アントン基地防衛戦準備
イスラの運転する装甲輸送車両の後部兵員室の中で、戻ってきたばかりのフィーリュシカが装備する〈アルデルト〉を確認してカリラは顔をひきつらせた。
「いったい何ですのこれは」
〈アルデルト〉の数少ない装甲は穴だらけで、重砲を装備するための強靱な機体フレームには数多の弾痕が残り、いくつかフレームに損傷もあった。被弾数は素人目に見ても数十を優に超え正確な数は定かでは無い。だというのに機体は動作を続け、装備しているフィーリュシカもけろっとしているのだから、カリラにとっては何が起こっているのかまるで理解出来なかった。
「何をしてきたらこうなるのか、是非ともご教授願いたいですわ」
カリラが高圧的に尋ねると、対照的にフィーリュシカは淡々と感情なく答える。
「近くに居たので連隊長を殺してきた」
「天気が良いので出かけてきた」みたいな調子でとんでもないことを口にしたものだから、さしものカリラも呆れ果て「馬鹿言ってないで」と、フィーリュシカに機体の装備を解除するよう促した。
カリラは装備解除された〈アルデルト〉を整備用ハンガーに吊り下げて点検を始める。最初に機体のログを確認しようと整備用端末を〈アルデルト〉に接続すると、フィーリュシカが無視した数多の警告が整備用端末の画面を埋め尽くした。
「な、なんですの、これは……」
幼少の頃より〈R3〉をいじって遊んでいたカリラだが、そのあまりの警告の数に言葉を失った。機体が完全破壊されてかろうじてロガーだけ生き残った場合でもここまで酷い警告は出ない。コアユニットの異常高温はまだしも、融解寸前の最終警告なんて見たのは初めてだった。
「被弾数200って……なんで生きてますの。誰かそこのアホの衣服引っぺがして怪我が無いか確認して下さいます」
「心配には及ばない。貫通弾はない」
フィーリュシカは近寄ったサネルマに対して問題ないとかぶりを振って、触れられるのを拒否した。サネルマも断られると素直に受け入れた。
「点検しますけど、これ右腕は取り替えないと使い物になりませんわよ」
「砲弾だけ積めるのなら問題ない」
「はいはい。分かりましたわ。――ツバキ1、こちらツバキ5。頭のいかれた隊員が機体をぼろぼろにしてきたので修理します」
通信を受けたタマキは指揮官席から応答する。
『お願いします。アントン基地に戻るまでに直りますか?』
カリラは傷だらけの〈アルデルト〉を見てやはり顔を引きつらせたが、側でフィーリュシカが「現状でも問題ない」と意味の分からないことを言っていたので、呆れてため息交じりに答えた。
「最低限の戦闘をこなせる程度には。武装は積み直さないとですけれど」
『分かりました。それで結構。早急に修理をお願いします』
タマキの返答を受けたカリラは肩を落としながらも、工具箱持ってくるとサネルマにも協力させて、小破した〈アルデルト〉の修理を開始した。
◇ ◇ ◇
「ツバキよりアントンへ。これ以上の戦闘継続は困難。基地への帰還指示を」
タマキが無線連絡を入れると、以外にも要請は受け入れられた。
『アントン了解。ツバキは速やかに基地へ帰還せよ』
再び時間稼ぎを命じられるものだとばかり思っていたタマキは思わず現状確認をとった。
「ツバキよりアントン。可能ならば戦線の様子を教えて頂けますか?」
少し待て、との返答の後、担当が若い女性に代わって報告が行われた。
『帝国軍の先行上陸部隊の展開は予想より大幅に遅れている。無線傍受の結果、先行上陸部隊の指揮系統に問題が生じている模様。統合軍は歩兵中隊による機動防衛陣を展開完了。アントン基地は基地防衛戦の準備を進めている』
「ツバキ了解しました。ご報告感謝します」
帝国軍の展開の遅れ。指揮系統に問題。
そういえば先ほど聞こえてきた兵員室の会話では、フィーリュシカが連隊長を殺してきたと言っていた。
タマキにとっても信じがたいことだが、もしや本当に――
『アントンよりツバキ。小部隊ながら良く遅滞作戦を成功させてくれたと大隊長も感謝しています』
思わぬ大隊からの直接の礼にタマキは驚くも、隊長らしく振る舞う。
「ツバキよりアントン。もったいなきお言葉です。基地防衛戦でも期待に応えられるよう努めさせて頂きます」
功績があったとすればフィーリュシカであろう。単機で敵集団へと向かい、十分すぎる戦果を上げた。
タマキは士官用端末を開きフィーリュシカの〈R3〉適性を表示させる。
全てが最高評価となった異常な結果。試験結果だけでは無く、実戦でも相応の活躍をしてくれるならこれほどに嬉しいこともない。
しかしだからといって彼女の力に頼り切っていいのか。いや、頼らざるを得ないと言うのが現状だろう。基地を帝国軍の大部隊に強襲を受けている今、ほんのわずかでも戦力は欲しい。
だけど――。
タマキの脳裏ではフィーリュシカの上げた大戦果に対する賞賛よりも、不自然に強すぎる彼女に対する不信感が勝っていた。
何とは言えない。だが、何か裏がある。
直感だがタマキはそう感じ取っていた。
だが今はそんなことを追求している場合では無い。
兎にも角にもアントン基地を、ひいてはハイゼ・ブルーネ基地を帝国軍の侵略から守らないことには統合軍は帝国軍の思うがまま蹂躙されるだけだ。
「ツバキはこれよりアントン基地にて侵略を進める帝国軍に備えます。ツバキ4、真っ直ぐにアントン基地へ向かって下さい。ツバキ6、7。引き続き警戒を続けて下さい」
タマキは隊員達の返答を確認すると、基地防衛の策を練るべく士官用端末に表示させた周辺地図へ目を落とした。
◇ ◇ ◇
ツバキ小隊がアントン基地へ到着すると、基地周辺は慌ただしく戦闘準備を進める統合軍兵士で沸き返っていた。
前線の堡塁には歩兵部隊が配備され中口径の火砲が並べられる。基地前面には大型の地雷敷設車両が行き来し、対〈R3〉用の立体障害が配置されていた。
ツバキ小隊はそんな前線を通過しアントン基地の司令部へと向かった。
既に戦闘態勢をとっているため大隊長は忙しく義勇軍の報告を直接聞いている余裕は無かったため、タマキは大隊付きの司令部要員に手短に報告を済ませ、次の司令を言い渡される。
「アントン基地司令部として大隊付き独立部隊であるハツキ島義勇軍ツバキ小隊に命じる。輜重科にて補給の後、アントン基地南東外縁部、75堡塁にて帝国軍の襲来に備えよ。出撃コードは引き続き〈ツバキ〉を使用。ツバキには部隊判断での堡塁の放棄、遊撃戦闘の許可を与える。帝国軍の侵略阻止のため奮迅努力せよ」
「ツバキ了解いたしました。直ちに向かいます!」
タマキは司令部要員に対し敬礼して応じると、装甲輸送車両へと戻りイスラに輜重科へ向かうように命じる。
「了解、少尉殿。ところで相談なんだが、これから帝国軍の上陸部隊と戦闘になるんだよな? だったらさ、偵察機より高機動機のほうが役に立つと思わないか?」
「思いません。却下です」
有無を言わさず断られたイスラはそれ以上粘ることも無く、「同感です」とだけ返して車両を輜重科の物資堆積場へと向けて走らせた。
◇ ◇ ◇
輜重科に着くとタマキは隊員達に補給の指示を出して弾薬と武装を受領させる。装甲輸送車両の監視塔には対空機関砲が搭載され、各機も本格的な戦闘用に武装の最終確認を始める。
「できる限り修理は施しましたけれど、武装は左腕に。右腕での火砲の使用は厳禁ですからお忘れ無く」
「十分。良い仕事をしてくれた。感謝する」
「はいはい。感謝は結構ですから次はこんな馬鹿げた壊し方しないで頂けると嬉しいですわ」
フィーリュシカの余りに無感情な感謝にカリラは手をひらひらと振って応じて、タマキへと機体の修理状況について報告へ向かった。
「〈アルデルト〉は何とか戦闘参加可能ですわ」
「ご苦労様。――ところで、機体に何かおかしいところはありませんでした?」
「何を言っていますの? おかしいところがあったから修理をしたのであって――」
「そういうことではなく、修理箇所以外に変わった点というか……」
タマキも何と説明したら良いのか分からなかったが、カリラはそれだけで十分にタマキの知りたいことを理解出来た。
「例えば、操作系統が全部マニュアルに設定されていたとか、機体のセーフティ全部解除していたとかですか?」
「そういうことです。――本当?」
「目を疑いましたけれど本当ですわ。火器管制装置も引き金引く用途にしか使っていませんでしたし、あの人、何者なんですの? 本当に区役所職員?」
カリラの問いかけにはタマキも正確に答えることは出来なかった。
「わたしにも分かりかねます。ですが頼りになりそうですから、出自は気にしないでおきましょう」
「そうでしょうけれど……いえ、少尉さんがそう言うのであればわたくしからは何も言うことはありませんわ。わたくしの機体はどうします? このまま〈アザレアⅢ〉を使います? 防衛戦でしたら〈サリッサ.MkⅡ〉でもよろしいかと」
「機体はそのままで。恐らく機動防衛戦になるでしょうから」
「かしこまりましたわ」
カリラはタマキの指示を受けると、機体修理のために外していた武装を装着すべく装甲輸送車両へと向かっていった。
タマキはフィーリュシカの元へと向かう。
「フィーさん、先ほどは無茶な任務を引き受けてくれてありがとう。助かりました。大活躍だったそうですね」
「報告が遅れて申し訳ありません。単機での戦闘において、連隊長1名、及び指揮官機5機を含む〈R3〉45機を破壊。20機を戦闘継続不能にしました」
報告を受けたタマキは一瞬ぽかんとしてしまったが、フィーリュシカがそう言うのだからそうだったのだろうと受け入れる。
「本当に大活躍ですね。これから基地防衛戦に参加して頂きますが、カリラさんからは戦闘は可能だと聞いています。機体を装備してみて違和感はありませんか?」
「問題ない、戦闘参加は可能。隊長殿、それより1つ要望がある」
「なんでしょうか」
珍しいフィーリュシカからの要望にタマキは首をかしげながらも確認をとる。
「僚機をつけて頂きたい」
「僚機ですか――そうですね。狙撃も2機1組の方が効率的でしょう。人選は――」
フィーリュシカに僚機を付けるのはタマキも考えていた事だった。人選も既に案があった。ナツコは単独で戦闘させるには不安が残るが、フィーリュシカの僚機として狙撃のサポートをさせるなら最適だろうと。
「人選はナツコが最適」
「あら」
タマキが言うよりも早くフィーリュシカがタマキの思い通りの人物の名を上げたので、驚いたタマキは目を丸くした。しかし意見の一致は喜ばしいことだ。ナツコを付けられても困ると拒否されなかったことには感謝せねばならないだろう。
「わたしも同意見です。ナツコさん、こちらへ来て頂いてもよろしいですか?」
タマキが弾倉の補充をしていたナツコに声をかけると、ナツコは元気よく返事をしてタマキの元へと駆け寄った。
「はい! お呼びでしょうか!」
「これからナツコさんには、出撃中、フィーさんと行動を共にして頂きます。僚機として、フィーさんのサポートをお願いします」
「僚機――私がですか?」
自身の〈R3〉の扱いがまるで駄目なのを重々承知していたナツコは、自分なんかがフィーリュシカの僚機で良いのかと不安になって尋ねる。
「はい、ナツコさんがです。フィーさんも僚機はナツコさんが良いと」
「本当ですか?」
ナツコは恐る恐るフィーリュシカの顔を見た。普段から無口で感情を表に出さないフィーリュシカが本当にそんなことを言ったのか疑問だったが、ナツコが顔を向けるとフィーリュシカは静かに首を縦に振る。
「あなたには側に居て欲しい」
「は、はい! お役に立てるよう善処します!」
フィーリュシカの言葉に直立して敬礼し応じるナツコ。
ナツコの同意も得られたので、タマキは正式に命令を下す。
「では決まりですね。これよりナツコさんにはフィーさんの僚機として行動して頂きます。それに伴いフィーさんには作戦行動中のナツコさんへの指揮権を付与します。ナツコさん、出撃中はフィーさんの命令に従うように」
「はい! ナツコ・ハツキ、フィーさんの僚機として頑張ります!」
びしっと敬礼を決めて応答するナツコ。
続いてタマキはフィーリュシカへと声をかける。
「フィーさん、僚機をつけるために1つだけ条件があります。ナツコさんを守ってあげて下さい。約束できますね?」
タマキが問いかけるとフィーリュシカは無表情のまま、静かに頷いた。
「ナツコは何があっても自分が守り通す。約束する」
その言葉にタマキは満足して、2人へと補給の指示を出した。
「よろしい。ではアントン基地防衛のため武器科に赴き武装と弾薬を受領してきて下さい。ナツコさんの装備についてはフィーさんから指示するように」
「承知した。補給に向かいます」
フィーリュシカは敬礼してタマキの命令を受諾した。少し遅れてナツコも敬礼して、〈アルデルト〉を走らせたフィーリュシカの後を追った。
◇ ◇ ◇
装甲輸送車両から武器科の物資堆積場まではたいした距離も無く、直ぐに辿り着くと慌ただしく武装を搬出する武器科要員にフィーリュシカは声をかけた。
「アントン大隊付独立部隊、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊。武装の受領に来た」
「義勇軍ね、連絡は受けてる。武装の希望はあるか?」
武器科要員は手元の端末でツバキ小隊の武装受領申請を確認すると余剰武装の一覧を開いた。フィーリュシカはそれを見ることも無く、木箱にしまわれたまま積まれている装備を指さす。
「あれがいい」
「おいおい88ミリ砲だぞ。〈アルデルト〉には大分重いが……」
「問題ない」
「そう言うなら、余っていることだし」
〈R3〉の積載限界ぎりぎりの88ミリ砲を〈R3〉に積み込んで使用したい物好きは限られ、基本的には装甲騎兵か堡塁の固定砲として用いられる。装甲騎兵の配備が遅れているハイゼ・ブルーネ基地においては余剰気味の武装だったため、持って行って貰えるなら武器科としては喜ばしいことだった。
「左腕に装備を。弾薬は徹甲弾と榴弾だけ。〈ヘッダーン1・アサルト〉にも積む」
「分かった。直ぐ準備する」
武器科要員の若い男性兵士は、リフターで積まれていた88ミリ砲の木箱を下ろしてフィーリュシカの〈アルデルト〉に装着した。新しい88ミリ砲はこれまで装備していた砲身が折りたたみ可能なものでは無く、使用時以外は砲全体を引き込む型だった。折りたたみ時の搬送には折りたたみ式に劣るが、展開から発砲可能までの時間が短く折りたたみ機構がない分軽量で砲の安定性も高い。
フィーリュシカは火器管制を繋いで接続チェックを済ませる。そこに武器科要員が弾薬個から88ミリ砲弾を持ってきた。
「これだけあれば足りるか?」
「4つ足りない。残りは榴弾が良い」
フィーリュシカの希望を聞くと、何処にそんなに弾薬を積むのか不思議に思いながらも、下っ端の武器科要員は言われるがまま弾薬を取りに行った。
「ナツコ、これが榴弾。これが徹甲弾」
「は、はい」
フィーリュシカは2種類の弾薬をナツコへと示した。それで用は済んだとばかりにフィーリュシカは自機に弾薬を積み込んでいく。
「あ、あの……私はどうしたら?」
「対装甲ロケットとライフルシールドは必要無い。これを」
「これ……これは……?」
渡された88ミリ砲弾用の弾薬ケースにナツコは首をかしげる。そんなナツコに対して、フィーリュシカはそれに砲弾を実際に固定してみせる。
「なるほど。砲弾を積む場所ですね! あれ、でも対装甲ロケットとライフルシールド、必要無いですかね?」
「必要無い」
きっぱりと言い切られたものだが、ハイゼ・ミーア基地を出立する際にタマキから命じられて積んでいた装備である。本当に外して良いのかナツコには判断がつかなかった。
なかなか装備を下ろそうとしないナツコに対してフィーリュシカは淡々と告げる。
「自分はあなたの指揮権を持っている。速やかに装備の変更を」
「は、はい! 分かりました!」
そこまで言われてしまってはナツコも聞くほか無かった。いらなくなった対装甲ロケットと外装式シールドは武器科に預け、代わりに88ミリ砲弾が満載された弾薬ケースを左肩と左腕に装備する。
「まだ積載可能」
「ええ……」
「動かないで」
「は、はい」
ナツコがじっとしているとフィーリュシカは〈ヘッダーン1・アサルト〉に次々と88ミリ砲弾を積み込んでいった。グレネードや予備弾倉まで下ろされ、積めるだけ88ミリ砲弾を積載される。
ナツコの初期型〈ヘッダーン1・アサルト〉には砲弾はやや重かったが、それでも機関砲を装備可能な設計をされた突撃機である。重量は大分増えたがなんとか動作可能だった。
「かなり重いみたいですけど……」
「撃てば軽くなる。見ていて」
フィーリュシカは徹甲弾を1発取り出すと、88ミリ砲を射撃可能状態にしそこへと砲弾を装填して薬室へと送り込む。
「これで発射準備完了。撃ったら薬莢を取り出して次を装填――」
「待ってもう1回。もう1回お願いします!」
「分かった」
ナツコに懇願されるとフィーリュシカは装填された砲弾を取り出して、今度はゆっくりと装弾方法を見せた。ナツコは装填された砲弾を自身の手で取り出すと、動作を確認しながら装填する。
「そう問題ない。装填はあなたの仕事。迅速に」
「はい! 頑張ります!」
ナツコは意気込んで答えたが、次の弾薬が届いたためフィーリュシカは簡素な返事だけしてそちらへ向かうと、自身の機体にも積めるだけ88ミリ砲弾を積み込んだ。
「本当にこんなに必要なのか?」
「あればあるだけいい。撃てば無くなる」
「ま、まあ必要と言うなら」
若い武器科要員は困惑しながらも、弾薬の受領についてフィーリュシカにサインを求めた。フィーリュシカは88ミリ砲の同軸に装備する機関砲も求めたので、武器科要員は「重量オーバーだと思う」と口にはしながらも20ミリ機関砲を用意して装備を手伝った。
「受領は済んだ。装甲輸送車両へ戻る。主武装は12.7ミリに変更して」
「はい。既に結構重いですけれど、大丈夫ですかね?」
「問題ない」
「フィーさんが――じゃなくて、上官は何て呼んだらいいんですかね?」
直属の上官となったフィーリュシカを何と呼べば良いのか戸惑ったナツコは尋ねたが、フィーリュシカはまるで気にした風も無く答える。
「好きに呼んで」
「じゃあフィーちゃん、は駄目、ですよね……?」
「好きに呼べば良い」
感情の感じられないフィーリュシカの表情をナツコは怒っているのでは無いかと疑った。しかし「好きに呼べ」と2度も言われたので、言葉通りとって好きに呼ぶことにした。
「ではフィーちゃん、よろしくお願いします! 私、頑張ります!」
「そう、頑張って」
フィーリュシカはそれだけ返すと、装甲輸送車両へ向けて走り始める。ナツコも慌てて慣れない重い機体を走らせてフィーリュシカの後を追った。
◇ ◇ ◇
武器科で装備を整えてきた2人を見て、タマキは声にならない声を上げた。
「あの、ナツコさん……? その装備はいったいなんですか?」
何ですかと問われてもナツコにも説明のしようが無かった。ひとまず答えながらも、隣に立つフィーリュシカの助けを求めて視線を向ける。
「フィーちゃんが、この装備がいいと」
「フィーさん? 装備の指示を出すようには言いましたが、ナツコさんを弾薬庫代わりにしろとは言っていません」
タマキに問い詰められてもフィーリュシカは表情1つ変えることない。
「これが最も効率的」
「そうでしょうけど……まあいいです。下ろした装備は?」
次の問いにはナツコが答えた。
「武器科の人が預かってくれました」
返答にタマキは驚いて小さく息を呑んだ。
その様子にまずいことをしてしまったのではないかとナツコの顔が青ざめる。
「ま、まずかったですか……?」
「……義勇軍の装備は統合軍から貸与されているので、預けてしまうと恐らく返ってくることはないでしょう。次から装備は自分たちで管理をするようにお願いします」
「は、はい。気をつけます」
「留意します」
タマキは2人がひとまず分かってくれたようなのでそれ以上武器科に武装を預けてしまったことは問いただすこと無く、むしろ早急に対策が必要になるであろうナツコとフィーリュシカの装備について思案しようとしたが、フィーリュシカがこれで最適というのだから1度は任せてみようとため息交じりに次の命令を出した。
「エネルギーパックと水を積み込んで出撃の準備を。装甲輸送車両は途中で置いていくのでそのつもりで」
「はい!」「承知した」
2人は返事をすると装甲輸送車両へと向かう。そんな背中を見て、タマキはひときわ大きなため息をついた。
「本当にナツコさんを任せて大丈夫でしょうね……?」




