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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
デイン・ミッドフェルド基地の日々
63/303

ツバキ小隊の休日?⑨

「あら、トーコさん、ちょうどいいところに」


 借りた装備を返して宿舎へ帰ろうとしたところに自主訓練を命じられていたトーコが通りかかり、タマキは呼び止めた。


「訓練お疲れ様です」


 トーコはタマキの後ろで疲れ果てて倒れそうになっているナツコにちらと視線を向けて答えた。


「自主訓練は順調でしたか?」

「はい、午前中にランニング50キロ、午後はシミュレータでの戦闘訓練と20キロの装備を持った状態でランニング30キロ。屋外の障害物コースがあいていたのでいくつか試してみました。これから屋内射撃場があいているようなので、射撃訓練に向かおうかと思っていたところです」


 トーコの自主訓練内容を聞いて、ナツコはどんよりとする。

 ナツコだけでなく、イスラもリルも、トーコのことを白い目で見た。


「ちなみにユイさんは?」

「ユイは……午前のランニングに途中までつきあわせたのですが……」


 トーコに案内されて屋内休憩場へ赴くと、小さなベンチの上でぐったりとしている金髪の少女がいた。


「あーらら、ナツコより駄目になってるな」

「私よりってどういうことですか。ユイちゃん、大丈夫ですか?」


 ナツコが体を揺するが、ユイは反応しない。


「しばらくしたら起きるでしょう。トーコさん、イスラさん。ユイさんを部屋まで運んであげて下さい。その後、消灯時刻までは自由時間とします」


 隊長の命令に了解を返して、トーコはきびきびと、イスラは嫌々ながらもユイの体を持ち上げて部屋へと運んだ。


          ◇    ◇    ◇


 拳銃の引き金を引かれ、ターゲットの中央に弾丸が命中する。

 立て続けに6発。その全てが中央の小さい円の中へ吸い込まれていった。


「トーコさん、凄いです! 私にはとても当てられる気がしません」

「そう? でもナツコ、今日は射撃訓練でパーフェクトを出したってきいたよ」

「それは、そうですが。〈R3〉にのってましたし、射撃管制があるので狙いをつけて撃てば勝手に当たってくれます」

「んー、それもそうだけどね。ちょっとやってみる?」


 トーコから弾倉が空になった拳銃を差し出され、ナツコは一瞬躊躇したがそれを受けとった。


「拳銃の使い方は分かるよね?」

「うーん、実はあんまり」

「あら。でも簡単だよ。ここをこうしてこうして――」


 トーコはナツコの手を動かしながら、6連装のリボルバーに弾丸を詰め込んでいく。


「あとは引き金を引くだけ。よーく狙って撃ってごらん」


 新しいターゲットが現れる。

 ナツコはヘッドフォンの位置を直し、射撃に集中する。


(的をよく見て、体を軽く開く。きっちり腕を支えて――)


 引き金を引く――


「――っ」


 発砲の音と反動に思わず目をつむる。ヘッドフォン越しなのに、鼓膜が爆音で震えているのが分かった。


「やっぱり、〈R3〉みたいにはいきませんね」

「そう? ちゃんとあたってるよ」

「え?」


 ナツコが目を細めてターゲットを注視すると、確かにその中心から少し外れたところに小さな穴が開いていた。

「ホントだ――」

「ね、訓練は嘘をつかないよ。やった分だけ結果が出るの。ほんの少しの違いだと自分じゃ気がつかないときもあるけど、でもちゃんと成長してる。ナツコは確かに今は鈍くさいし、みんなの足を引っ張ってるみたいだけど――あ、ああ、ちょっと言い過ぎたね」


 泣きそうになったナツコの表情を察してトーコがフォローする。


「でもいいと思うよ、それで。私だって昔っから周りに迷惑ばっかりかけてきたからね。今でもそう。隊長は良くしてくれるけれど、私が居ることでツバキ小隊の風当たりも悪くなってる」

「そんなことないですよ。トーコさんは、私と違って強いです」

「それはほら、弱いと生き残れないから」


 トーコの何気ない言葉に、ナツコは息をのんだ。


「そういう意味ではナツコは強いのかもね。まだ生きてるようだし」

「死んでたらここに居ません」

「それもそうだ。何にせよ、訓練できるうちにきちんと鍛えておくことだよ。私みたいに死にそうになってから後悔しても遅いからね」

「そう、ですね……」


 ナツコは俯いて、じっと自分の足下へと視線を落とす。


「あ、ああ、ごめんね。あんまり真剣に受け止めないで。ナツコならきっと大丈夫。フィーが守ってくれるから安心だよ」

「かもしれないです。でも、でも……」


 何時までも頼っているわけにも行かない。

 自分は、誰かの役に立つために戦うことを決めたのに――


「いいのいいの。誰だって1人で戦ってる訳じゃないんだから」


 トーコはナツコの手を取って、拳銃をターゲットへと向ける。

 ナツコの肩越しにターゲットを確認して照準を定めると、指を引いて5発の弾丸をターゲットの中央に命中させた。


「ほら、全弾命中。やったね」


 空薬莢を捨ててトーコはナツコの肩を叩いた。

 ナツコも小さく笑って6つ穴の空いたターゲットを見つめる。


「ありがとうございます。トーコさんは優しいですね。孤児院の院長先生みたいです」

「やめてよ、恥ずかしいな。でも何かあったら相談してよ。これでも私はツバキ小隊の仲間のつもりだからね」

「はい。頼りにしてます。では、私はそろそろ部屋に戻ります。訓練中お邪魔してすいませんでした」

「気にしないで。でも早く戻った方が良いかもね。隊長が何か企んでいたようだから」

「タマキ隊長が? 何でしょう?」

「さてね。帰ったら分かると思うよ」

「気になります……」


 口にしても、トーコに手を振られ、ナツコはその場を後にするしかなかった。


          ◇    ◇    ◇


「誰だって1人で戦ってるわけじゃない、ねえ」

「ユイ? 起きてたの? 大丈夫?」


 トーコは射撃場の影から声をかけてきた金髪少女に向き直る。


「大丈夫じゃない。2度とお前の訓練には付き合わないからな」

「付き合うって、ユイはほとんど走らなかったじゃない」

「当然だ。あたしゃ頭脳労働者だからな」

「整備士って頭脳労働者なの? それで、何が言いたいの? もっと頼って欲しいって事?」

「まさか。あたしに頼られたって困る」


 ユイはうんざりとした表情で答え、更に言葉を続ける。


「あたしゃまだ死にたくないからな。危ない仕事は他へやってくれって言いたいんだ。フィーなら殺したって死にやしないだろ」

「そういうの、私はやりたくない。仲間を見捨てることは出来ない」

「それに付き合って死ぬなんてまっぴらなんだよ」

「別に降りても良いよ。ユイが居なくても〈音止〉は動かせる」

「お前に死なれるのも困るんだ。分かってくれないかね」

「ユイは、私がパイロットだと心配?」

「ものすごく」

「素直に言ってくれるね。まだユイの求めるレベルには達してないって事ね」

「そういうことだ。だから無茶はするな。頼れるときは頼っておけ。今のお前の仕事は適度に戦って生き残ることだ。戦って死ぬのは他の奴らにやらせとけばいい」

「考えとく」


 トーコがそれだけ言うと、ユイは肩をすくめてその場を後にした。


          ◇    ◇    ◇


 ナツコが部屋へと戻ると、他の隊員はフィーを除いてベッドに横になり、寝る支度をしていた。

 誰しも今日の訓練で疲労していた。

 それでも寝ていないのは、いまだ部屋に戻らぬナツコを待っていたからだ。

 消灯時刻までにナツコが戻らなかった場合は全員そろって罰を受けるので、そうならないように戻ってこないようなら探しに行かなければならないからだ。

 なのでナツコが部屋に戻ると隊員達は安堵した。


「何処行ってたの。さっさと寝る支度しなさい」

「すいません。ちょっとトーコさんと話してて」


 リルに睨まれると、ナツコは急いで着ていた服を脱いで、ベッドの下の収納スペースにしまい込む。

 ナツコが寝間着を引っ張り出すと、同時に部屋の扉が叩かれた。

 音からして、タマキのものに間違いない。


「入ってよろしいですか?」


 案の定タマキの声が聞こえると、横になっていた者も起き上がってその場で姿勢を正す。

 ナツコは慌てて下着姿のまま背筋を伸ばした。


「どうぞ」

「失礼します――あら、ナツコさん着替え中だったの? 言ってくれたら待ったのに――まあいいわ。皆さん楽にしてください。ナツコさんは着替えてよろしい」


 皆姿勢を崩さなかったが、ナツコは取り落とした寝間着を拾い上げ、それを身につける。


「それで、何のようですか、少尉殿?」

「皆さんに伝えたいことがあってきました」


 イスラの問いかけに返すと、タマキは言葉を句切って一呼吸おく。


「良い知らせと、悪い知らせが1つずつあります」


 指と首を左右に振りながら、気持ちの悪い笑みを浮かべてタマキが口にした。

 皆は不安そうな表情を浮かべるが、イスラは物怖じせず言い返した。


「悪い方からきこうか?」

「悪い方ですね。実は今日1日降り続くと言われていた雨ですが、先程上がってしまったようです」

「雨、ですか?」


 それのどこが悪い知らせなのだろう、とナツコは首をかしげる。

 だがイスラとリルはその意味が理解できてしまったようで、顔をしかめる。


「で、良い方は?」


 それでもイスラはタマキに問いかける。

 タマキはそれにたいそう満足な様子で、にっこりとした笑顔で答えた。


「今夜、野外演習場は使っても大丈夫だそうです」


 その答えで、何が言いたいかを察した面々は恐怖におののいた。


「あ、あの、それは、タマキ隊長。もしかして、これから訓練を行うと言うことでしょうか?」

「はいナツコさん。そのつもりでしたが、あまり押しつけるのも良くありませんね。今夜訓練を行うかどうか、ナツコさんの意見をきかせてください」


 タマキがナツコに向かって微笑む。

 ナツコは、自分が決めて良いのだろうかと不安の表情を浮かべる。

 その顔にフィーリュシカを除く隊員の視線が集まった。


「あ、あのー、そうですね、どうしましょう……」


 何と答えれば良いのか分からず、困惑するナツコ。


「夜間訓練を行うか、行わないか。ナツコさんが決めてください」


 タマキが微笑む。

 その笑顔に押されるが、ベッドの上からはイスラが鋭い睨みをきかせている。


「私が、決めていいんです、ね。そうですか。なかなか、難しい質問です。少し他の隊員と相談させて貰ってもよろしいでしょうか?」

「よろしくありません」


 タマキは即答した。


「え、えー」

「わたしはナツコさんにきいているのです。さあ、どうしますか?」


 タマキが微笑んだままナツコへと1歩近づく。

 ナツコは、目を逸らすが、逸らした先ではイスラが「断れ」と睨んでいる。

 だけど、そんなナツコの頭の中で、先程のトーコの言葉が思い出された。

 迷いがなくなって、真っ直ぐにタマキの目を見上げたナツコは、大きな声で質問に答えた。


「やりましょう、いえ、やらせてください!」

「よろしい。では皆さん。5分で準備して整備倉庫前に集合です。わたしはこれで失礼します」


 タマキがきびすを返して部屋から立ち去ると、隊員達はベッドから降りて着替え始める。


「あ、あの、皆さん、怒ってます?」


 ナツコは恐る恐る尋ねた。

 問いかけに、イスラはナツコの頭をぽんと叩いて答える。


「怒っちゃいないさ」

「そうよ。どうせ断ったってやることになるのよ」


 リルも不機嫌そうな表情を浮かべながらもイスラの言葉に同意する。


「だからさっさと着替えろ。お前のせいで集合時間に遅れたら、そん時は怒るからな」

「は、はい! 直ぐ着替えます!」


 その後ツバキ小隊は、深夜遅くまでタマキの指導の下、みっちりと夜間訓練を行った。

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