黒い〈ハーモニック〉
「様子が変」
「そりゃあんだけ暴れたら逃げるさ。次に来るのは装甲騎兵部隊か――来たな――単機?」
〈音止〉のレーダーが敵機を捉え、後部座席でそれを確認したユイが報告する。しかしユイは違和感を感じた。既に〈ボルモンド〉2機を撃破している〈音止〉に対して、単機で接近するとは。
「今度はさっきより上手くやってみせる」
「そうしてくれ。だがあまり揺らすな。これ以上揺らすとまた吐くことになるからな」
「偉そうに言わないでよ」
トーコは敵機を目視出来なかったものの、レーダー情報を頼りに122ミリ砲を発砲した。放たれた砲弾が木々をなぎ倒し、その向こうにいた敵機の姿が露わになる。
「何――あれ――」
現れた敵機に、トーコは思わず動きが止まった。
敵機を注視し、注視点をズームさせる。
闇のように、全身が真っ黒に塗装された7メートル級2脚装甲騎兵。その両の瞳だけが、白く輝いている。
外見は〈ボルモンド〉のグロテスクなまでに曲面を多用したフォルムではなく、全体としてはすらりとした直線的なデザインでありながら、部分部分でなだらかな曲線を描くバランスのとれたフォルム。それはまるで人間のようで、〈R3〉のようでもあった。
「〈ハーモニック〉……」
「ユイ、知ってるの?」
呟いたユイにトーコは尋ねる。ユイは問いかけに答えるよう、説明した。
「設計手法は〈音止〉と一緒だ。旧連合軍の新鋭戦艦〈ニューアース〉に搭載された宙間決戦兵器〈ハーモニック〉をダウンサイズして装甲騎兵にしたてあげた帝国軍の新型機」
「なるほど。〈ハーモニック〉ね。で、どうしてそんなこと知ってるの?」
「今その情報は必要か」
「必要ないね。それより1つだけ聞かせて。〈音止〉と〈ハーモニック〉。どっちが強いの?」
トーコの問いかけに、ユイは胸を張って答えた。
「元々〈ハーモニック〉を倒すために造られたのが〈音止〉だ。負ける道理はない」
「それを聞いて安心した」
トーコは〈音止〉の出力を24%まで上昇させ、〈ハーモニック〉へと突撃する。
〈ハーモニック〉は〈音止〉に認知されたのを確認すると、その場に留まり迎え撃つ構えをとった。
トーコは一撃で決めようと距離を詰める。相対距離700メートルまで接近すると、構えていた左腕部122ミリ砲のトリガーを引いた。同時に〈ハーモニック〉が回避機動をとる。
ブースターで瞬間的に右へと移動した〈ハーモニック〉は砲弾を紙一重で回避。しかし近接信管が作動し、爆風と金属片が〈ハーモニック〉を襲った。
腕を盾に榴弾の炸裂をやり過ごそうとする〈ハーモニック〉。防御にまわったその隙を逃すことなく、トーコは75ミリ砲を放つ。
爆音と共に放たれた徹甲弾が、〈ハーモニック〉の左腕部第1関節を捉えた――ように見えたが、〈ハーモニック〉周囲に沸き立つ陽炎のような空間に徹甲弾は弾かれ、緊急後退した〈ハーモニック〉が反撃に出る。
「――っ!」
〈ハーモニック〉の右腕部に装備された90ミリ砲が火を噴く。極近距離にいるものの〈音止〉の弾道予測と緊急回避は間に合い、機体脇腹を徹甲弾が舐めたが損害は無し。
トーコは追撃を避けるため機体を更に後退させる。
「徹甲弾が効かない!」
「振動障壁だ。〈ハーモニック〉の固有機構。機体全体を覆う音の鎧だ」
トーコの叫びに答えるよう、吐き気を堪えながらユイが説明する。
「対処法は」
「122ミリ砲なら障壁ごと貫く」
「了解した。でもそういうの先に言って。――他にはないでしょうね」
まだ何か隠された機能があるのではないかと問うとユイは答えた。
「何処まで実装されてるかは分からん。正直装甲騎兵の機体に宙間決戦兵器の機構全てを入れ込めたとは思えん」
「前置きはいいから」
急かされたユイは不快感を露わにしながらも指を3つ立てて解説する。
「――宙間決戦兵器〈ハーモニック〉が持つ固有機構は3つ。機体の防御能力を底上げする『振動障壁』。武装に付加することで敵装甲を無視する『共鳴』。音波共鳴で敵を加害する『音波砲』」
「対処法は?」
「〈音止〉の装甲は『共鳴』も『音波砲』も無効化する。ただし装備してる武装には効くから気をつけろ」
「了解した」
トーコは〈ハーモニック〉から距離をとりつつ隙をうかがい周囲を旋回する。撃破には122ミリ砲を直撃させなければならない。しかし〈ハーモニック〉が回避態勢をとっていれば極近距離でも回避できることは先ほど確かめた。
確実に当てられる状況をつくらなければならない。
そして、〈音止〉がここで足止めを食っていると、帝国軍の〈R3〉部隊は突出したツバキ小隊を容赦なく攻撃するだろう。速やかに〈ハーモニック〉を撃破しなければならない――
短期決戦を覚悟したトーコは75ミリ砲に榴弾を装填。装填完了と同時に〈ハーモニック〉足下へ向け発砲。
〈ハーモニック〉は後ろへ跳躍して回避すると同時に90ミリ砲を発砲。
――『共鳴』だ。
砲弾が射出されると、トーコはそれが先ほどユイの言った『共鳴』を付加した砲弾だと分かった。
独特の甲高い発砲音。そして『共鳴』による副次的な効果か、2重螺旋を描く発砲炎。
〈音止〉の装甲が『共鳴』を無効化するといえど、90ミリ徹甲弾を受け止めることは出来ない。
トーコは事前の説明で、〈音止〉が機動力と火力を重視するあまり装甲を犠牲にしたことを聞いていたし、事実、〈音止〉は見るからに装甲の薄い形状をしていた。
弾道予測を頼りに緊急回避機動をとり砲弾を回避。カウンターで〈ハーモニック〉の着地点を狙い122ミリ砲を放つ。
〈ハーモニック〉はスラスターを使った空中制動で回避。122ミリ榴弾が炸裂し〈ハーモニック〉を爆炎が包む。その爆炎が、2重螺旋の軌跡を描き高く燃え上がった。
「音波砲だ」
ユイが事務的に報告する。炎の渦に包まれた〈ハーモニック〉の左腕に装備された、砲身の短い固定砲が淡い光を放つ。
瞬間、炎の渦がぱっと散り、気味の悪い超高音が響いた。
何か。何かが向かってきている。
トーコに分かるのはそれだけだった。
見えない弾を回避するため〈音止〉を右に滑らせる。
それを予測した〈ハーモニック〉は回避位置へと向け90ミリ砲を放った。
独特の発砲音と発砲炎。『共鳴』だ。
「――ッ!!」
ブースターを点火し機体に緊急回避をとらせたが、徹甲弾が右腕部武装に接触した。
その瞬間、122ミリ砲と同軸75ミリ砲は異常振動を始め、危険を察知した〈音止〉によって強制脱離される。
機体から切り離された途端、武装は小刻みに震えてその形状を飴細工のように変形させ、砲弾が触れた箇所は砂のように崩れた。
「これが『共鳴』――」
「驚いてる暇はないんじゃないか」
「分かってる。出力これ以上あげられないの」
「必要無い」
「だったらこっちにも特殊な武器とかないの」
「後ろに吊り下げてる共振ブレードは〈ハーモニック〉の『振動障壁』の固有振動と共振破砕を起こして装甲を無視して破壊する。――はず」
「はずって」
「テスト前なんだ」
ユイはあっけらかんと言うが、トーコにとっては死活問題だ。
それでも〈音止〉が量産前の実験機である以上多くを求めることは出来ないと、トーコは目前の戦闘に集中する。
残った左腕の122ミリ砲に徹甲弾を装填。右手に25ミリガトリング砲を持つ。共振ブレードを突き立てるためには距離を詰めなければならない。トーコは〈ハーモニック〉を注視し、自動照準で25ミリガトリングを放った。
対する〈ハーモニック〉は122ミリ砲の砲口だけに注意しながら〈音止〉との距離を保ちつつ移動。25ミリ弾は振動障壁の前には無力で、〈ハーモニック〉はまるで気にもしなかった。
トーコもそれは分かっていた。25ミリガトリングを目くらましに使いつつ、機を見てブースターを全開に。一気に距離を詰めると、対〈R3〉爆雷を投擲。
〈ハーモニック〉の直前で滞空した爆雷は回転しながら金属杭をばらまく。〈ハーモニック〉のレーダーを妨害し弾道予測を乱れさせる算段だ。
「これで、決める!」
これまでの〈ハーモニック〉の回避機動から、回避先を予測して122ミリ砲を向ける。しかし〈ハーモニック〉は122ミリ砲が向くと同時に音波砲を発動。砲口から拡散された共鳴音波が〈ハーモニック〉周囲の地面を振るわせ、辺りに砂埃が立ち上がった。
「こんな使い方も出来るの!?」
「元々雑魚一掃するための武器だからな」
目視確認が出来ず、爆雷のせいで正確なレーダー射撃も出来ない。それでもトーコは〈ハーモニック〉の現在位置を予想して122ミリ砲を発泡。
爆風と射撃による風圧で砂埃が一瞬途切れる。
放たれた砲弾は〈ハーモニック〉の右腕部側面、90ミリ砲の薬室を貫いた。砂埃の切れ間から姿を現した〈ハーモニック〉はブースターを全開にして〈音止〉へと襲いかかる。
「〈音止〉に近接戦闘を挑むとは愚かな奴め」
「迎え撃つ!」
トーコは右腕に持っていた25ミリガトリング砲を投棄。背負ったコアユニット側面のハードポイントから共振ブレードを引き抜いた。共振ブレードは右手に握られると同時に収縮していた刀身を本来あるべき姿に展開させる。
装甲騎兵の近接戦闘によく用いられる高周波振動ブレードよりも長い、刀のような白銀の如き光沢を放つ刀身。それが微細振動を始め、周囲に光の粒子を纏って輝き始めた。
対する〈ハーモニック〉も90ミリ砲を失った右腕に近接戦闘用武器を持つ。
〈ハーモニック〉の機体と同じ、漆黒に染まった長剣。刀身は展開されると同時に、陽炎の如き揺らめきを纏う。
「共鳴剣だ。直撃だけには気をつけろ」
「分かってる」
跳躍した〈ハーモニック〉は真上から共鳴剣を振り下ろす。トーコは真後ろに飛んで一撃を避けた。
〈ハーモニック〉は追撃すると見せかけ左腕を上げた。音波砲が淡い光を発して不可視の弾が放たれる。
「そんな小細工!」
トーコは〈音止〉の右手を突き出し、見えない弾の弾道を予想して共振ブレードを構える。音の塊が共振ブレードに触れた瞬間、空気がぱっと弾け飛んだ。
同時に鋭く踏み込むと跳躍。〈ハーモニック〉のコクピットブロックを狙った強烈な突きを放つ。
必殺の一撃かと思われた突きを〈ハーモニック〉は上体を反らせ、姿勢を低くして避けた。
「この動き――」
装甲騎兵離れした人間のようななめらかな動き。
その動作に一瞬気を奪われたものの、続いて放たれた〈ハーモニック〉の横薙ぎの一閃をトーコはぎりぎりまで引きつけて回避。122ミリ砲を向け即座に発砲した。
相対距離数メートルでの発砲。
確実に命中すると思われた徹甲弾へと〈ハーモニック〉は咄嗟に左腕を向けた。
122ミリ砲の発火炎と砂塵が螺旋を描く。
視界不良に陥ったトーコは〈ハーモニック〉の側面を押さえるように後退しつつ機動。
追撃しようと122ミリ砲を構えた〈音止〉に向けて、砂塵の中から〈ハーモニック〉が飛び出し右手に構えた共鳴剣を突き出す。
122ミリ砲の装填は間に合わない。
トーコは突撃してくる〈ハーモニック〉の右側面をとるよう〈音止〉を急速前進させる。
ここまで来たら短期決戦で決めるしかない。
幸いなことに、先ほどの122ミリ砲による攻撃で〈ハーモニック〉は左腕部を損傷していた。恐らく、音波砲は十分に扱えないだろう。
7メートル装甲騎兵2機による近距離格闘戦。
装甲騎兵搭載の近接戦闘装備としては刀身の長い共振ブレードと共鳴刀を武器に、森林地帯の木々をなぎ倒し、砂塵を巻き上げ、〈音止〉と〈ハーモニック〉が剣劇を繰り広げる。
先に有効打を与えたのは〈音止〉だった。〈ハーモニック〉すら凌駕する機動力と近接格闘戦能力を活かし左側面深くへと踏み込むと、薙ぎ払った共振ブレードの切っ先が〈ハーモニック〉左腕を捉える。
共振ブレードが触れた瞬間、〈ハーモニック〉の展開していた振動障壁が共振ブレードによって固有振動を局所的に無限大まで増幅させ、耐えきれなくなった左腕部装甲が拉げて大破。即座に機体から強制脱離される。
トーコはこの機を逃さず、ダメージを受け姿勢を崩した〈ハーモニック〉のコクピットブロックへと向けて共振ブレードを突き放った。
一閃。
光の粒を纏ったトーコ渾身の一撃は、回避行動をとった〈ハーモニック〉のコクピットブロックを捉え、その切っ先が軽く正面装甲に触れた。
「これでっ、終わりだ!!」
「駄目だ! 振動障壁を解除しやがった!」
トーコは目を見開いた。
土壇場で〈ハーモニック〉は振動障壁を解除。音の鎧による防御力を失ったが、振動障壁と共振ブレードの接触による共振破砕を免れた。
共振ブレードは切っ先が正面装甲に触れただけで、装甲を貫く威力は無かった。しかし正面装甲に被弾したことで〈ハーモニック〉の爆発反応装甲が作動。
目の前で起こった爆発に〈音止〉の機体は揺れ、突き出していた右腕が軽微な損傷を負う。爆炎で敵を見失ったトーコはメインディスプレイの敵機情報を睨み付けるが、トーコが確認するより早くユイの声が飛んだ。
「下だ!」
「っ!? こいつ――」
〈ハーモニック〉は身を深く伏せた姿勢から、共鳴剣を切り上げる。
――まただ。装甲騎兵ばなれした動き――
トーコは〈ハーモニック〉のその一撃を緊急後退でからくも回避した。
が、更に一歩踏み込んだ〈ハーモニック〉は、あろう事か後ろ蹴りで〈音止〉の正面装甲を蹴りつけた。
「うあっ」
正面装甲を蹴りつけられた〈音止〉は大きく揺れ、爆発反応装甲が作動。装甲の薄い〈音止〉だがなんとかその一撃を耐えた。
されど上半身に過重な装備を施した〈音止〉は態勢を崩し、よろめくように後ずさる。トーコも衝撃によって意識を失いかけ対応が遅れた。
〈ハーモニック〉はその隙を見逃してはくれなかった。
〈音止〉のコクピットブロック。爆発反応装甲を失った正面装甲へ向けて、気味の悪い高周波の音を響かせながら黒く揺らめく共鳴剣を振り下ろす。
「――――っ」
「間に合ったか」
トーコが死を覚悟して目を強く瞑った瞬間、〈音止〉が甲高い、凜とした音を響かせた。
同時に爆発音。しかし音は一瞬だった。直ぐに当りは静まりかえり闇のような静寂に包まれる。
「何が起きたの――」
静寂が終わりを告げると同時に目を開けたトーコは、メインディスプレイに浮かぶ光景に頭が追いつかなかった。
〈ハーモニック〉は右腕を大破させ、〈音止〉から距離をとるように後退していく。
それを確認すると、〈音止〉の通信機からけたたましい声が響く。
『こちらツバキ1、ツバキ8応答せよ。繰り返す、ツバキ8応答せよ!』
トーコは122ミリ砲を構えて逃げる〈ハーモニック〉を狙おうとするも、態勢を立て直したばかりの〈音止〉が122ミリ砲を放つことは出来なかった。
「……こちらツバキ8」
通信機に告げると、タマキの応答要求は収まった。
『こちらツバキ1。しばらく応答がありませんでしたが無事ですか? 状況は?』
トーコは首をかしげる。応答がなかったもなにも、通信がなかったのだ。
だが後部座席に座るユイが代わりにタマキへと応答した。
「こちら〈音止〉。帝国軍の新型装甲騎兵〈ハーモニック〉と戦闘していた。恐らく情報秘匿のために〈ハーモニック〉が展開した通信妨害によって、一時的に通信能力を喪失していた。対策はまともな基地に戻ってからやる」
〈ハーモニック〉と通信妨害という単語にタマキは反応するものの、今はそれより優先すべき事柄があるため一端保留し、トーコに対して命じた。
『詳細な報告は後で聞きます。ツバキ8、速やかに後退を』
後退、という言葉にトーコは耳を疑った。
〈音止〉によって敵左翼集団の奥深くまで侵攻をかけ、多大な戦果を上げていたというのに。
トーコの疑問を察してか、タマキは続ける。
『統合軍右翼部隊は攻勢を成功させたものの、左翼、及び中央では苦戦が続いています。右翼部隊が優勢なうちに、余力を残した状態でハイゼ・ブルーネ基地を放棄し撤退すると、連隊長の判断です』
「了解しました。ツバキ8、撤退します」
そこまで言われて、トーコに命令に背くことは出来なかった。
損傷を受けた〈音止〉にセルフチェックをかけて移動に支障が無いことを確認すると、タマキの示した撤退ルートに従って後退を始める。
「さっき、何をしたの?」
撤退を開始したトーコはユイへと尋ねる。
ユイは吐くものをあらかた吐き終えると、着ていた白衣の袖で口元をぬぐってから答える。
「『無響域』を使った。〈音止〉の持つ特殊機構。一時的に、〈ハーモニック〉の『振動障壁』『共鳴』『音波砲』を無効化する」
「でも、あいつ、右腕吹き飛んでた」
「そりゃあたしのせいじゃない。あいつさ」
ユイはメインディスプレイ上に存在する味方機の信号を示した。
トーコが確認すると、それはツバキ小隊所属ツバキ3。〈アルデルト〉を装備したフィーリュシカであった。突出した〈音止〉を追いかけて救援に来ていたのだった。
「うまいこと『無響域』の瞬間に88ミリ砲を合わせてくれて助かった。撤退するんだろ。乗せてやれ」
「分かってる」
トーコはフィーリュシカへと〈音止〉に乗り込む許可を与える。直ぐにフィーリュシカはワイヤーを射出し、〈音止〉の右肩の上へと登った。
『感謝する。後方警戒を行う』
「お願いします。さっきはありがと。助けて貰ったね」
『自分は使命を果たしただけ』
フィーリュシカはそれだけ答えると88ミリ砲を後方へと向けて警戒に当たった。
後方警戒をフィーリュシカに任せて若干の余裕が出たユイは先ほどの戦闘データをざっと見ると、トーコへ向けて辛辣な言葉を述べる。
「しかし、お前には失望したよ。まさかあの程度の相手にやられるとはな」
トーコはユイの言葉を受け、表情に悔しさをにじませながらも静かに返す。
「――次は勝つ」
「次ね。次があるってのは良いことだ。いつまで次があるか分かったもんじゃないけどな」
トーコはユイの嫌味に嫌悪感を示して、自分の思い通りにならない〈音止〉の設定について苦情を述べた。
「これ、出力もっと上げられないの」
「必要無い」
「だったらなんでこんな大出力コア積んでるのよ」
「いずれ必要になる日が来る」
「今さっきだって必要だった」
「かもな。だが、それを使いこなすにはパイロットが未熟すぎる。使ったところで死ぬだけだ」
トーコは自身の技量不足を指摘されると唇を噛んだ。しかしそれでも強気に答える。
「どうせ戦争に負けたら私達は死ぬしか無いんだ。戦って死ぬのならそっちのほうがいい」
「悪いが、あたしゃまだ死にたくない」
「別に一緒にいてくれなくたって構わない」
「お前みたいな未熟者を1人にしておけるか。幸か不幸か次があるんだ。精々腕を磨いておけ。次の次を、迎えられるようにな」
トーコは「分かった」と短く返して、それから何も返さなくなったユイとは口をきかず、ただただ示された撤退ルートを進んだ。




