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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
66/303

ツバキ小隊の休日②

 ナツコはヘルスチェックを行い朝食を済ませると足早に定期便の発着場へと向かった。既に発着場は統合軍兵士が長い列をなしており、その最後尾に並ぶ。


「あれ、トーコさん! トーコさんもお出かけですか?」


 ナツコが列に並ぶとその後ろに軍服姿のトーコがやってきた。

 トーコは問いかけに頷く。


「折角の休みだからね。私も荷物ほとんど置いてきちゃったから、買い出しに行っておかないと今後の生活に支障が出るし」


 トーコは訓練のために訪れたハツキ島で部隊全滅の憂き目に遭い、外出用の荷物を全てハツキ島に置いてきてしまった。普段使っていた荷物に関しては本来の所属であるレインウェル基地に置いてあったのだが、ハツキ島で戦死したことになっていたトーコの荷物はどういった訳か所在が不明になっており、再三問い合わせたものの現在は多忙なため取り合えないとまともに相手をして貰えなかった。


「服もこれだけじゃいい加減ね……。ユイの服も用意してあげないと、あの子平気でいつも同じ服着てるし」

「ユイちゃんらしいといえばらしいですね。――ところでユイちゃんは?」

「作業があるとかで部屋に残ってる。一度言いだしたらきかないから放っておいた」

「なるほど、ユイちゃんらしいです」


 あの金髪の少女ならきっとそうだろうなと、ナツコは内心ちょっとおかしくなって答えた。そんな会話にフィーリュシカが口を挟む。


「ユイは決められた食事をとっていますか?」


 問いかけにトーコは一瞬返答に困って、それから答える。


「うん、大丈夫、なはず。立て込んでると食事も後回しにするけど、最近はちゃんと食べてるよ。しっかり言いつけておいたから」

「そう。それならいい」

「心配してくれるの? フィーは優しいね」

「彼女の力が必要。倒れられては困る」


 トーコは素直に頷きたくはなかったが、紛れもない真実なので小さく頷く。ツバキ小隊の所有する〈音止〉を修理・調整できるのはユイだけだ。体調不良など起こされたら、いつまで経っても〈音止〉は壊れたままになってしまう。


 会話をしている間にも列は進んでいき、ようやくナツコ達の乗車する番になった。3人は一緒になって統合軍の兵員輸送車両に乗り込み、仕切っている統合軍下士官の指示に従って兵員室の奥へと詰め込まれる。


「街まで1時間だったかな……。この体勢でずっとは辛いかも」

「でも、買い物のためです!」


 トーコは危険を感じて酔い止めを飲むと、もう2つ取り出してナツコとフィーリュシカへ差し出す。ナツコは礼を言って受け取ったが、フィーリュシカは必要無いと断った。

 帰りは空いてるといいけど、とトーコが誰に言うでもなく口にすると、兵員輸送車両はクラクションを鳴らして発着場を出発した。


          ◇    ◇    ◇


「気持ち悪い……」


 案の定狭い兵員輸送車両で1時間の道のりを過ごしたナツコは気分が悪くなり、街の発着場に到着して降車すると同時に石の壁に手をついて体を預けた。

 フィーリュシカはそんなナツコの背中をさすりつつ、朝食を吐き出せば落ち着くと的外れなアドバイスをする。

 こんな人の集まる発着場で嘔吐など出来るはずもなく、ナツコはそうしてしばらく項垂れて居た。


「あらま、一応水貰ってきたけど、重症みたいね。フィー、ここ任せても大丈夫?」


 トーコは入手してきたボトル入りの水をフィーリュシカへと手渡して尋ねた。


「問題無い。――トーコ、あなたは1人で大丈夫か。必要ならば護衛する」

「大丈夫。訓練は受けてるよ。銃も持ってるし。心配してくれるのは嬉しいけど、気にしないで。さっと買い物済ませて帰るだけだから」

「そ。それならいい。ただしくれぐれも身の安全には細心の注意を。あなたは生き残らなくてはならない」


 その言葉にはトーコも素直に返す事が出来ず、ぎこちなく頷いて「先に行ってるから」と言い残し発着場を離れ街へと向けて歩いて行った。


「うう、トーコさん気を付けて……」

「トーコならもう行った。必要なら薬を貰ってくる」

「だ、大丈夫です。大丈夫。それより、買い物に行かないと。今日のこの日を逃してはいけないんです! この買い物には、私の命がかかっているんです!」

「分かった。ならば自分も全力で協力する」


 ナツコは執念で悪くなった気分をなんとか耐え抜き、吐き気を堪えて真っ直ぐ立つと、街へと向けて歩く統合軍兵士の列へと続いて歩き始める。そんなナツコにフィーリュシカは離れることなく付き添い、常に周囲への警戒を怠らなかった。


          ◇    ◇    ◇


 デイン・ミッドフェルド基地の最寄りの街は、北にそびえるトトミ霊山への登山準備をするための宿場町であり、春の終わりから秋の初めまでの登山シーズンはトトミ中央大陸中からやってくる登山客で賑わう場所であった。

 今は冬が間近に迫り、更に避難勧告発令地域であることから宿場町からは人が消え、それでもわずかに残った人々は生活のため、訪れる統合軍兵士相手に商売にいそしんでいた。

 砂の多い地域のため石造りの建物が並ぶメインストリートでは、商売人達が威勢の良い声を上げている。


 ナツコは早速若い女性向けの衣類を扱う店舗に赴き、雑多に積まれた商品を品定めする。

 中には盗品であるのではないかと疑われる中古品も紛れているが、贅沢は言っていられない。戦時の今、女性向け衣類を扱ってくれる店舗は少なく、選択肢は限られているのだ。

 ナツコは集まった統合軍女性兵士の群れをかき分け、何とかめぼしい衣服を数点つかみ取ると、更に別の群れへと突入しようと構える。そんなナツコに対してフィーリュシカが提案した。


「必要なものを言ってくれればとってくる」

「え、それはありがたいけど――そういえばフィーちゃんは服は買わないのですか?」


 問いに、フィーリュシカは無感情のまま首をかしげて、それから短く答えた。


「どうして?」

「どうしてって……。休日くらい軍服じゃないものを着たいと、思いません、かね……?」


 問いかけている途中で自信のなくなってきたナツコの声はしぼむが、フィーリュシカは逆に尋ねた。


「それは皆がそう思うことなのですか?」

「うん。それは、ほら。向こうでサネルマさんとリルさんも服買ってますよ」


 威勢の良い声を上げるおばちゃん相手に値下げを要求しているサネルマと、それに付き合わされるリルの姿を見つけたナツコはそれを手のひらで示す。

 その姿を見たフィーリュシカは音もなく頷いた。


「そういうことなら、自分も買っておくべきだと思う」

「分かってくれましたか! 良かった。フィーちゃん美人なので、きっと何を着ても似合いますよ!」

「そう。ですが以前、上官でもあり部下でもある人物より、絶対に服を自分で選ばないように忠告を受けた。無理を承知でお願いするが、ここはナツコに選んで欲しい」


 思わぬ依頼にナツコは戸惑うも、胸を張って答える。


「分かりました! お任せ下さい! 何とか見繕ってみます! 着いてきて下さい!」


 フィーリュシカは声もなく頷くと、統合軍兵士をかき分けて商品の元へと向かうナツコにぴったりと付き添った。

 ナツコはそこで何とか戦いに勝利し、ひとまずは普段着る服と下着。それにフィーリュシカの着る分の服を購入し、戦利品を抱えてメインストリートへと帰還した。


「やりました! 大戦果ですよ! これで当初の目的は果たせました! 後は自分用の枕と、保湿クリームと、携帯カイロと……そういえば、拳銃って何処で買う物ですかね」


 ふと、出かける前のタマキの言葉を思い出したナツコが問いかけた。

 拳銃を扱える自信はないが、今となっては自分も義勇軍の隊員だ。自分の身は自分で守らないといけない。そんな気持ちが芽生えていた。


「拳銃ならば銃器店で購入可能」

「そうなんですか。ちょっと、探してみてもいいですかね?」

「問題無い」


 フィーリュシカはそう答えたが、付き合って貰っているナツコは何だか悪くなって尋ねる。


「フィーちゃんは、何か買いたい物はあったりしませんか?」

「今の生活には満足している」

「そ、そう、ですか」


 きっぱりとそう言い切られてしまってはそれ以上何も言えない。

 付き合わせてしまって悪い気持ちもあったが、ひとまずは次の目標である銃器店を探してメインストリートを歩き始めた。


          ◇    ◇    ◇


 ようやく見つけた銃器店は客が1人も居ないような状態であった。

 店の入り口には『修理のみ承ります』と大きく書かれていて、望み薄ではあったのだが念のためナツコは入店した。

 初老の店主曰く、戦争が始まって治安が悪くなったことと、拳銃を軍が買い上げてしまい供給がほぼなくなったこと、前線に配属された統合軍兵士がこぞって拳銃を買い求めたことにより在庫は底を尽き、現在は修理と予備部品の販売しか行っていないとのことであった。


「他に拳銃を扱っているお店ってありますかね?」


 ナツコの質問には店主も嫌悪感を示す。売るものがないからといってわざわざ商売敵を紹介したりはしないだろう。

 店主は細めた眼でナツコを一睨みして、「何処に行っても無いものは無いよ」と冷たく言い放つ。


「そうですよね……。ごめんなさい、変なことを聞いてしまって。失礼しました」


 ナツコが謝ると、店主は冷たくあしらったことを悪く思ったのか、退店しようとする2人の背中に、「もしかしたら裏の露天にはあるかも」と声を投げかけた。

 ナツコは振り向くと礼を言って、銃器店を後にした。


「裏の露天って、何処にあるんでしょう?」

「先ほど商売人らしい人間が路地裏へと入っていくのを見た」

「なるほど! 路地裏の露天のことだったんですね! 早速行ってみましょう! 案内、お願いします!」


 ナツコの言葉にフィーリュシカは頷いて、「こっち」とメインストリートを引き返していく。

 ナツコも『裏の露天』が闇市の事だとはつゆ知らず、先をいくフィーリュシカにぴったりとついて歩き始めた。

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