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冷やし中華お待たせしました!  作者: 来宮奉
ラングルーネ決戦
239/303

ラングルーネ基地へ

 宇宙戦艦〈しらたき〉による攻撃が開始された。

 主砲先端の空間が歪んで見えたかと思うと、不可視の攻撃によって帝国軍防衛施設が尽く破壊された。


 分厚い基地防壁は物理的強度を無視されて崩れ、重砲陣地は一瞬にして灰となった。

 攻撃は不可視故に回避不能で、いかなる防御も意味を為さなかった。

 だがラングルーネ基地内の施設については接収後のことも考えてだろう。全てを焼き尽くしたりはしなかった。


 主砲の1発で惑星ごと破壊可能な新鋭戦艦だ。

 基地周辺を更地にしてしまうことなど訳ないだろう。

 だがそれをせず、的確に帝国軍防衛施設のみを狙って局所的な攻撃を繰り返した。

 防衛についていた帝国軍は逃げ惑い、〈しらたき〉が攻撃しなかった施設へと駆け込む。

 そのうちのいくつかは帝国軍兵士がひしめいたところを建物ごと破壊されたが、多くは残った。


 トトミ星系総司令部より、敵残存部隊への攻撃命令が下される。

 大隊長を通じてツバキ小隊にも攻撃参加するよう指示が下された。


「各自機体チェックを」


 再度の補給を受けて万全の態勢をとったツバキ小隊。

 ここから先は殲滅戦だ。火力を重視した装備編成に変更。特にイスラの〈エクィテス・トゥルマ〉には、56ミリ速射砲と20ミリ機関砲に加えて、肩には多連装ロケットと迫撃砲。脚部にもマイクロミサイルランチャーを備えた。

 装備とそれを運用するための弾薬で重量は増したが、元々機動力の高い重装機として設計されていたため、コアユニット出力には余裕があった。


「良い機体だろう。

 故障率を犠牲にしてまでもコアユニット出力を増した設計は間違っちゃ居ないのさ」

「故障したら置いていきますからね」タマキは冷淡にあしらう。

「問題無い。カリラがついてる」


 イスラは自慢げにカリラを示した。

 カリラも褒められて嬉しいのか、そばかすの浮いた頬を赤く染めていた。


「お姉様に信頼して頂けるのは光栄ですわ。

 ですけれど、過積載状態での機動戦は控えてくださいまし。修理用パーツがいくつあっても足りませんわ」

「分かってる。

 なーに。隠れてる敵にぶち込むだけさ」


 分かってるのでしたらよろしいのですけれど、とカリラは〈エクィテス・トゥルマ〉の脚部関節調整を終えて呟く。

 イスラは数歩足踏みして動きを確認すると、その結果に満足した。


「良い調整だ。問題無い、いけるよ」

「よろしい。全機チェック完了。では進みましょう。

 敵は防衛施設をほぼ喪失していますが、降伏しない以上死に物狂いで抵抗してきます。

 油断することないように」


 全員の装備換装とチェックを終えて、ツバキ小隊はラングルーネ基地を目指して進み始める。

 瓦礫と化した基地防壁まで遮る物は何もない。

 広範囲に渡って防壁が喪失しているため、統合軍部隊は大した抵抗も受けずに防壁を乗り越えて基地内に入っていた。

 ツバキ小隊もそれに続くように基地防壁を目指す。

 基地に入るまでは攻撃を受ける心配も無いと、イスラが軽い調子でタマキへ声をかけた。


「まさかイハラ閣下が生きてるとはね」


 タマキはかぶりを振る。


「イハラ提督は前大戦最終決戦の前哨戦で死亡しました。

 映っていたのはその遺伝子を利用して作られたブレインオーダーです」

「〈空風〉の搭乗者か。

 本人じゃないって根拠は?」

「イハラ提督が生きていれば43歳。映像の女性は若すぎます。

 それに、背後に映り込んでいたこれも」


 タマキは端末に先ほどの映像を映し出す。

 途中で停止させられたそれの、左端が拡大される。


「子供? 青い髪――ああ、あいつか。シアンだっけ。

 ありゃ。でも捕まえてたはずだよな? 解放したのか?」

「してませんよ。逃げられました。

 〈アヴェンジャー〉を持ち出されて――」

「ちょ、ちょっとお待ちになって!

 どうしてわたくしの〈アヴェンジャー〉が持ち出されたのです!?」


 先を進んでいたはずのカリラが素っ頓狂な声を上げて戻ってくる。

 タマキは呆れて答えた。


「あなたの機体ではありません」

「だとしてもあれは適切に保存すべき人類の宝ですわ!

 それに三極式世界面変換機構の試作品が載ったまま――」

「なんです?」


 聞き慣れない物体の名前が飛び出して来たので、タマキは思わず凄んで尋ねた。

 カリラは失言だったと慌ててはぐらかす。


「な、なんでもありませんわ」

「なんでもないことがありますか」


 タマキは容赦すること無く一歩詰め寄った。

 だがそれを仲裁するようにイスラが間に入る。


「いつものカリラの違法改造パーツだ。大したことはないさ。

 どちらかというと問題はコアユニットだろ。あれのコアは修理でどうにかなる状態じゃ無かった。

 となると、〈ヘッダーン3・アローズ〉か〈アザレアⅢ〉のコア抜かれてるはずだ」

「突撃機のコアで超重装機が動かせますか?」

「無理させれば少しくらいなら。

 長距離は無理だな。車両か何か用意しないと」

「装甲騎兵が用意されてました」


 タマキはその装甲騎兵が〈音止〉だとは伝えなかった。

 しかし無理させたところで、突撃機のコアユニットで超重量の〈アヴェンジャー〉が動かせるだろうかとタマキは疑念が残る。

 考えを遮るようイスラが笑う。


「こっそり脱走計画を練ってたわけだ。

 で、それに巻き込まれてナツコちゃんたちも行方不明ってとこかい?」

「それについては後で説明します」


 タマキはそこを譲らなかった。

 ナツコの行き先についてだけでも説明したいが、それを説明するにはフィーリュシカやアイノについて触れざるを得ない。

 しかも一緒に脱走したシアンが今、ユイ・イハラを名乗るクローンと共に宇宙戦艦〈しらたき〉に乗艦している。

 タマキの手元にある情報だけでは、何が起こっているのか説明しきれない。


「後でね。了解了解」

「分かったのでしたら黙って進む」


 タマキはまだ〈アヴェンジャー〉について意見を言いたそうなカリラを黙らせて、進軍する大隊の列に加わった。


 ツバキ小隊は所属大隊と共に防壁を乗り越える。

 ラングルーネ基地北部は工業地帯だ。機械化された軍需工場が並び、その中にいくつか労働者向けの居住施設が建つ。

 防衛施設は〈しらたき〉の攻撃によって破壊され、重砲や対空砲の類いも皆無。

 交通網を寸断されて各区域が半孤立状態にあった。


「大隊はエネルギー抽出施設を抑えに動きます。

 ツバキも側面支援に当たります」


 戦術データリンクを介して、ツバキ小隊の進軍ルートが共有される。

 側面支援とは名ばかりの最短ルート。タマキは正面攻撃に参加するつもりだった。


「側面支援ね」


 ルートを確認したリルが含みを持たせて呟く。


「不満ですか?」


 タマキが尋ねるとリルはかぶりを振った。


「まさか。素晴らしいことだわ」

「分かればよろしい。

 では偵察を。

 敵の残存兵には細心の注意を払って。1つ1つ、確実に潜伏先を潰しながら進みましょう」


 ラングルーネ基地北部地域は既に防衛施設が灰燼に帰していたため、殲滅戦の様相を帯びていた。

 前進するツバキ小隊の頭上に大きな影が落ちる。上空を飛ぶ、宇宙戦艦〈しらたき〉のものだった。

 〈しらたき〉は方向転換して南進し、ラングルーネ基地中枢部の攻撃へ向かうようだ。


「〈しらたき〉が離れれば敵が打って出てくる可能性があります。

 警戒を怠らずに。コアユニット反応を常に確認して。

 ――停止」


 タマキが突然停止を命じる。

 隊員は訓練通りに、即座にその場で停止した。何事かと周辺警戒を行うが大隊と随伴している最中だ。攻撃を受ける気配は無い。


「出撃コードが勝手に発行されました」


 戦術データリンクにツバキ3、8が突然現れた。

 タマキは信号の方向へと視線を向ける。距離はそう離れていない。

 だが向いた先には荒野と化した工場地帯が広がっていた。

 戦術マップを拡大し詳細な場所を確認。サブウインドウを立ち上げ、機体カメラの映像をそこに表示させる。


「居ない――上か」


 単純なことだった。機体カメラで空を見上げる。

 空中に装甲騎兵の姿を確認。〈しらたき〉から出てきたのだろう。船体下部の射出用カタパルトがゆっくりと閉まっていくのが見えた。


 降下してくるのは7メートル級2脚人型装甲騎兵。

 真っ黒に塗装された〈ハーモニック〉。ツバキ小隊にとっては因縁の機体だ。

 しかしそれがトーコの出撃コードと、統合軍の識別信号を発している。


 機体の肩には〈R3〉が1機。

 見た目には装甲がほとんどなく、高機動機のようだった。しかし右腕には大型火砲を装備している。

 火砲を支えるには不十分にしか思えないフレームは生物的な曲面を描く。曲面は美しく磨き上げられ、1つ1つのパーツが高い機械加工能力を示していた。


 落下してきた黒い〈ハーモニック〉はスラスター噴射で降下速度を落とすと、重力制御機構を作動させた。

 重力制御機構が淡い光を発して機体にかかる重力を緩和すると、黒い〈ハーモニック〉は地面到達と同時に速度を0にした。

 使用済みとなった重力制御機構が切り離され、コクピットが開く。

 肩に乗っていた未知の〈R3〉も地面へと飛び降りた。


 コクピットから顔を見せたのはトーコ。

 そして、未知の〈R3〉を装備していたのはフィーリュシカだった。


 顔をしかめたタマキは、トーコを見上げると命じる。


「説明を」

「ごめんなさい」


 トーコは開口一番に謝った。

 それからこれまでの経緯について触れる。


「アイノ――ユイにそそのかされて、新しい〈音止〉を手に入れるために勝手に出撃しました。

 〈音止〉はまだ使用できないということなので、かわりにこの機体――〈ヴァーチューソ〉を借りて戻ってきました。

 罰は受けます。

 ツバキ小隊として戦わせてください」


 タマキは許可を出すわけでも無く、拒むことも無い。

 そのまま視線を下に向けてフィーリュシカを見る。


「あなたは?」

「隊長殿がアイノに銃を向けていたので無力化。

 活動の邪魔にならないよう拘束させて頂いた。

 現在はトーコ護衛のため出撃中」


 淡々とした説明に、タマキは敵意を持って視線を向ける。

 だがそんな行為がフィーリュシカに対して意味を持つはずも無かった。


「ナツコさんは?」

「〈しらたき〉で預かっている」

「無事でしょうね」

「無事」


 事実のみを伝える短い言葉。

 まだ聞きたいことがあったが、タマキの端末がそれを遮るように着信を告げる。


「こんな時に――」


 しかし発信元を見て直ぐに行動に移った。

 ハンドサインを送って隊員を待機させると、その場から数歩離れて応答する。


「こちらツバキ」

『通信には直ぐ出るように』

「申し訳ありません総司令閣下」

『謝罪はよろしい。理解出来たら返事』

「はい」


 通信相手はコゼットだった。

 コゼットは応答が遅れたタマキを叱責したが、直ぐに本題に入る。


『分かれば結構。

 フィーリュシカとシイジの娘が来ましたね?

 彼女たちをツバキ小隊に編入するように』


 コゼットはこちらの状況を、〈しらたき〉で起こったことを含めて把握している。

 しかしタマキは叱責覚悟で意見を述べる。


「しかし彼女たちは上官命令を無視した行動をとりました」

『把握しています。

 ですがツバキ小隊は現在総司令官直轄部隊。人事権は私にあります。

 命令無視についてこちらとしては作戦遂行上致し方ない軽微な物と判断している。

 彼女たちの編入は決定事項です。

 命令無視が気に食わないのならそちらの裁量で罰を与えるのは結構。

 ただしラングルーネ基地攻略戦が片付いてからです。

 理解出来たら返事を』


 ここまで言われて逆らうわけに行かなかった。

 タマキにとって現在の直属上官はコゼットだ。その命令に逆らえば、罰を言い渡されるのはタマキに他ならない。


「了解」

『結構。

 ではラングルーネ基地攻略に戻って』


 タマキが再び了解を返すと通信は一方的に終了された。

 タマキは隊員の元へ戻るとやるせない表情で命令無視をやらかした2人を交互に見る。


 トーコに関してはツバキ小隊に戻ってくるのは構わないと考えていた。

 アイノにそそのかされて本当に何も知らないまま連れ出されたのだろう。

 まずいとは理解しつつも行動に移した行為は罰せられるべきだが、心情をくみ取ることも出来なくは無い。


 しかしフィーリュシカはどうか。

 彼女はアイノを守るため自ら行動を起こした。あろうことか直接タマキに対して手を下した。

 追いかけていったナツコが〈しらたき〉艦内にいるというのならば、彼女がそれを打ち倒したに相違ない。


 タマキは値踏みするようにフィーリュシカを見て尋ねる。


「必ず説明すると約束しましたね」

「はい。後日必ず」

「良いでしょう。

 ただし2人とも罰は与えますから覚悟しておくように」


 フィーリュシカは即座に答える。

 トーコも罰は覚悟していたため少し遅れたが答えた。


「よろしい。

 機体名は〈ヴァーチューソ〉。

 ――と何ですかこれは。〈Aino-01〉? 悪趣味な名前です」


 フィーリュシカの装備する〈R3〉の機体名にタマキは顔をしかめた。

 設計したのはアイノなのだろうが、自分の名前をこれ見よがしに機体につける彼女の趣味には呆れるばかりだった。

 だがそれに答えたのはカリラだった。


「名前をつけたのはわたくしですわ。

 まさかこんなにも早く完成するとは考えても居ませんでしたけれど」

「カリラさんが?

 どうしてアイノだなんて」

「変な名前をつけられるくらいなら設計者の名前をつけて差し上げようと考えたのですわ」


 「そうですか」と流しそうになったタマキだが、その発言内容は聞き捨てならないものだった。すかさず尋ねる。


「待って。

 彼女がアイノ・テラーだと知っていたと?」

「ええ。

 お母様の論文の隠されたページに記録が残っていましたわ」

「見つけたのはいつですか?」

「輸送護衛任務後にレインウェル基地へ入った頃ですわね」

「どうして早く言わなかったのですか!」


 タマキは叱責するが、カリラは自分が何か悪いことをしたのかと、きょとんとした表情を浮かべていた。


「ユイさんが隠して欲しいようすでしたので。

 ――中尉さんは把握していたのではなくて?

 身元不明者を義勇軍に引き入れたりしないでしょう?」


 タマキには返す言葉も無かった。

 義勇軍の責任者になったのはタマキだ。部隊に入れる人物に対しては身元を明らかにしておく義務があった。

 だがあろうことか、アイノ・テラーは統合軍上層部。少なくともコゼット・ムニエとは通じていて、ほぼ自由に個人情報を改ざん出来る状態にあった。


 そうでなければ、ハイゼ・ブルーネ基地で身元照会をかけた際にユイ・イハラなどという名前は出てこなかったし、その後カサネの権限を使って遺伝子照会をかけた際にも、ありもしない帝国軍の捕虜になっていた記録や、技研に在任しているといった嘘の経歴は出てきたりしなかっただろう。


「こちらのミスです。

 とにかく機体はツバキ小隊所有とします。

 どちらも統合軍のデータベースに登録された機体ではありませんが、今更でしょう」


 非登録機体が既に3機もひしめくツバキ小隊にあって、これから2機増えようとも大した問題では無い。

 それに彼女たちを編入するのはトトミ星系総司令官閣下の認めたことだ。

 誰も文句を言えないだろう。


「大分遅れてしまいましたが高速機体揃いです。巻き返せるでしょう。

 ツバキ小隊、前進再開」


 7人となったツバキ小隊は先行して随分先を進んでいた大隊を追いかけて、全速力で前進を再開した。


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