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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
灰色の時間
89/303

カサネの帰還

 夜も更けると吹きすさぶ風に雪の粒が混じるようになった。

 タマキはそんな天候の中、真新しいコートを着込み、士官用の手袋と私物のマフラーを着用したまま、カサネの帰りを待っていた。


 雪のせいで到着が遅れているらしい。前線基地からの連絡を受け、室内に戻ろうかというとき、基地内の大通りに車列がやってきた。

 掲げられている旗はカサネの指揮する独立大隊のものだ。

 タマキはその場で車両の到着を待つ。


 やがてやってきた車列は、車両基地前にある停車場に並びそこで停止した。

 大隊ともなれば構成員は多く、そのすべてが出撃していたわけではないがあっという間に停車場は人であふれ、そして小隊ごとに分かれて立ち去っていく。


 人もまばらになり、荷物を降ろし終えた車が車両基地へと移動していくと、残っていた指揮戦闘車両からカサネが、副官であるテレーズ・ルビニ少尉をともなって降りてきた。

 駆け寄るようなことはせずその場で待っていると、向こうが気付いて歩み寄ってきた。カサネはテレーズへ先に戻っているよう言ったようだが、テレーズは側を離れずついて来る。


「こんな寒い中待ってたのか?」

「車両が戻ってきてるのを見て出てきたの」


 嘘をついたが、コートや帽子の上に積もった雪の量を見ればすぐにばれるだろう。それでもカサネはタマキの言葉を尊重して返す。


「そうか。わざわざ迎えに出てもらえてうれしいよ。ここじゃ寒いだろう。中へ入ろう」


 カサネに促されて、建物内に入ると大隊司令室横のミーティングルームに入った。以前はタマキも好き勝手入れた司令室だが、機材が持ち込まれ、司令部要員が常駐するようになるとそうもいかなくなった。

 代わりにその隣のミーティングルームを使うようになったが、そこは大隊長専用であり、最も多い使用目的はタマキとの密会であったため、隊員からは裏でタマキルームと呼ばれていた。


 室内は気の利いた隊員によって既に暖房が入れられていて、隊長が戻ってきたのを確認すると司令部付きの下士官がコーヒーを淹れるか尋ねる。

 カサネは頷き、タマキとテレーズは紅茶を注文した。

 室内に入ったタマキは、椅子に腰かける前にコートを脱いでハンガーにかけた。そこでようやく、カサネは新しい制服に気が付いた。


「この前言ってたツバキ小隊の制服か?」

「そ。ちょうど今朝届いたの」

「ハツキ色ですね。よく似合っていますよ」


 ハツキ島出身であるテレーズはその薄い桃色のことをよく分かっていて、ハツキ島らしい制服だと誉める。


「よかったらルビニ少尉もどうです? ハツキ島出身で、ハツキ島奪還のために戦う意思のあるかたなら歓迎だそうなので」

「待て、人の副官を勝手に引き抜かれたら困る」


 割って入ったカサネの言葉にタマキはむくれて見せるが、そんなことが許されないことくらい理解していた。トーコを引き抜いたときとは事情が違う。統合軍の、しかも士官を引き抜くとなれば相応の代償を支払う覚悟が必要だ。

 それが分かっててなおむくれて見せたのは、カサネのものの言い方があまりに妹への配慮に欠けていたからで、そこに関してタマキは一切譲歩するつもりはなかった。


「悪かった。口の利き方には気を付ける」

「分かってくれればそれでいいのよ」


 そんなやり取りに今度はテレーズが不機嫌そうに咳払いする。

 普段は大隊長として、テレーズの上官として、それにふさわしい態度をとるカサネが妹の前だと途端にこれだから、少しばかり機嫌を損ねていた。

 タマキを妬んでいるわけではない。単純に、妹相手だとあからさまに態度が変わるシスコン具合が気に入らなかったのだ。


「ともかく、夜も遅い。話があるならすぐに済まそう」


 ちょうどそのタイミングで頼んでいた飲み物も到着して、カサネは救いを得た。席に座ると、タマキも手袋とマフラーを外してその向かいに。テレーズはタマキの隣に座った。副官の座席位置は上官の隣が常なのだが、いまだにカサネの妹に対する態度が改められていないことに対する抗議としての措置である。


 そんなテレーズの態度にはカサネも一瞬戸惑ったが、それでも話を先に進める。

 独立大隊の大隊長として、中隊長からの報告が上がってきたらそれをまとめて基地司令に報告に向かわなくてはならない。悠長におしゃべりしていていい時間は限られる。

 タマキは運ばれてきた紅茶に砂糖を入れ、口をつける。流石に大隊長向けに用意されていた紅茶だけあって、食堂で提供される安物の合成品とは香りが違った。少しばかり機嫌をよくして話を始める。


「長いこと出ていたみたいだけれど、無事に帰ってきてくれてうれしく思うわ。強行偵察とは聞いていたけど、差し支えない範囲で状況を教えてもらえないかしら」


 カサネは頷くと、テレーズへと合図して、大隊長用の戦略端末を机の上に取り出させた。

 表示されたのはデイン・ミッドフェルド基地東部の地形と、そこに詳細に記入された偵察情報。カサネはその中からいくつかをピックアップして強調表示させると説明を始めた。


「情報部によるとハイゼ・デイン山脈の西側に帝国軍が拠点を構えているとのことだったが、敵の進出は予想以上に早かった。すでにこちらの最前線の偵察ラインを脅かす位置まで部隊が展開している」


 表示されたのは、偵察によって得られた画像データ。突撃機の〈フレアE型〉をはじめ重装機〈フォレストパックⅢ〉。さらにいくつかの対空機と、その奥には2脚装甲騎兵〈ボルモンド〉らしき影も見える。


「明らかに攻撃のための部隊ね」

「そうだ。これが侵攻を始めたら前線の偵察拠点はすぐに陥落するだろう。だが、本当に問題になるのは、基地攻略のための部隊だ」


 偵察用の拠点を制圧する程度なら突撃機と重装機で事足りるし、それに装甲騎兵が加わるとなれば瞬く間に陥落せしめるであろう。

 されどその奥、デイン・ミッドフェルド基地と、ここを中心に展開された防衛拠点を攻略するとなれば、より多くの重砲が必要になる。


「それで、偵察結果は?」


 先を促すようタマキが尋ねると、カサネは答えた。


「残念ながら、肝心の攻勢拠点については場所の目安はついたが陣容までは確認できなかった。帝国軍の進出が予想より早く、敵陣深くまで侵入して偵察するのは骨が折れた」

「そうでしょうね。敵の様子は?」

「既に攻勢拠点より前に小さな拠点をいくつも構えてる。偵察ついでにハイゼ・デイン山脈へ展開していた敵部隊に攻撃を仕掛け、補給車両を襲ったが、どれほど効果があったかは分からない。なんとか山脈を利用してゲリラ戦に持ち込みたかったが、時が遅かったな。もし敵が攻めてくるなら、デイン・ミッドフェルド基地周辺で迎え撃つしかないだろう」


 ハイゼ・デイン山脈は押さえておくべきだった。

 そう口にするのはたやすいが、デイン・ミッドフェルド基地ですら鉄道が通り真っ当な補給が行われるようになったのはつい最近だ。そこより先のハイゼ・デイン山脈へ部隊を展開したところで、この冬季にろくな補給が行えないのでは飢えて死ぬか凍えて死ぬか、どちらにしろ本来の目的を果たすのは難しいだろう。


「基地周辺の開けた平野で、数的有利な帝国軍と戦うのは避けたかったけれど、仕方のないことなんでしょうね」

「こちらが時間をかけて構築した防衛拠点が機能してくれることを祈るしかないだろう。許可が下りれば遊撃部隊を率いて山岳地帯へ向かうつもりだが、どれほど時間を稼げるかは不明瞭だ」

「帝国軍がデイン・ミッドフェルド基地を攻めるのは間違いないの? ソウム基地へ侵攻する可能性は?」

「はっきりいって未知数だ。ソウム基地からも強行偵察部隊が出ているから、そちらの報告と合わせて判断するしかない。なんにせよ、戦いの主導権は向こう側にある。こちらは攻められた場所を守るしかない」


 カサネの言葉はもっともだった。本来なら戦いの主導権は渡してはならないものだが、統合軍の準備は何もかも遅すぎた。

 南部戦線ではトトミ大半島に残った部隊によって一時的に戦いの主導権を奪い取ることに成功したが、総司令官の方針がトトミ中央大陸の地形を利用した防衛作戦である以上、受け身にならざるを得ない。


 大隊長であるカサネはともかく、義勇軍の、しかも小隊とは名ばかりの分隊+α程度のツバキ小隊を率いるタマキは、戦略的な行動をとることはできない。

 できることは、上から降ってきた命令に対して、部隊を率い最善を尽くして応えることだけだ。


 だからこそ、タマキはどんな命令が降ってこようと隊員を守りつつその任務を全うするための下準備を欠かしたくなかった。統合軍側に不利な情報ばかりとは言え、こうして最新の偵察情報を得られたことは幸いだった。


「そうね。そのためにわたしも備えておくわ。ちょっとしたトラブルもあったけど、ツバキ小隊の訓練は概ね完了してます。もし何かあったら頼ってくれてかまいませんから」


 タマキの言葉に、カサネは「頼もしい限りだ」と笑う。それに「そうでしょうとも」と返して、タマキは残っていた紅茶を飲みほした。


「帰ってきたばかりなのに時間を作ってくれてありがとう。おかげで今後の計画が立てやすくなったわ」

「どういたしまして。役に立てたなら光栄だよ」


 タマキの言葉にカサネは微笑みながら返す。ちょうど、カサネとテレーズの端末に中隊長からの報告が上がってきた。


「仕事の時間のようだ。司令室に中隊長を呼んでおいてくれ」


 カサネはテレーズへそう告げると、コーヒーを飲み干し、席を立った。

 立ち去ろうとするそんなカサネの背中へと、タマキはいつもの言葉を投げかける。


「今日はありがとう。お兄ちゃん、大好きよ」


 そんなテンプレ以上の価値はない言葉にカサネは軽く手を挙げて答えて、そのままミーティングルームから出ていった。

 残ったテレーズも、戦略端末を脇に抱えて、立ち上がる。


「では自分もこれで失礼させてもらいます」

「ええ、仕事、頑張ってね」

「はい。ニシ少尉殿も」

「タマキでいいわ。紛らわしいでしょうし」

「そうですね。ではタマキ少尉殿も、自分のことはテレーズと」

「そうさせてもらうわ、テレーズ少尉」


 2人は微笑んで、小さく敬礼しあう。


「自分もハツキ島出身ですし、部隊内にもハツキ島出身者が多くいます。声には出しませんが、ハツキ島義勇軍の活躍にはみな期待していますし、力になりたいと願っています。もし、お困りのことがありましたら、その時はなんなりと申し付けてください。ハツキ島奪還のためとあれば、多くの方が手を貸してくれるはずです」


 その言葉にはタマキも少しばかり感動させられた。ハツキ島を取り戻したいと願っているのは、あの子たちだけじゃない。

 同時に自分は多くのハツキ島出身者の願いを背負っているのだと分かって、責任の重さをあらためて感じさせられた。


「そう言ってもらえると心強いです。期待に応えられるよう善処します。もし、テレーズ少尉がお困りの時も、なんなりと申し付けてくださって構いません。ハツキ島出身のあなたが困っているとあれば、ツバキ小隊の皆は喜んで手を貸すでしょう」


 2人は再度微笑みあって、どちらともなく手を差し出して固く握る。


「ではタマキ少尉殿、今後ともハツキ島のために力を合わせていきましょうね」

「はい。よろしくお願いします」


 テレーズは握手を解くとその柔和そうな顔に笑みを浮かべて、小さく1つ会釈してミーティングルームを後にした。

 残されたタマキも余所の大隊のミーティングルームに何時までも居座ることは出来ず、退室して、士官用端末に得られた情報をまとめておく。


 帝国軍の攻勢は近そうだ。そうなったとき、デイン・ミッドフェルド基地は――ツバキ小隊はどうなるのか。

 その時のために、士官としてやるべきことはやっておかなければならない。

 タマキは明日の予定を確認して、修正の必要があると判断するとそれを簡単にメモし、作業のため自室へと戻った。


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