寄り道。ボーデン・ボーデン基地へ②
「これ、繋いでおいてくれ」
イスラはエネルギー供給用のケーブルを後ろ手に渡そうとしたが、返事もなくケーブルも受け取られなかったので振り返った。
「どうしたナツコちゃん。ぼけっとしてると怖い少尉にしかられるぞ」
「あ、イスラさん。ごめんなさい。ケーブル繋ぐんですね。任せて下さい」
名前を呼ばれてようやく反応を返したナツコ。イスラは何かあったのかとナツコの顔をまじまじと見つめる。
「寝不足か?」
「はい。ちょっと眠れなくて。でも今日は布団で眠れるので、大丈夫です」
イスラにはそんな虚勢を張るナツコが痛々しく見えて、思わず手渡したばかりのエネルギーケーブルを取り上げると、ナツコの額に手を当てた。
「熱はないな。どうした、悩み事か?」
「どうしてトーコさんもイスラさんもそういうの直ぐ分かっちゃうんですか」
「だって顔に書いてあったから。で、なんだ。便秘か?」
ナツコは「そんなことない」と否定してから、「それもあるかも」と小さく呟く。だがイスラはそんなことで追求を止めず、正直に話さないならタマキに通告すると脅しをかけた。
「そ、そんな大事じゃないです。その……。ハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で、イスラさんと帝国軍の装甲騎兵を倒しましたよね」
「ああ、そんなこともあったな」
3日前の出来事を思い出すようにイスラは頷く。それから、その時何かあったかとイスラは首をかしげる。
「それで?」
「いや、その……。それだけですけど」
「うん?」
イスラは何が言いたいのかさっぱり分からんと言った風で、どうして分かって貰えないのかと困惑するナツコの顔をのぞき込んで、分からんから全部話せと圧を送る。
「……うぅ。話しますよ。だから、その。装甲騎兵には人が乗ってたはずですよね。私はその人を――殺してしまった訳で……」
「いいことじゃないか」
「え?」
イスラから飛び出た言葉に今度はナツコがきょとんとしてしまう。
「だってあの時〈ハルブモンド〉を始末してなかったら突出してたタマちゃん達は背後から攻撃を受けて無事じゃ済まなかった」
「それは……。そうかも知れないですけど……」
「大体あいつらは帝国軍を自称した宙族だぜ? 宙族に人権なんて存在しないのは宇宙常識だし、そもそも奴らはあたしらの故郷を土足で踏みにじった。死んで当たり前。当然の報いだ。
ツバキ小隊が設立目的を達成するためには、最終的には奴らにハツキ島から出て行って貰わなきゃならん。その時話し合って出て行ってくれって頼むか? 話し合いが通じるなら最初から戦争なんて起こらなかったのさ。戦争になった以上、武器を手にこっちの条件を呑むか死ぬかを選ばせるしかない。相手が死を選ぶなら、躊躇無く引き金を引くだけのことさ」
イスラの強い言葉にナツコは返す言葉もなく、力なく頷く。
「ま、要するにナツコちゃんがいちいち悩む必要はないってことさ。確かにあの時〈ハルブモンド〉を葬ったが、結果としてツバキ小隊は全員生き残った。お前がみんなを守ったんだ。誇っても良い」
「言いたいことは分かる、つもりです。それでも――」
未だに思い悩むナツコ。俯いたナツコにイスラはこれ以上かける言葉が見つからなかったが、代わりに遠くから名前を呼ばれた。
「イスラさん、ナツコさん。手が止まっています」
タマキに指摘され、イスラは慌ててエネルギーケーブルをナツコへと手渡した。
「今は目先の仕事を片付けよう。ここまで来て車中泊はごめんだぜ」
「ですね。お仕事、頑張りましょう」
◇ ◇ ◇
ナツコは自分を誤魔化すように仕事に奔走した。
装甲輸送車両の整備、ツバキ小隊の〈R3〉及び火器の整備、車両への物資積み込みと、タマキは容赦なくナツコに仕事を言い渡した。
ナツコは言われるがまま手を動かし、忙しく働いている間は悩みも忘れることが出来た。
「ちょっとナツコさんの仕事が多すぎません?」
ようやく休憩を言い渡されたカリラは、未だに働き続けるナツコの姿を遠目に見て傍らに立つイスラへと問いかける。
「士官の仕事は部下を暇にさせないことさ。そういうことだろ、タマちゃん」
カリラの質問に答えるイスラは丁度近くを通りかかったタマキへと視線を送る。タマちゃんと呼ばれたタマキは不服そうな表情を浮かべたまま、2人の元へと足を運んだ。
「そんなに暇が嫌ならあなたに言いつける仕事もたくさんあります。〈R3〉が搬入されたばかりで基地の整備士は徹夜で作業だそうですから」
「待った待った。そんなに怒らないで下さいよ少尉殿」
折角基地で休めると言うのに徹夜の作業に巻き込まれては大変だとイスラは態度を改めて平謝りする。そんなイスラに対してタマキは面倒くさそうにため息をつく。それから思い出したように尋ねた。
「そういえば〈ウォーカー4〉はどうでした?」
イスラが装備していた偵察機〈ウォーカー4〉はハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で損傷していた。ナツコが個人用担架を装備していたおかげで何とか機体の回収は出来たが、損傷は激しくそのままでは使えない状態で、タマキはイスラとカリラに修理の見積もりを依頼していた。
「あー、あれはちょっと打ち所が悪かったというか、コアユニット投棄しちゃったし、基礎フレームの損傷も酷い。良く中身が無事で済んだって感心するレベル。修理するより新品用意した方が良い。あんなんでもばらせば修理用パーツとしては使い道がある」
報告に、タマキは先ほどに増して深くため息をつく。
「となると偵察機は新調する必要がありますね」
「別にあたしは〈空風〉があるから機体は必要ないぜ?」
「まだあの機体にこだわりますか。機体については考えておきます。物資の積み込みが終わったら車両を宿舎の駐車場へ移動しておいて下さい」
次の仕事を言いつけ移動しようとするタマキだったが、イスラはその背中に声をかけて呼び止める。
「ちょっと少尉殿、いいかい?」
「何ですか?」
立ち止まり振り返ったタマキはどうせ下らない話だろうと目を細めてイスラを見る。
「あー、その、ナツコちゃんの事なんだけど」
「ナツコさんですか。何かありましたか?」
イスラの口から出てきた名前にタマキはしかめていた表情を崩し、真面目に話を聞こうとイスラへと歩み寄る。
「どうもハイゼ・ブルーネでの戦闘のことを引きずってるみたいで、一応少尉殿にも伝えておいた方がいいかと思ってね」
「そういうことですか。その件については考えてはいます」
「そうだろうね。ナツコちゃんに仕事押し付けてるのはそのせいだろ?」
「人間というのは手が空くとどうでもいいことを考えてしまう生き物ですから。――あなたたちも」
タマキが話はこれでお仕舞いと鋭い視線を送ると、イスラは両手を振り、カリラも首を振って仕事は必要無いと必死にアピールした。
タマキはそんな2人の様子を見て、「では車両の移動だけよろしく」と言い残して立ち去ろうとしたが、一歩踏み出したところで足を戻し、2人の前に再び向き直る。
「忘れてました」
「いや、そんな今思い出したみたいに振る舞われても。で、どんな仕事だ?」
仕事を押し付けるのだろうとイスラは観念して問いかけたのだが、タマキはかぶりを振った。
「そういう話ではなく――望むならそういう話はいくらでもありますけど」
タマキの言葉に2人は必死に首を横に振った。それを見てタマキは1つ咳払いして2人を静かにさせると口を開く。
「念のため聞いておきます。あなたたちはわたしに相談しておきたいことはありますか」
イスラとカリラは互いに顔を見合わせ、それからタマキへと向き直るとかぶりを振る。
「あたしは大丈夫。強いて言うなら〈空風〉での出撃を認めてくれれば最高ってとこ」
「それは論外。問題ないなら良いです。カリラさんは?」
「わたくしも得には。お姉様と一緒に居られるなら他に何もいりませんわ」
「それは結構」
呆れたようにタマキは頷いたが、カリラの言葉にイスラが手を掲げた。
「1つあった。カリラの射撃下手がここに来て酷いことになってる。ハイゼ・ブルーネであれだけ戦って命中弾0だなんて異常事態だぜ。エリート少尉の力で何とかしてくれ」
「えぇぇ!? いえ、確かに命中弾はなかったですけど! あくまであれは威嚇射撃といいますか、他の攻撃を当てるためにあえて狙いを荒くしたみたいなところがありまして、決して射撃が下手とかそういうことではありませんわ!」
カリラはイスラの言葉を必死に否定しようとするが、〈R3〉の戦闘ログを確認していたタマキはカリラが本気で当てようとして撃っているにも関わらず、1発も命中させられなかったことはしっかり把握していた。
「そればかりは本人に何とかして貰うしかありません。訓練は予定していますが、それも配属先次第です。無駄話になってしまいました。これ以上話がないならこれで失礼します」
タマキは強引に話を区切って、まだ訴えることが残っているとばかりに息巻くカリラを無視してその場を後にした。
「うぅ。あれは決して下手という訳ではありませんのに……」
「分かってるって。お前は操縦の腕はいいんだ。ちょっと練習すればあたるようになるさ」
「お姉様がそう仰るならきっとその通りですわ」
妙な自信を持ってしまったカリラを見て、イスラは言わなくていいことを言ったかも知れないと後悔する。
カリラの射撃下手は天才的と呼べる域に達した代物で、ちょっと練習したくらいでどうにかなるとは思えない。それでも何とかしようとするのなら、どんな素人が扱っても命中弾を見込める火器と、優秀な火器管制装置が必要だ。
さて今のツバキ小隊がそんなお高い装備を入手できる可能性はあるかとイスラは思案を巡らせて、絶望的ではあろうが今度それとなくタマキに頼んでみようと結論づける。
「隊長ってのは大変な仕事だねえ」
「そうですわね。わたくしたちの心配までしてくれるとは思いもしませんでしたわ」
カリラの返答はイスラの意図したものではなかったが、それもそうだと頷いて話を区切ると、物資の積み込みが完了した装甲輸送車両を移動させる作業へと向かった。
◇ ◇ ◇
タマキはボーデン・ボーデン基地から提示された仕事を隊員達に割り振りながら、隊員達のヒアリングにあたる。
イスラとカリラは問題なし。戦闘行為に対する見解は多少攻撃的なきらいはあるものの想定の範囲内。
フィーリュシカも問題なし。予備防衛官課程をとっているからか、はたまた元よりの正性格からなのか定かではないが、ハイゼ・ブルーネ基地での戦闘で上げた莫大な戦果を誇ることもなく、ナツコのように思い悩むこともない。タマキが士官学校で習った訓練を受けた兵士そのものであり、指示にも忠実すぎるほど忠実で、別の観点から見た場合問題もあるがともかく今は手を付けなくて結構。
リルも問題なし。軍人の家庭出身からか、部隊内最年少にも関わらず戦場における兵士の役割をよく理解している。戦場で敵を撃つことを、動く的を狙う良い練習になると告げたことは若干気がかりではあるが、タマキ自身そういう考えに共感しないわけでもなかった。
残る隊員は3人。とりあえず話がこじれることはないだろうと予想を付けて、洗濯を命じたサネルマの元へと足を向ける。
遠くからでも一目でそれと分かるぴかぴかと輝く見事なまでの坊主頭に何故か三角巾を巻いた後ろ姿をタマキは見つけた。サネルマは宿舎の外にある共同洗濯場で隊員の衣類や布団カバーを懸命に洗濯していた。しかしタマキが顔を出したのを見ると、洗っていた衣類を手放してタマキの元へかけよる。
「隊長さん! 水が冷たいです!」
「でしょうね。ちょっと水飛ばさないで」
手を振って水の冷たさを訴えるサネルマをタマキは冷たくあしらう。冬間近のこの時期に野外で冷水を扱うのはさぞかし大変なことであろうが、タマキはそこまで面倒を見切れない。
「洗濯機とかありませんか」
「あっても使用許可が下りませんよ。余所から来たわたしたちに水場を貸してくれただけでも感謝しないといけません」
「どうして宇宙に船を浮かべて光の速度を超えて移動できる時代に、洗濯物を冷たい水で手洗いしなければならないのですか!」
「急に真面目に意見されても……。技術が急速に発展したとしても人類の生活における最も豊かな部分が成長するだけで、最も貧しい部分は変化しないからです。人類の最も豊かな幾ばくかが宇宙に出ようと物理法則を超えようと、最も貧しい人々は洗濯物を手で洗うし、ましてや洗うことも出来ない人々も大量に居ますし、このご時世に前時代の地球のような原始的な生活を送っている人も星の数ほどいるとだけ言っておきます」
サネルマの問いかけに対してタマキは至極真面目に回答し、それを受けたサネルマは「分かっていても納得は出来ない」と不満げであったが、受け入れるしかない事実を拒絶したところで何も得るところはないと、現実的な解を模索して1つ提案した。
「洗濯物の量が半分なら、何とかやりきれると思うのですよ」
「そうですか。――わたしに手伝えと?」
タマキの問いにサネルマはかぶりを振った。
「いえ、隊長さんではなく、ナツコちゃんを貸して頂ければ」
「ナツコさんね。ですが彼女は少しばかり予定が詰まっています」
「そうですか。では隊長さんでいいです」
「何と?」
「冗談ですよ。やだなあ、冗談ですって。だからそんな怖い顔しないで下さい真面目にやります」
タマキに一睨みされたサネルマはようやく諦めて洗濯へと戻る。タマキは分かればよろしいと見送りかけて、こんなことを言いに来たのではなかったとサネルマの後を追いかける。
「すいません。別件で来たのでした」
「あらら、もしかして別のお仕事ですか?」
「いえ、仕事はこのまま洗濯を続けて頂ければ結構」
それにサネルマは少しばかり残念そうな顔を見せもしたが、改めて「なんでしょう」と尋ねる。
「ツバキ小隊は先日ハイゼ・ブルーネ基地で大きな戦闘に参加しました。もしそれについて何か思うところがあれば聞いておこうかと」
「ほほう。お悩み相談みたいなものですかね?」
「端的に言うとそうです」
サネルマは考えてる素振りを見せて「うーん」と頭を捻ったりもしたが、結局首を横に振った。
「悩みがないとは言いませんけど、自分で抱えられる分だけなので今のところ大丈夫です」
「そう、ですか。それなら良いですけど」
「ただ、3人ほど随分悩み込んでる隊員がいまして」
「3人? 誰でしょう?」
想定より多い数字を示されてタマキは戸惑いながらも尋ねると、サネルマは柔和な笑みを浮かべて答える。
「ナツコちゃんとトーコちゃん。それと、隊長さん」
「わたしですか?」
サネルマに手のひらで示されてタマキは思わず自分を指さして尋ねた。サネルマはゆっくりと頷く。
「隊長さん、ツバキ小隊が出来てからというものずっと忙しそうで、得にここ最近は随分疲れがたまっているように見えたので」
「そう見えますか?」
「ええ。とても。隊長さんにはしっかり休んで頂かないと困ります」
心配していた隊員に逆に心配されてしまって、タマキは自分が情けなくなって小さくため息をついた。
「そうですね。今後は隊員に無用な心配をさせないよう気を付けます。ありがとう、サネルマさん」
「いえいえお構いなく。隊員は隊長さんに話を聞いて貰えますけど、隊長さんは相談相手が居ないのでは辛いこともあるでしょうから。
不肖サネルマ、これでも隊長さんより長く生きていますから。あまり難しいことは分かりませんが、人生の悩みでしたらお聞きできます。年齢的には隊長さんより隊長さんのお兄さんに近いんですよ」
タマキは「そう言われてみればそうね」と頷いて、「頼りにしてるわ」と微笑む。
「それで隊長さん。実は不肖サネルマ、副隊長の任を承ったのですが、いまいち副隊長としての仕事が少なすぎるように思うのです。隊員のお悩み相談でしたら、力になれると思います。ナツコちゃんの事、任せて頂けませんか?」
思わぬ提案にタマキは少しばかり考えを巡らせる。
部隊内最年長として、ハツキ島婦女挺身隊時代に副隊長を任されていたサネルマに、ツバキ小隊の副隊長を任命したのは他でもない自分だ。
得に隊長より親身に、隊員同士で相談できる相手としての役目をサネルマに期待していた。それを活かすのは確かに今だ。
「任せたいのは山々ですが、この問題は少しばかり解決が困難ですよ」
サネルマの手には余るかも知れないと提示すると、本人もそれを分かっているようで素直に頷いてみせる。
「はい。ですから、解決するのはナツコちゃん自身です。そのお手伝いくらいなら出来るかと思いまして」
「そういうことですか。分かりました、任せてみます。――それにしても、よく考えたものです」
サネルマは「何のことですか?」ととぼけてみせる。タマキはため息半分、士官用端末を操作して仕事の割り振りを変更した。
「良いでしょう。ナツコさんには今の仕事が終わったら洗濯を手伝うように指示しておきます」
「それはとてもありがたいことです。あ、大丈夫ですよ安心して下さい。ちゃんとナツコちゃんの悩みもきいてあげますから」
「本来そっちが主目的です。全く、副隊長として責任を持った行動をお願いします」
「分かっていますとも。お任せ下さい! 不肖サネルマ・ベリクヴィスト、誠心誠意ナツコちゃんのお悩み相談に努めさせて頂きます!」
ぴしっと敬礼を決めるサネルマを見て、タマキは絶対楽しんでるとは感じながらも、1つサネルマを信じて任せてみることにした。




