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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
67/303

ツバキ小隊の休日③

 高い石壁に囲まれた狭い路地裏は昼だというのに薄暗く、そこに満ちる空気も暗く重い。

 ナツコとフィーリュシカの2人は路地裏に入り少し進むと、露天市のようなものを見つけた。商人達は石造りの路上にゴザを引いたり、輸送用の木箱やドラム缶などを机代わりにそこへと商品を陳列している。しかしメインストリートに並ぶ商店と異なり活気は無く、威勢の良い声もここでは聞こえない。

 そればかりか、軍服を身につけた2人の姿を見るに付けて扱う商品に布をかぶせたり、懐に入れて隠してしまう。

 そんな様子に勘の鈍いナツコですら、もしかしてここはやばい品物を扱う、いわゆる闇市なのでは無いのかと思うに至った。


「あ、あの、フィーちゃん。もしかしてですけど、ここって闇市では?」

「銃器店の主人は裏の露天と呼んでいた」

「いや確かにそうですけど……。あれ……誰も居なくなりましたね」


 ほんの少し会話に気をとられている間に、路地に居た商人達は姿を消していた。

 薄暗い路地裏にはメインストリートから聞こえてくる商人たちの声だけが、むなしく木霊するばかりだ。


「人は居る。何故か隠れてしまった」

「店じまい、ですかね……。こうなった以上、帰るしか」


 ナツコは内心帰りたくて仕方が無かった。

 こんな人の居なくなった怪しい路地裏に長居する理由もなかったし、目的を果たすことが出来ないのならば早々に立ち去るべきだ。なにしろ今朝タマキから闇市には近寄らないよう言われたばかりだ。

 しかし、そんなナツコの願いは叶うこと無かった。

 目の前に、布を巻いて顔を隠した、大柄な男が立ちふさがっていた。

 これはやばいと引き返そうとして振り返ると、そちらにも顔を隠した男が立っていた。

 気がついたときには、周りを6人の男に囲まれてしまっていた。

 相手が何者かは定かで無いが、友好的で無いことは明らかであった。


「お嬢ちゃん達、こんなところに何のようだ」


 正面に立った男は、威圧的にそう尋ねる。手には銃らしき物が握られていたが、フィーリュシカは全く恐れることも無くその男へと答えた。


「銃を扱う店を探しに来た。知っているのなら教えて欲しい」


 フィーリュシカの答えに、男は答えず、代わりに手にしていた銃をフィーリュシカへと向ける。


「悪いがここには軍人相手に売るもんはない」


 男は銃の安全装置を外して銃口を持ち上げてみせる。

 しかしフィーリュシカはそれでも臆すること無く、無機質な眼で男の銃を値踏みするように見つめた。


「違法な改造を施した銃の所持は禁止されている」

「あ、あのフィーちゃん、そういうことを言っていられる状況じゃ、ないと」


 周りの男達は手に銃や特殊警棒を持って、少しずつ2人に対する包囲を狭めていた。

 そんな状況にあってもフィーリュシカは「規則は守らなければならない」の一点張りで、男に対して銃の入手経路を問いただしているのだから、ナツコは気が気では無かった。


 彼らは恐らく闇市の人間だ。

 しかし闇市は違法で、明確に法で禁止されている。そんな場所に統合軍の軍服を着て入ってきてしまったのだから、厄介ごとになってしまうのも当然の道理だ。

 ここは彼らにとっても、そして街に残る多くの住民にとっても無くてはならない生活の一部である。


 闇市は違法だからあってはならないと言うのは簡単だが、物資の流通が統合軍の統制下に置かれた今、通常出回る物資のみでは避難勧告を無視して街に残った人間は生きていくことが出来ない。

 闇市を取り払ってしまえば住民達は飢えてしまい、街は直ぐにもぬけの殻となるだろう。だから統合軍は兵士に対して闇市に近づかないように言っても、闇市を摘発しようとはしない。ここが住民にとっての生命線であることを理解しているからだ。


 当然そんなことは義務教育しか受けていないナツコでも容易に想像でき、生活インフラに対して軍から干渉を受けそうになった彼らがどのような行動に出るかも、何となく分かっていた。


「多分、この人達、私たちのこと殺すつもりです」

「どうして?」


 フィーリュシカはぴんと来ないらしく首をかしげて尋ね、それに対してナツコが満足な答えを出せないとみると、代わりに正面に立つ大柄な、リーダー格の男へと問いかけた。


「何故自分たちを殺そうとするのか」

「何故? バカを言うな。お前達が俺らの生活を奪おうとするからだ。だが、殺しはしない。出て行ってくれて、2度とこの場所に関わらないでくれればそれでいい」

「そうはいかない。この買い物にはこちらも命がかかっている」


 フィーリュシカの言葉を男は鼻で笑い、周りに居た男達へと2人を捕まえるように指示する。

 ナツコは持っていた買い物袋を取り落とし、体はすっかり硬直してしまっていた。

 そんなナツコをフィーリュシカは背中にかばい、ようやく状況を理解したのか腰に下げていた拳銃へと手をかける。

 その瞬間、男達の持つ銃が一斉にフィーリュシカへと向いた。


「動くな。そのまま、そのままゆっくり銃から手を離せ。さもないと――」


 だがフィーリュシカは男の指示には従わなかった。銃に手をかけたまま、真っ直ぐに正面の男を見据えて口を開く。


「警告する。それ以上一歩でも近づけばこちらも防衛行動をとる。あなたたちに勝ち目は無い。今すぐ銃を捨て降伏を」


 6対2。しかも完全にこちらを包囲している男達が、そんな警告を聞き入れるはずが無かった。リーダー格の男はフィーリュシカの警告を鼻で笑い、「引っ捕らえろ」と命令を下した。

 ナツコの背後に居た男が一歩足を踏み出した。

 その瞬間、フィーリュシカはナツコの襟を掴んで引っ張ると、同時に足を踏み出した男へと後ろ蹴りを放つ。

 その挙動が余りにも早く男は蹴りを回避できない。

 みぞおちに深く蹴りをたたき込まれた男はそのまま後ろへと吹き飛び、石壁に背中を打ち付け、その場で昏倒した。


「じっとしてて」

「えっ――」


 答えるより早く、フィーリュシカはナツコを壁際へと押し出した。

 今し方倒れた男の隣の石壁に、背中を強くぶつけて肺の中の空気を吐き出す。

 フィーリュシカへと声をかけようとするが、一瞬呼吸困難に陥って声が出せない。


「やっちまえ!」


 リーダー格の男が叫ぶ。

 5人の男達は一斉にフィーリュシカへと襲いかかった。

 特殊警棒を振りかざした男が殴りかかる。

 フィーリュシカは対装甲拳銃を抜いた。弾数は2発きりだが、〈R3〉相手にも通用する強力な拳銃だ。当然、生身でくらったらただでは済まない。

 それでも男は突撃を止めない。

 振り下ろされた特殊警棒をフィーリュシカは紙一重で横に躱し、武器を持つ手首を掴み捻り上げそれを奪い取ると、同時に脇腹を強く蹴りつける。

 男はその一撃で昏倒し、フィーリュシカは男の襟首を掴むと、そのまま盾にして銃を構える男へ向かっていく。

 仲間を盾にされた男は引き金を引けず、フィーリュシカが盾にしていた男を蹴り飛ばすと、一緒になってその場に倒れた。


 盾を放棄したフィーリュシカの足へと向けて、リーダー格の男は発砲した。だが放たれた銃弾は走り始めたフィーリュシカには掠りもしない。

 いよいよ照準を胴へと向けて発砲したが、放たれた銃弾をフィーリュシカは先ほど奪った特殊警棒で叩き落とす。

 銃弾を受け変形した特殊警棒を投げ飛ばし、側面から襲いかかってきていた男の顔面に命中させ、そのまま走り抜ける。再度発砲されるが、銃口の向きから弾道を予測しきっていたフィーリュシカは最低限の動きで銃弾を回避し、手にした対装甲拳銃を構えた。

 リーダー格の男がきつく眼を瞑ると、フィーリュシカの背中に別の男の声が投げかけられる。


「そこまでだ! それ以上動くとこの女が――」


 最後に残っていた男がナツコの隣に立ち、拳銃をフィーリュシカに向けつつ、反対側の手をナツコに伸ばした。

 銃を持っていないのは勿論、〈R3〉無しでの戦闘なんてまるでやったことはないナツコは抵抗のしようがない。

 咄嗟に逃げようとするも、足が竦んでしまい動かなかった。

 だが、男の手がナツコへ触れる直前、風切り音が響く。

 10メートルばかりあった距離を一瞬でゼロにして、フィーリュシカの蹴りが石壁に突き刺さった。

 放たれた蹴りは男の手とナツコの間を閃光のごとく貫いて、荒野の強風にも耐える堅牢な石壁が大きく凹んだ。

 足を高く上げたままのフィーリュシカが無機質な瞳を男へ向けると、男は布で隠した顔に恐怖の表情を浮かべ、銃を取り落としその場に尻餅をついた。

 フィーリュシカが足を石壁から引き抜く。そこには軍靴の跡がくっきりと残っていた。


「怪我は無いか」

「わ、私は大丈夫です」

「そ。ならいい」


 フィーリュシカはナツコの無事を確かめると、その場に倒れた男へと対装甲拳銃の銃口を向け、無感情な声を上げる。


「これが最終警告。全員武器を捨て立ち去れ。以降は手加減をしない」


 リーダー格の男は手にしていた銃をその場に落とすと、撤収を告げていの一番に立ち去った。昏倒していた男達も意識を取り戻し、武器を捨てて立ち去っていく。

 最後に銃を突きつけられていた男が後ずさりして逃げようとすると、それに向けてフィーリュシカは声をかける。


「待て」


 撃たれると思ったのか男は咄嗟に手で顔を覆ってその場に伏せたが、フィーリュシカは銃をホルスターに仕舞って、それから問いかけた。


「銃を扱う店は何処にある」


 男は必死に震える指で路地の一角を指し示し、声にならぬ声を上げた。

 フィーリュシカはそれで満足したようで、男に礼を言うとさっさと逃げるように促した。

 男は慌てて立ち上がると逃げ去り、その場にはナツコとフィーリュシカだけが残った。


「あ、あの。フィーちゃん、ありがとうございます」

「礼は無用。それより、銃を扱う店が分かった」

「え? あの、絶対危ないと思うんですけど、本当に行きます?」

「銃が欲しいと言ったのはナツコ」

「そうですけど……」


 多分売ってくれないのではないだろうか。というか、そんなお店に出向いたら今よりもっと危ない目に遭うのでは無いか。ナツコは思いながらも、男達が捨てていった武器を拾い集めるフィーリュシカにそれを言う勇気はなかった。


「その拳銃じゃ、駄目ですか」

「密造品に違法改造品。これは整備不良。どれも使用には適さない」

「そうですか……」


 ナツコも取り落としていた買い物袋を拾い上げ、袋を1つにまとめると、余った袋を広げてフィーリュシカが回収した武器を詰め込んだ。

 フィーリュシカはその袋を持つと、先導して先ほど男が指し示した路地へと向かう。ナツコもここで1人になるわけにはいかず、フィーリュシカへついて行った。

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