アイノ・テラーの記録
機動宇宙戦艦〈しらたき〉。
ラングルーネ地方での攻防戦において統合軍の勝利に貢献したこの艦は、今はリーブ山地にある坑道内に隠されていた。
ナギの運転するフライヤーは〈しらたき〉後部ハッチから艦内格納庫に入った。
作業員の誘導を受け停車すると、ツバキ小隊は格納庫へ降りる。
ナギと共に一番最後にフライヤーから降りたタマキは、誘導に当たっていた作業員を呼び止めた。
「またお目にかかりましたね、准尉殿」
声をかけられた作業員は苦笑いをしてヘルメットの縁に指先で触れた。
30代前半くらいの男性技術者。タマキは彼に会ったことがある。
〈パツ〉コアユニットを引き渡した輸送部隊の指揮官だ。――正確には、輸送部隊の指揮官を装っていただけの技術者だろう。
「ニシ閣下のお孫さんに顔を覚えて貰えたのは光栄です」
「宇宙海賊では無く、アイノ・テラーの仲間だったわけですか」
彼はかぶりをふった。
「いいえ。あなたの予想したとおり自分はスサガペ号の技術者です。
ご存じの通り我々はアイノ様に借金がありますので、呼び出されたら従わないわけには行かないんですよ」
「そちらもアイノ・テラーに振り回されて大変ですね」
タマキは彼に引き留めたことを詫びて、先に進んでいたツバキ小隊の元へ駆け足で向かう。
ナギが格納庫の入り口に認識票をかざして扉を開くと、ツバキ小隊を先導して〈しらたき〉通路を進んだ。
「アイノ様はお話しする気があるみたいですけど、皆さんご一緒に行きますか?」
問われて、タマキは隊員たちの顔を見る。
視線を向けられた隊員たちは一様に首を横に振ってみせた。
気をつかっているのだろうが、同伴を拒否するつもりは無いとタマキは確認をとる。
「本当によろしいですか?」
「もう十分話したから」最初に答えたのはトーコ。
「後でちょっと顔を見れりゃいいさ」続いてイスラ。
「わたくしは青い方のクソチビに話がありますわ!」〈アヴェンジャー〉を勝手に持ち出されて怒り心頭のカリラ。
「あたしも別の奴に話がある」リルはアイノよりもコゼットとの面会を望んでいた。
「多分話についていけないので……」消極的理由を述べたのはサネルマ。
最後に視線を向けられたフィーリュシカは無言のまま頷いた。
「分かりました。
ではわたし1人で」
「はい。では皆さん少しだけこちらでお待ちください」
アイノとの面会を望まなかった各員は談話室へ通される。
各々好き勝手に室内の椅子に腰掛けると、ナギは一礼して退室し、外で待っていたタマキの案内を続ける。
「どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
通されたのはブリーフィングルームらしい。
宇宙戦艦のブリーフィングルームにしては随分狭いが、少人数で動かすことを前提に設計された〈しらたき〉だからこうもなるのだろう。
タマキは入室すると、正面奥の席でふんぞり返っているアイノ・テラーを一瞥する。
彼女はこれまでと変わらない、半分閉じた青色の濁った瞳でそれを見返す。
タマキは何も言わずにその対面の席へと腰を下ろした。
「お飲み物をお持ちしますね。
紅茶でよろしいですか?」
タマキが頷くのを見てナギが退室しようとすると、それをアイノが引き留める。
「そいつの拳銃を取り上げておけ」
「その必要があるとは思えません。
ではお待ちくださいね」
ナギに要求を拒否されたアイノは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
それを挑発するようにタマキは告げる。
「部下にとても良く信頼されているようですね」
「愚か者め。少しは考えてから口を開いたんだろうな。
お前の部下だって着いてこなかった」
「わたしに気をつかって1人にしてくれたのです」
言って、タマキは机の上に航宙日誌を置いた。
アイノは半分閉じた目を更に細めてそれを見る。
「全く余計なことをしてくれた。
その日誌を寄こせ」
「お断りします。
おじいさまがわたしに残したものですから」
タマキは要求を突っぱねたが、アイノは機嫌を損ねたようではあってもそれ以上の要求を出さない。
「中身は読んだのか?」
「ええ。読みました。
あなたの言う通り、先に全て読んでおくべきでした」
「内容は?」
アイノの問いかけに、タマキはかいつまんで話す。
「枢軸軍の首都星系防衛失敗から、トトミ星系外縁部での最終決戦までの出来事を簡潔に記していました。
新任士官だったユイ・イハラ提督と共に、辺境惑星を住処に悪事の限りを尽くしていた頭のおかしい脳科学者の元を訪ね、新しい宇宙戦艦を造り、連合軍の〈ニューアース〉と戦った記録です。
軍事行動については公式記録として残したからでしょう。こちらにはあくまで起こった出来事だけ短く記されています。
この日誌が重きを置いているのは、乗組員についての記録です」
説明をアイノはつまらなそうに聞いていたが、タマキが話を終えると返す。
「頭のおかしい脳科学者と書いてあったのか?」
「いいえ、それはわたしの意見です。
おじいさまの記録よれば、独創的で常識にとらわれない発想をする逸材だと」
「ジジイのほうが人を見る目がある」
「それはどうだか」
否定的な発言をして、タマキは日誌の最後のページを開く。
内容をアイノへは見せること無く、書かれている文面を見て1つため息をついた。
「最後のページにわたしへの言づてが残されていました。
もしアイノ・テラーが困っていたら力を貸すようにと。
おじいさまが何を考えてこんなことを書いたのか分かりませんが、少なくともあなたはおじいさまの敵ではないのでしょう。
ですが力を貸すかどうか判断する前に、これまでのあなたの行動を説明していただきます」
アイノは不機嫌を隠そうともせず返す。
「出来損ないの士官の力なんか必要ないね」
「賢い発言とは思えません。
トーコさんもフィーさんも、それにあなたも、わたしの部下であるということをお忘れ無く」
アイノはバツが悪そうな表情を浮かべて、観念したのか重々しくため息を吐いた。
「何が知りたい」
「まずは助手について。
彼女たちの生い立ちについてはナギさんからうかがいました。
フィーさんをツバキ小隊に入れた理由は?」
「バカバカしい」
口ではそう言ったが、回答を拒否するつもりは無いらしい。
アイノは言葉を選びながら話す。
「統合軍の間抜け共がまともに帝国軍の相手を出来ないせいで進軍が予想より早かった。
だから時間稼ぎをさせるためにフィーを送り込んだ。
ツバキ小隊に入ったのはたまたまそこに居合わせただけだ」
「本当に偶然ですか?」
アイノは小さく頷く。
「そうだ。
奴に命じたのは、物理法則を改変しない範囲での帝国軍足止めと、アキの娘を見つけ出して守ることの2つ。
アキの娘はあたしが先に見つけたからこっちで保護した」
「それでトーコさんを連れてハイゼ・ブルーネでフィーさんと合流したと」
「そうだ」
アイノが頷くと、タマキはそれ以降のフィーリュシカの行動については把握していたので他の助手についてきく。
「後の2人は?」
「リーブ山地に隠してた〈しらたき〉の護衛と、フィーのバックアップ。
あとはトーコのテストにもかり出した」
「テストというのはレインウェル北部でのあの戦闘ですね。
トーコさんから聞きましたが、黒い〈ハーモニック〉――〈ヴァーチューソ〉ですね。あれに乗っていたのはフィーさんだったとか。
ですが彼女はあの時レイタムリットに残っていたはずです。軍医もそれを確認しています」
「フィーの生い立ちは聞いたんだろう?
奴はネットワーク型生命体だ。他の生き物の脳に接続するのは容易いし、特に人間の脳は脆弱だ。記憶の書き換えくらい造作も無い。
お前の記憶も1度書き換えたと報告を受けてる」
「聞いてませんよ」
自分の記憶が書き換えられたなどと疑いもしなかったタマキは声を上げる。
丁度そこにナギがやってきて紅茶のカップをタマキの前に置き、一礼すると空になった盆を手に退室する。
アイノが目線で自分の飲み物が無いと訴えるが、ナギはそんな指示は受けなかったとすっとぼけてそのまま出て行った。
「わたしのどの記憶を書き換えたのですか?」
「お前がフィーの血液検査なんかするから悪い。
詳細は本人に聞いてくれ。もうあいつの発言に制限をかけてない」
「そうさせて頂きます。
それで、〈しらたき〉の護衛は分かりますが、フィーさんのバックアップとは?」
記憶の書き換えについてはまだ追求したかったが、それは手を下した当人に話を聞かなければならない。
とりあえず話を先へと進める。
「統合軍がポンコツ過ぎて帝国軍の進軍が早すぎた。
だからその阻止のために2人も動かした。
本当ならトーコのテスト以外では動かす予定は無かったんだ。
それをあろうことか〈しらたき〉を隠したリーブ山地を越えて侵略されやがって」
「具体的には?」
「ハイゼ・ブルーネでシアンに水際防衛をさせた。これはあたしたちが無事に上陸するためだ。
それ以外には第1次反攻作戦、〈パツ〉攻略戦でも2人を動かしてる」
「なるほど。
――待って。新年攻勢のST山地防衛戦は?
あの時、帝国軍はST山地を奪還しに来なかった」
僅かな部隊で防衛についたST山地。
タマキは全滅を覚悟するほどだったのに、帝国軍は偵察機を寄こしただけで攻撃を仕掛けてこなかった。
絶望的な状況に置かれていたにもかかわらず、アイノだけは悠々としていて、呑気に〈音止〉の整備をしていた。
彼女はST山地が攻撃されないことを知っていた。だとすれば、それを助けたのは助手の2人に違いなかった。
だがアイノはかぶりを振った。
「ありゃ帝国軍に潜入させてた技術者の仕業だ。
〈ヴァーチューソ〉を持ちだすついでに帝国軍部隊を奇襲させた」
「それもあなたの関係者ですか?」
「ペットみたいなもんだ。可愛くはないし近くに居て欲しいとも思わないが。
名前は――忘れた。顔も覚えてない。そういう奴だ。
特に腕が良いわけでも無い。ただ言うことを聞いて便利だから使ってやってるだけ。用が済んだから宇宙海賊に売り飛ばした」
「酷い話です」
「能力に応じた適切な対応だ」
その技術者に対してアイノはあまり良い印象を持っていないようだった。
帝国軍内に潜入し、〈ヴァーチューソ〉を奪い、ST山地を攻めるはずだった帝国軍を壊滅させたと、戦果だけ見れば申し分ないというのに。
だがアイノのことだからとタマキはどこか納得してしまう。
きっとその技術者は、性格的にアイノと相容れない存在だったのだろう。
「〈パツ〉コアユニット輸送の際にツバキ小隊を襲撃したのは?」
「こっちが聞きたい。
お前が余計なことをしたせいで、追跡を妨害する必要が出た」
「だったら最初から宇宙海賊に基地から運ばせれば良かったんですよ」
「宇宙海賊のバカを統合軍の基地に入れられるわけが無いだろう」
もっともなことを言われたが、コゼットもその作戦には噛んでいたのだから、基地内に部外者を入れるくらい訳なかっただろう。
それでもタマキはアイノの言い分を認めて問いを変える。
「で、コアユニットの使い道は?」
「前に言ったはずだ。まるで分からんと。
コゼットから運べと言われて仕方なく〈しらたき〉に運び入れた。
注文を出したのはロイグらしいが、詳細はまだ聞いてない。後で問いただす」
「それは是非お願いします」
アイノも全てを把握しているわけでは無い。
〈しらたき〉を要するアイノ・テラーとその助手たち。コゼット・ムニエ。宇宙海賊。そしてアマネ・ニシ。
それぞれが別々に行動をしていて、必要があれば協力するが、基本的には互いの行動には干渉しない。
「宇宙海賊とはどういう関係ですか?」
「それも以前答えたとおりだ。
ただの取引相手。昔からそうだ。
大戦中に出会って、役に立つから取引を続けてる」
「スサガペ号の債権を所有しているのもそのためですか?」
「それもあるが、ありゃたまたま手に入っただけだ。
そんなものなくても、スサガペ号のコアな部分を修理出来るのはあたしだけだ。あいつらは永遠にあたしに服従しなければならない」
これもまた酷い話だとタマキはため息半分に相づちを打つ。
新鋭戦艦と呼ばれる〈しらたき〉を設計したのは他ならぬアイノだ。その技術力は群を抜いている。
スサガペ号を設計したのは、技術力によって独立を保っていたフノス星系。その中でも技術分野のトップに位置した技術総監のレナート・リタ・リドホルムだ。
それが並の技術者では扱えないものとなっているのは想像に難くない。
「ではここから本題です」
「まだあるのか」
アイノは気怠げに答えるが、続けることについて拒否はしない。
彼女も、ここまでタマキを招き入れた以上、説明責任を果たすつもりはあるようだ。
「おじいさまについて。
おじいさまは、〈しらたき〉を持ち出したあなたを追って出撃した。
――と聞いていましたが、違うようですね」
「誰も〈しらたき〉を持ち出したりなんかしてない。
戦後からずっと、〈しらたき〉はトトミにあった」
「説明を聞きましょうか」
タマキは自分からは多くを言わず説明を求めた。
アイノは気怠げに、短く言葉を句切って答える。
「〈しらたき〉の所在は明らかにしておきたくなかった。
持ち出されたことにして所在不明にする必要があった。
その偽情報を確かな物にするためアマネは出撃した。
それだけだ」
「〈しらたき〉をトトミに置いた理由は?
〈ニューアース〉と並ぶ宇宙最強の戦艦です。黎明期の帝国軍を消し飛ばす位、訳なかったでしょう」
「愚か者の考えだ。
戦後しばらく〈しらたき〉にそんな余裕は無かった」
「理由は?」
「エネルギー不足だ」
回答にタマキは首をかしげた。
〈しらたき〉は通常の戦艦とは異なる、つまり前大戦中枯渇が叫ばれたエネルギー源とは異なるエネルギーを使用している。
だとすれば大戦後も問題無く動かせたはずだ。事実、現在も〈しらたき〉はしっかりと動作している。
「〈しらたき〉のじゃない。
統合人類政府の問題だ。
エネルギー資源の枯渇を原因とする戦争を100年以上続けた。
終戦したからといってエネルギー問題が解決するはずがない」
アイノが仕方なく説明を加えると、タマキの思考もようやく繋がった。
エネルギー問題は解決しなければならなかった。
エネルギーが尽きれば、ほとんどの人類は生存不可能だ。
少なくとも、コゼットとアマネにはそれを解決する必要があった。
主砲の1撃で惑星すら消し飛ばせる〈しらたき〉のエネルギー生成機関を使えば、次のエネルギー生成機関が開発されるまでの時間稼ぎが出来た。
だがタマキの脳裏に新たな疑問が浮かぶ。
「エネルギー問題は、連合軍と枢軸軍の技術を合わせることによって、終戦から1ヶ月で解決の見通しが立ったはずです」
「バカげた話だ。
終戦から1ヶ月で新しいエネルギー機関が動作するわけ無いだろ。
それも連合軍と枢軸軍の技術を合わせるなんて複雑なこと1年かかったって出来やしない。
元々どちらかがその技術を有していて、既に動作可能な状態で存在しない限り、1ヶ月じゃ何も動きやしないのさ」
「つまり――。
連合軍と枢軸軍の協力によって起こったエネルギー革命というのは、統合人類政府が瓦解しないようにするためのプロパガンダだったと」
「そうだ。
実際は〈しらたき〉のエネルギー生成機関――深次元転換炉を使ったエネルギー供給だ。
新型エネルギー機関の設計したのもあたしだ。
それが統合人類政府の各星系に行き渡るまで、〈しらたき〉は動作を続けた」
新型エネルギー機関の導入は、終戦から4年と少しの間続けられた。
タマキの祖父、アマネがトトミを後にしたのは丁度その頃。
新型エネルギー機関生産拠点が首都星系へと移管される記念式典の時だ。
「なるほど。
あの時、記念式典には大戦時代の宇宙戦艦や巡宙艦も来ていた」
「そう。
そこに紛れ込ませて〈しらたき〉を脱出させたと思わせる為だ」
「でも実際は〈しらたき〉はトトミに残った。――理由はあるのでしょうね?」
アイノは口元を歪めた。
その質問は彼女にとっては好ましくない物だったようだ。
「4年間だ。
宇宙戦艦の主機関を4年間も動作させ続けた。
これがどれだけバカげた話か、お前に理解出来るか?」
タマキははっとして、それから大きく頷いた。
「本星では宇宙軍士官の教育を受けましたから。
――つまり、〈しらたき〉は故障したと」
いくら戦闘が長期化しても、宇宙戦艦が4年も主機関を動かし続けることなどあり得ない。
それがいかに最新の設計をされた〈しらたき〉であってもだ。むしろ4年間止まること無く動作を続けたというのは奇跡としか言いようが無かった。
「心臓部分。深次元転換炉の劣化だ。
そう簡単に直せるものじゃない。
〈しらたき〉を建造したアクアメイズの工業人工衛星は帝国軍に占領されている。
宇宙海賊に、文字通り宇宙中探し回らせて修理に必要な工具と部品を揃えた。
それでも修理が終わったのはついこの間だ」
部品が全て揃ったのは宇宙海賊がトトミに降り立ったあの時だろう。
宇宙海賊は〈しらたき〉修理に必要な物資と人材を惑星トトミに運び込んだ。
危険を冒してまでスサガペ号が地表降下したのはそのために違いない。
「ではおじいさまは?
出撃して、未だに行方を明らかにしないのは何故ですか?」
アイノは一呼吸置いてから答える。
「アマネにはアマネの仕事がある。
帝国軍支配領域の多くは旧枢軸軍支配領域だ。
あのジジイは枢軸軍領内じゃ人気がある。
だから――」
「敵地で工作活動を?
自殺行為ですよ!?」
タマキは声を荒げた。出撃の際のアマネの戦力は、最終世代型と言えど僅かに巡宙艦1隻。
宇宙の半分以上を支配する帝国軍領内で工作活動を行うのは余りに無謀だ。
「自殺行為には違いない。
だがそれを行える唯一の人間がアマネのジジイだ。
何処で何をしているのかは知らん。
だがこの16年間。あのジジイが帝国軍領内で活動を続けていることだけは確かだ」
唖然とするタマキ。
しかし対照的にアイノは落ち着き払っていて、タマキをなだめるように告げる。
「問題無い。
あいつはあたしの知ってる中じゃ最高の指揮官だ。
お前みたいなひよっこの心配は無用だ」
「それは――」
タマキもアマネを信頼していた。
宇宙で最高の指揮官はユイ・イハラだと信じて疑わなかったが、それと同じくらい、2番目に優れた指揮官はアマネ・ニシだと信じていた。
「おじいさまが生きているのは間違いないのですね?」
「断言は出来ないが、あのジジイが帝国軍如きにやられるとは考えられない」
アイノはアマネの実力を高く評価していた。
タマキが抱くような心配を微塵も抱かず、アマネの無事を信じていた。
ナギもそうだ。彼女もアマネの無事を信じて疑わなかった。
前大戦末期。宇宙戦艦〈しらたき〉建造から終戦までの僅かな期間、アマネと共に戦った彼女たちは、彼に対して絶大な信頼を寄せているようだった。
「あなたがそう言うのなら信じましょう」
「そうしろ。
いつだってあたしの言うことは正しい」
アイノは自信満々にそう言ってのける。
タマキは呆れながらも、彼女自身について触れる。
「ところであなたは何歳ですか?
イハラ提督と同世代だったと聞いていますが、だとすると40を越えているはずです。
はっきり言ってあなたの外見はとてもそうは見えません」
一切忖度することなく単刀直入に問われると、アイノは顔をしかめた。
「知るか」
「ナギさんは成熟した時点で成長を止めたそうですが、自分にもその処置を施したのですか?」
「知らんと言ったぞ」
アイノは不機嫌全開で突っ返す。
だがタマキは執拗に食いついた。
「心当たりくらいあるでしょう?」
「愚か者め」
「ないのですか?」
繰り返される質問に、アイノは吐き捨てるように返した。
「心当たりが多すぎて分からん」
「流石、天才科学者ですね」
皮肉ったような発言にアイノは嫌悪感を示す。
タマキは本格的に怒り始める前にと、話題を切り替えて聞くべきことを聞いた。
「あなたの目的は?
統合人類政府を守り、帝国軍と戦う理由は何です?」
その問いかけにはアイノは直ぐに答えなかった。
タマキは質問を繰り返さず、ただじっとアイノの顔を見据える。
アイノはしばらく思案していたようだが、ゆっくりと口を開くと、小さな声で告げた。
「戦争の無い平和な宇宙を。
それだけだ」
荒唐無稽な回答に、思わずタマキは笑ってしまいそうになった。
だがそれと同じ発言を以前も聞いたことを思い出す。
「キャプテン・パリーもそう言っていました。
それにムニエ司令も、おじいさまも、同じ夢を追いかけていると。
言いだしたのはあなたですか」
アイノは馬鹿にしたようにかぶりを振った。
「あたしゃそんな夢想家じゃ無い」
言われてみればそうだとタマキは思案する。
『戦争の無い平和な宇宙』なんて、空想上にしか存在し得ない。それでもそれを願うとしたらとんでもない夢想家か、現実を知らない愚か者か。
少なくともアイノ自身がそれを自ら望むことは無いだろう。
だが一番可能性のありそうなキャプテン・パリーについては、その口ぶりから自分で言い出したことではなさそうだった。
「発案者は誰です?」
考えても答えが出なかったのでタマキは尋ねる。
アイノは渋ること無く短く答えた。
「ユイだ」
一瞬ぽかんとしたタマキだったが、直ぐにその回答に納得した。
平和な宇宙を願って、どんなに絶望的な状況に陥っても諦めること無く戦い抜いた。
そんなユイ・イハラは、間違いなく大層な夢想家だったことであろう。
「良かった。
あの方の望まれたことでしたら、わたしも自信を持って進むことが出来ます。
――あなたに手を貸しましょう」
アイノは顔を背けて「当然だ」と呟く。
素直じゃないそんな彼女の態度にタマキは微笑みすら浮かべた。
それから、ずっと気になっていた問いかけをしようと口を開く。
だがその回答を聞くのが怖くて一度口をつぐんだ。
それでも、この機会にどうしても確認しておきたかった。
タマキは呼吸を整えて切り出す。
「――ユイ・イハラ提督とは友人だったそうですね」
「向こうが勝手にそう思ってただけだ」
アイノはぶっきらぼうに答えるが、タマキにはそれが照れ隠しにしか見えなかった。
ナギから聞いた話でも、アマネが残した日誌でも、ユイとアイノが友人関係にあったことは明らかだった。
だからこの先の質問は、きっと彼女にとっても辛い物になるだろう。
それでもタマキは意を決して尋ねる。
「イハラ提督は、本当に亡くなったのですか?」
アイノは問いかけに目を細め、視線を下へと向けた。
だがそれと当時に、確かに小さく頷いた。
「死んだよ」
「間違い、ないのですね?」
確認をとると、今度は先ほどより大きく頷く。
「間違いない。
あたしの目の前で、あいつは宇宙空間に投げ出された」
「――助けられなかったのですか?」
この質問は残酷だとも思ったが、尋ねずには居られなかった。
アイノはそんな質問に対して、鼻で笑うといつもの高圧的な口調で答える。
「愚か者め。バカバカしい話だ。
助けられなかった?
そうじゃない。助けられたんだ。
あいつがあたしを助けて、かわりに死んだ」
タマキは微かな声で「ごめんなさい」と謝罪する。
しかしアイノは過ぎたことだと話をそれきりにした。
タマキはそんな彼女の曇った青い瞳から逃れるように、最後の質問を口にした。
「――では、あなたはイハラ提督の望みを叶えるため帝国軍と戦っている訳ですね。
帝国軍を倒して、平和な宇宙を取り戻すために」
確認をとるだけのつもりだったのに、アイノはかぶりを振る。
その時室内に短くビープ音が響いた。
ブリーフィングルームの扉が開き、ナギが一礼して入室する。
彼女は話してもいいかと目線でアイノへと確認をとった。
アイノが無言のまま頷くと要件が告げられる。
「コゼットちゃんが乗艦しました。こちらにお通ししてもよろしいですか?」
アイノはため息をついてタマキへ視線を向ける。その表情は心底嫌そうだった。コゼットとは会いたくないのだろう。
タマキは振り返って、にっこり微笑むと告げる。
「ムニエ司令とは是非お話がしたいです。
もし望むのであれば、リルさんも同席させてください」
ナギはぴっと短く敬礼した。
見た目は若い彼女だが、その所作は板についていた。
「了解しました。
ではお呼びしてきますのでしばらくお待ちくださいね」
彼女は部屋を後にして早足で歩いて行く。
残されたタマキは椅子に深く座り直して、すっかり冷めてしまった紅茶を口にした。




