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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
ハツキ島決戦
258/303

大砂丘攻略戦

 遂にハツキ島へ上陸した統合軍。

 統合軍本隊の上陸した海岸は埋め立て工事が為されて、新ハツキ島軍港の建設が急ピッチで進められる。

 軍港と一体化した基地を攻勢拠点として、統合軍は東進。


 攻略目標は2つ。

 帝国軍の惑星トトミ司令部が置かれた、ハツキ島中央市街地、旧ハツキ島自治政府政庁。

 もう1つは、ハツキ島南部にある対宙砲陣地。


 ハツキ島政府の奪還を目的とするツバキ小隊は中央市街地側の作戦参加を希望。

 その望みは大隊長のカサネによって承認され、大隊も市街地方面へと進路をとった。


 されどしばらくツバキ小隊は静観。

 後方任務に従事しつつ輸送物資を中抜きして、弾薬に爆薬、エネルギーパックを蓄えていく。

 運用できる物資は多い方がいいと、タマキはトレーラーが一杯になっても中抜きを続けるつもりだったが、そう勝手なことばかりしてはいられなかった。


 北西部軍港から東進した市街地攻略軍も、南進した対宙砲陣地攻略群も、分厚い帝国軍の防衛陣に阻まれ、思うように前進できない。

 そればかりか、幾度か反転攻勢を受けて前線部隊が壊滅的被害を被り後退することもあった。


 市街地までは統合軍任せで進むはずだったタマキの計画は崩れ、前線参加せざるを得なくなった。

 使用した物資については色をつけて補填するようにとカサネに約束させると、ツバキ小隊は後方から転じて前線へ。

 ハツキ島北西部に広がる、大砂丘へと進路をとった。


 春を間近に控え、強風吹き荒れる大砂丘。

 天気は良いはずなのに、昼でも舞い上がる砂で薄暗い。

 視界は悪いが射線を遮るものは少ない一面の砂丘で、レーダー射撃で見えない敵を撃ち合う両軍。

 砂丘には銃声と砲撃の音。そして時折、兵士の悲鳴が響き渡っていた。


 大砂丘での会戦から4日遅れて到着したツバキ小隊は、噂で聞いていた以上に凄惨な戦場の様子に息を呑みながらも、仮設された塹壕の中を進む。

 砂が崩れないよう凝固剤で固められた板張りの通路を、負傷兵を後送する兵士達とすれ違いながら前進。


「酷い有様だ」

「私語は慎む」


 イスラの愚痴に対してタマキは叱責するが、彼女が先に言い出さなければタマキが同じようなことを言う所だった。

 塹壕の中まで吹き込む砂は金属粉を含んでいて、それはヘルメットに張り付いて視界を遮り、無理矢理こすって取ろうものなら正面ディスプレイに細かい傷をつける。


「ここから先は帝国軍の重砲射程内です。

 常に敵弾接近情報を確認して――」


 タマキが注意を述べる最中、砲弾の落下する気味悪い音が木霊した。

 吹き荒れる砂が金属を含むせいでレーダーによる着弾地点情報が大分荒い。

 少し外れては居るが念のためとタマキは退避命令を出そうとしたが、その前にナツコが口を開いた。


「大分遠いです」

「それなら結構」


 一応姿勢を低くして衝撃に備える。

 着弾は150メートルは離れた地点だった。吹き飛んだ金属片も、ツバキ小隊のいる塹壕内までは到達しない。


「戦況は拮抗しています。

 この砂嵐で両軍共に強く出られないためです。

 しかしこれだけの荒天の中で、一度でも戦線が崩れたら後は総崩れです。

 わたしたちの役割はその最初のきっかけを帝国軍へ与えることです」


 タマキの言葉に対してリルが意見する。


「それって義勇軍の仕事なの?」

「本来であれば、こんなものは統合軍で何とかすべき問題です。

 ですが市街地到達まで時間をかけて欲しくないというこちらの都合もあります。

 恩を売っておくのも悪くはないでしょう」

「一理あるわ」


 リルはすんなり受け入れた。

 後方で物資運搬ばかりやらされるのには辟易としていたし、市街地まで行かないことには暴れる機会も得られない。

 それが荒れた砂丘で戦闘しろという無茶な任務でも、退屈してるよりずっとマシだった。


「ナツコさん、敵の姿は見えますか?」

「視界が通れば何とか。

 でも私には見えないものは見えないので――」


 ナツコはフィーリュシカへ覗うように視線を向ける。

 フィーリュシカそれに頷いて応じた。


「問題ない。認識可能」

「単独で敵戦線を突破できます?

 全滅させなくても、後退させてくれれば構いません」

「問題ない」


 フィーリュシカが二つ返事で返したので、タマキは全て彼女に任せることにした。


「ではお願いします。

 残りは一時待機。敵前線部隊が後退したら追撃します」

「フィーちゃん1人で大丈夫ですか?

 援護くらいなら――」


 ナツコがついて行こうとするが、それをフィーリュシカは拒んだ。


「不要。

 追撃のため備えていて欲しい」

「分かりました」


 ナツコはその言葉に頷く。

 ついていっても邪魔になってしまったら意味がない。

 ナツコの能力は認識・思考能力の拡張。

 それは超高精度認識や短期未来予測を可能にするが、この砂嵐とは相性が悪い。

 無数の砂粒は無駄に認識能力を使うし、形も大きさも違う砂粒が〈R3〉や銃弾に与える影響を計算するとなれば演算能力がいくらあっても足りない。

 砂粒の影響を概算に任せてしまえばある程度の戦闘は可能だが、それは無敵の戦闘能力とはほど遠い。


 ナツコが納得したのを受けてタマキは行動開始を命じた。

 フィーリュシカが1人塹壕内から飛び出していく。

 砂嵐によって直ぐに彼女の姿は見えなくなり、残った隊員は塹壕内をゆっくりと進み始めた。


 フィーリュシカが出て行ってから戦局が動くまでそう時間はかからなかった。

 フィーリュシカの乗機。〈Aino-01〉が装備する42ミリ砲が独特な砲撃音を響かせ始めると、戦術レーダーから帝国軍兵士の反応が次々に消えていき、最前線に空白地帯が生まれた。


 間髪入れずにタマキは前進指示。

 塹壕を乗り越え、抵抗を受けることなくツバキ小隊は帝国軍の堡塁を1つ占領。

 報告を受けた統合軍部隊も前進を開始。一度動き始めた戦線は止まらなかった。


 フィーリュシカは敵集団後方に回り込み、砂嵐に紛れて襲撃を繰り返す。

 〈Aino-01〉は防御力を捨てて機動力を重視した突撃機。主武装の42ミリ砲は非常に貫通力が高く、主力装甲騎兵にすら有効打を与える可能性があった。

 反面専用弾使用。榴弾使用不可。非常に短い砲身寿命など制約はあったが、この高初速高貫通力の武装を装備したフィーリュシカは誰にも止められなかった。


 視界のとれない砂嵐の中にあっても彼女の認識能力は衰えることなく、その認識範囲に入った敵機は回避も防御も出来ない必殺の一撃を受けることになる。

 残弾が限られるため乱発は出来ないが、一方的に遠距離から指揮官機を撃ち抜き、それ以外の歩兵は左腕に装備した20ミリ機関砲で撃破していく。


 指揮官を狙い打ちにされた帝国軍は後退していくが、その後退速度よりもフィーリュシカの進軍速度の方が早い。

 後退先に存在するはずの部隊は指揮官を撃たれ、部隊も少なからず被害を受けていた。


 まともな防衛戦術も行えないまま後退を続ける帝国軍。

 対して統合軍は前進を続け、逃げ遅れた敵部隊を掃討していく。この4日膠着していたトトミ大砂丘の戦線が大きく動いた。


『残弾0、帰投する』

「了解。こちらも攻勢限界です。合流していったん下がりましょう」


 フィーリュシカからの報告を受けて、タマキも後退の判断をした。

 ろくな補給を受けられないまま前進を続けたおかげで限界だった。

 それでも戦線をこれだけ動かせたのだから十分だろう。どう少なく見繕っても、帝国軍は部隊再編が必要だ。


          ◇    ◇    ◇


 その日のトトミ大砂丘での戦闘では、ツバキ小隊が作戦参加した方面で大幅に戦線を押し上げることが出来た。

 帝国軍は戦線の整理をしなければならなくなり後退を開始。

 大砂丘と市街地の間に広がる平原地帯まで下がり防衛部隊を再編した。

 統合軍はそれを追撃するが、平原地帯の敵防衛陣地も深く、攻略には少しばかり時間を要しそうだった。


 それから数日、ツバキ小隊は平原の戦闘には参加せず、大砂丘後方の基地を拠点に、大砂丘内の不発弾処理と輸送路確保に尽力した。

 嵐が過ぎ去り、小雨によって砂嵐が収まりを見せるとようやく施設科が本格的な輸送路建築を開始。ツバキ小隊は永遠に続くかと思われた雑務から一時的に解放された。


「この砂場ともお別れか」

「次の任務によりますね」


 大砂丘から脱出出来ると身体を伸ばすイスラ。

 されどタマキに冷たく扱われて顔をしかめる。


「前線はどんな感じだい?」


 それでもめげずに尋ねると、タマキは隊員へ招集をかけて、塹壕内に建設されていた仮設弾薬庫に入るとそこで士官用端末を示す。


「戦線は拡大していますが徐々に統合軍が押し込んでいます。

 もう少しでハツキ島中央市街地まで到達できそうですが――こちらが最新の索敵情報です」


 タマキが示した市街地の地図には、以前には存在していなかった太い線が、市街地を覆うように引かれていた。

 その線は外縁部に1つ。そこからやや内側に1つ。中央市街地の更に中枢区画を覆うように1つの3重構造だった。


「帝国軍の防衛ラインか?」

「いいえ。基地防壁です」


 回答に今度ばかりはイスラも辟易として言葉を失った。

 故郷に引かれた歪な曲線にサネルマが唸るように喉を鳴らす。


「景観が凄いことになってそうですね」

「でしょうね。防壁間も防衛陣地が張り巡らされているでしょうし。

 厄介なのは、少なくとも1つ目の防壁を越えない限り旧枢軸軍地下拠点に立ち入れない点です」


 タマキは地図上にサネルマが提供したハツキ島地下帝国の経路を重ね合わせる。

 その入り口は、全て最外周の基地防壁より内側。


「トーコさんはこのハツキ島大砂丘から地下拠点へ入っていますね。

 入り口の場所は分かりますか?」


 問いに対してトーコはかぶりを振った。


「ごめんなさい。敗走してる途中に偶然引き釣り込まれたので正確な場所は全く」

「機体も砂の中ではログもとれませんね。

 ――アイノ・テラーは意図して地下拠点に入っていますよね。彼女に確認は取れますか?」


 続いてタマキはフィーリュシカを見る。

 彼女は頷いたが、その案には賛同できない様子だった。


「連絡は可能。

 しかし、出入りは潜水艇で行ったはず」

「その出口、出るとき埋めたよ」


 トーコが当時の記憶をたぐり答える。それからフィーリュシカへ問いかけた。


「あの甲殻類は?」

「アイノのペット。――今は反応がない」


 フィーリュシカが壁に手を触れてそう述べると、手詰まりになったタマキは肩をすくめた。


「統合軍の活躍に期待しましょう。

 しかし帝国軍も、よくこれだけの防壁を建造出来ましたね。

 中央市街地は地盤に問題があるのでしょう?」


 問いに対してサネルマが回答する。


「そのはずなので、恐らく地下構造物で補強していると思います」

「なるほど」


 タマキはうつむき気味にその言葉を反芻すると、何か思いつくことがあったのか口の端に小さく笑みを浮かべた。


「しばらく輸送任務につきましょう。

 真っ当な輸送路が完成するまで人手も足りないでしょうから仕事には困りません」

「また中抜きか?」


 イスラがあくどい顔でそう尋ねると、タマキは隠すこともなく頷いた。


「少しばかり多めに物資が必要になりそうです。

 誤魔化せる程度に貰える物は貰いましょう。

 では本日の作業はこれまで。基地へ帰投しましょう」


 任務終了が告げられると、ツバキ小隊は後方基地への帰路についた。


 その日の夜から、帝国軍は緩やかに後退を開始。翌々日にはハツキ島中央市街地まで後退した。

 統合軍は平原地帯に攻略拠点を建築。

 ハツキ島中央市街地を巡る戦いの幕開けは、直ぐそこに迫っていた。


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