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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
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〈音止〉出撃④

 明朝、点呼を終え、各自ヘルスチェックを済ませ、朝食をとると、ツバキ小隊は整備倉庫前に停められたトレーラーの元に集合した。

 昨晩の内に荷物の積み込みは完了し、修理が終わったばかりの〈音止〉も荷室になんとか積み込んだ。加えて隊員用の〈R3〉と受領したばかりの対装甲騎兵用武器を積み込むとほとんど荷室にスペースが無くなる。

 これ以上物を積み込むと隊員の乗り込むスペースが無くなってしまうので、やむなく野営用のテントや寝袋などはトレーラーの屋根にくくりつけることとなった。


 かくして、前線哨戒任務に就く準備の整ったツバキ小隊は長らく世話になったデイン・ミッドフェルド基地を後にした。

 タマキは隊員に、山岳部で哨戒任務をこなしつつ対装甲騎兵戦闘訓練を行うと説明していたが、いつ帰って来られるかは一切説明しなかった。


 トレーラーの運転席にはカリラが座り、まずは前線基地であるドレーク基地へと向かった。

 デイン・ミッドフェルド基地から北東に直線距離で45キロ。重いトレーラーで山道を走っても2時間程度で到着した。

 小雨が降り始める中、雨合羽を着てトレーラーの屋根で警戒に当たっていたナツコはドレーク基地を見て呟く。


「基地、というより野営地って感じですね」

「小隊基地なんてこんなもんさ。物資受け入れを1カ所にまとめるためのもんでしかない。この基地に所属する兵士はほとんどこっから更に前線へ散らばって、それぞれ哨戒任務とやらに当たってるんだろ」

「へえ。なるほど」


 同じく雨の中警戒に当たっていたイスラが答える。イスラは何時デイン・ミッドフェルド基地に帰れるのかタマキへ尋ねた際、「タマちゃん」と呼んだ罰によって警戒を言い渡された。ナツコはその時の会話に混じっていたので、とばっちりをくって付き添わされていた。

 ナツコは基地をもう一度見渡して、確かに事前に説明のあった50人程の構成員が、このまばらに点在するテントに全て収まるようには思えなかった。

 兵士達は更に前線に出て哨戒に当たる。ツバキ小隊が請け負うのも、その哨戒の一部なのだろう。


「哨戒任務って、ハイゼ・ブルーネの時みたいに敵が来るかどうか警戒するんですよね」

「まあそうなるな。といっても、あの時みたいに突然大規模攻勢が始まったりはしないだろうけど」

「そうなんですか?」

「向こうにも向こうの準備があるからな。海を隔ててる訳じゃないし、慎重に下調べする余裕もあるってこと。まずは偵察部隊を送り込んで情報収集させてから、攻略できると判断すれば攻撃部隊を送り込んでくる」

「そうなったら、私たちじゃ太刀打ちできないですよね」

「当然だ。だからあたしらの任務は、敵の送り込んできた偵察部隊を追い返して情報を渡さないこと。帝国軍だって何があるか分からないところに大軍団を唐突に送り込んできたりはしないさ。多分」

「多分……?」

「あいつらの考えてることは分からん」


 イスラが自慢げにそう宣言すると、ナツコも「確かに」と思わず頷いてしまった。

 でもなんだかやることははっきりしてきた。

 哨戒任務について、辺りを警戒し、帝国軍の偵察部隊がやってきたら攻撃して追い返す。

 ハツキ島を取り戻すという目的とは大きくかけ離れているようだけれど、デイン・ミッドフェルド基地が落とされたらまたハツキ島が遠くなってしまう。そうならないためにも、この場所を守らないといけない。


「とは言っても、流石の帝国軍もこんな所まで来ないだろうけど」

「と言うと?」


 ナツコが首をかしげ尋ねると、イスラは西の方角を示す。低い位置に発達した濃い雲のせいで全容はつかめないが、そこにあるのはトトミ霊山で間違いない。標高6000メートルを超える、惑星トトミ最高峰の山だ。


「ツバキ小隊の受け持つ場所からトトミの首都へ向かうにはあの山を越える必要がある。夏場でもきついあの山に冬登ったら間違いなく死ぬ。山を越えないのであればわざわざそんな僻地攻める必要は無い。もうちょっと南の基地攻めた方がましだ。あたしならそうする」

「なるほど!」


 トトミ霊山に登ったことのないナツコでも、その場所で毎年のように滑落事故が起こり大量の死者が出ていることは知っていた。特に冬場は、熟練した登山家が政府の許可を得た上でしか入山を許されないような場所だ。

 良く晴れた日にデイン・ミッドフェルド基地からトトミ霊山を見ると、その上半分は真っ白に染まっていたことを思い出す。ハツキ島では滅多にお目にかかれない雪が積もったもので、サネルマ曰く頂上付近ではその雪が一年中溶けることは無いらしい。


「と、いうことはこれから私たちの向かう場所は安全なんですね!」

「そのはずなんだけどなあ……」


 絶対攻めてこないと言われたトトミ星のハツキ島は強襲され、こんな場所をわざわざ攻めたりしないと豪語したハイゼ・ブルーネ基地は強襲され、流れに流れてここまで来た。

 イスラには、さっきのナツコの言葉は何かしら起こり得ない事件を起こしてしまう悪魔の言葉だったように思えて仕方が無かった。


「タマちゃんはそうは思ってないみたいだし、警戒するに越したこたなさそうだ」

「そうですね! あ、でも警戒するならその呼び方についても警戒した方が……。タマキ隊長直ぐそこに……」


 ナツコは視線でトレーラーの側を示した。そこにはドレーク基地へと着任挨拶を終えたタマキが居て、ふざけた発言をしたイスラの方へとじとっとした視線を向けていた。


「あら。どうなさいました少尉殿」

「別に。これから更に北へと向かいます。あなたたち2人はそのまま警戒を続けるように」


 2人は了解を返して、トレーラーの助手席に乗り込むタマキを見送った。

 それからナツコは恨みがましい視線をイスラへと向ける。


「今、絶対警戒の交替言いに来てましね」

「だろうな。ナツコがタマちゃん近くにいること教えてくれないから」

「え、えー。私のせいですかね? いやいいですけどね。こういうのも慣れっこですから。警戒、頑張りましょう」

「あいよ。精々雨が強くならないことを祈っておこう」


 イスラの祈りは届いたのか雨脚は強まること無く小雨のままで、寒さに震えながらも警戒を続けると、1時間ほどで遠くに石造りの堅牢な建物が見えてきた。


「建物――工場だな。操業してないみたいだが」


 イスラが双眼鏡を覗くと、ナツコも目を凝らしてその建物を詳しく見る。

 イスラの言う通り工場のようで、錆び付いた大きなシャッターが見えた。建物自体は分厚い石で作られているようだが、随分と古く見える。


「何の工場でしょう? 缶詰とか?」

「こんな山に缶詰工場はないだろう。堆肥とかじゃないか?」


 適当に予想しつつも、イスラは通信機を繋いでタマキへと報告した。

 タマキも確認していますと返して、指揮官用端末に表示された工場に関する情報を読み取って返信する。


『統合人類政府のデータベースには工場の操業記録は残っていません。どうも枢軸軍時代の工場跡地のようですが詳細は不明です。

 哨戒区域を見渡せる位置にあり仮拠点の候補にはしていましたが、下調べが必要です。少し見てきて下さい』


 指示に、イスラはナツコと顔を見合わせ、それから返信した。


「〈R3〉を装備しても?」

『許可します。帝国軍が潜んでいる可能性もあるのでくれぐれも慎重に』


 帝国軍、という言葉を聞きつけて今度は荷室から返信が飛んだ。


『自分も同行する』


 フィーリュシカの言葉を受け、タマキは一瞬悩んでから、隊員全員に指示しなおす。


『分かりました。イスラさん、ナツコさん、フィーさんは3名で工場跡地の調査に向かって下さい。サネルマさん、リルさんはトレーラーで警戒に。トーコさん、念のため、荷室内で出撃待機』


 各員は返事と共に行動に移った。

 指示を言い渡されなかったカリラは隣のタマキへと自分を指さして見せたが、待機を命じられるとトレーラーのサイドブレーキをかけて体を伸ばした。


 ナツコとイスラ、フィーリュシカの3人は各々、〈ヘッダーン1・アサルト〉、〈空風〉、〈アルデルト〉を装備し、工場跡地へと向かう。

 何か潜んでいるのでは無いかと不安がるナツコだったが、工場の正面入り口に辿り着くと同時にフィーリュシカが中は無人だと言うと胸をなで下ろした。


 工場は木材加工場のようだったが大型の装置は搬出されていて、操業を停止してから随分長いこと放置されているようだった。

 それでも石造りの堅牢な建物だけあって雨漏りは無く、搬出口の大型シャッターこそ錆び付いてしまっていて開けるのには苦労したが建物はまだ十分に使用可能だった。

 搬出口はツバキ小隊のトレーラーを置いておくのに十分な広さがあり、これ幸いとタマキは決断を下す。


『ではこれよりツバキ小隊は工場跡地を仮拠点とし、周辺の哨戒任務に就きます。カリラさん、トレーラーを搬出口へ。各員、荷物の積み卸し準備を』


 こうして、ツバキ小隊のデイン・ミッドフェルド基地着任以来初の前線任務が幕を開けた。


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