整備士とその周辺④
トーコとユイを衛生部に預けたタマキは、衛生部の士官を捕まえて遺伝子検査装置の使用許可を申請する。人手不足だから手は貸せないが数の少ない装置なのでマニュアルをしっかり読んでから使用することとの注釈を加えられたものの、誰も使っていないため使用許可は得られた。
言われた通り、マニュアルを適当に斜め読みして、必要な情報だけ頭に入れると採取したユイの髪の毛の遺伝子情報を検査する。
検査開始から10分程度で結果が出て、遺伝子パターンの電子データが得られた。早速統合軍データベースで遺伝子情報の検索をかける。
「アクアメイズ星系出身……? 手の込んだことを」
アクアメイズ星系は旧枢軸軍領に存在する星系で、今はズナン帝国軍占領下に置かれている。ユイ・イハラ大元帥の出身地として一躍有名になった場所でもあり、ユイが身分を偽っていると信じて疑わないタマキにとっては、手の込んだ偽装としか思えなかった。
続いて戸籍情報を調べようと市民データにアクセスするが、アクセスが拒否される。やむなく医療機関の利用履歴へとアクセスし直すが、そちらもアクセス拒否。どちらも統合軍の拒否コードだ。つまり軍関係の機密情報として指定されている事になる。
少尉であるタマキに開示される情報は少ない。本来であればこれ以上打つ手はないはずだが、タマキは例外的に中佐権限での情報閲覧が可能だ。
昨日の今日だが仕方あるまい。ちょっとした情報検索くらいなら妹の株を下げることもないだろうと、遺伝子データをカサネへと送りつけ、今から行くから検索かけておいてとメッセージを送る。
カサネも暇をしていたようで返信は早く、返信を受けたのを見ると内容も確認せず、タマキはカサネの居る大隊司令室へ向かった。
タマキが司令室の扉をノックして声をかけると、カサネは入室許可を出して扉を開けた。
昨日と変わらず物の少ない出来たばかりの司令室に入ったタマキは、部屋にカサネしか居ないのを見ると挨拶もせずにカサネのもとへ歩み寄る。
「大隊司令室なのに人が居ないのね」
「お前が来るって言うから人払いしたんだ。こんなことは今回だけだぞ。副官に「また妹さんですか?」何て言われるこっちの身にもなってくれ」
「あら、ルビニ少尉が? それは悪いことしたわね。今度ルビニ少尉に謝っておくわ」
「こっちにもたまには謝罪の言葉をくれても罰は当たらないぞ」
「馬鹿なこと言ってないで。それで、どうだった?」
タマキは制止も聞かず、カサネの手にしていた個人用端末をのぞき込む。
中佐用に新調された真新しい端末には、ユイ・イハラの個人情報が表示されていた。
「16歳。統合軍中央技術研究所在籍、新型装甲騎兵開発プロジェクト担当、開発コード〈音止〉。まあこの辺は概ね本人が言っていた通りね」
「ツバキ小隊に引き入れたそうだな。何者だ?」
「それが分からないから調べてるところ。技研の情報にアクセスできる?」
「出来ないことはないが――」
言うが早いかタマキはカサネの端末を操作して中央技術研究所の持つユイ・イハラの情報へとアクセスした。軍規違反だとカサネはいい顔をしなかったが、それでも情報が表示されるとタマキと共に画面を覗く。
「15歳で技研に技術協力者として入所。新型超高出力コアの開発に成功。〈音止〉試作機への新型コア積載。試作機のテスト担当官――なるほどね」
それで出来上がったのがあの〈音止〉で、ユイはそのテストのためにハツキ島での訓練へ参加する予定だった。宙族の襲来によってテストは中止となり、トーコと共にトトミ中央大陸へと待避した。
ここまでの情報はユイの説明と矛盾しない。技研の情報は信頼して構わないだろう。
「技研はもういいわ。技研所属前の情報知りたいんだけど」
「分かった、気が済むまで付き合うよ」
カサネはタマキに操作されるよりはマシだと、自分で端末を操作してユイの戸籍情報へとアクセスする。
アクアメイズ星系出身、学歴は中等部前期課程を飛び級して8歳で終えた後は進学した形跡がない。その後統合軍中央技術研究所に――
「ちょっとちょっと。一番知りたいところが書いてないんだけど」
「そう言われてもなあ。こりゃ統合軍の機密コードだな。見ようと思えば閲覧可能だが――」
「なら早くして」
「そう言うだろうと思った」
カサネは中佐権限で機密コードを解除すると、秘匿されていた情報を表示する。
本来権限のないタマキだが、カサネから端末を取り上げるようにして表示された情報を斜め読みする。
「本名ハル・タカモリ。アクアメイズ出身。宙族侵攻時捕虜となる。以降、技術協力者として宙族装甲騎兵開発に従事。統合歴18年、宇宙船を秘密裏に建造し、数人の技術者と共に宙族支配領域から脱出。統合軍が保護。脱出時宙族施設の爆破、化学兵器の散布、重要技術の持ち出しを行ったことから宙族の重要手配指定を受ける。上記を鑑みて統合軍受け入れ時に戸籍データ書き換え……。なるほどね」
ユイが偽名を使わざるを得ない理由も、明らかな偽名にも関わらず正式な市民コードが再発行された理由もそれで十分に理解出来た。
宙族施設の破壊はともかく、重要技術の奪取と、本人の持つ高い技術力を考えれば、統合軍が身分の偽装に協力したのも頷ける。
「満足したか?」
「まあ、当初の問題についてはね」
「物足りなそうだな」
「そりゃね。知りたいことはいくらでもあるし」
「これ以上調べるなら本人に聞いてくれ。――ん」
その時、カサネの机の上にある数少ない備品である通信端末が着信を告げるアラームを鳴らした。タマキが聞いたことのないそのアラームは、秘匿回線を用いた通信を意味していた。カサネはタマキに目配せしてから、端末を手に取る。
「こちらデイン・ミッドフェルド第1独立遊撃大隊司令部」
『カサネだな。私だ。今そこに誰か居るか』
「今は居ない。1人だよ」
カサネがそう言いながらタマキへ視線を向けると、タマキは静かに2つ頷いて一歩下がると息を殺した。カサネは通信端末を操作してスピーカーフォンに切り替えると、2人の父親である統合軍上級大将、タモツ・ニシの重々しい声が響く。
『下らんことを調べていたようだな。いいか、お前の為すべき事は前線部隊の指揮であって、それ以外の一切のものではない。分かるな』
「それは理解してます。しかし――」
『分かってる。タマキだろう。お前がこんなことに首を突っ込むとしたらあのバカ娘の仕業に違いない。何を吹き込まれた』
「バカ娘」という言葉にはタマキも眉をひそめたが、居ないことになっている以上言い返すわけにもいかず口をつぐんだまま堪える。
「タマキはアイノ・テラーがこの戦争の原因に関わりがあるのではないかと疑っています。それに、じいさまの失踪についても関与していると」
『まさかタマキめ、父上の記録を調べたのか? あいつらしいことだ。父上の所在については私も全力を尽くして調査している最中だ。余計なことをさせるな』
「それは分かります。ですが、アイノ・テラーについての情報を統合軍が秘匿する理由が分かりません。一体統合軍は何を恐れているのですか?」
カサネの問いかけに対して、タモツは咳払いして、低い声色でゆっくりと告げる。
『いいか。彼女に関する調査は止めろ。私から彼女についての情報を開示することは出来ない。いいか、出来ないことだ。これを忘れるな』
タモツの物言いからカサネはタモツ自身も口止めされている事実に気がついた。統合軍のトップに君臨する上級大将であるタモツすら口外出来ないとなればこれは、統合軍はおろか、統合人類政府中枢の関与する問題だ。
「誰が、そのような取り決めをしたのですか?」
カサネは言葉を選んで問いかける。タモツは少し黙って、それからゆっくりと答える。
『コゼット・ムニエと父上だ』
その言葉にタマキは息を呑む。アイノ・テラーの情報を秘匿したのは他でもないアマネ・ニシだった。しかし、何故アマネがそんなことをしなければならなかったのか、タマキには皆目見当も付かないことだった。
「どうしてじいさまが?」
『理由に触れることは出来ない。私から言えることは、統合人類政府樹立の裏で、コゼットと父上がいくつかの取り決めをかわした。ニシ家の血を継ぐ者として、この取り決めを違えることは出来ない。
カサネ、お前もだ。今の統合人類政府があるのは、この取り決めがあったからに他ならない。これ以上の詮索は一切無用だ。いいな?』
念を押されるとカサネは、「分かりました」と答えるしかなかった。
通信はそれで終わりかと思いきや、タモツは続けて大きな声で問うた。
『タマキ、そこにいるな』
突然名前を呼ばれたタマキは驚いて、何と反応したら良いのか戸惑うも、父親に対して隠し事は出来ないと素直に答える。
「はい、父様」
『話は聞いていたな。余計な詮索は無用だ。言っておくが、お前の義勇軍隊長就任も私は認めたつもりはないぞ』
「バカ娘のすることなど放っておいてくれたらよろしいのに」
タマキが皮肉を込めて返すと、タモツは落ち着いた声色で返答する。
『バカ娘だろうが私の娘であることに変わりはない。
いいか、これはお前の身を案じてのことだ。本来ならばトトミでの戦いにお前達を参加させたくはなかった。しかし事態が事態だ。仕方が無い、認めざるを得ない。
だが戦いに加わる以上そこに集中すべきだ。余計なことに労力を割くような真似はよせ。生き残ることだけに専念しろ。
お前達が死んだら母さんが悲しむ。私に母さんの悲しむ顔を見せないでくれ』
そこまで言われてはタマキも何も言い返すことは出来なかった。小さく「分かりました」と答えると、タモツはそれ以上タマキには何も言わず、カサネへ向けて話し始める。
『カサネ、お前も兄ならば兄らしく振る舞ったらどうだ。タマキの言うことを何でも聞いてやるようでどうする。800人もの部下を持つ中佐がそんなことで情けなくないのか。
いいか、トトミの戦いはお前が思っている以上に厄介だ。コゼット・ムニエはトトミでの決戦を避けるつもりはないし、統合軍も全面的にそれを支援するほか無い。
副司令として私の肝いりを送り込んでおいた。テオドール・ドルマン、優秀な男だ。何かあったら彼を頼れ。ただし、タマキの頼み事のために彼を頼るようなことは一切無しだ。いいな』
カサネが「はい」と弱々しく返事をすると、タモツは通信回線を遮断した。
カサネは静かに通信端末を落とすと、言葉もなくタマキの方を見る。タマキもそれに応えるように、しかめた顔をカサネへと向けて大きくため息をついた。
「父様はお怒りのようね」
「そのようだ。この様子だとアイノ・テラーについての情報は引き出せそうにない。そればかりか、迂闊な行動をとれば拘束されかねないぞ。タマキ、悪いことは言わない。この件に関しては諦めた方が良い」
タマキはもう1度ため息をつくと、珍しくしおらしい調子で答える。
「そうね。ここまで言われた以上、きっぱり諦めるわ」
「それがいい」
カサネはタマキが理解を示したことに安堵するが、そんなカサネをあざ笑うかのように、タマキは口元に笑みを浮かべた。
「父様が駄目なら、コゼット・ムニエに聞くしかないわ」
「おいタマキ、それは――」
「簡単にはいかなそうだけどね。リル・ムニエが親子喧嘩をやめてくれたら手っ取り早いんだけど。お兄ちゃん、家族の仲を取り持つ良い方法知らない?」
そんなタマキのめげない調子にはすっかりカサネも呆れ果てて、「余所の家族の前に自分の家族の仲を心配したらどうだ」と愚痴った。
「半分くらいは冗談よ。父様の言う通り、今は戦争に集中した方が良さそうだし」
「そうしてくれ。こっちも兵士を受け入れて本格的に大隊指揮をとるようになったら時間もとれなくなる。アイノ・テラーの話は気がかりではあるが必須ではない。士官としての勤めを果たすべきだ」
「分かってる。説教めいた物言いはもううんざりだから止めて」
タマキはカサネの言葉もろくに聞かずに、司令室の扉へと歩いて行った。
「それじゃ、また何か頼みたいことがあったら来るわ」
「少しは控えて貰えると嬉しい」
「考えといてあげる。それじゃあね。調べ物に付き合ってくれてありがとう。大好きよ、お兄ちゃん」
タマキは社交辞令以上の価値のない言葉を口にすると、司令室を後にした。
随分と長いこと話し込んでしまったと個人用端末で時間を確かめて、もう健康診断の簡易結果は出ているだろうと直接整備倉庫へと足を向ける。
建物の外へと出て整備倉庫のある区画への道に出ると、タマキは小さく、誰にも聞こえないよう呟いた。
「もう少し、調べないといけないわね」
それから声にならない声でコゼット・ムニエの名を呼ぶ。
今やトトミ星系総司令官となったコゼット・ムニエと直接連絡をとる手段は限られている。副司令のテオドール・ドルマンを経由する方法は釘を刺されてしまったので使えない。
リル・ムニエという切り札がツバキ小隊に居ることは居るが、本人は嫌がって協力しないだろうし、リルが話したとおりの親子関係ならば向こうも会話のチャネルを開こうとはしないだろう。義勇軍結成からこれまでリルに対してコゼットから何の連絡も無いことからも親子関係が冷え込んでいるのは事実だろうと推測された。
となると残ったのは自分か兄。兄が将官まで出世してくれれば手っ取り早いのだが、つい最近中佐になったばかりで、ここから将官までの道のりは険しい。
自分はどうかというと、ぺーぺーの新任少尉で、しかも義勇軍の隊長だ。出世の道は半ば捨てているようなものなので、今の身分のまま将官まで出世するのは諦めている。コゼット・ムニエと面会する可能性があるとすれば、アマネ・ニシの孫娘としてか、もしくはトトミの戦いで大戦果を上げ受勲されるか。
どっちも目はなさそう、と思いながら、タマキは足早に整備倉庫へと向かった。
◇ ◇ ◇
トーコは健康診断を一通り受け終わると、簡易血液検査の結果問題なしとの判定が出たため解放された。同じくユイも問題なしとのことで、衛生部からは兵士受け入れで忙しいからもう帰って良いよと、半ば厄介払いされる形で衛生部建屋から追い出された。
「隊長、待ってないみたいだし倉庫に戻ろうか。――ユイ? 大丈夫?」
青い顔をしているユイを見て、トーコは体調を伺う。熱はない、というよりむしろ冷え込んでいた。何時にも増して瞳は光を失い、まるで死人のようですらあった。
「貧血?」
「あたしゃ頭脳労働者なんだ。それをあの衛生部のクズ共が、アホほど血液採取しやがって」
「ま、しょうがないよ。ここには子供用の採血管なんてないだろうし。これ食べる?」
トーコが滋養強壮に良いとされる固形携帯食を渡すと、ユイは袋を開けてそれに噛みついた。
「まずい」
「美味しくはないよね。でも栄養はあるから」
文句を言いながらもユイはそれを平らげて、トーコから水筒を受け取るとその中身も飲み干した。
「元気出た?」
「微妙。肉が食べたい。合成じゃない奴」
「流石にそれは私には何とも出来ない。欲しかったら隊長にでも頼んで。無理だろうけど」
「だから辺境の軍事基地は嫌いなんだ」
ユイは文句を言いながらも、体調も多少は回復したようで、小さな体で大股で歩いて整備倉庫の方へと歩いて行く。トーコもそれを早足で追いかけた。
◇ ◇ ◇
ユイが〈音止〉の整備は後回しにするよう言ったおかげで、イスラとカリラが2人とも〈R3〉の整備にあたることになり、修理は概ね完了していた。今は2人はナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉にとりついて、ナツコに簡単な整備方法をレクチャーすると同時に拡張パーツの取り付けを行っていた。
「おい、〈音止〉の修理を再開する。さっさと来い」
倉庫に到着するなり開口一番、カリラに対してそう命じたユイに対して、トーコはカリラから見えない場所でユイの脇腹を小突く。
「言葉づかい」
「うるさい奴め」
保護者ぶるなとユイはトーコに対しても不満そうな顔を見せる。
カリラはそんな2人のやりとりを見ながらも手を動かし、取り付けた拡張パーツの設定を済ませていく。
「これが終わったら直ぐ向かいますわ。それよりユイさん、あなたも技術者なら〈R3〉の改造でもご一緒にどうです?」
思いがけないカリラの提案には、傍らにいたイスラも「そりゃあいい、どうだいおチビちゃん」と便乗して問いかける。
そんな2人をユイは鼻で笑って、それから答える。
「馬鹿馬鹿しい。そんなおもちゃ遊び」
思わずトーコは「ちょっと」と今度は強めに小突いたが、大してカリラはユイの言葉を受けて可笑しそうに笑っていた。
「確かに装甲騎兵に比べたら〈R3〉なんておもちゃみたいな物でしょうね。
ですが、おもちゃ遊びは楽しい物だと相場が決まってますわ」
カリラの屈託のない物言いには、さしものユイも眠そうにしていた瞳を持ち上げて、「ほう」と小さく呟いた。
「面白い奴だな、気に入った。暇が出来たら付き合ってやる。それより今は〈音止〉だ。あれが動かないとパイロットがいつまでも下手クソなままで困る」
トーコは「何よそれ」と語気を強めたが、ユイはまるで気にもしなかった。
カリラは「少し待って」と〈ヘッダーン1・アサルト〉の調整作業を急ピッチで終わらせる。
「ナツコさん、とりあえず装備して慣らし運転でもしておいて下さい。取り付けたブースターについては後ほど説明しますから、勝手に使わないように――と言ってもブースト燃料入れていませんから使えませんけれど」
「はい! 頑張って慣らし運転します!」
ナツコは敬礼すると、早速〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備するべく、習ったとおりに整備用ハンガーに吊された機体を格納容器へと移していく。
その手際を見て、放っておいても大丈夫と判断したカリラはユイの元へ向かう。
「終わりましたわ。〈音止〉の修理を再開しましょう」
「無論だ」
ユイとカリラは連れだって、〈音止〉のある装甲騎兵用の整備ハンガーへと歩いて行った。その後ろ姿をトーコは眺めて、首筋にそっと手を当てて考え込む。
そんなトーコへ、ナツコの作業を見守っていたイスラが声をかける。
「おチビちゃんも大分丸くなったじゃないか」
「丸く――なってますか? 私には分かりません」
「ま、技術者なんてのは良く分からん生き物さ。ただ言えることは、カリラとあのおチビちゃんの相性はそれほど悪かないってこと。これならもう放っておいても構わんだろ」
「そう……なの? 駄目、全然理解出来そうにない」
戸惑うトーコをイスラは「いつか分かる日が来るさ」と適当に笑い飛ばす。
そんな会話をする2人に、整備倉庫にやってきたタマキが声をかけた。
「うまくやっていけるならそれでいいですけど、もう少し態度も改めて貰いたいものです」
それでタマキの存在に気がついたトーコは敬礼して、健康診断の簡易結果で問題が無かった旨を報告し、勝手に戻ってきたことを謝罪する。
「構いません。わたしも所用で離れていましたから。それよりユイさんは?」
トーコとイスラが視線で〈音止〉のある隣の区画を示すと、タマキは頷く。
「分かりました。少しユイさんを借ります」
タマキとトーコは〈音止〉の元へ向かい、イスラも〈R3〉の整備が一通り終わったのでそれについて行った。
ユイは〈音止〉の前で、カリラが用意していた正面装甲のパーツを再度確かめていた。
「遅いぞ。直ぐに持ち場につけ」
「始める前に、ちょっといいかしら」
ユイがトーコに投げかけた言葉を遮ってタマキが割って入る。
ユイは作業の妨害に難色が示したが、タマキは構うことなくユイの元へ向かうと、他の隊員には準備だけしておくよう言って、ユイを連れ出した。
「なんだ、用があるなら言えばいい」
「あなたが嫌がると思って。こちらです」
整備倉庫にしつらえられた休憩室に入り、扉に鍵をかける。タマキはユイに座るよう椅子を示したが、ユイはさっさと用を済ませと立ったまま催促した。
「ハル・タカモリ。この名前に覚えがありますね?」
「何のことだ?」
ユイはすっとぼけたように、本当に何も知らないように振る舞ってみせる。
そんな演技にタマキはため息ついて、カサネから受け取っていたユイの履歴に関するデータを個人用端末に表示させて見せた。
「経歴を調べさせて貰いました。波瀾万丈な人生だったようですね。ハル・タカモリさん」
「そんな名前は忘れちまったよ」
尚も認めようとしないユイだったが、それも仕方が無いことだとタマキは話を進める。
「あなたが身分を偽っている理由は把握しました。これ以上、追求することもしません。ですが、ツバキ小隊に所属する以上、他の隊員に対する態度は改めて貰わないと困ります」
ユイは下らん話をと言い捨てて、タマキのしかめた顔を濁った瞳で睨む。
「その件については善処すると言った」
「善処しているように見えないから、こんな下らない話を何度もする羽目になるのです」
「お嬢ちゃんは何が不満なんだ」
「その態度です」
「頭の悪い奴の言っていることは分からん」
「だから――。もうよろしい。話は以上です。〈音止〉の修理に戻って下さい」
「言われなくてもそのつもりだ。余計な手間をとらせやがって」
ユイはふてぶてしい態度で、休憩室の鍵を開け、扉に手をかけた。
しかし扉を開けず、タマキの方へ振り向くと、1つ言い忘れていたと口を開く。
「トーコのことだが、あまり働かせすぎるな。見た目以上に疲れている」
タマキは最初「はあ」と生返事したが、少し考えて、確かにここしばらくトーコに元気がないように見えたことを思い出す。
「分かりました。進言どうも。仲間思いなのは大変よろしい」
タマキの返答をユイは鼻で笑い、下らん話だと一蹴して返す。
「〈音止〉のパーツを壊されたらたまらんだけだ。装甲は取り替えりゃ済むが、あれの替わりは存在しない。忘れるな」
タマキは「分かっています」と念を押す。ユイは返答を受けて満足したのか、それ以上タマキとは口を聞こうともせず休憩室を出て行き〈音止〉の元へ向かっていった。
「素直じゃない。全く、面倒な子だわ」
タマキは最近ため息ばかりついていると反省しながらも、深く深くため息をついて、それから頬を叩いて気合いを入れると、休憩室を出て隊員の指揮に戻った。




