから装甲騎兵部隊は歩兵部隊を随伴させて、それに対装甲騎兵部隊の相手をして貰うわけ」
「ふむふむ。確かに、対装甲騎兵向けのロケットとかだと、普通の歩兵に対して攻撃しにくいですもんね」
「良く分かって貰えたようで嬉しいね。ともかく、部隊の編成に偏りがあると、その対策をされると不利になる。だから軍のお偉いさんがたは部隊編成に気をつかうって訳。
まあ今の統合軍はそんなことに気をつかっていられるほど機材に余裕もないんだが」
それはまずいのでは、とは思っても、ナツコにはどうすることも出来ない。
でも、出来ることはある。ナツコの装備する突撃機は対歩兵でも対装甲騎兵でも装備を切り替えることで対応可能だ。自分が対応できる相手を増やしておけば、それはきっと役に立つ。
話が終わった頃、〈音止〉の調整も無事に終了し、タマキはトーコへと帰投するよう命じた。
それからその場に集まっていたツバキ小隊の隊員へ視線を向ける。
「今日からは再び〈音止〉も運用可能になります。
帝国軍の進出も報告されており、これまで以上に気を引き締める必要があります。そんな状況だというのに、訓練中に裏で上官の悪口をのたまうとはどういう了見ですか、ナツコ・ハツキ1等兵」
突然名前を呼ばれて、ナツコはぴんと背筋を伸ばし顔を真っ青に染めた。
タマキは普段隊員をさん付けで呼ぶのだが、怒っているときはフルネームに階級をつけて呼ぶ。つまり今は怒っているのだ。
「す、すいません! つい――」
「つい?」
「ごめんなさい」
目を細めて訝しげな視線を向けるタマキに対しては、謝罪の言葉以外にかけていい言葉が分からなかった。
タマキもいつまでも追求したところで時間の無駄なだけだと理解しており、本人も反省しているので軽い罰で許してやることにした。
「演習場の周りを1周走ってらっしゃい」
「は、はい! 〈R3〉をつかっても?」
「いいわけないでしょう」
「でも20キロくらいあります――けど、自分の足で走らないと意味ないですもんね。分かります」
タマキの細めた目に睨まれると、ナツコは反論を全て諦めて走り始めた。走ってこいと言われたら、走ってくるしかないのだ。
そして急がなくてはならない。のんびり走ったところで怒られたりはしないが、その代わりに食堂の使用時間やシャワーの使用時間なんかは、罰の時間が一切考慮されない。
走り終わるのが遅くなって食堂の使用時間をオーバーしたら、食事抜きだ。それだけは絶対に避けなければならなかった。
それでも1人じゃない。さっきの流れならイスラもやってくるはずだと、罰仲間のいることを信じていたナツコだが、結局、誰もやってこなかった。
ただひたすら演習場を1周、1人で走り続けた。
◇ ◇ ◇
ナツコを送り出すと、タマキは今度イスラへと視線を向ける。
イスラも罰を受けることは分かっていたのだが、どうもおかしい。走らせるなら、ナツコと一緒に送り出すはずだった。
「イスラさん、ちょっとよろしいですか?」
「何なりと、少尉殿」
機嫌を損ねないように言葉を選ぶイスラだったが、それはもう手遅れだった。
「〈P204〉と〈TW1000TypeB〉でしたら、どちらがよろしいですか?」
唐突な質問に、イスラは頭を悩ませる。
示された2機の〈R3〉はメーカーは異なるがどちらも偵察機だ。〈P204〉は第4世代機、〈TW1000TypeB〉は第3世代機。
ともなれば選ぶのは第4世代機で間違いないのだが、それ以前に問題があった。
「ご存じかも知れないですが、〈空風〉という優れた機体が存在します」
「どんなに優れていても高機動機は偵察機の代わりにはなりません。質問に答えなさい、イスラ・アスケーグ上等兵」
こう問われては答えないと余計に罰が重くなってしまう。イスラは悩んだ振りをしてから、正直に解答した。
「〈P204〉でしょうね」
「そうですか。では〈P204〉はイスラさん、〈TW1000TypeB〉はリルさん向けに調整をお願いします。機体は既に整備倉庫に運び込まれているはずなので、直ぐに取りかかるように」
「カリラの手を借りても?」
「いいわけないでしょう」
イスラもその解答で、これが罰なのだとはっきり理解出来た。〈R3〉初期調整2機分。調整の楽な偵察機であることは救いだったし、雪の残る野外を走り回るよりずっと良いことは確かだ。食堂の使用時間内に終わらせる自信もあった。
「かしこまりました。直ぐに取りかかります」
急いで取りかからなければならないと、列を離れて整備倉庫へ向けてかけていく。
イスラが十分離れると、タマキはリルへと声をかける。
「リルさん、あとで機体の確認をお願いします」
「了解」
不満はあったがリルは頷いた。
見通しの良い場所で飛行偵察機を何も考えず飛ばしたりしたら軽対空機の餌食である。だからデイン・ミッドフェルド基地周辺で戦闘になるとすれば地上に張り付いて居なければならず、そういった運用ならば飛行偵察機より通常の偵察機のほうが使い勝手が良いことは確かだ。
しかしよりにもよって型落ちの第3世代機である。
義勇軍という立場上、最新鋭の機体が入手しづらいのは理解出来る。しかし〈P204〉を融通できるのなら、2機ともそれにして欲しかった。
「不満そうですね」
「多少はね。でも命令でしょ。従うわ」
「分かってくれたのあればそれでよろしい。では、各自機材を持って整備倉庫へ。昼食の時間が迫っています。駆け足で」
言われるまでもなく隊員達は観測機材を各々担ぐと、整備倉庫へ向けて走り始めた。




