表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
81/303

〈音止〉出撃⑦

 翌朝、タマキが朝の哨戒班を送り出すと、ツバキ小隊の通信機に連絡があった。

 発信元はデイン・ミッドフェルド基地で、タマキは首をかしげながらも通信機を手に取る。

 かけてきたのはデイン・ミッドフェルド基地でツバキ小隊に哨戒任務を言い渡した連隊長で、統合軍部隊の準備が整ったので翌日正午に任務を引き継ぐとのことだった。

 ツバキ小隊は入れ替わる形でデイン・ミッドフェルド基地所属となるらしい。


「ここの暮らしにも慣れてきたところなのでちょっと残念ですね」


 哨戒任務や警戒任務にあたっている隊員も居るため全員に告げることは出来なかったが、とりあえず工作室の椅子に腰掛けて端末を眺めていたナツコへと報告を済ませる。


「ええ本当に。やっとナツコさんが〈音止〉に命中弾を出してくれて訓練も次の段階に入れると考えていたのに、残念です」

「その訓練は是非実施して欲しかったです。――あれ!? 待って下さい! 明日のお昼に帰るってことは、私の獲得したシャワー使用権は!?」


 的のずれたナツコの言葉にタマキは小さくため息をつきながら返す。


「無かったことになりますね。そもそもデイン・ミッドフェルド基地に戻れるので、使用権云々に関係なくシャワーは使用可能です」

「うぅ……。そうでしょうけど、そうじゃなくて……。折角勝ち取ったので……」

「気持ちは分かりますけどね。――アイスくらいなら奢りますよ」

「本当ですか!? 約束ですよ!」


 思いの外食いつかれて、タマキは「はいはい」と適当に返す。それよりも、ナツコが手にしていた端末が気になって話題を変える。


「前に渡した教育用端末ですか。勉強のほうは捗ってますか?」

「あ、はい! おかげさまで! 応用物理だとこれまで習った物理学じゃ解けない問題が多かったんですけど、物理の基礎から勉強し直してやっと内容が分かるようになってきました! 今は最近使い方を習ったロケットについて勉強中です!」


 言ってナツコは教育用端末に表示された応用ロケット工学のページを見せる。

 それは学問を究めるための大学で用いられる専門書で、当然タマキは見せられたところで内容はさっぱりだった。


「勉強熱心で大変よろしい。その、内容は理解出来ていますか?」

「はい! ちょっと難しいですけどなんとか。ただ実物が飛ぶのを見てみないと分からない点もあるので、今度この本に載っていないようなロケットの飛行特性を見せて欲しいです!」

「そうね、何とか機会を作ってみます」


 デイン・ミッドフェルド基地に戻ったら対装甲騎兵訓練の一環と言うことでロケットの使用許可を貰えるか申請を出してみようと、タマキは指揮官用端末を取り出してメモしておく。

 ナツコの才能については不明瞭な点が多いが、伸ばせる部分は伸ばしておいた方がいい。

 

 話をそれで打ち切ったタマキは、個室へと戻った。

 椅子に腰掛けて士官用端末に保存していた戦術マップを表示させる。

 ここ数日、任務を隊員達にほぼ丸投げして作っていたもので、この仮拠点周辺で戦闘になった場合にどう対処するかをまとめていた。

 対偵察機戦闘から、対装甲騎兵を想定したものまで。

 実際に戦闘が起こってから考えていたのでは無理がある。戦闘なんてのは、始まる前にどれだけ準備したかで勝敗は決まってしまうものだ。だから時間を作っては戦術プランを策定していたのだが、結局無駄になってしまった。

 こんなことならもう少し訓練に気を遣ってあげれば良かったと今になって後悔するが、戦闘が無かったのは素直に喜ばしいことでもあった。


「ま、こんなものでも何かの役には立つでしょ」


 タマキは作った戦術プランをまとめて圧縮し、ストレージの奥にしまっておく。地形が変われば必要な戦術も変わるが、それでも参考程度にはなるだろうと理由を付けて。


          ◇    ◇    ◇


 最後の夜間哨戒担当はナツコとトーコだった。それぞれ〈ヘッダーン1・アサルト〉と〈アザレアⅢ〉を身につけて、哨戒ルートを見てまわる。北西端まで登り、暗視スコープで広域を見渡すが問題無し。そのまま東へと向かう。


「と言うわけで、シャワー使用権はアイスになりました」

「ふーん、アイスか。半分頂戴ね」

「え!? あ、でも、トーコさんのおかげでもあるので……」


 冗談で言ったのに真面目に受け取られて申し訳なくなって、トーコは手を振って否定した。


「冗談だって。ナツコが勝ったのは事実だからね。――卑怯な手を使ったけど」

「あはは。――根に持ってます?」

「冗談だよ。気にしないで」


 トーコのしかめた顔がナツコには冗談なのかそうでないのか判別できなくて、笑いながらも冷や汗をかいた。


「ま、でも本気で警戒してる装甲騎兵にこんな見通しの良い場所で一発当てようとしたら、それこそ何が何でも不意をつかないといけないだろうね」

「うーん、でもそれが難しいんですよね。いろいろ考えた結果、サネルマさんとカリラさんにも手伝って貰ったわけで――」

「やっぱり偶然じゃ無かったんだ」

「あ! 違うんです! 今のは言葉のアヤというか……」


 必死に否定しようとするナツコだったがトーコは「知ってたからいいよ」と告げて、あんな場所でライトを消して哨戒している訳が無いことを説くと、ナツコも「なるほど」と手を打った。


「あり得ないからこそ効果あったんだけどね。私も事前に哨戒班が何処にいるか確認しておくべきだった」

「ふむふむ。対装甲騎兵は奥が深いですね」


 話しながら移動していると、既に哨戒範囲の東の端まで来ていた。そこで立ち止まって周囲をくまなく見てから、南へと進路を変える。

 いつしか空に薄く広がっていた雲が晴れ、半分の月が姿を現した。惑星トトミには衛星が1つ。それは地球時代の慣習に従って『月』と呼ばれていた。

 トーコが地図を見ながら進路を示し、ナツコは月明かりを頼りに周囲を見渡す。ナツコにとっては、半分の月でも暗視スコープよりずっと見やすかった。


「何か、動きましたね」


 ふと、ナツコが声に出すとトーコは手にしていたライトを消した。丁度近くにくぼみがあったので、2人でそこに隠れる。


「気のせいかも知れないですけど」

「気のせいでも、何か動いた気がするなら報告するべき。ちょっと見てて」

「はい」


 トーコは哨戒をナツコに任せると、通信機を繋いで拠点で待機しているタマキへと連絡する。


「こちら哨戒班。地点〈I-02〉より東方向に異変を確認。現在確認中」

『了解。細心の注意を払いつつ確認を。こちらは警戒態勢をとります』


 タマキは直ぐに応答し、まず拠点の警戒にあたっていたリルへ連絡。東方向を厳重警戒するように告げ、続いて休んでいた隊員を起こし、出撃待機させた。


 トーコは気を付けながら確認をとるようナツコに指示すると、暗視スコープを覗いて東方向をつぶさに調べる。

 ナツコは指示通り、くぼみに身を隠しながら目を細めて先ほど何かが動いた地点を重点的に調べる。すると、やはりその場所でまた何かが動いた。同時に、耳にもノイズに似た音――自分でもトーコのものでもない、コアユニットの作動音が入ってくる。


「居ました。発見地点にマーキング完了」

「了解。何がいるか判別できる?」


 尋ねつつも、トーコはタマキへと敵機発見の報をいれる。拠点の警戒レベルが引き上げられ、全機出撃待機。完全武装したフィーリュシカがリルと警戒を交代した。


「ちょっと待って下さい――見えた。装甲騎兵――でも〈ハルブモンド〉じゃないです」

「〈ボルモンド〉?」


 トーコは明かりが漏れないよう、下士官用端末に表示させた帝国軍の装甲騎兵の画像をナツコへと見せる。それを見てナツコは首を横に振り、代わりに〈ボルモンド〉の隣に表示されていた機体を指さした。


「こっちです。〈ハーモニック〉。全部で3機」

「嘘でしょ――ナツコを疑ってるわけじゃないよ。こんなところに居るのが信じられなかっただけ」


 トーコは直ぐさまタマキへと報告を入れた。

 同時に、フィーリュシカがナツコの発見した機体を確認し、それが3機編成の〈ハーモニック〉であると断言した。


『これよりツバキ小隊は戦闘態勢に入ります。出撃コードを発行。哨戒中の2人は見つからないよう拠点に戻ることは可能ですか?』

「ルート確認中――」


 トーコが周辺地図を確認し、ナツコは近くに掘ってあった塹壕を手のひらで示した。そこまで10メートル程距離があった。下手に姿を現せば発見される可能性もあるが――


「向こうはこっちにまだ気がついてません。こっそり行けば大丈夫です」

「分かった。――帰投可能です。直ぐ戻ります」

『了解。くれぐれも気を付けて』


 タマキの返答を受けて、2人は行動を開始する。ナツコが〈ハーモニック〉の様子を確認。3機とも周囲を警戒しながら進んでいる。全て明かりをつけず隠密行動をしているようで、地形を確かめつつゆっくり北へと向かっていた。

 ナツコは背後に居るトーコへとハンドサインを送り、それを受けてトーコが移動開始。コアユニット駆動音を響かせないよう、低出力状態で足音を立てぬようゆっくり歩いて塹壕内に滑り込んだ。

 トーコは塹壕から顔だけ出して、暗視スコープを覗き〈ハーモニック〉を確認。居る場所を示されれば、確かにそれを確認できた。〈ハーモニック〉が北へと意識を向けているのを確認すると、手招きしてナツコを呼び寄せた。

 ナツコもゆっくり移動し、無事に塹壕内に待避。そこからトーコが記録していた塹壕の情報を頼りに拠点へと戻った。


 敵が東に居るので拠点西側の入り口まで遠回りする。搬出口のシャッターも西側だったが、シャッターを開けるとどうしても音が出る。そんなわけにも行かないので別の入り口の前に立ち、無線で指示を仰いだ。


「ツバキ8、拠点西口に到達」

『了解。その場で待機』


 待機指示が出たが、直ぐに入り口がゆっくりと開かれた。中からイスラに手招きされて、2人は拠点へと入る。

 拠点内は明かりを全て落とされ、普段なら夜間つけっぱなしの暖房器具まで停止していた。唯一の明かりはタマキが操作している指揮官端末で、それを囲うように隊員達は食堂に集合していた。


「2人ともご苦労様。早い段階で良く見つけてくれました。既にドレーク基地へと援軍要請を出しています。と言っても、相手が〈ハーモニック〉3機ではあまりに状況が悪いですが」


 トーコはそんな報告をするタマキの元へ歩み寄り、隣にしゃがむと単刀直入に尋ねた。


「隊長はどうなさるおつもりですか?」

「向こう次第。はっきり言って戦うのは余りに無謀です。強行偵察が目的なら、この辺りの情報は差し出してでも、一端引くべきだと考えています。

 しかしもしこの拠点を落とすことが目的ならば、戦闘もやむ無しでしょう。こちらの機体は〈音止〉以外逃げ切れませんし。

 最悪の場合を想定してツバキ8は〈音止〉の出撃準備を。起動はしないで、あくまで出撃待機。

 ツバキ6、対装甲騎兵火器を装備して」


 指示にトーコは頷き、〈音止〉のある搬出口へ。

 ナツコは返事をしたが直ぐには動かず、挙手して発言権を求め、それが受け入れられると提案した。


「機関銃の代わりに狙撃銃を装備してもよろしいですか?」

「相手は装甲騎兵ですよ? 現在所有している20ミリ砲では有効打にはなりませんが――」

「20ミリなら〈ハーモニック〉の振動障壁を一瞬だけ誤魔化せそうなんです」

「そういうことなら良いでしょう。装備変更を認めます」

「ありがとうございます、直ぐ向かいます!」


 ナツコは短く敬礼し、トーコの後を追うよう搬出口へと向かった。

 そうこうしている間にも状況は逼迫してきていた。フィーリュシカから送られてくる〈ハーモニック〉の現在位置は、発見からしばらくは北に向かっていたが、こちらの拠点を見られたのか進路を西へと変更していた。


「まずいわね……」

「先手をとって奇襲かけるとか」

「かなり肉薄しない限り返り討ちにあうだけです」


 イスラの案をはねのけ、タマキは〈ハーモニック〉の現在位置のみに集中する。

 攻撃する、という選択肢も無いわけでは無い。だがそれは最終手段でなければならない。こちらの戦力は、装甲騎兵1機に〈R3〉7機。

 相手は3機編成の〈ハーモニック〉。これは帝国軍における装甲騎兵の基本分隊。分隊単独で行動していることから、それなりの練度のあることは明らかだった。

 未だに対〈ハーモニック〉戦の戦法は統合軍内で固まっていない。開けた地形でこれを相手にするのはあまりに分が悪い。


『敵集団、拠点へ向けて進路を確定』


 フィーリュシカの報告に、タマキは誰にも聞こえぬよう舌打ちをして、一瞬だけ思案を巡らせる。


 ――敵はこの拠点に狙いを定めた。だけど目的は?――


 答えは出ない。出ないが、拠点を調べる意思があることだけは明らかだ。

 そして拠点内に生活の痕跡が見つかれば、即座に攻撃態勢をとるだろう。

 やむなく、タマキは決断を下した。


「戦闘準備。各機、裏口から静かに外へ出て、指定された塹壕内へ」


 隊員達は小さく返事をすると行動を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ