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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
寄り道。ボーデン・ボーデン基地へ
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寄り道。ボーデン・ボーデン基地へ③

 サネルマの元を後にしたタマキは、通りすがらナツコの様子を確かめ、予定を変更したので今の仕事が終わり次第サネルマの手伝いをするよう短く言いつけると、そのままトーコの元へと向かった。

 火器の整備を任されていたトーコはタマキが姿を見せると立ち上がって敬礼する。


「お疲れ様です隊長。作業は順調です」

「ご苦労様。手際が良くて助かります」


 流石軍人として訓練を受けているだけのことはある。歩兵装備の扱いにも習熟していた。


「隣、いいかしら」

「ええどうぞ。私に何か話が?」


 トーコの問いにタマキは頷いて、隣の席に座る。トーコも椅子に腰を下ろすと「何でしょう」と問いかけた。


「まずはナツコさんのこと、伝えてくれてありがとう。隊員1人1人まで管理が行き届かないこともあるので助かります」

「いえ、勤めを果たしただけのことです。それで、ナツコは?」

「手は打ちましたが、どうなるかはまだ」

「そうですか。睡眠だけでもしっかりとってくれれば、後は時間が解決してくれると思うのですが」

「ええ。念のため、就寝前に睡眠導入剤を渡しておきます」

「良い判断だと思います」


 軍人同士ということもあってトーコとは話もしやすかった。しかしトーコはタマキに対して完全に心を許しているわけではなく、肝心な話を切り出してきてはくれない。されど元よりこういった話は上官の側から切り出すべきものである。タマキは1つ咳払いして話題を切り替えた。


「ところで、トーコさんの今後の所属についてですが……」

「まだ結論が出ていないのですね」


 タマキの表情から察したトーコ。タマキはその言葉に頷いた。


「レインウェル基地の装甲騎兵科の中で議論が続いているようです」

「そうですか。当然のことだと思います」

「ごめんなさいトーコさん。思い出したくない話でしょうけれど、ハツキ島で何があったか教えて頂いてもよろしいですか?」


 タマキの問いに、少し間を開けてトーコは首を縦に振った。

 それからまた一呼吸置いてゆっくり話を始める。


「私たち訓練中の装甲騎兵中隊はハツキ島の砂丘地帯で宙族の装甲騎兵部隊と戦闘になりました。敵はハツキ島北西部第2埠頭を目指していた。そこにはハツキ島から避難する民間人や軍人が集まっていて、船が出航するまでまだ時間があった。だから私たちは船が出るまで何とか時間を稼ごうとしたんです。

 でも多勢に無勢で、誰の目にも明らかにこちらが劣勢でした。戦闘で乗機を損傷した私は突撃を申し出たのですが、中隊長からの指示は先行して撤退し避難船に乗り込むことだった。

 中隊は玉砕を覚悟していました。私もついて行きたかったけど、命令に従って1人だけ撤退しました。中隊はその場で全滅したんだと思います。1人だけ逃げた私も、宙族の追撃を受けて乗機を失い、すんでの所で砂丘に住む砂中甲殻類に助けられたものの、その砂中甲殻類に地中に引き込まれて気がついたら昔の軍事施設跡にいました。

 そこでユイと出会って、訓練で使う予定だった〈音止〉と一緒に、潜水艇でトトミ大陸まで逃げてきた。トトミ中央大陸に着いた後のことは隊長のご存じの通りです」


 トーコの話が終わるとタマキは頷く。


「不思議な偶然もあるものですね。わたしたちはハツキ島北西部第2埠頭から出る最後の船でトトミ中央大陸へ渡りました。船が無事に出航できたのは、トーコさん達のおかげです」

「いえ、私は何も。最後まで戦ったレインウェル基地の皆さんのおかげです」

「そんなことはありません。トーコさんも勇敢に戦ったことに変わりはないでしょう」


 タマキが重ねた言葉に、トーコは薄らと笑みを見せた。


「残念ですが、私をおだてても何も出てきませんよ」

「そうかしら?」


 タマキは不敵に微笑んで応じた。


「ねえトーコさん。1つ提案なのだけれど、わたしたちツバキ小隊と共に、もう1度ハツキ島へ行きませんか?」

「それは――」


 それが意味するところは、トーコが統合軍を抜けてハツキ島義勇軍に合流すると言うことだ。トーコは顔をしかめて答える。


「私がそれを望んでも、統合軍は許してくれないですよ」

「そんなことはないわ。あなたの所属が曖昧なままになっているのは他でもないレインウェル基地側の問題です。仮所属となっている義勇軍が預かると申し出るのは自然なことです。それに、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊は現在トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ大将の直轄部隊です。決定が通ったとなれば、誰も苦情を述べることは出来ないでしょう」

「ですがそんなことをしたらツバキ小隊の心証は悪くなります」

「何の問題もありません。本星大学校を出た人間が隊長の任に着いた時点で、ツバキ小隊の心証は最悪です。これ以上悪くなる余地などありません」


 タマキは堂々と胸を張ってトーコの言葉を否定した。

 トーコはそんなタマキの物言いに、後ろで結んだ髪をいじりながら答える。


「私なんて引き抜いてもツバキ小隊のためにはなりませんよ。半人前ですし、統合軍じゃ疫病神扱いです」

「今のツバキ小隊では半人前なら十分戦力です。疫病神かどうかは分かりませんが、少なくともツバキ小隊の隊員は誰も、トーコさんのことをそんな風には思っていませんよ」


 一歩も譲らないタマキに、トーコはいよいよ髪をいじる手を止めて深くため息を吐いた。


「どうしても私をツバキ小隊に迎えたいんですね」

「ええ、さっきからそう言っているつもりです」


 もう一度トーコはため息を吐いて、それからタマキへ向き直って応えた。


「分かりました。いいですよ、どうせ居場所もないですし。ただし、しっかり正式な許可を貰って下さい」

「任せて下さい。無茶な許可を取り付けるのは得意ですから」


 タマキが微笑むとトーコは「そうみたいですね」と苦笑する。


「これからもよろしくお願いしますね、トーコさん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 タマキが差し出した右手を、トーコはしっかりと握った。


「迷惑かけるわね。あなたにとってハツキ島は辛い記憶のある場所でしょうが――」

「いえお気になさらず。ハツキ島に残った同僚達があの後どうなったのか、自分の目で確かめたいと思っていたところです。ですから、ハツキ島は取り戻して頂かないと困ります」


 トーコの言葉にタマキは微笑む。


「ええ。では共に、ハツキ島を目指しましょう」

「はい。微力ながらトーコ・レインウェル。ツバキ小隊に尽くさせて頂きます」


          ◇    ◇    ◇


 次から次に運び込まれる仕事にナツコは慌ただしく応じていく。寝不足の体は大量の仕事に悲鳴を上げているが、それでも仕事をしている間は余計なことを考えなくて済み、ナツコは自ら率先して面倒な作業を引き受けていく。


「ナツコさん、今の作業が終わり次第サネルマさんの手伝いをお願いします。大至急です」

「は、はい!」


 背後からタマキに指示を飛ばされ、振り向き半分返事をする。タマキはナツコの返事を確認すると直ぐにその場から立ち去ってしまった。


「次はサネルマさんの手伝い。頑張らないと」


 任されていた荷物の運搬を終えると、ナツコはサネルマの居る水場へ向かう。

 そこでは何故かつるつるなはずの頭に三角巾を巻いたサネルマが大量の洗濯物と1人で格闘していて、ナツコの気配を察したサネルマは洗濯物を放り出して駆け寄ってきた。


「ナツコちゃん! 良く来てくれました! 水が冷たいけど、一緒に頑張りましょう!」

「冷たっ。は、はい! 頑張ります!」


 サネルマが飛ばした水滴の冷たさに身を震わせながらもナツコは元気良く返事をして、水場に置かれた洗濯物に取りかかった。


「いやあ助かりました。隊長さんに洗濯機の使用を却下されてしまったので、これ手洗いしないといけなくて」

「あら、それは大変そうですね」

「そうなんですよー。そういうわけだから、2人で協力して片付けましょう!」

「はい!」


 まずは大きいものからと、シーツを2人で手洗いしていく。洗い終わったシーツは水を切ってカゴに入れておく。サネルマ曰く乾燥室は使っても良いらしいので、最後にまとめて持って行くことにした。


 洗濯の途中、最初は水のあまりの冷たさに体を震わせていたナツコだが、だんだんと感覚が麻痺して冷たさも感じなくなってくると、単調な水洗いの最中に物思いにふけり始める。

 ぼんやりとした視界の向こうに見えたのは、正面装甲を撃ち抜かれて力なく横たわる〈ハルブモンド〉。その1つしかない光沢のない闇色の瞳が、ナツコの方をぼうっと見つめている。


「大丈夫です?」


 ナツコが洗濯物を取り落としたのを見てサネルマは近づいて声をかけた。ナツコは平静を装ったが、サネルマはナツコの震えた手にそっと触れる。


「悩み事でしょう? 何でも相談して下さいよ。これでも副隊長ですからね!」

「やっぱり顔に書いてあったんですかね」

「ナツコちゃんは分かりやすいからなあ。まあそこが良いところだと思うけどね。で、何をお悩み?」


 ナツコは戸惑いながらもサネルマに対して言葉を紡いでいく。


「この間のハイゼ・ブルーネ基地での戦闘のことで……。私とイスラさんと2人で弾薬の補給を終えてツバキ小隊と合流しようとしてたとき、敵の〈ハルブモンド〉を見つけたんです。ツバキ小隊とは通信が繋がらなくて、このままじゃ皆が背後から攻撃を受けてしまうから、放棄されていた88ミリ砲を使って〈ハルブモンド〉を撃破したんです。

 その時引き金を引いたのは私で、〈ハルブモンド〉のコクピットブロックは完全に破壊されていました」


 そこまで口にすると、サネルマが声に出して頷いて、それから優しく語りかける。


「〈ハルブモンド〉の搭乗員を殺してしまったと。悩んでしまうよね。相手は帝国軍と言っても、人間であることには変わりは無いですから」


 自分の悩みに共感してくれたサネルマに、ナツコはこれまで誰にも相談できなかった心境を吐露する。


「はい、どうしても考えてしまって。ハツキ島婦女挺身隊としてハツキ島に襲来した宙族と戦うために出撃したとき、自分が戦って死ぬことは覚悟したつもりだったんです。でも、相手を殺してしまう覚悟は出来てなくて……。

 どうして私ってこんな中途半端なんだろうって。こんな状態で義勇軍に入ってしまったのはいけない事じゃないかって。

 戦争はそういうものだって。戦う以上仕方の無いことだって。だからいちいち悩む必要なんか無いって言うけれど、私はどうしてもそう割り切ることが出来ないんです。

 義勇軍としてハツキ島を解放するために戦う以上、本当は悩んだりしたらいけないことなんですよね」


 ナツコの告白に、サネルマはナツコの目を真っ直ぐに見据えて首を横に振った。


「そんなことない。人を殺すことが当然になってしまったらいけないよ。そうなってしまったら人間は人間でなくなってしまいます」


 戦争で兵士が敵を殺すのは当然のことなんだと、そう答えられるとばかり思っていた。

 ナツコだって、自分が馬鹿な悩みを抱えていると考えていた。

 だって自分は義勇軍で、帝国軍からハツキ島を取り戻すために活動している。そのためにはハツキ島に居座る帝国軍とは戦わなくてはいけないし、そうでなくとも襲いかかってくる帝国軍から自分を、味方を守るために戦わなくてはいけない。

 そのためには帝国軍を殺すこともある。だから、それは仕方の無いことだと、受け入れるべき事なのだとばかり考えていた。だからこそ、ナツコはそれを素直に受け入れることが出来ない自分に対して思い悩んでいた。

 でもサネルマは、そんなナツコに対して悩む事は間違っていないと言う。その言葉に思わず目を見開いたナツコに対してサネルマは続ける。


「明日のために命を奪わなくてはならないこともあります。人間はそもそも過ちを犯す生き物です。それでも、その過ちを忘れてしまってはいけない。

 義勇軍としてハツキ島を取り戻すと誓った私たちは、悩みも苦しみも全部抱えて、ハツキ島のために出来ることをするんです」


 サネルマの言葉を聞き終えたナツコは薄らと目を潤ませて、小さく何度も頷いた。


「悩んで、良かったんですね」


 悩む事は間違っているという悩む事に対する悩みは、サネルマの言葉ですっかり無くなった。肩の荷が下りたナツコはようやく自然に微笑むことが出来た。


「ありがとうございますサネルマさん。私、自分なりに精一杯悩んでみます」

「そうだね。それが良いよ。でも忘れないで。1人で抱えきれる悩みなんて、ほんの少しだけだよ。だから何時だって、仲間を頼って良いんだからね。頼りになる副隊長とか」


 自慢げに胸を張るサネルマにナツコは「そうさせていただきます」と笑って返す。それから秘めた決意を言葉にする。


「私、決心しました。これから大変なことも苦しいこともあるでしょうけど、ハツキ島のため、私なりに、私に出来ることをやっていきます」

「きっとあるよ。ナツコちゃんにしか出来ないこと」


 サネルマが柔和な笑みを浮かべると、ナツコも答えるように微笑む。

 それからサネルマはきらきらと輝く瞳で自分を見つめるナツコに対して、1つ咳払いをしてから、懐から古びた紙の本を取り出した。


「……ところで、ナツコちゃんがこれから直面するであろう人生の苦難に対して、あれこれ思い悩むのに丁度良い本があるよ。答えそのものはナツコちゃん自身が出す必要があるけど、きっとその手助けをしてくれる素晴らしい本さ。何しろ地球時代より伝わるダーマ教の始祖・名僧・経典から選りすぐった名文たちだからね。時間があるときに少しずつでも読んでくれれば、いつかきっと役に立つこと請け合いだよ」


 差し出された本をナツコはやはり輝く瞳で見つめて、その本を大切そうに受け取った――瞬間、近くから威圧的な声が響いた。


「サネルマ・ベリクヴィスト」

「はい!」


 思わず返事をしたサネルマが声のした方へと目を向けると、そこには腕を組み細めた目でサネルマを睨み付けるタマキの姿があった。


「軍隊内での布教活動は禁止だと、確かに伝えたはずですよね」

「いえこれは決して布教活動の類いではなく――」

「質問に答えなさい」

「はい。確かに言われました」


 タマキに厳しい口調で詰問されるとサネルマは素直に答える他なかった。

 タマキはそのままナツコへと手を向けて、受け取った本を渡すように促す。ナツコは拒否できるはずもなく、本をタマキへと手渡した。


「サネルマ・ベリクヴィスト。この本は何ですか」

「それは、それはですね……。その、大切なものなので返して頂けると――」


 質問に対する答えを返さなかったサネルマはタマキに睨み付けられ威圧される。たちまちサネルマは口をつぐんだが、タマキは本をサネルマへと差し出した。

 表情を明るくして本を手に取ったサネルマ。しかし、タマキも本を離そうとはせず、サネルマへと顔を寄せて、低い声で忠告した。


「もう一度言っておきますが、軍隊内での布教活動は一切禁止です。よろしいですね」

「はい! 勿論です!」


 タマキは一度「本当に分かっているでしょうね」と訝しげな視線を向けるも、サネルマは三角巾をとって「この頭に誓って」と真面目な顔でふざけて見せた。


「全く、あなたたちを2人きりにしたのは間違いでした」

「あ、ちょっとお待ちを」


 折角2人で洗濯することになったのにナツコをとられては困ると、サネルマは抗議しようと手を上げる。


「何を待てと言うのですか」

「ナツコちゃんを連れて行っちゃうのはちょっと、考えて欲しいかなあと」

「連れて行って欲しいと言うならそうしますが」

「あれ、違いましたかね?」


 きょとんとしたサネルマに、タマキは軍服の袖をまくり上げると2人に作業に戻るよう手のひらで示す。


「あなたたちの作業だけ遅れているからわたしも手伝うと言っているのです。それとも、何か不満がありますか?」

「いえ全く。ねえナツコちゃん」

「はい。一緒に頑張りましょう!」


 意気込むナツコの表情を確かめるタマキ。そこにはここに来る前の思い悩む少女の顔はなかった。

 サネルマは余計なこともしようとしていたが、しっかり役目を果たして居てくれたらしい。タマキはようやく降りた肩の荷に深くため息を吐き出すと、2人に対して直ぐ作業を再開するように命じ、自分も冷たい水へと手を突っ込んだ。


          ◇    ◇    ◇


 ボーデン・ボーデン基地で一晩過ごしたツバキ小隊は、翌朝食事を済ませると、借りた部屋を清掃し、出立のため装甲輸送車両前に整列する。

 タマキは隊員達の顔を順々に確かめて、1人そこに居ないことに気がついた。まあ居ないのはいつものことだ。タマキはユイのことは後回しにして話を始める。


「皆さん昨日はよく眠れたようですね。これから出発しますが、先ほど総司令官より、ツバキ小隊の次の所属先が通達されました。これよりツバキ小隊は、デイン・ミッドフェルド基地へ向かいます」

「でいんみっどふぇるど? って、どんなところですか?」


 ナツコが挙手をして尋ねるとタマキは目を細め、渋い表情をナツコへと向けた。そんな反応にナツコは変なことを聞いてしまったのかと首をかしげ、隣に立つイスラへと視線を向けた。


「何かあるんですかね?」

「何かあるっていうか、何もないというか……。行ってみりゃ分かるさ」

「そういうことです。これより向かうので、現地の状況は現地で確認して下さい。もしかしたら、わたしの知らない間にデイン・ミッドフェルド基地も変わっているかも知れませんし」


 タマキはため息半分そう告げて、それから話題を切り替えた。


「トーコさん、一歩前に」

「はい」


 トーコはタマキに言われた通り一歩前に出て直立姿勢をとった。皆の前で名前を呼ばれる心当たりはあったし、そうだとするならトーコにとっても喜ばしいことだ。


「本日付でトーコ・レインウェル軍曹はハツキ島義勇軍ツバキ小隊で預かることとなりました」


 タマキの言葉を遮って、隊員達は拍手を持ってトーコの加入を歓迎し、各々トーコへと明るい表情を見せる。

 軍隊らしからぬ光景ではあるが、ツバキ小隊では珍しくないことだ。タマキは咳払いして隊員を静かにさせると話を続ける。


「装甲騎兵も加わり名実ともに小隊らしくなりましたが気を緩めないように。では、トーコさんから一言お願いします」


 突然一言と言われたトーコは、一瞬悩んだ後意を決して口を開く。


「この度ツバキ小隊に加わることとなったトーコ・レインウェルです。

 私は、ハツキ島の出身ではありません。ですが、かつて私の所属した、私のことを家族のように扱ってくれた部隊がハツキ島での戦闘で全滅しました。私は彼らのその後を、この目で確かめたい。そのためにもう一度ハツキ島へ渡りたいと思っています。

 訓練課程を終えたばかりの新米ですが、皆さんと一緒にハツキ島のために戦わせて下さい。よろしくお願いします」


 トーコの言葉を受けて、イスラはナツコへと小声で尋ねる。


「だってよ名誉隊長。どうする?」

「どうするって、決まってます。ハツキ島のために戦うなら、私たちと目的は一緒です」

「だそうだ。歓迎するぜ」


 再度トーコは隊員達に拍手でもって歓迎された。トーコは隊員達へと向き直って「ありがとうございます」と頭を下げて礼を述べる。


「騒ぐのもほどほどに。ではこれよりツバキ小隊はデイン・ミッドフェルド基地へ向かいます。皆さん、車両に乗り込んで下さい。カリラさんは運転を、リルさんは監視塔に」


 隊員達は敬礼し返事と共に各々車両へ乗り込んでいく。それを見送ったタマキは、装甲輸送車両に牽引されている〈音止〉の元へ向かい、コクピットを叩いた。

 内側からコクピットが開かれ、中に居たユイは気怠そうな目でタマキの顔を見据える。


「なんだ。見ての通り仕事中だ」

「それは結構。一応伝えておこうと思って。トーコさんはツバキ小隊で預かることになりました」


 ユイは作業の手を止めて、感心したように頷いた。


「そうか。ま、妥当な選択だ」

「そう言ってくれると思ったわ。それともう1つ。あなたにとってはこっちのほうが大切でしょうけれど」


 前置きするとユイは言いたいことがあるなら早く言えとばかりに気怠そうな目でタマキを睨む。そんなユイに対して、タマキは統合軍の1等装甲騎兵章を差し出した。


「あなたもハツキ島義勇軍ツバキ小隊で預かることになりました。これからはわたしの指示に従って頂きます」

「ツバキ小隊は総司令官直轄だったな」


 動かされるはずのない自身の人事が易々と変更されたことについて、ユイは直ぐにタマキがどんな手を使ったのか答えを見いだした。タマキの予想に反してユイは事実をすんなりと受け入れて、差し出された1等装甲騎兵章を手に取る。


「不満はなさそうですね」

「不満ならあるさ。だが決定したことに苦情を述べたところで疲れるだけだ。むしろあたしゃ感心してる。お嬢ちゃんにしてはうまくやったじゃないか。褒めてやろう。これからも使えるものは何でも使え」

「何を偉そうに……。全く」


 ユイの上から目線な態度にもタマキはすっかり慣れてしまって、小さくため息をついただけでそれ以上咎めることもなかった。


「それと忘れるな。あたしゃ技術者であって軍人じゃない。こいつに関わることなら手を貸すがそれ以外は知ったこっちゃない」


 ずけずけと言いたい放題のユイををそのままにしておいてもつけあがらせるだけなので、タマキは威圧的な視線を向けて、短く言葉を発する。


「それはあなたの態度次第です」

「愚かな考えだと思うね」


 ユイの答えにタマキは「話は以上」とだけ告げて、〈音止〉から離れて装甲輸送車両の指揮官席へと向かった。

 既に出発準備を終えていた運転席のカリラに、タマキは中継基地へと向けて出発するように命じる。


「かしこまりましたわ。安全運転で行きます? それとも急ぎましょうか?」

「安全運転でお願いします」

「お任せ下さいな。では出発いたします」

「ええ。あなたは素直で助かるわ」

「何の話です?」


 尋ねたカリラに対してタマキは「こっちの話だから気にしないで」と返し、それから運転に集中するよう命じた。

 カリラは返事と共に車両を出発させ、ツバキ小隊を乗せた装甲輸送車両はデイン・ミッドフェルド基地とボーデン・ボーデン基地の中継基地にあたる、リーブ補給基地へと向けて走り始めた。

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