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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
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ナツコの特別補習②

 シミュレーター訓練後の反省会を終えると、隊長のタマキは自主訓練を命じ、自身はたまっていた書類仕事を片付けるために士官室へと向かった。

 隊員達は反省会で示された問題点を改善すべく、ツバキ小隊の名前で予約してあるシミュレーターへと乗り込んでいく。

 しかしナツコはシミュレーターを使う気になれなくて、行き先を決めかねその場で立ちすくんでいた。


 元々運動神経に関しては鈍い方だと自覚はあった。だから〈R3〉の訓練を受けたときも、他の人のように上手く操れなかった。

 それでも訓練を経て1人前になったつもりだったのに、どうにもシミュレーターを使うといつも通りとは行かない。見えるはずの物が見えない。聞こえるはずの音が聞こえない。

 銃弾だって集中していればきっちり見えるはずなのに、シミュレーターの銃弾は幻のように姿を消してしまう。


 そんなことだからシミュレーターの訓練結果はてんで駄目で、訓練終了の理由はほぼ全てナツコの戦死だった。

 タマキから指摘された問題点は、機体の機能に頼りすぎること。射撃も回避も機体任せで自分で考えないことだ。

 ナツコだって少しばかり〈R3〉の扱いには慣れてきたし、射撃のコツも回避のコツも荒療治ではあるが叩き込まれてはいるのでそれを活かしたいとは思うのだけれど、敵機も銃口も銃弾も見えない、自身の機体すらどう動いているのか正確に把握できないとなっては、機体に任せてしまうしか選択肢が無かった。


 だから自由訓練ではシミュレーターはなるべく使いたくなかった。

 されど何もしないわけにもいかない。ツバキ小隊の一員として、ハツキ島を取り戻すため、何か1つでも出来ることを見つけないと。

 運動神経というか体を動かす才能が自分には無いことは分かってる。だったら、せめて狙撃だけでも身につけないと。


 そう決心してみたはいいが、狙撃の腕を具体的にどう磨いたら良いのかいまいち良く分からない。誰か教えてくれそうな人はいないものかと思案する。

 フィーリュシカはきっと承諾してくれるだろう。それに狙撃の腕も超一流だ。

 ただ問題があって、フィーリュシカは人に物事を伝えるのが絶望的に下手だ。そもそも狙撃の腕が超一流のせいで、多分ナツコの参考にはならない。


 と言うわけで浮かび上がったのがリルだ。リルは飛行偵察機という区分の〈R3〉を使って行われる飛行狙撃競技の選抜選手で、空中を飛行しながら遠方の的を狙撃するという複雑な動作をこともなげにやってのける。

 当然、狙撃の腕は一流でタマキにも信頼されている。問題は、ナツコの頼みを聞いてくれるかどうかだが――


「――という訳なんですリルさん」

「なんであたしがあんたの自主訓練に付き合わないといけないのよ」


 リルは不機嫌そうに目をつり上げて、威嚇するような口調でそう返した。

 それにはナツコも言い返せず、思わず謝罪して一歩下がってしまう。

 折角シミュレーターに入る前のリルを何とか捕まえて交渉まで持ち込んだというのに、きっぱり断られてしまった。

 仕方なく1人で訓練しようと、射撃場へと向かおうとするとその背中にリルがまたとげとげしい言葉を投げかけた。


「何処行くつもり? 長距離射撃場なら反対方向でしょ。そもそもタマキの許可はとったの?」

「とってないです、ごめんなさい」

「なんでいちいち謝るのよ、鬱陶しいわね」


 だって、と言いかけて声がしぼんでしまうナツコ。顔をしかめたリルの顔は、元々釣り目がちであることも合わさってとても怖く、この顔を見るとナツコは思わず謝罪してしまうのだった。

 リルはというとそんな風に謝ってばかりのナツコを無視して個人端末を操作する。少しして返信を受けると、リルは長距離射撃場の方向を指さした。


「長距離射撃場の1番、使って良いって」

「え? 許可とってくれたんですか! ありがとうございます、リルさん!」


 ナツコは深く頭を下げると、早速訓練に向かおうと一歩踏み出した。

 しかしまたもやリルに呼び止められる。


「ちょっと、銃はどうすんのよ」

「え? あっ、そうでした、どうしましょう! というか〈R3〉も使用許可貰わないと駄目ですよね……」


 シミュレーターならばこれだけ借りておけば後はどうにでもなるが、実際に銃を使って訓練するとなればそうもいかない。表情を曇らせたナツコの前でリルは個人用端末を再度ちらとみて、まとめて申請していた備品使用許可が無事に下りたことを確かめる。


「使用許可降りたわよ。あんたの端末にも申請書のコピー送ったわ」

「わぁ! 何から何までありがとうございます!」


 ナツコはまた深く頭を下げて、個人用端末を取り出して備品管理倉庫の場所を確かめると、早足でそちらへと向かった。

 残ったリルはそんなナツコの後ろ姿を、指先でサイドテールの先をいじりながら見つめて、不機嫌そうに呟いた。


「どうして1人で行くのよ」


 仕方なくリルは1人、自分の狙撃銃を取りにツバキ小隊の整備倉庫へと向かう。

 それから狙撃銃を肩にかけて備品管理倉庫へと向かうと、案の定、受領した装備を1人では持ちきれず困惑しているナツコが居た。


「あれ、リルさん! あの実は困ってまして」

「見りゃ分かるわよ。っていうか何で1人で先に行ったのよ」

「え、でも、リルさん、さっき断って――」

「付き合わないなんて言ってないでしょ」


 その言葉にナツコは一瞬どういうことかと考えを巡らせたが、直ぐに結論に辿り着く。


「わぁ! ありがとうございますリルさん! 訓練、付き合ってくれるんですね!」


 ぱっと表情を明るくしたナツコは、思わず持とうとしていた狙撃銃をその場に置いてリルの元へ駆け寄ってその手を取った。

 するとリルは不機嫌そうな表情を浮かべて、ナツコの手を払う。


「あ、ご、ごめんなさい。はしゃぎすぎましたね」

「別に。っていうかいちいち謝るの止めてよ鬱陶しいわね」

「ごめんなさい」


 思わずナツコが謝るとリルは大きく舌打ちした。それにナツコはまた謝ろうとしてしまい、思わず口に手を当てて言葉を飲み込む。


「そんなことより、銃を放置すると危ないわよ」

「そうでした!」


 ナツコは慌てて先ほど地面に置いた狙撃銃の元へ駆け寄った。13キロ近くある長距離狙撃用の銃はナツコには重かったが、リルが手伝って肩にかけさせると何とか持ち運べた。


「お、重いですね……」

「あんたの力が無いだけよ。弾薬ケースかアタッチメントケース、どっちか持って」


 どっちかと問われてナツコは両方を軽く持ち上げてみたが、どちらも重いことには変わりなかったので利き腕の左で持っていた弾薬ケースを選択する。

 リルは残されたアタッチメントケースを担ぎ、それから射撃場管理用の中型端末を拾い上げると、「それじゃ行くわよ」と移動をはじめる。


 両肩に大荷物を抱えたナツコだったが、リルが先に行ってしまうと覚悟を決めて歩き出す。これは明日筋肉痛になるやつだと、ここの所〈R3〉に頼り切りで自分の体を動かす機会の少なかったことを恨むが、それでも置いていかれぬよう必死に歩き続けた。

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