ツバキ小隊の休日?⑧
雨は勢いを弱めること無く降り続け、辺りはだんだんと暗くなっていく。
時刻は夕刻5時を回っていたが、ナツコは未だに訓練を終えることが出来ず、雨と闇の中、機体を走らせていた。
『曲がるときに膨らみすぎです。もっと小さく回ってください』
「はい!」
併走するタマキの指示に返事をして、ナツコは次のカーブでは小回りを意識する。
機体は揺れるが、体全体でバランスをとり、うまく立て直す。
最初に比べればずっと無駄なく走れるようになっていた。
泥で転ぶことも無くなったし、難しい機動も、ジャンプも問題なくこなせるようになっていた。
サネルマは無事訓練を終え、カリラもつい先程射撃訓練をなんとか突破し、回避訓練は難なくクリアした。
それでも2人は訓練をやめず、ナツコと共に雨の中行軍する。
『このまま速度を落とさずに最後まで行きます。少しでも減速したらやり直しですよ』
「はい!」
連続カーブも、急角度でのカーブも速度を落とさず、むしろ両足をめいっぱい踏み込んで加速して通過する。
機体を信頼して、急なカーブも小さく回り、崩れたバランスは体全体を使って元へと戻す。
そんな風にして、無事に行軍訓練を終え、射撃訓練のスタート地点へと辿り着いた。
その場で停止し、一同スタート地点に集まる。
「よろしい。ではこのまま射撃訓練を始めます。その前に皆さんから何か言いたいことはありますか?」
タマキが他の隊員へと問いかけると、隊員達は各々ナツコに対して言葉をかけた。
「残弾は大丈夫か? エネルギーの残りは? 始める前に確認しておけよ」
「はい、大丈夫です、イスラさん」
「お姉様が親身に教えて差し上げたのですから、精々結果を出しなさい」
「はい! 任せてください、カリラさん」
「大丈夫、ナツコちゃんならきっとうまく出来るよ。最後まで気を抜かないで」
「サネルマさん、ありがとうございます」
「射撃でミスったりしないでよ。もう何度かクリア出来てんだから、つまんないところで失敗しないように」
「はい! 分かってます、リルさん」
ナツコはそのまま、フィーリュシカへと視線を向けた。
フィーリュシカは首をかしげたが、視線の意味を察したのか口を開いた。
「最善を尽くして」
「はい! もちろんです! フィーちゃん」
相棒の短い言葉に勇気を貰い、ナツコは射撃訓練のコースへと視線を向ける。
射撃はもう何度もクリア出来ている。
ターゲットの場所も覚えている。
後は基本の動作を、ミス無く実行していくだけ。
「では、始めましょう。これで終われるように祈っています」
タマキはそう言って射撃訓練コースを見渡せる位置へと移動を開始する。
「じゃ、あたしらもゴールで待ってるよ」
イスラ達もコースの脇へと移動する。
『準備が出来たら始めてください』
「はい! ハツキ島義勇軍ツバキ小隊、ナツコ・ハツキ1等兵、行きます!」
声を上げナツコはスタートを切る。
序盤は問題ない。
近距離に出てくるターゲットを1つ1つ確実に撃っていく。
射撃モードは単射。全てのターゲットを1発で撃ち抜いていく。
中盤からの中距離射撃も、1発で撃ち抜いていく。
ターゲットが動き始める。
移動パターンを予測して、照準を補正。
射撃モードを3点制限点射へと変更。
問題なくターゲットへと命中弾を出していく。
現れた近距離のターゲットにもきちんと対応し、いよいよ長距離射撃の十字路へと突入した。
体を軽く左側に向け、銃口は既にターゲットの現れる方向へと向けている。
「あれ――出ない――」
ターゲットが現れない。
慌ててディスプレイを確認すると、反対側にターゲットが出現している。
「右側!? 距離1000――」
右足で踏ん張りつつその場で転回、続く左足を滑らせながら、反対側に現れたターゲットを注視する。
(基本通りに――速度を変えない、体を向けて、機銃を支える――)
右腕が動き、注視点へと銃口が向いた。
既に十字路を通過しかけている。
拡大してロックしていたら間に合わない――
でも、速度を落とすことは出来ない。このまま、当てないと!
ナツコはターゲットの赤い円の中心を注視して、そのまま人差し指を引く。
弾丸は3発。
発射された弾丸は、ややターゲットの中心から上に逸れながらも、3発とも命中した。
「よしっ――じゃない。最後まで気を抜かないようにっ」
直ぐに気持ちを切り替え、コースの先に現れたターゲットへと狙いを定める。
突然の転回によって崩れたバランスも、次の1歩を踏み出す時には元へと戻していた。
◇ ◇ ◇
「いきなり逆に出すのは意地が悪いなあ」
「言ったでしょ。決め撃ちだと実戦で何の役にも立たないの」
「そりゃあまあそうだけど」
イスラは納得しつつも、何もナツコにそれをやらせないでもいいじゃないかと内心思った。
「これくらい出来てくれないと困ります。敵が反対側から出てきたから撃たれました、何て報告、わたしはききたくありません」
「ごもっとも。問題は回避訓練だな」
ナツコは既に射撃訓練を終えていた。
見事に全弾命中。命中弾0の最初と比べればとんでもない成長だ。
『ではそのまま回避訓練を。途中で何があっても対応してくださいね』
「はい! 分かりました!」
タマキがわざわざ言うのだから、途中で何かあるのだろうとナツコは確信した。
先程の射撃訓練のように、突然いつもと違う場所から銃座が出てくるかも知れない。
それでも、十数回の失敗で学んできたことを発揮しなければ。
基本の速度は最高速度。
コースを見定めて、安全なコースを走る。
銃座の射撃パターンを覚えて、適切な回避運動を。
「ではこのまま行きます!」
速度を一気に上げて、最高速度でスタート地点を通過する。
銃座がナツコへと銃口を向け、ペイント弾の雨を降らせる。
銃座の死角を見極め、時には障害物を利用して次々にチェックポイントを通過していく。
中盤の危険地帯を抜け、正面の銃座へと機銃を向けて射撃をやめさせると大きく跳躍して次のチェックポイントへ。
すると、今まで銃座の出てこなかった建物の影から、突然何かが飛び出してきた。
(大丈夫! 焦らず対応を――)
ナツコは目を疑った。
飛び出してきたのは、フィーシュシカであった。
ヘルメットからはみ出した銀色の髪をなびかせて、銃口をこちらへと向けている。
「フィーちゃん!? 何で――」
声を出している暇も無い。銃座は絶えずナツコへと銃弾をばらまいている。
フィーリュシカは一定の距離を保ちナツコの前を走り、いよいよ射撃を始めた。
回避運動をとろうとした先に銃弾を撃ち込まれる――対応しないと、命中する――
(減速を――ううん、駄目だ。基本は最高速度!)
速度を落とさず、身をひねって機体を少しだけ反らせて銃弾を回避。
そのまま周りの銃座からの射撃も回避して次のチェックポイントを通過する。
フィーリュシカはつかず離れず、一定の距離を開けて背後に着いてきて、時折回避運動の先を狙って発砲してくる。
銃座からの銃弾を回避するのに精一杯で、背後からの射撃にはどうしても反応が遅れてしまう。
それでもフィーリュシカの放った銃弾をかいくぐり、次のチェックポイントへと向けて小さくカーブして建物の影から現れた銃座へと銃口を向ける。
(次で最後のチェックポイント――)
チェックポイント29を通過して、残るは30のみ。
ここから先は、銃座も減って回避には余裕が出来るはずだ。
「フィーちゃんは――」
ディスプレイの表示からフィーリュシカの姿がなくなっている。
そして唐突に、上方向の警告が響く。
「真上!?」
跳躍したフィーリュシカが、真上からナツコへと向けて発砲する。
銃口の位置が確認しづらい。
それでも機体を左右に振って、真上から襲いかかる銃弾を回避した。
フィーリュシカは建物の壁を蹴って加速すると、そこから更に射撃を加える。
短く3発、続いて足下を狙って5発――
(凄い、フィーちゃん――。あんな高速で動きながら――)
フィーリュシカの射撃は極めて正確であった。
撃たれているナツコにも、それははっきりと分かった。
フィーリュシカは、極めて正確に、ナツコの回避が間に合うぎりぎりの場所へと射撃を行っているのだ。
当たらないように撃っていると言えばきこえは良いが、これは少しでも油断したら命中することを意味している。
地面を蹴って横っ飛びしてフィーリュシカの攻撃を避け、速度を落とさず滑りながら機動走行状態へと移行。すぐに一歩前へと踏み込んで、真っ直ぐに最後のチェックポイントへと滑り込んだ。
泥を巻き上げながら停止し、ナツコは自分の機体を確認する。
機体は泥にまみれていたが、被弾した形跡はない。
すっと正面に立つタマキへとナツコが視線を向けると、タマキは小さく微笑んだ。
「これで全員合格ですね。やっと帰れます」
「やったー! えへへ、皆さんのおかげですね」
「全くだ。精々感謝しろよ」
「はい! ありがとうございます、イスラさん!」
真っ直ぐ御礼を返されたイスラは肩をすくめる。
ナツコはやってきたフィーリュシカの元へと駆け寄って、その手を取った。
「フィーちゃんも、ありがとうございました」
「命令に従っただけ」
「でも、ありがとう。だってフィーちゃん、手加減してくれたでしょ」
「隊長殿から絶対に当てるなと命令を受けた」
「え!? 嘘っ!? 結構ぎりぎりだったのに!」
「回避先を予測して外して撃った」
「はいはいそこまで。日が暮れる前に帰りますから急いでトレーラーへ移動して下さい」
「な、納得いかない! あんなに必死によけたのに!」
それでもナツコは命令に従い、他の隊員たちと速やかに撤収した。
◇ ◇ ◇
帰りのトレーラー。運転はイスラが引き受け、タマキは助手席で訓練結果の確認をしながら屋外演習場の使用記録をつけていた。
「で、どうしてナツコだけ難易度下げたんだ?」
唐突にイスラが口にすると、タマキは少しだけ顔を上げてため息をついた。
「気のせいですよ」
「少尉殿がそう言うならそうなんだろう」
イスラはそれだけ言ってしばらく無言でハンドルを握っていたが、それに耐えかねてタマキが口を開く。
「時には技術を身につけることよりも、自分もやれば出来るって思わせる方が効果があったりするのよ」
イスラは鼻を鳴らし「そうかもな」とつぶやく。
「今日の訓練はどちらかといえば精神面を鍛えることを目的としていました。最近誰かさんのせいで小隊に緊迫感がなくなってきていましたから」
「さて誰のせいだろう」
「イスラさんのせいです。実戦も近いと言うのに面倒くさいことをしてくれました」
「そりゃあ悪かったね」
イスラは平謝りして、小馬鹿にしたように笑った。
だけれどすぐに真剣な顔つきになって、トレーラーの行く先をじっとみつめたままタマキに尋ねる。
「――実戦が近いのか?」
「詳しいことは分かりません。結局は帝国軍側の都合ですから。でも、そう遠くはないでしょうね」
言葉を句切るようにしてタマキは質問に答える。
最後にみんなには秘密と釘を刺して、手元の端末へと視線を落とす。
ツバキ小隊を乗せたトレーラーは、雨の中何事もなくデイン・ミッドフェルド基地へと帰投した。




