ナツコ 対 〈ハルブモンド〉
「多い気もするが、こんなもんだろ」
「そうですね。さっきはあと4発多かったですけど」
「拠点に籠もるならともかく過積載で前線うろつくのはやめとけ」
「分かりました。そうしておきます」
ナツコはイスラのアドバイスを受けて過積載を避け、それでも〈ヘッダーン1・アサルト〉の積載量限界まで88ミリ砲弾を積み込んだ。
イスラも偵察機〈ウォーカー4〉のバックパックに122ミリ砲の徹甲弾2発を積んで、弾薬の簡易受領印を押すとツバキ小隊の現在位置を調べる。
「しかし大分前に出てるな。早いとこ戻って合流した方がよさそうだ」
「ですね。急ぎましょう! フィーちゃんが待ってます!」
軍人として――ではなく、フィーリュシカの僚機として、フィーリュシカの命令に従おうとナツコは意気込む。イスラもそんなナツコの目一杯のやる気に多少呆れながらも、急いだ方が良いことは明白なので、相づちをうって進路を定める。
「ルート通りに進めば比較的危険は少ない。が、敵が潜伏してる可能性もあるから気を抜くな」
「はい! 注意して進みます!」
「分かってくれたならよろしい。じゃ、出発するぞ」
イスラが先行するとそれにナツコも続く。機体のエネルギーパックも新品に替え、燃費の良い突撃機と偵察機は作戦行動可能時間を気にすることもなく、足の遅い〈ヘッダーン1・アサルト〉の最高速度に合わせて進んだ。
弾薬受領完了と、合流に向けて移動開始したことを報告するべく、イスラは通信機を起動する。
「こちらツバキ4。ツバキ隊長機へ……」
声をかけ、応答を待つが返信が無い。
イスラは仕方なく再度声を発した。
「ツバキ4よりツバキ1、応答願う。ツバキ1? 聞こえてるなら応答してくれ。この際誰でもいいんだが」
「ツバキ6、聞こえてます!」
「ナツコちゃんは返答しなくてよろしい」
ナツコは誰でもいいと言われたのでつい返答したが、2人は声の聞こえる範囲にいるのだからその必要のないことは明白だった。
それに気がついたナツコは自身の失敗に顔を赤らめたが、イスラはタマキからの応答を得られずそちらに構っている余裕はなかった。
「繰り返す。ツバキ4よりツバキ1、応答願う」
幾度か繰り返し、戦術データリンクから緊急信号を送ってみるが応答無し。
更に小隊の現在位置も更新されなくなり、地図上の隊員の所在地は至近距離にいるナツコ以外ぴくりとも動かなくなった。
イスラは端末が故障した可能性も考慮したが、他の統合軍からの情報は通常通り得られていて、突出したツバキ小隊の情報だけが断絶している状態である。先行したツバキ小隊周辺で何らかの通信障害が発生しているとしか考えられなかった。
「こりゃ電波妨害か? 手の込んだことしやがる」
「ど、どうしましょう!?」
「最後に確認した場所へ向かうしかないが――おい、まずいぞ」
統合軍のレーダーが、帝国軍の装甲騎兵〈ハルブモンド〉を捉えた。
単機だが、統合軍右翼前面を抜けて、先ほどまでツバキ小隊のいた地点の背後をとるように移動している。
「このままじゃタマちゃん達が挟み撃ちにあう」
「ど、ど、ど、どうしましょう!?」
ナツコは混乱するがイスラは戦略マップを確認して結論を出す。
通信が繋がらない以上、こちらから注意喚起することは出来ない。残る手段は2つあるが、1つは絶望的で、もう1つもかなり運頼みだ。
「統合軍に撃破して貰うか、あたしら2人で撃破するか――。残念ながら、統合軍に頼むには隊長の指示が必要だ。2人で何とかするしかない」
「で、でも、〈ハルブモンド〉って装甲騎兵、ですよね?」
「そうだ。偵察用の2脚装甲騎兵。機動力優先で装甲も火力も低いが、〈R3〉とは格が違うことは確かだ。でもまあ、88ミリ砲をぶち込めば、正面からでも撃破出来る」
ナツコは「なるほど」と手を打ってから、しかし2人の手元には88ミリ砲弾はあっても肝心の88ミリ砲がないことに直ぐ気がつく。
「88ミリ砲はフィーちゃんが持ってます!」
「問題ない。ルートを変更する。ちょっと速度上げるが、遅れるなよ」
「え、でも!」
「いいから着いてこい。あたしにはお前の指揮権はないが、タマちゃんとフィーがこのままじゃ危ない」
「――そうですね。分かりました。遅れないよう、頑張ります!」
ナツコは敬礼して、精一杯先行するイスラに置いていかれないよう、全速力で進んだ。
イスラは周辺地図に示される情報から、〈ハルブモンド〉の進路を予想し、先回りするように移動する。同時に、地図に示されていた味方所有火砲の位置も確かめていた。
「あそこだ」
辿り着いた起伏のある山岳地帯には、統合軍の牽引式88ミリ砲が設置されていた。
既に88ミリ砲を所有していた部隊は移動したらしくその場にはいなかった。代わりに、破壊された牽引車と数機の〈R3〉の残骸が残されている。
「これって――。でも使えますか?」
「待ってろ」
イスラは放棄された88ミリ砲にとりつき、使用可能かどうか確かめる。敵の小口径榴弾を受けて車輪が損傷していたが、砲自体は無事であった。
「いけるな。ナツコ、こっちに来い。もっとこっち。そこだ」
イスラはナツコを呼び寄せると、〈ヘッダーン1・アサルト〉の火器管制装置のコンソールを開き、既に繋がっていた機関銃のコネクタを引き抜くとそこへ88ミリ砲のコネクタを4本接続した。
「ま、待って下さい! 私が撃つんですか!? イスラさんのほうがこういうの得意じゃないですか!」
「そうは言っても〈ウォーカー4〉の火器管制は重砲に対応してない。これを動かすにはコネクタが4つ必要だが、こいつには2つしかないんだ。88ミリ砲を駆動するエネルギーを供給できない」
「で、でも――。そうだ。イスラさんが〈ヘッダーン1・アサルト〉を装備すれば!」
「時間が無い。あと20秒で〈ハルブモンド〉がここを通る。覚悟を決めて構えろ。失敗したら、タマちゃんたちが背後から攻撃を受けることになる」
「それは――」
ナツコはツバキ小隊として短い間だが一緒に過ごしたタマキ達が傷つく姿も、ましてや死ぬところを見たくはなかった。
今、この場にいる2人で何とかするしかない。そして、88ミリ砲を扱えるのが自分だけだとしたら――
「分かりました。何とかやってみます」
「それで良い。使い方は機銃と同じだ。敵の移動点を予測して、良く狙って撃て。こいつなら〈ハルブモンド〉の正面装甲を抜ける。奴はツバキ小隊の背後をとろうとして、あの崖際を通る。そこを狙い撃て」
「はい! 分かりました」
ナツコは火器管制に接続された88ミリ砲へとアクセスして、その照準器を呼び出す。
メインディスプレイ上に現れたサブディスプレイに88ミリ砲の照準が表示される。もう1つサブディスプレイを立ち上げてそこへと〈ハルブモンド〉の予想進路と周辺地図を表示させると、1つ深く息を吐いた。
イスラが徹甲弾の装填を完了させ、88ミリ砲が使用可能状態となる。
ナツコは〈ハルブモンド〉が通るだろうルートへと砲口を向けて、それからまた1つ大きく息を吐いた。
「来るぞ。あと4秒」
「はい」
イスラがカウントを始める。
ナツコは火器管制の表示を大きく映して、注視地点をズームさせる。
呼吸を整えたはずなのに、心臓の鼓動が高まる。
イスラのカウントは容赦なくなされ、〈ハルブモンド〉がいよいよ近づいて、視界を遮っていた立体障害から敵影が現れた。
「撃ちます!」
ナツコは飛び出して来た〈ハルブモンド〉を注視し、火器管制に移動先を予測させる。そして、88ミリ砲の仮想トリガーを、引いた。
――外れた。
爆音と同時に88ミリ砲が発砲炎を吹き出す。その瞬間に、ナツコにはこの弾が〈ハルブモンド〉に当たらないことが理解出来た。
こちらに気がついた〈ハルブモンド〉は急減速をかけている。
――どうしよう。
この後どうなってしまうのか。装甲騎兵相手に〈R3〉では勝てるはずがない。
自分はここで殺されてしまうんだ。
ナツコの頭の中は絶望で支配された。
しかしそんな中に、ツバキ小隊の隊員達の顔が浮かんでくる。
タマキ隊長、サネルマさん、カリラさん、リルさん、イスラさん。トーコさんとユイちゃん。それに僚機のフィーちゃん。
大切な仲間を、失いたくない。
そのために、自分の出来ることをしなければ。
今、自分に出来ることは――
「次弾徹甲!」
叫んだ。
その声に応えるよう、イスラも声を上げる。
「おう!」
放たれた徹甲弾は急減速した〈ハルブモンド〉の寸前を通り過ぎ、背後の崖に着弾。
〈ハルブモンド〉はこちらを向き、装備している60ミリ砲を指向させている。
88ミリ砲の徹甲弾がイスラによって装填された。
「良く狙え!」
「はい!」
火器管制を立ち上げ、照準器を注視する。
この1発で決めなければ、自分も、大切な仲間も失うことになる。
――そんなのは嫌だ!
ナツコはサブディスプレイに映る照準器の映像に全神経を集中させる。
脳が活性化し、時間がゆっくりと、まるで止まっているかのように感じた。感覚は研ぎ澄まされて認識力、思考能力は桁外れに高まっているのに対して、体の動きや周りの全ての物体の動きもそのままなので、ナツコは重い液体の中に浮かんでいるような錯覚を覚えた。
無限とも思える時間の中で、ナツコは〈ハルブモンド〉の動きを見極め、88ミリ砲弾の着弾地点を見極め、マニュアル操作で狙いを定めた。
――撃ちますっ!
叫んだつもりだったが脳の感覚に口も喉も思うようについていかず、自分が何を言ったかも音の速度があまりに遅くて分からなかった。
それでも88ミリ砲の仮想トリガーを引き、砲弾を放つ。
灰色に染まった白と黒だけの世界で、吹き出す発砲炎の揺らぎ1つ1つがありありと見えた。
〈ハルブモンド〉も60ミリ砲を発砲。徹甲弾が射出される。
88ミリ砲弾と60ミリ砲弾は空中で交差。ほんの数センチ。正確には2.4センチばかりの距離ですれ違ったのをナツコの目はしっかりと捉えていた。
ナツコの体に衝撃が走る。
その瞬間に時間の流れは元に戻り、世界は色を取り戻した。
爆音が轟き、背中から地面に叩き付けられたナツコは肺の中の空気を全部はき出した。
叩き付けられた衝撃からは〈ヘッダーン1・アサルト〉が守ってくれたが、突然の衝撃にショックを受けて目をきつく瞑った。
やがて、爆音の反響が小さくなると目を細く開けて、〈ヘッダーン1・アサルト〉のセルフチェック結果を確かめる。機体の損傷は軽微。積んでいた砲弾がいくつか落下。他、背中から落ちた衝撃で背負っていたバックパックの外装が破損。しかし動作には問題なし。
そこまで確かめたナツコはようやくしっかりと目を開ける。
すると、目前にイスラの顔があった。
ナツコに覆い被さっていたイスラは、ナツコが目を開けたのを見て声をかける。
「おうナツコ。無事か?」
「無事です――けど、イスラさん、どうして?」
「覚えてないのか?」
イスラはきょとんとしながらも、ゆっくりとそこから立ち上がった。ナツコもイスラがどくと、〈ヘッダーン1・アサルト〉を立ち上がらせる。
「そうだ! 〈ハルブモンド〉は!」
ナツコが声を上げるとイスラは自身の後方を指さした。
そこには正面装甲を撃ち抜かれ完全撃破された〈ハルブモンド〉が力なく崖際にもたれかかっていた。
「よくやってくれたよ、ナツコちゃん」
「は、はい」
イスラに褒められたナツコは頬を染めたが、〈ハルブモンド〉を仕留めた実感がなかったので同時に首をかしげる。
そして目の前に、88ミリ砲の残骸が散らばっていることに気がついた。
「これ、もしかして60ミリ砲で?」
「そうだよ。本当に何も覚えてないのか? ま、ナツコちゃんは撃つのに集中してたからな。声かけたのに反応無いから、機体ごと地面に叩き付けちまった。が、動作は問題なさそうだな」
イスラはナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉を軽く見て損害状況を確かめる。しかしナツコは、そんなイスラのヘルメットの下に血が一筋流れているのを見て声を上げた。
「わ、私は大丈夫です。でもイスラさん、血が!」
「ん? ああ、問題ない。皮膚が切れただけだ。中身は無事だよ。問題は外側で――こりゃ駄目だ。再起動いけると踏んだんだが……」
言って、イスラは再起動に失敗した〈ウォーカー4〉のコアユニットを強制脱離させる。
切り離され地に落ちたそれには深々と金属片が突き刺さり、くすぶって白い煙を吹き出していた。
「大丈夫ですかイスラさん!?」
「大丈夫だって。〈ウォーカー4〉は駄目っぽいけど」
「そんな――。イスラさんまで、どうして私なんかをかばって――」
「フィーリュシカ様にナツコのことを頼まれたからな。そうじゃなくたって、ナツコちゃんはツバキ小隊の名誉隊長さ。ハツキ島を取り返す日まで、傷つけるわけにはいかねえ」
イスラは〈ウォーカー4〉から主武装を含め、積んでいた122ミリ砲や予備弾倉、エネルギーパックをパージし、装甲も最小限だけ残してその場に投棄する。
「私は、イスラさんと違って弱っちいです。守る価値なんて」
「あるさ。〈ハルブモンド〉を倒したのはナツコちゃんだぜ? それより、コアユニットが駄目になっちまったから背負って貰って良いか? 予備動力がそろそろ限界だ」
「は、はい。直ぐに!」
言われてナツコは慌てて積んでいた88ミリ砲弾を投棄。バックパックを担架が使えるよう積み直して、背負った個人用担架を展開する。偵察機か軽量な突撃機なら〈R3〉を装備したままでも背負うことが可能だ。
不要なパーツをあらかたその場に捨てて、個人防衛火器だけ装備したイスラはナツコに背負われる。
丁度そこに、タマキからの通信が入った。
『ツバキ1よりツバキ4。応答せよ』
イスラから緊急信号を出していたのでそちらあてだったが、既に通信機を投棄していたため代わりにナツコが答える。
「ツバキ6からツバキ1。イスラさん――ツバキ4は、〈R3〉を壊してしまって――」
『〈R3〉を壊した? いったい何があったんですか? 報告をお願いします』
タマキに問い詰められたナツコはどこから説明したらいいのか悩むが、イスラはナツコの〈ヘッダーン1・アサルト〉の音声入出力コンソールに自身のヘルメットを接続して代わりに応じる。
「こちらツバキ4。侵攻中のツバキ本隊後方へ向かう〈ハルブモンド〉を発見。ツバキ本隊と通信を試みるも失敗したため、ツバキ6と協力してこれを撃破。その課程で〈ウォーカー4〉をやられた。中身は問題なし。ぴんぴんしてる。が、積んで来た砲弾をあらかた投棄した。指示を頼む」
タマキは報告を受けて「了解」を返した後、即座に指示を出す。
『ツバキは撤退を開始しています。ルートを共有するので指定ポイントで合流を。そのまま撤退します』
「了解した。ツバキ4、ツバキ6、指定ポイントへ向かう。――と言うわけだ。ちと重いかも知れないが、ナツコちゃん頼んだぜ」
「はい、頑張ります!」
ナツコは元気よく返事をすると、機動ホイールを展開して指定されたポイントへ向けて〈ヘッダーン1・アサルト〉を走らせた。
ツバキ小隊は指定ポイントで無事に合流。
怪我したイスラを見てカリラは憤慨したものの、イスラがなだめたおかげでナツコに対する怒りは収まり、そのまま後方警戒しつつ退却。
ツバキ小隊の装甲輸送車両を隠した掩蔽壕まで退却すると、そこからは車両と〈音止〉で、ハイゼ・ブルーネ基地から撤退を始めた。
「ツバキはこれより、ハイゼ・ミーア方面へ撤退を開始します。帝国軍の追撃が予想されるので戦闘態勢維持。周囲への警戒を怠らないで。ツバキ3。警戒を頼みます」
「了解した」
フィーリュシカはタマキの指示に2つ返事で了承を返す。すかさず、ナツコは手を上げた。
「ツバキ6。ツバキ3と共に警戒に当たります!」
「いいでしょう。お願いします」
僚機が警戒塔に上がる以上、自分も共に警戒に当たらなければという使命感から、ナツコは任務を引き受けた。
88ミリ砲を装備し警戒塔に上がったフィーリュシカに続き、装甲輸送車両に積んであった88ミリ砲弾をいくつか積んだナツコも上がる。
後方に見えるハイゼ・ブルーネ基地は、帝国軍に基地施設や残った弾薬を使われないようにと爆破処理され、赤々と燃え上がる炎と真っ黒な煙で覆われていた。
既に時刻は夕刻を過ぎ、日はすっかり暮れ落ちて夜のとばりが落ちている。
「疲れているのなら休養も必要」
フィーリュシカはナツコの疲労を目にとって休養を勧める。しかしナツコは意地を張ってその場に残った。
「いえ大丈夫です。まだまだ頑張れます! ――というより、いろいろあって興奮してしまって、多分荷室に戻っても眠れません。もう少しだけ、一緒に警戒させて下さい」
ナツコの頼みに対して、フィーリュシカは「そ」と短く返して了承した。
それからバックパックに積んでいた携帯食料をナツコへ渡す。
「食べて」
「はい! 食べます!」
ナツコはフィーリュシカの指示をまるで疑うこともなく、差し出された携帯食料を袋から出すと、固形状のそれにかぶりつく。
途端に、あまりの甘さからナツコの体は震えて縮み上がった。
「あ、甘いです!」
「脳に栄養が必要。あなたは頭を使いすぎた」
「えっと、確かに……。フィーちゃんの言う通りかも知れません」
〈ハルブモンド〉を倒してからというものずっと頭がどこかぼーっとしていたナツコは、フィーリュシカの忠告を聞き入れて極甘の携帯食料を、その甘さを堪えながらなんとか完食した。
それからフィーリュシカと共に、周囲の警戒に当たる。基地区域から出て山道に入った装甲輸送車両は不整地にタイヤをとられてガタンゴトンと揺れる。
しかし脳に栄養が行き渡ったことで、これまで思考が追いついていなかったナツコの脳は真っ当な思考を再開し、車の揺れなどどうでも良くなってしまうことに今更ながら気がつく。
「私、人を殺したんですね」
ささやくように、車両の音にかき消されるような小さな声で呟いた。それでもフィーリュシカはそんなナツコの言葉をしっかり聞きつけて、ナツコにだけ聞こえるように呟く。
「戦争とはそういうこと」
「そう、でしょうけど――。そうですね、フィーちゃんの言うとおりです」
割り切ることも、納得することも出来なかったナツコだが、任務を遂行している最中だと気持ちを無理矢理切り替えて、警戒に集中する。
未だ戦闘態勢は続いている。無事に撤退が完了するまで、自分たちが無事でいられる保証はないのだ。
ナツコ達、ツバキ小隊を乗せた装甲輸送車両と〈音止〉は、コレン補給基地へと通じる山道をただひたすらに進み続けた。




