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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
73/303

ナツコの特別補習④

 長時間の射撃訓練でくたくたになったナツコは、痛む肩に空になった弾薬ケースを下げて、歯を食いしばりながらゆっくりと進む。


「これ、絶対肩赤くなってますね……」

「赤で済むなら良い方よ」


 ナツコの使っていた銃とは異なり、固いクルミの銃床を持つリルの銃は容赦なく衝撃を伝える。恐らく右肩は赤じゃ済まない程に変色しているだろう。

 本来肩に緩衝材を当てて使うべきで、実際それはアタッチメントケースに入っていたのだが、リルはそれを意地を張って使わなかった。今になってはバカなことをしたと後悔している。

 しばらく痛みは伴うだろうが、まあ慣れたことだ。それよりリルは無配慮で愚かな隊員にからかわれるのが嫌だった。着替えの時にはどうしても素肌を曝すことになる。しばらくあのバカ姉妹とは別のベッドにして貰うようサネルマに頼んでおこうと、こっそり決意を固めた。


 備品管理倉庫へと狙撃銃と弾薬ケース、アタッチメントケース、射撃場用端末を返却すると、次はリルの狙撃銃をツバキ小隊の整備倉庫へと返しに行く。

 基地内であれば直ぐに使用できない状態にしてある銃は持ち運び可能だが、だからといって目立つ競技用狙撃銃を肩に提げたまま食堂やシャワー室を歩きたくは無かった。

 リルは1人で返してくるからと言ったが、ナツコは私も付き合うと言ってきかず、結局2人揃って倉庫へ向かった。


 狙撃銃を元あった場所に戻し、整備倉庫を後にしようとすると、倉庫の奥から物音がした。

 咄嗟にリルは拳銃に手をかける。整備倉庫の鍵は閉まっていた。誰も居るはずは無かったからだ。


「トーコか?」


 しかし物音のした方向から現れたのは、軍服の上から汚れた白衣を纏った金髪碧眼の少女。〈音止〉整備士のユイだった。

 その姿を見てリルは拳銃から手を離し、安堵してゆっくり息を吐いたが、ユイに対してすごみをきかせて尋ねる。


「何で鍵かけてたのよ」

「うるさい奴が勝手に入ってきて〈音止〉を触られたらたまったもんじゃないからだ」


 返答に、リルは不機嫌そうにため息をついた。この金髪少女なら考えそうなことだ。とかく他人にあの〈音止〉を触られることを嫌がるのだ。


「そんなことよりおチビちゃん。トーコを見なかったか」

「チビって言った? あんただけには言われたくないんだけど」


 チビ呼ばわりされたリルは握った拳に力を込める。確かにリルは小柄だが、ユイは更にそこから2回り小さい、初等部の学生ですと言われても信じてしまいそうな風貌をしていた。


「んなこたどうでもいい、質問に答えろ」

「だったら相応の態度をとったらどうなのよ」

「何を言ってるんだ貴様は。これだから頭の悪い奴は嫌いだ」


 自分の言いたいことを言いたい放題言ってしまうユイと、喧嘩腰のリル。一触即発の空気を感じ、躊躇しながらもナツコは間に割って入った。


「あ、あの、トーコさんは見てないです」

「そうか。間抜け面してる割りにしっかり答えられるじゃないか。間抜け面のくせに」


 それでユイはリルに対する興味を無くしたようだった。ナツコは2回も『間抜け面』と言われてしょげそうになりながらも、まだ険しい表情をしているリルを背中に隠す。

 そんなナツコの顔を、ユイは半分だけ開いた無気力でだるそうな瞳で眺めて呟いた。


「それにしても酷い間抜け面だ。待てどっかで見たことあるな。確か――駄目だ、まるで思い出せん。あたしの脳みそを持ってしても思い出せないとみるに、相当どうでもいい奴だったことだけは確かだな」

「え、ええ……何だかいまいちぴんと来ないですけれど、多分物凄いバカにされてますよね……?」


 自分の良く分からないところで勝手にバカにされてしまい、折角立ち直りかけていた気持ちがすっかりしょげてしまったナツコは大きく肩を落とす。

 そんな様子にリルは堪えきれなくなり、ナツコの背中の後ろから飛び出してユイへと食いかかった。


「あんたいい加減にしなさいよ」


 詰め寄られたユイだが全く動揺せず、相変わらず瞳はどろんと濁って活力のないままだ。そんな瞳で目の前に現れたリルを見上げると、半分閉じていた瞳を更に細めた。


「キーキーうるさいガキだな。うん? このガキっぽい釣り目、どっかで見たことある。確か――ああ、こっちは思い出した。コゼット・ルメイアだ」


 突如飛び出したコゼットの名前に、リルは目を見開き息を呑んだ。

 ナツコはきょとんとしていたが、ルメイアがトトミ星系総司令官コゼット・ムニエの旧姓であることに気がつくとはっとする。


「そういえば娘が居たな。――リル・ムニエか」


 ユイは手にした整備士用端末で隊員名簿を呼び出して、リルの名前をあらためた。

 対してリルは不機嫌そうに目を細め、1つ大きく舌打ちした。


「だったら何だってのよ」

「別に。見知った顔があったから気になっただけさ。トーコは見てないんだろ。だったらあんたらにゃ用は無い。出るとき鍵だけかけといてくれ」


 ユイはもうリルにもナツコにもすっかり興味を無くして、整備用端末を脇に抱えて整備倉庫から出て行ってしまった。


          ◇    ◇    ◇


 整備倉庫に残された2人は少しの間無言であったが、ずっとそうしている訳にもいかず、ナツコが意を決して口を開く。


「あの、リルさん。本当に、トトミ星系総司令官さんがお母さんなんですか?」

「だったら何よ」


 リルはいつも以上に不機嫌そうで険しい顔をして、ナツコもこれは怒ってるだろうなと思いつつも、言葉を続ける。


「リルさんがツバキ小隊にいるって知っているんですか? その、多分心配してると思うんです」

「しないわよ、あたしの心配なんて」

「え、でも。総司令官ですし、何よりお母さんですよね?」


 リルはナツコの言葉に苛立ちを隠さず舌打ちした。

 しかしナツコが孤児院出身であり、産まれてまもなく預けられていることを聞いていたために慎重に言葉を選ぶ。母親なんて、自分にとっては不愉快で憎いだけの存在だが、目の前の少女にとっては求めても手に入らない存在だ。


「世の中にはね、子供のことを自分の立場をよくするための道具程度にしか思ってない親が存在するのよ」

「そんな――」


 ナツコは言葉に詰まる。

 ナツコは本当の親を知らない。知っているのは、自分を育ててくれたハツキ島孤児院の院長先生夫妻だけだ。それでも、孤児院での生活は愛情に恵まれていた。

 リルの母親はトトミ星系の総司令官だ。ハツキ島義勇軍ツバキ小隊の結成を認可したのは他でもないこの人で、だとしたらリルの所在を知っていないわけが無い。だったら、心配してないなんてことありえない――

 ナツコはそう信じたかった。だけど、自分だって産まれて直ぐに預けられた身だ。親にとって子供なんて生き物は、その程度のものなのかも知れない。


「あいつはあたしが必要無くなると親であることを放り出した。とはいえ、生活に困らない財産と、何でも言うこときいてくれる使用人付きの家だけは残してね。もうその時から――実際はもっと前からだけど――親子関係なんてのは無くなってたのよ。

 だからあいつはあたしのことを一切気にかけない。あたしもあいつが何処で何をしていようが知ったことじゃない。それでこの話は終わり。

 後悔してることがあるとすれば、ムニエなんて苗字変えておくべきだったってことだけよ」


 冷め切った家族関係について聞かされて、ナツコは一時言葉を失う。

 本当にコゼットは娘のことを何とも思ってないのか。その逆は? リルは、母親のことを本当はどう思っているのか――

 リルとのやりとりを過去に遡って思い出していく内に、初めて出会った日のことを思い出した。


「あの、リルさん。ハツキ島に宙族が攻めてきた日、小さな仮設基地でタマキ隊長が自己紹介したときです。あの時、タマキ隊長が旧枢軸軍のお家の人間だってきいてリルさん、物凄い嫌そうにしてました。あれって、おか――総司令官が旧連合軍出身だったからじゃ――」

「違う」


 リルは静かに、しかしナツコが口をつぐむには十分な剣幕で短く否定した。

 そんな声にナツコがびっくりして息を詰まらせたのを見て、リルは小さく謝ると続けた。


「あんた、その時言ったでしょ。もう終戦から20年も経ってるって」

「ごめんなさい。その時はまだ、戦争のこととか分かってなくて――」

「謝らなくてもいい。責めてるわけじゃないの」


 ナツコが消え入りそうな声で「じゃあどうして」と口にすると、リルは顔をしかめながらも話した。


「あんたの言う通りよ。大戦が終わったのは今から20年も前。だってのに、旧枢軸軍だ旧連合軍だ、下らないことでいがみ合ってる。

 大人だけじゃ無くて子供までもそう。あたしが連合軍軍人の娘だって分かると、枢軸軍軍人の子供はこぞってガキ臭い嫌がらせをしてきた。だからあたしは枢軸軍に関わりのある人間が嫌い。

 でも逆だって同じよ。枢軸軍の子供が孤立してるのを見れば、連合軍側の家の子は陰湿な嫌がらせをする。そうするのが当たり前みたいに。手を貸さないあたしをまるで悪者みたいに扱って。

 だから、あたしは連合軍とか枢軸軍とかじゃなくて、前の戦争に参加した全ての人間が嫌いなの。

 これもそれも全部、目先のことだけ考えて、まがい物の平和のために対等講和なんてやらかした、どっかのバカ女のせいよ」


 ナツコにとってはリルの話はまるで別世界の出来事のようだった。

 少なくとも、ナツコの通ったハツキ島の初等部学校でも、前期課程だけ通った中等部学校でも、前大戦の所属に端を発するいじめなんて見たことが無かった。

 孤児院の人たちも、島の人たちも、前大戦についてあれこれ語ることも無かった。

 そんなナツコの表情を見て、リルはちょっと表情を柔らかくして、照れくさそうにして話の続きを口にした。


「あたしはそういう環境が耐えられなかったから、中等部課程を修了すると同時にあいつのあてがった家を飛び出して、ハツキ島の大学に進学したの。

 そしたら驚かされたわ。あんたみたいに、前の大戦なんて知らないって人間がごろごろいる。誰も枢軸軍だ連合軍だなんて話はしない。

 それに、余所からやってきたあたしをハツキ島の――少なくともハツキ大学の――人間は心よく受け入れてくれた。

 だからあたしにとってハツキ島は大切な場所なの。やっと、コゼット・ムニエの娘じゃない、1人の人間として認めてもらえた場所だから」

「リルちゃん……」


 リルの告白に、ナツコは感極まって泣きそうになった。

 自分が大切に思うハツキ島のことを、こんなにも思ってくれたから。


「ハツキ島婦女挺身隊がなくなったときあたしは居場所が無くなったわ。家には帰れないし、軍にも入りたくない――おまけに総司令官になったのがあのクソ女だったし。

 だから、その――なんての。あんたが、あの時、ツバキ小隊を作ってくれたことには――感謝してる」


 リルは顔を真っ赤にして、照れながらも言葉を句切り区切りにして話す。

 そんな様子を見てナツコはうんうんと頷いた。


「私がツバキ小隊を作ったんじゃありません。皆で作ったんです。進路について相談したとき、リルちゃんが自分も参加したいって言ってくれたから、タマキ隊長に義勇軍の結成をお願いできたんです。だから、ありがとうございます。私の背中を押してくれて」


 ナツコが頭を下げて礼を言うと、リルは照れ隠しで視線を逸らして口の中でなにやらごにょごにょ言っていたが、それは言語の体を為しておらず聞き取ることは出来なかった。

 それでもリルは視線を逸らしたまま、言っておきたかったことを最後まで言い切る。


「――言った通り、あたしにとってもハツキ島は特別な場所よ。それを奪うような奴らは許せない。あたしはあの場所をなんとしても取り戻したい。そのために今ここにいるの。母親が誰かなんてのは関係ない。だからこの場所を取り上げたりしないでちょうだい」


 ナツコは足を前に踏み出して、視線を逸らしていたリルの正面に立つと、真っ直ぐその顔を見据える。


「取り上げるなんて、出来っこないです。リルちゃんが一緒に戦ってくれるのなら心強いです。だから、これからも一緒に頑張りましょう!」


 ナツコが手を差し出すと、リルは応じるように手を伸ばし――寸前で止めた。


「頑張るのは良いけどちょっと待って。何であんたさっきからちゃん付けで呼んでるのよ」

「え、だって、リルちゃん、可愛かったから」

「はあ? 何言ってんの」


 リルは眉根を寄せ、目を細めてナツコを睨み付ける。

 そんな表情を向けられたナツコだが涼しい顔で、笑みすら浮かべてリルの右手を強引に掴むときつく握手を交わした。


「うふふ。分かってますよ! リルちゃん怒ってないって! そういう顔なだけなんですよね!」

「ふざけないで、今は怒ってる」

「またまたそんな。リルちゃんったら照れ屋なんですから」

「やめて! 肩痛いんだから振り回さないで! ちょっとナツコ! このバカ!」


 散々ナツコにいいように扱われたリルだが、最後まで手を上げることが出来ず、為すがままにされ続けた。

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