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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
65/303

ツバキ小隊の休日①

 タマキの計らいにより急遽休日が与えられたツバキ小隊は、狭い部屋の中で各々外出の準備を進める。

 ナツコも2段ベッドの下段で寝間着から統合軍の軍服へと着替える。何の荷物も持たずにハツキ島から撤退してきたナツコにとっては、この統合軍から貸し出されている軍服が唯一の外出着であった。運良く寝間着は基地の売店で購入できていたが、外に着ていける服はこれきりだ。だから、ナツコはこの機会に普段着をなんとしてでも購入しようと決意していた。


 出撃手当を含めた給金の支払い直後とあってナツコの支払い能力は十分であり、あとはお店に出向いて自分に合った衣服を見つけるだけだ。少なくとも基地の売店で販売されている避難民向けの質素この上ない衣服より質が良く、僅かばかりのおしゃれ心ある衣類であればそれ以上を求めるつもりもなかった。


「服を買いに行きたいと思うんですが、リルさんは何を買いに行きます?」


 うきうきする心を抑えながらも、他の人は何を買いに行くのか気になって隣で着替えるリルに問いかけたが、リルの反応は冷たく、釣り目がちな鳶色の瞳で睨み付けられた。


「なんでもいいでしょ」

「う、うう。そうですけど……」


 不機嫌そうなリルの瞳に見つめられるとナツコはそれ以上何も言えなかった。先日一緒に買い物に行こうと誘ったときもきっぱり断られているので、買い物に誘うことも出来ない。

 それでも買い物仲間が欲しいナツコは、リルの向こう側にいるフィーリュシカへと声をかける。


「あの、フィーちゃん。良かったら一緒に行きませんか?」


 既に着替え終わって軍服をきっちり身につけていたフィーリュシカは、無機質な瞳をナツコへと向けると、真っ直ぐに頷く。


「外出するのであれば同行する」

「わあ! ありがとうございます!」


 買い物仲間が見つかったナツコは心を弾ませる。

 そんなところに、部屋の扉を叩く音が響いた。短く2つ。紛れもなくツバキ小隊隊長、タマキのものだ。

 昨日の今日なので隊員達はノックの音に体を硬くして、直ぐさまその場で姿勢を正す。


「失礼します。――着替え中でしたか。これは失礼しました」


 言って、タマキは室内に入ると狭い通路に立ち扉を閉める。

 それから姿勢を正している隊員に対して「着替えを続けて結構」と言いつけて、着替えながらでいいので聞いて下さいと前置きして話し始めた。


「買い物に行きたいという声があったので、最寄りの街まで運行している定期便の時刻を調べておきました。各員に時刻表のデータを送信しているので参考にして下さい」


 タマキの言葉にナツコは表情を明るくして礼を述べる。それから個人用端末を開いて時刻表を確認する。統合軍の兵士も近場の街まで行き来しているようで、定期便は30分おきに運行していた。


「間違っても最終便に乗り遅れないように。よろしいですね」


 タマキが確認すると、隊員は元気に返事をする。義勇軍結成以来初めて与えられた休日は、昨日の訓練の疲れを吹き飛ばしていた。


「しっかり返事が出来て大変よろしい。

 それともう1つ。これは注意して頂きたい事なのですが、今は戦時です。向かう先は街とは言え避難勧告が発令されている地域です。街としての機能は最低限保たれている状況ですが、治安は普段に比べとても悪くなっているのが現状です。くれぐれもトラブルに巻き込まれないように。また、自分の身は自分で守るように。拳銃は出かける前にしっかりと整備し、直ぐに使えるように携行して下さい」


 隊員は頷き返事をするが、ナツコは狭いベッドの中から身を乗り出すようにして手を上げた。


「はい、ナツコさんなんでしょう」

「あの、拳銃を持っていないのですが」

「そうでした。ハツキ島撤退時にほとんど私物を持たなかったのでしたね」

「いえ、元々拳銃は持ってなくて」


 ナツコの言葉に、タマキは信じられないといった表情を浮かべる。今のご時世、統合人類政府に属する市民が自身の身を守るために拳銃を常備するのは常識中の常識だ。

 そんなタマキに対して、イスラが小さく手を上げると、タマキの視線を受けて答える。


「ハツキ島は治安が良いから、たまにしか持ち歩かないって奴も珍しくは無い」

「そうだとしても、年頃の女性が拳銃なしで……。誰かに拳銃を持つように勧められなかったのですか?」


 タマキに問われると、ナツコは申し訳なさそうに答えた。


「一応大将――勤務先の中華料理店の店長なんですけど――には勧められましたけど、持っていても扱える自信が無くてですね……」

「そうは言っても……」


 ナツコの答えにタマキはため息をつく。形だけでも拳銃を持っているのと持っていないのとでは雲泥の差だ。

 ハツキ島ではともかく、戦時の避難勧告発令下の街に出向くとなれば拳銃の不所持などもってのほかだ。かといって個人防衛火器を持ち出させるには軍の許可がいて、今から申請を出しても今日中には下りないだろう。拳銃の入手も、今から輜重科に連絡して出てくるのは何時になるか分かった物では無い。

 そんなことにタマキが頭を悩ませていると、音も無くフィーリュシカが手を上げる。


「はい、フィーさん」

「ナツコには自分が同行する。ナツコの身は確実に守る」


 フィーリュシカの力強い言葉には、ナツコは喜び半分と、いつも守って貰ってばかりいる申し訳なさが半分のなんとも言えない感情を抱いたが、それでも守ってくれると宣言してくれたフィーリュシカに礼を述べる。

 フィーリュシカの言葉にはタマキも頷く。他でもない、フィーリュシカが護衛に付くのならこれほど頼もしいことはない。フィーリュシカは区役所職員として〈R3〉を使わない生身での戦闘訓練課程も受けている。


「分かりました。ナツコさんは決してフィーさんの側を離れないように」

「はい、分かりました」


 ナツコは大きく頷いて返事をした。ともかく問題が1つ片付いたタマキは、他に拳銃を所持していない隊員がいないか問いかけて、いないことを確認すると「話は以上です」と言って部屋の扉へと手をかける。

 そこで1つ思い出したことがあって、振り返ると再び隊員へと注意を行う。


「1つ言い忘れていました。どうやら最近、街の中に統合軍の目を盗んで闇市が形成されているようです。治安が悪いのは勿論ですが、扱われている品物についても出所が不確かであり法に触れる可能性もありますので、決して闇市で買い物をしたりしないように。よろしいですね?」


 タマキの確認に隊員は返事を返すが、タマキは頷かなかった不届き者を見逃さなかった。


「イスラ・アスケーグ。返事」

「やだなあ。勿論分かっていますよ、少尉殿」


 ひっそりと闇市の情報を仕入れ、最近出回ることの少なくなった酒類の入手をもくろんでいたイスラであったが、名指しで注意されると頷かざるをえなかった。


「分かっているならよろしい。わたしも所用が済み次第、見回りのために街へ出向く予定です。法に触れる物品を手にしている者には容赦なく罰を与えるのでそのつもりで。わたしからは以上です」


 タマキは質問がないことを確かめ、着替え中に訪ねたことを再び謝ると退室した。

 扉が完全に閉まると、闇市に行かないよう釘を刺されたイスラは肩をすくめる。


「仕方ねえ。酒は正規店になけりゃ諦めるか」


 カリラもイスラと共に肩を落とし、こっそりと作っていた買い出しの予定表を書き換える。


「な、何だか危ないみたいですけど、フィーちゃんが一緒なら安心ですよね!」

「心配ない。ナツコの身は自分が守る」


 ナツコはその言葉で一瞬沸いた不安を振り払うと、頭の中で今日の買い物リストの構築を急ピッチで進める。

 今日はツバキ小隊の初めての休日。そして、次の休日が何時与えられるのかは誰にも分からない。

 今日のこの日に、買い出しを失敗することは絶対にあってはならないことなのだ。

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