ナツコの特別補習①
『敵機接近、〈フレアD型〉、2機まで確認』
市街地の低空を飛行していたリルからの報告が飛ぶ。同時に索敵情報が共有され、ナツコのメインディスプレイにも敵機情報が表示された。
”敵”は市街地を警戒しながら進むツバキ小隊の前方を横切るように移動している。
『ツバキ7、索敵装置を前方に展開』
『了解。滞空偵察装置を射出』
ツバキはツバキ小隊の使っている出撃コードで、現在は1~9まで。
1が隊長のタマキ、2が副隊長のサネルマ、以降3がフィーリュシカ、4がイスラ、5がカリラ、6がナツコ、7がリルと割り振られ、後から合流したトーコには8、整備士だが〈音止〉に乗り込んで出撃することのあるユイには9がそれぞれ与えられていた。
リルがタマキの指示に従って市街地の前方へと滞空偵察装置を射出すると、〈フレアD型〉2機が新たに捉えられた。これで存在が明らかになった敵機は4機。
対するツバキ小隊は、機体編成がばらばらの〈R3〉7機。敵が4機ならば数は有利だが、まだ発見されていないだけで潜んでいる可能性も捨てきれない。
『これよりツバキは敵歩兵部隊へ攻撃を仕掛けます。機動班〈AB-04〉地点へ移動。狙撃班〈AC-05〉地点へ移動を。ツバキ7は敵に見つからないよう一時後退』
各員は返事と共にそれぞれの行動を開始した。
狙撃班に含まれるのはナツコとその僚機であるイスラだ。ナツコは〈ヘッダーン1・アサルト〉に25ミリ狙撃砲を装備し、イスラは偵察機の〈ヘッダーン3・スカウト〉に観測手装備を積み込んでいた。
『狙撃班移動完了。配置についた』
イスラがタマキへと報告すると、その場で攻撃体勢をとり待機するよう指示が返された。
ナツコは市街地に立ち並ぶ比較的背の高い7階建てのビル屋上で、敵の進路が見渡せるよう位置取りをすると機体を伏せる。背負っていた25ミリ狙撃砲を構えると、弾倉を装填。1発目を薬室に送り込んだ。
「ツバキ6、攻撃準備完了しました」
ナツコは僚機のイスラへと報告する。イスラは隣で膝立ちになって姿勢を低くしたまま、索敵用のスコープを覗いて警戒に当たる。
「そろそろ敵さんが攻撃地点を通るぞ。しっかり狙えよ」
「はい。頑張ります」
答えて、ナツコは攻撃地点へと視線を向ける。
これから敵機が通過する800メートル先の道を注視しズームしてみたが、倍率が低いのかいまいち良く分からない。
狙撃砲の銃口をそちらへ向け、メインディスプレイに新しくサブディスプレイの窓を1つ呼び出すと、そこへ狙撃砲に搭載された高倍率スコープの映像を表示させる。
道の映像は確かに表示されているのだが、どうにもぱっとしないというか、ナツコにはそれが暗いフィルターを通したように不鮮明に見えた。目をこらして何とか見ようとしても、いくら頑張っても見えない物は見えない。
普段なら裸眼でもはっきり見えるような距離なのに、どうして見えないのか。その違和感にばかり気がとられてしまう。
『攻撃開始まで残り6秒、5、4――』
タマキのカウントが始まった。
こうなったら覚悟を決めて攻撃するしかない。
3から先は頭の中で数える。
立ち上げたサブディスプレイに敵機の姿が映った。〈フレアD型〉。帝国軍の主力突撃機。最新鋭機〈フレアE型〉には劣るが第4世代機として最前線で運用が続けられる優秀な機体だ。
『攻撃開始!』
タマキから攻撃命令が下される。
ナツコは最後尾についていた〈フレアD型〉へと標準を合わせている。移動先を予測――しようとするが、見えない。
移動する〈フレアD型〉は陽炎のように揺らぎ、視界は暗く、不鮮明であやふやだ。
それでも射撃管制に全てを任せ、照準をロックすると仮想トリガーを引いた。
発砲音が響き、発砲炎が瞬く。射撃姿勢をとっていたため狙撃砲の衝撃は分散され、機体は揺れるが最低限だ。
「外れた。誤差修正、右900」
「は、はい!」
イスラの着弾報告を受けて射撃管制装置に誤差を入力。しかし機動班が戦闘を開始し、敵機は瞬く間に撃破されていく。
ナツコが2発目を撃とうとサブディスプレイを注視した頃には片はついていた。
『攻撃成功。各機周辺警戒を』
タマキの指示に答え、ナツコは狙撃砲に安全装置をかけると射撃姿勢を解除して立ち上がり、それを肩に担ぐ。残念なことに、旧型突撃機の〈ヘッダーン1・アサルト〉では、腕に直接25ミリ狙撃砲を積載する能力は無かった。不便ではあるが、移動の際にはいちいちこうして担いで持ち運ばなくてはならない。
「敵機接近!」
「えっ!?」
イスラの鋭い声が響き、ナツコは慌てて肩に担いだ狙撃砲が落ちないようロックをかけて、右脚に装備していた個人防衛火器を引き抜いた。
ビルの屋上に〈フレアE型〉が2機、飛び上がってくる。偵察兵や狙撃兵を排除するための別働隊だろう。装備は機動力重視で、主武装は14.5ミリ機銃。
イスラは即座に対応しタマキへと交戦中を告げると行動を開始。
〈フレアE型〉の近距離からの攻撃を、急速後退とブースターによる螺旋軌道で無理矢理回避すると、主武装のセミオート12.7ミリライフルを構えて大雑把に狙いを付けて発砲。突出していた敵機の右肩部装甲に命中するが銃弾は傾斜装甲によって弾かれた。
「そっち行ったぞ!」
イスラの脇をすり抜けた〈フレアE型〉がナツコへと接近。機銃が向けられたナツコは、機体を最高速度まで加速させた。
回避行動をとらなければ撃たれる――。
敵は格上の突撃機ながら、イスラが1機抑えてくれているので1対1。回避に専念すれば凌げる可能性はある。
銃口の向きを見定めようと眼を細めるが、駄目。
敵機の動きも、銃口の向きも、霞んでしまって分からない。見えない距離じゃないはずなのに、視界はいつまでたっても暗いままだし、視界の中で何かが動く度に不規則なノイズが発生して視認を妨げる。
敵機が発砲。短く3発。それを2回で計6発。
銃口の向きは結局発砲の瞬間まで分からなかった。敵機の火器管制の性能を考えれば回避行動をとらなければ確実に命中する。身をかがめ、ブースターを最高出力にしてビルの屋上を這うように疾走する。
飛来する銃弾は――見えない。弾が当たらないよう祈るしかなかった。そして、祈りは届かなかった。
強い衝撃を受け、機体がバランスを崩す。
左足の付け根に直撃した銃弾は装甲を貫通し、制御不能に陥った機体は何とか右脚だけで踏ん張ろうとするも衝撃をいなしきれずに転がる。
コンクリートの上を4回転し、激しい衝撃が肩と頭に走った。
痛みは無いが、とんでもなく気分は悪い。大きな揺れに意識が遠のき、それでも何とか視線を上に向けて機体の損害状況を確認。
左脚部全損、コアユニット出力低下50%、戦術データリンク切断、ヘルメット陥没、25ミリ狙撃砲大破、左肩部中破、右肩部小破、左腕部手首接続不全――
真っ赤な表示が立ち並び、続いてバイタルチェックを表示。
そちらも真っ赤な表示ばかりで、それによると左足全損、全身打撲、脳震盪らしい。そして出血量が見る間に増えていき、既にイエローゾーンを突破。このまま処置しなければ出血多量で死ぬらしい。
「ツバキ6被弾、損害状況確認中」
〈フレアE型〉を2機とも損傷させ追い返したイスラが、周辺警戒しつつナツコの元へとかけよった。通信機能の壊れた〈ヘッダーン1・アサルト 〉のコンソールをこじ開けると有線接続して、損害状況を確認。真っ赤に染まるそれを確認して、直ぐさまタマキへと報告した。
「こちらツバキ4。ツバキ6重体。この場で処置しないとまずい」
『ツバキ1了解。安全な場所を見つけて処置を進めて』
タマキは即座に統合軍との通信チャネルを開いて衛生兵の派遣を要請。要請は受諾され衛生兵が移動を開始したが、到着まで残り5分。
その間、イスラはナツコを機体ごと、屋上にあった換気装置の影に運ぶとその場で緊急医療キットを取り出して処置を開始。
完全に壊れた左足のパーツを無理矢理外し、形だけ繋がっている以上の価値がなくなった左足を消毒したハンドアクスで切除。傷口を縛り止血して、消毒をして――
ナツコのバイタルを観測していた〈ヘッダーン1・アサルト〉が装着者の心肺停止を告げる。
イスラは舌打ちすると、〈ヘッダーン1・アサルト〉のコンソールから心肺蘇生機能を起動。〈ヘッダーン1・アサルト〉は機体から離れるよう警告し、イスラが一歩下がるとカウントを開始。電光が瞬き、ナツコの体が跳ね上がる。
それでも心臓は動き出さず、数回の試行がなされたがナツコが息を吹き返すことは無かった。
ナツコはそんな結果を虚ろな目で見て、ああまた死んでしまったと悲観に暮れる。
「ツバキ4よりツバキ1。ツバキ6、心肺停止、蘇生失敗」
「ツバキ1了解。これにて訓練を終了します」
ナツコの視界は真っ黒に染まって、再び光を取り戻すとそこはシミュレーターの中だった。装着していたパーツを外しヘルメットを上げるとシミュレーターの扉が上に開き、すっかり体が固くなっていたナツコは飛び出すようにそこから出た。
「10回目の死亡おめでとうナツコ。良かったなシミュレーターで」
隣のシミュレーターから出てきたイスラに早速からかわれてむくれたナツコだが、その言葉は紛れもなく事実であり、これが実戦だったらこうして馬鹿にされることも出来ない。
ナツコが返す言葉も無く俯いていると、シミュレーターのデータ収集を終えたタマキが手を叩いて隊員の注目を集めた。
「これから反省会を行います。ミーティングルームに集まって下さい」
隊員は返事と共に移動をはじめる。
1人、足取りの重いナツコだったが、失敗してしまったからこそ問題点を見つけて改善する必要があるのは明白だ。
こうして機会を与えられたのだから、有効に活用しなければ。11回目の死亡を逃れるためにも為すべき事を為さなければいけない。




