サンヅキ拠点攻略戦
――敵機捕捉。移動パターン推定完了。
既に射撃許可は出ている。
ナツコは息を潜めて、DCSの実行コマンド送信と同時に仮想トリガーを引く。
>DSC 音波制御 : 消音
エネルギーが揺らぎ発砲音がかき消された。
照準確認も弾道測定も必要無し。帝国軍中装機〈S-15〉撃破。
発砲後直ぐに射撃位置から移動を開始。発砲音でバレなくても、命中弾を出した以上弾道追跡されれば潜伏地点は露見する。
新しく調達された〈ヘッダーン5・アサルト〉の動作は今のところ問題無かった。
拡張装甲を取り払い、コアユニットの冷却能力を高めた以外は前の機体から変更無し。
DCSのユニットも運動、電気、音の3つのままだ。ただ使用できるプログラムについては、統合軍のデーターベースから落としたものと、暇があれば自作したものを合わせてかなり充実していた。
装備は左腕20ミリ機関砲。右腕汎用投射機。
左肩には携行弾数を増やすべく20ミリ機関砲弾の弾薬庫。右肩に1発だけ対装甲ロケット。
後は個人防衛火器、ハンドアクスに拳銃といつも通りの装備。
ツバキ小隊が宇宙戦艦〈しらたき〉を訪ねてから1週間が経過していた。
〈しらたき〉が姿を見せた以上、帝国軍も〈ニューアース〉を投入してくるのは間違いない。
いつでも対応出来るように〈しらたき〉は秘匿され、警戒態勢をとったまま待機。
統合軍は〈しらたき〉の援護無しで帝国軍と戦わなければならなかった。
しかしラングルーネ決戦の大勝利によって、トトミ中央大陸東部戦線での戦力バランスは統合軍側に有利な状況となっていた。
この機を逃さず統合軍は全方面で攻勢に打って出た。
ラングルーネ基地から北側、ソーム基地を迅速に攻略、占領。
そこから北東方面へ進撃し、レイタムリット基地からリーブ山地北側を進んだ部隊と共に荒野の一大拠点、デイン・ミッドフェルド基地をうかがう。
統合軍の主力攻略部隊はラングルーネ基地から東進。
帝国軍の降下拠点。そしてハツキ島からの輸送拠点となっている東岸の港湾要塞、ハイゼ・ミーア基地奪還を目指す。
帝国軍側は戦力を2つに分けて対応。
デイン・ミッドフェルド基地へ攻勢部隊を集結させると、レイタムリット方面へ攻勢の気配を見せ統合軍戦力を引きつける。
その間、防衛部隊をハイゼ・ミーア方面へと展開。主要道路上の拠点防備を強化し、進軍する統合軍本隊を待ち受けた。
ツバキ小隊の所属する第401独立遊撃大隊は東進するハイゼ・ミーア攻略軍に随伴した。
トトミ大半島の付け根を、西端ボーデン基地からラングルーネ基地を経由し、東端ハイゼ・ミーア基地へと抜ける主要道路沿いに進軍。
機体の再整備を済ませたツバキ小隊は、その道中、サンヅキ拠点攻略中の大隊と合流した。
サンヅキ拠点は山間の窪地に造られた小規模な市街地。
トトミ大半島とトトミ中央大陸の間は険しい地形が連なっている。
主要道路も地形に合わせ陸橋やトンネルによって接続されていた。
サンヅキ拠点の元となった市街地はそんな主要道路沿いの中にあって比較的土地が平坦な地域で、重要な補給・整備拠点となっていた。
ここを占領しなければ、ラングルーネ基地からハイゼ・ミーア基地方面への大部隊の移動、攻略に必要な物資の輸送は不可能だ。
ハイゼ・ミーア基地は東岸最大の港湾要塞であると同時に、三方を山々に囲われた天然の要害だ。生半可な攻略部隊では、その基地防壁を突破することすらままならない。
すなわちサンヅキ拠点攻略は、ハイゼ・ミーア基地攻略において必須となる避けては通れない作戦だった。
当然、帝国軍もこの重要拠点を防衛すべく、市街地内はもちろん、周辺山間部にも広く防衛部隊を展開していた。
第401独立遊撃大隊は攻略本隊とは別行動をとっていた。
山間部の防衛部隊をすり抜け市街地内に浸透。神出鬼没の奇襲攻撃を繰り返した。
ツバキ小隊はその最前線。サンヅキ拠点の南側市街地まで浸透していた。
小部隊故の機動力の高さを活かし、市街地防衛についている帝国軍部隊をかき回す。
防衛部隊への一撃離脱。輸送車両の強奪。重要施設への放火。
敵の大部隊とは決して戦わず逃げ回り、小部隊や警備の薄い施設ばかりを狙ってやりたい放題を繰り返す。
ナツコはフィーリュシカと共に敵兵への狙撃任務についていた。
比較的平坦と言えど山の中だ。サンヅキ拠点の有する市街地区画は複雑に入り組み、隠密狙撃するには絶好の環境だった。
当然、敵も各所にスナイパーを配備し防備に当たっていたのだが、2人にとってそれは障害になりえなかった。
建前上は狙撃班として編制されていたが、自由にやって良いと許可を得た班長フィーリュシカによって各々最大限自由に動いた。
敵施設へと攻撃するトーコの〈ヴァーチューソ〉とイスラの〈エクィテス・トゥルマ〉。それを狙いに出てきた帝国軍兵を姿を隠したまま狙撃して無力化していく。
ナツコはフィーリュシカとある程度の距離をとり、しかし離れすぎないような位置から敵部隊を切り崩していく。
敵が少数なら2人で協力して殲滅。
大部隊が出てくれば、後退しながら1機ずつ仕留めていく。
直接戦闘を避けつつも、無視できない敵部隊が存在すると認識させる。
狙撃位置を確かめようと出てきた偵察機。市街地内に展開されたカウンタースナイパー。装甲騎兵排除のため外に出てきた重装機。一見安全そうな位置から指示を飛ばす指揮官機。更には打って出てきた〈ハーモニック〉まで。
2人は次々と戦果を重ねていった。
「こちらツバキ6。
敵機確認できません」
狙撃位置から移動し、見晴らしの良い高層住宅の外壁に張り付いたナツコは索敵結果を報告する。
ナツコの意識の中。時間がゆっくりと動く市街地内には、帝国軍機の姿を確認できなかった。
『確認。敵機後退。集結中』
フィーリュシカが応答を返す。
暴れ回るツバキ小隊に対して、南側市街地の防衛についた帝国軍は反撃を諦め、後退して籠城するつもりらしい。
「元区役所の建物ですかね?」
集結中の建物が戦術マップで共有される。
ナツコはその地点へと視線を通そうと、高層住宅を登りきり、通りの反対側の建物へと跳躍。ワイヤーを射出してその頂上まで飛び移る。
「見えました。
結構居ますね」
頑丈そうなコンクリート製の建物。――灰色一色のそれはとても区役所には見えなかったが、地図上ではそうなっていた。
外から確認できるだけでも重装機が16、突撃機が26。内部にはそれ以上詰めているだろう。
建物が堅牢なので、ツバキ小隊の持つ最大火力を持ってしても建物ごと崩すのは難しそうだった。
「1小隊まで確認しました」
『こちらも確認した』
「撃ちます?」
『数が多い。一度指示を仰ぐ』
「はい。待機します」
ナツコは視線を切って別の建物へと移動する。
状況把握と戦略策定についてはからっきしだ。こういうのはフィーリュシカやタマキに任せるべきだと理解していた。
『こちらツバキ1。
周辺に動きがあります。どうやら敵別部隊がこの南側市街地を包囲しようとしているようです』
それはまずいのでは? とナツコは戦術マップを広域表示に切り替えて確認。
山間に築かれた南側市街地を囲うように、中央市街地から帝国軍中隊が移動中。更に退路を絶つべく山中の部隊も動いているようだった。
「退却するなら道作ります」
ナツコが提案するとフィーリュシカも「突破は容易」とそれに賛同する。
しかしタマキは集結地点を区役所寄りの位置に設定。退却の意思がないことを示した上で、方針を発表した。
『敵が集まってくれるのでしたら大いに結構。殲滅にかかりましょう』
いつもの悪い癖が出たとイスラが通信機の向こうでからかうように笑う。
しかしツバキ小隊の誰もがタマキの指示に賛成だった。
1日でも早くハツキ島に辿り着きたい。そのためにはサンヅキ拠点攻略戦などさっさと終わらせたかった。
ナツコは下された方針に応答すると、集結地点を目指して移動を開始した。




