宇宙戦艦〈しらたき〉艦長
研究所内の小さな部屋に通されたアマネとユイ。
アイノの助手とされる女性が飲み物を運んで来たが、ユイは再会できたアイノの事ばかり考えていて、その女性の外見にさして注意しなかった。
アイノは客席に2人を座らせるとその対面の席に座る。
彼女はユイが最後に見た初等部時代とそのままの身長であった。当時と違うのは身につけたぶかぶかの白衣と、髪を腰程まで伸ばしていたことくらいだ。
「バカバカしい。
あたしが軍に協力だって? 一度でも枢軸軍があたしの役に立ったことがあるか?
そもそも、たかが新しい戦艦が1隻出てきた程度で負ける奴に問題がある」
アマネから協力を要請されたアイノだがまるで協力する意志を示さない。ふんぞり返って高圧的に否定する。
それに対してユイは説得を試みた。
「でも、枢軸軍が負けたらアクアメイズも滅ぶんだよ。
アイノだって故郷がなくなったら嫌でしょう」
「関係ないね。
大体、エネルギー資源の枯渇を皮切りに始めた戦争を100年以上続けてんだ。
どっちが勝とうといずれ両方滅びる。
バカが居なくなってくれた方が宇宙が静かになって良い」
アイノは枢軸軍も連合軍も平等に忌み嫌っていて取り付く島も無い。
ユイはあれこれ言って技術的なアドバイスだけでもと求めるのだが、アイノはことあるごとに「バカだ」「愚か者め」と言い捨てた。
「お前は軍人に向かない。
故郷で大人しくしていれば良かったんだ」
「その故郷がなくなって欲しくないから軍人になったの! アイノのバカ!」
「ふん。バカはどっちだ。
久しぶりに会ったと思えば下らない話を持ち込みやがって」
アイノはこれ以上議論の必要は無いと話を打ち切ろうとした。
それをアマネがとどめて端末を示した。
「君が協力するつもりが無いことは良く分かった。
だがどうしても見て欲しい映像がある。たった一言でも感想を貰えたのなら助かる」
「下らん。
あたしゃ戦争には興味ないぞ」
だがアマネは言葉を無視して映像の再生を開始した。
先日行われた首都星系での対〈ニューアース〉防衛戦。
たった1隻で突貫してきた〈ニューアース〉は空間の揺らぎによって枢軸軍の攻撃を弾き、超エネルギーの主砲を放つ。
興味なさそうにしていたアイノだが、その映像を見終わると「もう1度再生しろ」と要求。アマネもそれに従った。
「ここだ。
主砲発射の寸前。空間がねじれてる。
この戦艦のエネルギー解析はしたのか?」
「無論したとも。
しかし枢軸軍の技術を持ってしても、〈ニューアース〉がどういったエネルギー生成機関で動いているのかつきとめられていない」
「零点転移炉だな。
ゼロエネルギ-と相転移を利用した技術だ。場に対して意図的に仮想のゼロエネルギー空間を作り出して――
説明したところで無駄だな」
ぽかんとしているユイの顔を見てアイノは話を切り上げた。
アマネはそれだけきけたのなら十分だと詳細な説明は求めず話を進める。
「君にこれが再現できるかな?」
「問題無い」
「ではこの機関を搭載した宇宙戦艦を設計することはどうだろうか?」
「出来るか出来ないかで言えば可能だ。
だがあたしはやらないぞ」
アイノは先手を打って協力を否定。
アマネは技術概要だけでも聞き出そうとするのだが、アイノはそれを断って告げた。
「こんなものはバカの考える品のない手法だ。
あたしならずっとまともな機関を設計できる」
「それは本当かね」
「当然だ。あたしは天才だからな」
胸を張ってみせるアイノ。
どこまで信じて良いか分からない話だが、アマネはそれに全力で応じる姿勢を見せる。
「ちょうどアクアメイズ近郊の工業人工衛星が戦艦の建造を終えるところだ。
ここを1つ、君のために貸し切ろう。技術者も工員も必要なだけつける。機材も好きな物を使って構わない。
当然、君の前科も無かったことにしよう」
アイノは「ふんふん」と機嫌良く条件を聞いていたのだが、最後まで聞き終わると態度を変えて尋ねる。
「報酬の話が無いぞ」
「失念していた。戦艦が戦果を上げたのであれば、当然十分な報酬を与える」
「成功報酬だけか?
給金も欲しい。それと、いちいちお前を介して命令するのは面倒だ。指揮権もつけろ。
そうだな、大将――いや中将扱いで構わん」
給金についてはアマネも賛同したが、軍の階級を付与する件については難色を示す。
「将官以上の任命はわしの一存では決められない。
技官としての最上階級である少佐であれば任命しよう」
「建前だろ。将官が無理なら大佐までつけろ。
そうでなければこの話は無しだ。勝手に〈ニューアース〉とやらにやられて全滅してくれ」
アマネは悩むふりを見せるが答えはもう決まっていた。
給金と指揮権付与が目的の仮の階級だ。大佐の任命が無理でも、大佐扱いの権限付与ならアマネの独断で可能だ。
「……分かった。
枢軸軍としては君の協力が必要だ。そのように取り計らおう」
「そうだ。それでいい。
直ぐに〈ニューアース〉なんぞ宇宙の塵になる」
「6ヶ月で出来るかね?」
「問題無い。
貴様らの協力次第でもあるが、精々上手くやれ」
アマネは一切の協力は惜しまないと約束する。
アイノ・テラーが新鋭戦艦の設計を引き受けた。話はこれで終わるはずだったが、ユイが口を挟む。
「アイノ、私からの条件なんだけど」
「何を言ってるんだお前は。
お前達はあたしに条件をつけられる立場に無い」
「いいえあります。
私はアイノの友人だから。
アイノ、今までたくさん宇宙犯罪を犯してきたって聞いてるけど、金輪際そういうのは無しだからね」
「バカを言うな」
アイノは取り合うつもりは無しと言い切ったのだがユイは止めない。
「バカはアイノでしょ! 人の命をなんだと思ってるの!
とにかく、人を殺すようなことも、人の身体で実験するのも、一切しないと約束して!
そうじゃないと――」
「ないと何だ」
高圧的に尋ねるアイノ。
ユイはぷいと視線を逸らして、小さく答えた。
「友達を止めます」
その言葉をアイノは軽く扱って、肩をすくめて見せた。
「それがあたしにとって一体どう不利益になるんだ?」
ユイは視線を逸らしたまま、一切応じない。
アイノが続ける。
「大体、金を貰って人を殺す仕事に就いたお前が他人に説教出来る身分か?」
ユイは応えない。
「バカバカしい。
真理の追究の為には時として犠牲が必要だ。
愚か者共はそのまま生きるより、あたしに利用された方が価値がある」
ユイは視線を逸らしたままだ。
アイノは短くため息を吐いて、アマネへと濁った目で睨みをきかす。
しかし彼の表情が変わらないのを見て彼女は顔をしかめて答えた。
「強情な奴め。
だからバカは嫌いなんだ。
――分かった。分かったよ。
枢軸軍があたしの要望に応えてる内は、人体実験をしない。これでいいのか?」
ユイはすっかり満足げな表情を浮かべて大きく頷いた。
「分かってくれたら良いんです。
人を殺すのも、正しい戦争行為以外では一切禁止です」
「少尉風情が何を偉そうに。
この宇宙に正しい戦争なんて存在しない」
「禁止です」
「分かったよ。面倒な奴め」
アイノはユイの言葉に反論しつつも、再び繰り返されると要求を飲み込む。
初等部時代、アイノ・テラーの友人はユイ・イハラだけだった。
アイノにとって彼女は宇宙でたった1人の特別な存在だ。それを失うことをアイノは恐れていた。
気がついたときにはユイがアイノのことを友人と呼ぶようになった。アイノにはどうしたら友人が作れるのか分からない。
「話がまとまったようで何よりだ」
アマネが微笑むと、アイノはそれに敵対的な視線を向ける。
「クソジジイ。どうしてユイを連れてきた」
「わしはただ、イハラ君の友人に会いたいという望みを叶えただけだよ。
さて、早速ではあるが直ぐに工業衛星に移動して欲しい。準備はどのくらいで終わるかね?」
「10分で済む。
――助手を3人連れて行くが構わないな」
「無論、君の助手なら大歓迎だ」
「そこで待ってろ」
アイノは一方的にそう言い残し客室から出て行った。
枢軸軍勢力圏内で宇宙犯罪の限りを尽くしてきたアイノ・テラー。
アマネ・ニシとユイ・イハラの要請に応じて、彼女は歴史の表舞台に姿を現した。
彼女の持つ知識を活用した新鋭戦艦の設計は、急ピッチで進められた。
◇ ◇ ◇
枢軸軍による――と言うよりは、アイノ・テラーによる新鋭宇宙戦艦設計は滞りなく進んだ。
彼女の考案した新型エネルギー生成機関、深次元転換炉は数度の技術的実験によって小型モデルでの出力確認がなされ、いよいよ戦艦に搭載する大型機関の製造段階へ。
枢軸軍はこれの製造のために、アクアメイズ星系近郊にある工業人工衛星に戦艦建造スペースとは別の区画を丸ごと貸し与えた。
枢軸軍が継戦するためには何においても〈ニューアース〉を倒さなければならない。
軍はそれに対して有効な回答を用意出来ず、アマネ・ニシ元帥の始めたプロジェクトに依存するほか無かった。
徹夜作業を終えてようやく新鋭戦艦の設計図が完成した。
アイノは眠い眼をこすりながら、大抵プロジェクトメンバーが集まっているブリーフィングルームへと向かった。
静かにドアがスライドする。
中に居たのはユイとナギ。
ナギはユイの遺伝子を元に作られた生体クローンだから2人は良く似ている。
だが見分けるのは容易だ。
2人の着る軍服は枢軸軍の物だが、階級章が示すのはユイは少尉。ナギは少佐だ。
そしてそれ以上に分かりやすい点として、ナギは髪を腰の辺りまで伸ばしている。
対してユイの髪は短い。
アイノはユイの姿を確認すると、その背中へと尋ねる。
「設計終わったが、名前はどうするんだ?」
自分で設計した戦艦に名前をつけるような趣味はアイノには無い。
もしつけるとしたら一式試作戦艦。とかそういう無機質な物になるだろう。
プロジェクトリーダーはユイということになっているし、戦艦は基本的に軍の所有物だ。
勝手に適当な名前を書いておいて構わないのかと尋ねたのだが、ナギと話し込んでいたユイは質問の内容をよく聞いておらず、何を勘違いしたのか素っ頓狂なことを言い始めた。
「だからしらたきだって言ったでしょ。
コンニャクを糸状にした物はしらたきって呼ぶの。
アイノだって昔はそう呼んでたはずだよ。ほんっと、つまらないところで意地を張るんだから」
昨晩のくだらない言い争いを蒸し返されてアイノはむっとしたが、それ以上に質問したのとは別の内容を返されたことに腹が立った。
アイノは設計情報の表示された端末を突き付ける。
「戦艦の設計が終わったから名前をどうするかきいたんだ」
「あ、そっちの話? ごめん、ちゃんと聞いて無くて。
ちょっと待ってね。戦艦の名前だよね」
ユイは顔を赤く染めて聞き間違いを謝るが、アイノはもう取り合わない。
「いや大丈夫だ。
もう決めた。後はアマネのジジイに確認取るだけだ」
「そうなの?
ニシ元帥が確認するならそれで問題無いと思う」
アイノは端末を操作し、新鋭戦艦の名称について〈しらたき〉と入力して設計データをアップロードした。
ユイがしらたきだと言ったのだ。〈しらたき〉で何も問題は無いだろう。
直ぐにアマネの承認も得られた。
彼はプロジェクト内容について、ユイとアイノに任せられる部分は全て任せている。
今更戦艦の名前に糸こんにゃくの名前をつけられようとも、それを反故にすることは無い。
ブリーフィングルームにシアンとフィーがやってくる。
シアンは青い髪、青い瞳の少女で、ぶかぶかの軍服を身につけていた。
与えられた階級は少佐だ。
もう1人、フィーと呼ばれているのは、美しい銀髪に紅の瞳を持つ女性だった。
彼女は身体の扱いに不慣れで、今日も軍服を着ることに失敗したらしい。なのでいつも通り、黒い布きれを身体に巻き付けている。
布きれに貼り付けられた階級章は中佐だ。
アイノ曰く特殊分野の専門家であるため中佐相当の俸給が相応しいとのこと。
ただし宇宙標準語に不慣れであり、目下言語による相互コミュニケーション手法獲得のため訓練中である。
「あれ。ミーティングの予定入っていました?」
「今入れた」
アイノが宣言する。
遅れてアマネ・ニシも入室した。
彼は入ってくるなり手元の端末を示してアイノへと告げる。
「設計完了ご苦労だった。
予定したよりずっと早く終わったことに驚いているよ。
内容については専門家がこれから確認するだろうが、急ぐように伝えておこう。
――ああそれと、これまで無かった斬新な切り口の名称だと確信しているよ。
新しいことは良いことだ。
やはり若者の自由な発想力に勝る物は存在しないな。
して、呼び出しの要件は何かな? 集まったら伝えるとのことだが」
上機嫌のアマネから尋ねられて、アイノも機嫌良く左手を突き出した。
腕にかけていた黒い輪っか――腕輪のようではあるが、全く光を反射しない何処までも漆黒で、これといって装飾の類いも存在しないものだ――を外して掴むとそれを示す。
「枢軸軍の工作機械を使って作った。
空間を折りたたんでしまっておける腕輪だ。
折り畳まれている間、空間の時間は停止している」
「ほう。それはまた新しい物かね」
新しい物好きのアマネは食いつくがアイノはかぶりを振った。
「500年も前には普通にあった技術だ。
今となっちゃ工作機械はあっても使える人間が居ない。
全く、宝の持ち腐れだ」
アイノは無脳な技術者達に対して憤慨していたが、話が逸れたと軌道修正して本題に入った。
「中にくじが入ってる。
1人1枚引くといい」
「何のくじ?」
ユイが尋ねるがアイノは答えず、代わりに腕輪を突き出した。
腕輪の縁が指で撫でられると、途端に輪っかの内側までもが漆黒に染まり向こうが見通せなくなる。
「ええと、手を入れても大丈夫?」
「入れる分には問題無い。
入れた状態で空間を畳むと――説明する必要があるか?」
「入れた部分だけ持って行かれるんだね。気をつけるよ」
ユイは恐る恐る輪っかの中へと手を入れて、漆黒の空間内を手探りしてくじを見つけた。
「1枚引けば良いんだよね」
「そうだ。引いても開けるなよ」
ユイがくじを引くと、次はアマネへ。それからフィー、シアン、ナギと続き、最後にアイノが残った1枚を引いた。
「もう開けても?」
「一応、開ける前に説明しよう」
アイノが告げると、アマネからも「是非頼みたい」と意見が為された。アイノは頷いて説明を始める。
「新鋭戦艦はバカでも動かせるように設計した。
その気になれば1人でも動かせる、お手軽で野蛮なオモチャだ。
しかし設計通りに上手く行くとは限らない。そこで実証実験を行いたい。
この戦艦は、本当にどんなバカでも動かせるのか。
ブリッジの各役職章をくじにいれた。さあ開けてくれ。それが貴様らの仕事だ」
説明を受けると、アマネは「新しい戦艦なのだから新しい試みは大歓迎だ」と大変満足そうにくじをあけた。
中に入っていたのは戦闘指揮官を示す役職章だ。
「ふむ、戦闘指揮官か。
そうだな。老人は戦闘指揮に専念した方が良いだろう」
アマネが開けたのを皮切りに、それぞれがくじを開いていく。
「あたしオペレーターだった」
「私は操舵手ですね。頑張ります」
シアンがオペレーター。ナギが操舵手。フィーが無言のまま示したくじは、通信士のものだった。
「む、砲撃手か。まあ良いだろう」
アイノが砲撃手となり、最後。残っていたユイは恐る恐るくじを開く。
中身は見るまでもなかったのだが、直接目で見て確認するとユイは全力で首を横に振った。
「無理! 無理です!
私に艦長は無理ですよ!
新任少尉なんです。しかも実戦は1度きり、サブオペレーター見習い扱いでです!」
艦長を示すバッジを手に否定するユイ。
だがアマネはそれに対して明るく笑う。
「はっはっは。
誰だって初めて艦長席に座るときは無理だと思う物だ。
それにこれはテラー君が設計した戦艦だ。誰でも動かせるのだから問題無かろう。
少尉が艦長。
これまでにない発想だ。〈ニューアース〉を倒そうとするのだからこうで無ければいけない。
聞くところによれば〈ニューアース〉艦長も、内定していた艦長経験のある人物では無く、その妹が就任したそうだ」
アマネはそう言うが、ユイは気が気ではない。
歴戦の提督。枢軸軍元帥であるアマネを差し置いて新任少尉が艦長など、あってはいけないことだ。
ユイはアマネに交代を依頼するが断られる。
「まずはやってみたまえ。
問題点があれば修正はしよう。
わしも戦闘指揮官としてブリッジに入るのだから、君1人が気負うことは何もありはしないのだ」
それでもユイは諦めず、艦長バッジをアイノへと差し出す。
「アイノ、自分の設計した戦艦の艦長、やってみたいよね?」
「やってみたかったが、残念だな。もう人事申請を出した」
「でもまだ申請段階なら――」
「承認したよ。
やはり若者の発想には驚かされる。これからも君たちの働きに期待しているよ」
アマネはどこまでも機嫌良く、そう言い残すと退室してしまった。
ユイは追いかけようとするが、それも敵わず、手にした艦長バッジを見つめる。
「どうしてこんなことに……。
私が艦長なんて……」
「諦めて受け入れろ。
大したことじゃない。適当に偉そうにしてれば良いんだ。
艦長なんかいなくたって戦艦は問題無く動く」
「そうは言っても……」
士官学校卒業者であるユイにとって、艦長バッジはとてつもなく重い。
アイノが思っているほど軽々と身につけて良い物では無い。
艦長は艦とその乗組員に対する全責任を負うのだ。艦長になるためには専門教育が必要だ。
オペレーターでしかないユイは当然、その教育を受けていない。
「艦の完成まで半年近くかかる。
精々、その間に覚悟を決めておけ」
「そんなこと言われても……」
覚悟を決めろと言われて、どうしたらいいのか途方に暮れるユイ。
だが彼女も、項垂れて居ても何も変化しないことは理解している。
アマネが人事を承認した以上、これに変更はなされない。
だとしたら、新鋭戦艦完成までの間に出来ることをやらなければいけない。
「そうだよね。
専門教育全部は無理でも、何とか勉強できる部分だけでも知識を身につけておかないと」
「バカは勉強に時間がかかる不便な生き物だな」
折角これから頑張ろうと意識を変えたのに早速水を差すアイノ。
ユイは彼女へ抗議しようとするのだが、目の前に黒い腕輪を差し出された。
先ほどくじを引くのに使ったあの腕輪だ。
「これをやる。
本当は冷蔵庫代わりに使おうと思ったんだが、中身が見えないのは問題だ。
だから戦艦のあたしの部屋には冷蔵庫をつけることにした。
お前の部屋には無いからこれを使うと良い」
「それはどうもありがとう?
中身が見えないのは不便そうだけど……」
ユイは礼を述べて腕輪を受け取る。
さっきアイノがやっていたように縁をそっと撫でると腕輪の内側に漆黒の空間が生まれる。
もう一度撫でるとそれは消え去ってただの輪っかに戻った。
漆黒の空間が消えると同時に、ユイの脳裏に納得いかない点が思い浮かぶ。
「ちょっと待って。
なんでアイノの部屋には冷蔵庫つくのに私の部屋にはつかないの?
腕輪じゃ無くて冷蔵庫をつけてよ!」
「設計者の特権だ」
アイノは冷蔵庫の有無について議論をしようともしない。
これで話は十分だとばかりにブリーフィングルームから立ち去ろうとする。
ユイはその背中へと向かって大声で叫んだ。
「冷蔵庫をつけなさい!
か、艦長命令ですよ!」
命令は当然の如く無視された。
枢軸軍新鋭宇宙戦艦〈しらたき〉。その艦長私室に冷蔵庫が取り付けられることは無かった。
 




