〈音止〉出撃⑥
ドレーク基地の北方へ移ってから10日。帝国軍が侵入してくるといった事件もなく、ツバキ小隊は辺境の地で粛々と任務をこなしていた。
哨戒は交代制で、2人1組になって決められたルートを巡回する。拠点には常に隊長か副隊長が待機していて、何かあればそこへ連絡を入れる決まりとなっていた。
輸送任務は2日に1回、ドレーク基地へとトレーラーを走らせて、空になったエネルギーパックとその他発生したゴミを持っていき、代わりに充填されたエネルギーパックや弾薬を受け取って帰る。
拠点の設備にも若干手を加えた。標高が高く緯度も高い位置にある拠点は夜間冷え込み、夏用の寝袋ではとても眠れないことが分かった。その日は廃材を燃やして暖をとったが、翌日にはドレーク基地へと連絡し、調子が悪いため使用されていなかったエネルギー転換式暖房器具を受領すると、イスラとカリラに修理させて寝室兼食堂と化している工作室に据え置いた。
その他、簡易シャワーの設置について隊員から要望が頻出したが、ドレーク基地に問い合わせてもデイン・ミッドフェルド基地に問い合わせても簡易シャワー施設の余剰は存在しないとの回答で、設置は断念された。
代わりに輸送任務に就いたものにはドレーク基地の簡易シャワー使用権が与えられることとなった。もれなく荷物の積み下ろしという肉体労働が付いてくるが、それでもシャワーを浴びたい隊員たちは輸送任務に就くことを志望した。結果として輸送任務参加者は不公平にならぬよう順番が決められた。
拠点の防衛については、見晴らしのいい屋上で最低1人は歩哨に立つこととし、こちらもスケジュールが組まれた。その他、食事準備や洗濯、トイレ掃除なども持ち回りで、デイン・ミッドフェルド基地と異なり生活にかかわるすべてを自分たちでやらなければいけなくなった。
そんな任務と生活の合間に、手が空いた隊員は対装甲騎兵戦を想定した訓練をこなす。
初めは装甲騎兵相手に有効なロケット砲の使い方から。その後、開けた場所での装甲騎兵との対峙の仕方について。
〈音止〉も調整ついでに仮想敵として出撃し、訓練用ロケット弾頭を使って訓練していたが、補給の際に哨戒任務なのに訓練用弾頭の消費が多すぎると釘を刺されてからは、ロケット砲の砲身に小銃を仕込んで撃てるよう改造したものを使うようになった。
タマキが〈音止〉に対して命中弾を出したものには次回のシャワー使用権を与えると約束したため、隊員は試行錯誤して何とか命中弾を出そうと試みた。
対するトーコも2日間命中弾を受けなければシャワー使用権を与えると約束されたため、全力を尽くして回避に努めた。
見通しの良い地形もあって誰も〈音止〉に接近できず、すぐに発見されてはトーコから「見つけた」と宣言されてライトを向けられ、投降して最初の位置からやり直した。
このままではずっとトーコの1人勝ちになってしまうと、隊員たちは団結し、命中弾を出す方法を考え、その結果として隠れる場所を作り始めた。
時には穴を掘り、時には大きな火山岩を運んできた。
各々が目的達成のために工夫し始めたことにタマキは感心し、自由時間を使って穴掘りをしていたナツコを褒める。
「そうそう。勝つために何ができるかを考え、行動することが大切です。ただし、景観が変わってしまうほど地形に手を加えないように。敵に対して自分たちはここにいると宣言してしまうようなものですから」
「なるほど。確かにそうですね。気を付けます!」
ナツコは手にしていたシャベルを置いてびしっと敬礼を決めた。
「分かっていただければ結構。それと、あまり根を詰めすぎないように。肝心の任務の時に疲れているようでは困りますから。はっきり言っておきますが、適切に休養の取れない人間は、1人として必要ありません」
「はい、しっかり休憩も取ります。その点はお任せください!」
「分かっていただけるようなら結構」
ちょっと疲れ気味のナツコであったが、元気いっぱいに答える。
〈R3〉を装備しているので肉体の疲労はそうでもないのだが、生身とは比べ物にならない力を発揮してしまうため操縦に神経を使い、精神的な疲労がたまっていた。
「ふーん。ここに塹壕ね」
タマキの後ろからやってきたトーコが、ナツコの掘っている穴を確かめると下士官用端末を取り出して場所をメモする。
「あっ! ちょっと! 見ちゃだめですよトーコさん!」
「そうはいかないよ。ナツコが下準備するのと同じように、私にもその権利があるもの」
「その通りです」
タマキにも賛同されては、認めるしかなかった。
「うう……。でもトーコさん、1回くらい、わざと当たってくれてもいいんですよ……?」
「それもダメ。わざと当たったりしたら訓練にならないでしょ」
「全く持ってその通りです」
今度もタマキに賛同される。
トーコはそれで勝ち続ける大義名分を得て、内心大きく笑った。
トーコとて年頃の女性だ。2日に1回のシャワーをそうやすやすと手放すつもりはなかった。
「あ、じゃあトーコさん! どうしたら装甲騎兵に接近できるかご教授お願いします!」
「いやいや。どうして私がそっちの手伝いを――」
「私たちの目的は、歩兵でも装甲騎兵と戦えるようにしてトーコさんの負担を減らすことですよね! だったら、トーコさんが私たちに協力するのも必要なことですよ! 装甲騎兵側から私たちがどう見えているのか教えて欲しいです!」
ナツコの意見にトーコは首を横に振ろうとしたが、それより先にタマキがうんうんと頷いた。
「そうそう。隊員同士で協力することは大切なことです。トーコさん。装甲騎兵パイロットとしてアドバイスをお願いします」
「それは命令ですか? 隊長」
「当然です。しっかり頼みますからね」
タマキはそう告げると満足げにその場を後にした。
命令だと釘を刺されてしまっては、トーコは従うしか無かった。
「分かった、付き合うよ。でもあの人、絶対自分が楽したいだけだと思う」
「タマキ隊長にもたまにはお休みが必要ですよ!」
「……分かっててやったね。いいけどさ。参加者はナツコだけ?」
「あ、ちょうどサネルマさんとカリラさんが訓練の時間になるので呼んできます!」
ナツコは穴から飛び上がると機動ホイールを展開して拠点へと向かった。トーコも、仕方なく〈音止〉をとりに拠点へと向かう。
◇ ◇ ◇
その夜、個室で待機しているタマキの元に哨戒任務を終えたナツコとイスラがやってきて、引き継ぎの報告とある提案をした。
タマキは面倒くさがりながらも、自分の仕事がそこまで増えるような内容じゃないしいいかと、適当に了承した。
念のため作成した書類にもサインを貰い、大義名分を得たナツコとイスラは、仮眠中のトーコを起こしに向かった。
「トーコさん、起きて下さい」
「うん? どうしたの? 次の哨戒明け方だよね」
「哨戒任務では無く、訓練です!」
トーコはナツコが何を言っているのか最初分からなかったが、分かるとなるほどと頷いて、再び横になって寝袋に入り込む。
「ちょ、ちょっとトーコさん! 訓練ですよ!」
「ごめん。明け方から哨戒だから。今は寝かせて」
「そうはいかないんだなこれが」
尚も眠ろうとするトーコの目の前に、イスラは個人用端末を突き出す。
そこにはタマキの許可をとった訓練日程表が表示されていて、トーコは目を疑って何度か確認をとったが、確かにそれは実物であった。
「あの人、最近書類のチェックが雑になってる気がする」
「そんなことないです。タマキ隊長はしっかりした人です」
「そうそう。ナツコちゃんの言うとおり」
「はいはい。分かったよ。付き合うって」
夜間訓練にはトーコはあまり乗り気では無かった。
なぜなら夜闇は歩兵の味方だから。奇襲を仕掛けるのに、夜ほど恵まれた環境はない。これまで明るい内の訓練だから無敗を誇っていたトーコだが、ナツコとイスラは昼の内に下準備を済ませ、更に闇まで味方にされたら負けかねない。
それでも、簡単に負けるつもりは無い。
起き上がり〈音止〉へと向かおうとすると、トーコに気がついたユイものっそりと起き上がる。
「何だ、何処へ行く」
「訓練。〈音止〉動かすね」
「こんな夜中にか?」
「夜中だからだって」
「馬鹿馬鹿しい。あたしゃつきあわんぞ」
「寝てて良いよ」
「当然だ」
ユイは寝袋に引っ込むと寝直した。トーコも許されるならそうしたかったが、そうもいかない。何よりいつかは夜間訓練はしなければいけなくなるとは思っていた。昼間にどれだけ勝ち続けても、夜になったらまるで勝てないのでは意味が無い。
トーコは汎用〈R3〉を身につけ、座った姿勢のまま固定してある〈音止〉コクピットに乗り込むと、下士官用端末をかざして個人認証を済ませ、起動する。
超高出力コアユニットが気味悪い音を立て、直ぐさま機体全体に駆動力が行き渡った。
セルフチェック開始、全機構問題無し。武装は装備したままだが、全てに安全装置をかけ使用不可能な状態にしてある。唯一の武器は視線と連動するライトと、手に持ったライトの2つ。これで隠れた〈R3〉を見つけ出せばトーコの勝ちだ。
遠隔操作でシャッターが開かれると、メインディスプレイに外の景色が映る。
当然のことだが外は真っ暗で、低い位置に雲があるのかライトを向けると暗い色の雲が照らされた。月も星もない暗闇。トーコはこれは厄介そうだと、メインカメラを暗視スコープに切り替える。
慎重に外へと出て、そこからゆっくりと回り道しながら訓練開始位置へ。
ナツコとイスラは既に何処かに潜んでいるだろう。
〈音止〉の夜間視界を確認しつつ怪しい箇所を見て回りながら、昼間に作っておいた塹壕のマップ情報を〈音止〉と共有。戦術マップに表示させ、危なそうなラインを確認してから定位置へ。
準備が出来たことを示すため、無線を繋いだ。
「準備完了。そっちは」
『ナツコ・ハツキ、いつでもいけます』
『イスラ・アスケーグ準備完了』
「始める前に言っておくけど1回見つけたらそれで終わりね。明日早番だから寝ておきたいの」
『もちろん、見つけられたらな』
イスラは自信満々に答えた。
それにはトーコも負けてたまるかと、頬を叩いてまだ眠かった目を無理矢理覚まして気合いを入れる。
「それじゃ、始めるね」
トーコは宣言と同時に後方に飛び、確認が面倒な塹壕線から距離をとる。それから左手に持ったライトと、視線連動のライトを動かして、隠れていそうな場所を捜索。
一通り確認するとライトを全て消して、暗視スコープのみで周囲を警戒。闇を利用して静かに移動する。
闇に紛れられては〈R3〉の姿は見えないが、それは向こうも同じ。流石に大型コアユニットの駆動音は隠しきれないので場所は露見するが、正確な場所が分からなければ攻撃は出来ない。
トーコは暗視スコープの映像を頼りに移動し、塹壕の裏手へ回る。目につくところには居なかったので、何処かに隠れているはずだ。
すると、塹壕の向こう、大きな火山岩の後ろから何かが飛び出して来た。
トーコが急いで視線を向けると、メインディスプレイの映像が真っ白に染まった。
――相手からライトを向けられた!
だが直ぐに自動でカメラが切り替わり、同時にトーコは視線連動のライトを起動。まずは1人。
「見つけた――あれ」
出てきたのは、哨戒任務に就いていたサネルマである。サネルマは〈音止〉に向けられたライトにびっくりして、手にした明かりを取り落とす。
(仕組まれた――)
哨戒任務中にこれまでライトを消して隠れていたのだ。そんなの偶然なわけが無く、イスラ・ナツコと結託してはめにかかったのは疑いようが無い。
トーコの視界の端、メインディスプレイにまた明かりが走る。
(今度は――)
どうせ哨戒任務中のカリラだろうと思いつつも、確認しないわけにはいかない。手に持ったライトを向けると、やはりカリラだった。
だがトーコの目は、ライトがカリラへと向けられる途中、塹壕のへりに不自然に浮かび上がった金属光沢を見逃さなかった。
「見つけた。ナツコ」
拡声器でそう宣言して、ライトを向ける。その場所には確かに〈ヘッダーン1・アサルト〉のヘルメットがあった。
「ナツコ? 見つかってるよ」
ライトを向けられているのに出てこないので、確認のため一歩前に踏み出す。
だが一歩近づくと、そこにあるのがヘルメットだけだと気づく。
(やられた――)
トーコの背後で金属音。
完全に背後をとられた。しかし音の発生源からまだ距離がある。
右脚のブースターを使って反時計回りに反転。音の発生源へライトを向ける。そこには――
「斧!?」
火山岩にハンドアクスが突き立っていた。
そして同時に背後から発砲音。今度は紛れもなく本物の攻撃だ。
トーコには後ろを向いて確認をしている余裕は無かった。〈音止〉の弾道予測に任せて、左前方へ最大加速。予測線から外れると姿勢を低くし、機体を反転。後退しながらライトを走査して塹壕線沿いを確認。そこで移動する物体を発見。すかさず叫んだ。
「見つけた!」
対象は止まった。だがそれと同時に真下から発砲音。
距離3メートル。回避出来るわけが無かった。
〈音止〉の左足大腿部に命中した小銃弾はかつんと軽い金属音を響かせる。
トーコが足下にいるであろう何者かを踏まないように慎重に移動すると、そこから〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備したナツコが這い出てきた。
ヘルメットはしていなく、内心結構焦っていたようで顔を青くしていた。
「踏まれるかと思いました……」
「だから夜間訓練なんて嫌だったの」
トーコは〈音止〉をその場でスタンバイ状態にすると、コクピットから出て塹壕から這い出してきたナツコへと声をかける。
直ぐにイスラも駆けつけてきて、哨戒任務中のサネルマとカリラもやってきた。
「哨戒任務放り出して荷担するなんてどういうこと」
「いやだなあ。偶然ですよ偶然」
「そうですわ。たまたま通りかかっただけですもの」
サネルマとカリラは”偶然”で押し通すつもりらしく、訓練ご苦労様と挨拶すると哨戒任務に戻っていった。
「そりゃあ使えるものは何でも使うべきだとは思うけど、今のは流石に汚い」
「えへへ。でも1回だけでもどうしても勝ちたかったんです」
「そうそう。シャワーなんてのは関係ないのさ」
口ではそう言いつつも待望のシャワー使用権ゲットに沸くイスラだが、トーコは渋い顔をしつつも冷静に事実を伝える。
「命中弾出したのはナツコでしょ。イスラは外したからシャワー無し」
「いやいや今のはチームの勝利だから。共同撃破って奴だ」
「どうでしょう? タマキ隊長に確認してみます?」
「それは駄目。タマちゃん最近あたしのこと目の敵にしてるから」
「日頃の行いでしょ」
トーコにそうぴしゃりと言われると、イスラはそれもそうだと笑い飛ばす。
「トーコさん、こんな時間に付き合ってくれてありがとうございました!」
「寝てたとこ起こして悪かったよ。今度はちゃんとやるまえに告知するさ」
訓練はこれで終わりと、ナツコは置いてきたヘルメットを回収しに向かう。イスラもナツコが投げたハンドアクスを拾いに行く。
撤収の気配を感じたトーコは、思わず2人を引き留めた。
「ちょっとまって。これで終わりにするつもり?」
呼び止められた2人は振り返るときょとんとして、イスラが返す。
「明日早番だろ? さっきも寝ておきたいって」
「そういうのいいから。もう1回だけ付き合ってよ。無理矢理私のこと起こしたんだから、それくらい良いでしょ」
イスラとナツコは顔を見合わせて、どちらともなく頷く。
「はい! 折角の機会ですから、夜間訓練もしておきたいです!」
「ま、たまにはこういうのもいいさ」
了承を得られてトーコは今度は負けないと意気込むが、始める前にもう一度2人を呼び止めた。
「念のため言っておくけど今度はサネルマとカリラ使うのは無し。あとレーダーとは言わないから照明弾だけ使わせて」
大真面目にそう頼み込むトーコの顔を見て、イスラは笑い始め、ナツコも頬を緩めた。そんな様子にトーコは頬を赤く染め、むくれた顔で尋ねる。
「何がおかしいのよ」
「いえ、トーコさん、負けず嫌いなんだなって」
「当たり前でしょ。悪い?」
「悪くないです。私も負けないよう頑張ります! ね、イスラさん!」
「そうそう。次も勝ったらトーコちゃんに何買って貰おうかな」
「勝てたら何だって買ってあげるから本気で来て。手加減したら許さないから」
その言葉にはイスラも「良いことを聞いた」と満足げで、ナツコと簡単な打ち合わせをした後開始点へと移動する。
トーコが本気になった2回戦では、命中弾を出されるより早く2人を見つけ出しトーコが完全勝利した。
ナツコは翌日夜間訓練2回戦目についてタマキへ説明する際、敗因を「照明弾があんなに明るいとは思っていなかった」と語った。




