襲撃
ナツコはシアンと共に、通気用ダクトの中を這うようにして進んだ。
「端末持ってる?」
「持ってますけど――通信が繋がってないです」
シアンから尋ねられて、ナツコは個人用端末の画面を確認した。
他の隊員と連絡しようとしても、接続が確立されていないとエラーがでるばかりだった。
「通信妨害受けてるってことは敵に指揮官機いるわね。
基地防衛圏内に大人数で入ってくるとは思えないから、多分分隊規模で9人。
2人始末したから残り7人ってとこ」
「多いですね。
というかシアンちゃん。道分かってます?」
「当たり前でしょ」
「え? そうですかね」
シアンは捕まってからずっと懲罰房に閉じ込められていたはずだ。
それが施設内の、しかもダクトの接続を理解しているのが当たり前だとはナツコには思えなかった。
「牢屋の中でただじっとしてたわけないでしょ」
「でもどうやって調べたんです?」
「それは秘密。
あたしの機体はどこ?」
その秘密は絶対に秘密にしておいてはいけない奴だとは思いつつも、ナツコは問いに答える。
「〈アヴェンジャー〉でしたら倉庫ですけど、カリラさん、まだ修理終わらないって言ってました」
「なんで直ってないのよ」
「コアを融解させたからでは……?」
シアンは憤慨するも、直ってないものは仕方ないと問いを変える。
「あんたの機体は?」
「管理棟の1階、入り口直ぐの所です。他のみんなの機体もそこです」
「なら敵もそこね。
分散した敵仕留めながら入り口目指すわよ」
「でもツバキ小隊のみんなも助けないと」
「そのために機体が必要でしょ」
そう言われると全くもってその通りだと、ナツコは「なるほど」と頷いた。
〈R3〉無しで戦えるほどナツコの運動神経は良くない。
扱える武器が火器管制無しの個人防衛火器と拳銃では、誘導弾を撃ち込まれた瞬間に負けが決定する。
「でもシアンちゃんなら何とか出来ますよね?」
「はぁ?」
シアンは後ろを振り向き、怪訝そうな目でナツコを睨んだ。
まずい事を言ったかとドギマギするナツコへと彼女が告げる。
「言っとくけどあたしは無敵じゃないわよ。
脳みそ撃たれりゃ終わりだし、肉体硬化させても防げる銃弾には限りが有る。
この間の戦闘の傷も治りきってないし、肉体再生だっていくらでも出来るわけじゃ無いのよ」
「え、そうだったんですか。
死なないから万能なのかとばかり……」
「そうだったらあの人形女なんかに負けないわよ」
「フィーちゃんは感情豊かですって。
――待って。誰か来ます」
ナツコは声を潜めて、シアンの足首を掴んだ。
シアンは進むのを止めて、肩にかけていたライフルを降ろし安全装置を解除する。
「距離は?」
「まだ離れてます。でもダクトを這って進む音が聞こえます」
「あたしには聞こえないわ」
「私、耳は良いんです。集中してればですけど」
「じゃあずっと集中してて。あの角の手前まで来たら合図して」
「はい」
ナツコはダクトの壁に耳を押し当て、金属を伝って響いてくる音に集中する。
対象は2人。狭いダクトを進むためか〈R3〉は装備していない。
曲がり角までは10メートル程。シアンはライフルを構えたまま微動だにせず、敵が現れる瞬間を待っている。
ナツコは攻撃をシアンに任せて、全神経を聴覚へと向ける。
接近する対象が曲がり角の目前まで迫ったとき、向こうの話し声が聞こえて、慌ててシアンの足を叩いた。
「攻撃中止、味方です!」
「急に叩かないでよ。引き金引くところだったわ」
驚きながらもシアンはトリガーにかけていた指を離す。
しかし曲がり角から姿を現したリルが、シアンの姿を見て競技用狙撃銃を構える。
「待ってリルちゃん! 味方です!」
「ナツコ? なんでそいつ出してるのよ」
リルは構えた狙撃銃を降ろさない。銃口をシアンの眉間に向けたまま説明を求める。
「シアンちゃんに助けて貰ったんです。
襲ってきてる帝国軍とシアンちゃんは関係ありません」
「それはそいつを自由にしてる理由にはならないわ」
反論を受けて言葉に詰まりながらもナツコは説明を続ける。
「でも、戦力は多い方が良いです。
敵の敵は味方です。シアンちゃんは帝国軍を倒すのに協力してくれます」
「それタマキにも同じ事言えるの?」
「はい。頑張って説得します」
「納得して貰えるとは思えない。
あんたはこっちの指示に従うつもりあるんでしょうね」
リルはシアンに問う。
未だに銃口を向けられている中、シアンは恐れる様子も無く返した。
「そっち次第よ。
少なくともあんたのことは嫌いだわ」
「あたしもあんたは嫌いよ」
「まあまあ。喧嘩は止めましょうよ」
リルの後ろに居たサネルマが睨み合う2人をなだめる。
リルはやむなく狙撃銃を降ろして安全装置をかけた。
「シアンちゃんもタマキ隊長と喧嘩したら駄目ですからね」
「向こう次第だわ」
ナツコの言葉にシアンはつっけんどんに返す。
それにナツコは「駄目ですよ」と念押ししながらも、リルたちと話すため、狭いダクトの中でシアンの横を無理矢理に通る。
「無理なことしないで」
「もうちょっと寄ってくれれば通れます。
よっと。ほら、通れました。
リルちゃんたちは何しにここに?」
「タマキの命令であんたを助けに来たのよ」
なるほど、とナツコは頷いた。
「ということはタマキ隊長も無事なんですね」
「フィーが襲撃に気付いて直ぐに行動開始したから。
向こうは3人で管理棟1階目指してる」
「私たちと一緒ですね。
あれ、ちょっと待ってください。3人って誰です?」
数が合わないと尋ねるナツコ。ここに3人。向こうに3人では、衛生部の医務室に隔離されているイスラを除いても2人足りない。
「タマキとフィーとカリラ」
「トーコさんとユイちゃんは?」
「タマキの許可とって〈音止〉直しに基地設備借りに行ったみたい」
「ってことは――安全ですね」
「多分ね」
基地設備を借りに行ったというのならば、基地防壁内側。
いくらなんでも帝国軍が基地防壁を越えてしまっている何て事態にはなってないだろう。
設備利用制限を受けている中、基地設備をどうやって借りたのかは謎だが、その程度の問題は些細なことだ。
「戦力は?」
今度はシアンが尋ねる。
シアンからの問いにリルはいい顔をしなかったが、かわりにサネルマが回答した。
「多分分隊規模だろうって隊長さんが言ってました。
フィーちゃんとリルちゃんで3人倒したので、残り6人くらいだと予想してます」
「こっちでも2人倒したから残り4ね」
「あら、ナツコちゃんが?」
サネルマの問いに、ナツコは一瞬返答に困る。
本当のことを言って良いのだろうかとシアンへ視線を送ってみるが、不機嫌全開の顔をされたので、とりあえず当たり障り無さそうな回答にとどめておく。
「2人で協力して倒しました」
「協力?」
リルが何か勘ぐるようにシアンを睨む。
「何だって良いでしょ。
ぐだぐだ喋ってないでさっさと行くわよ」
「あんた先頭進みなさい。
不穏な動きしたら後ろから撃つわ」
「ご自由にどうぞ」
先頭を進めるならそれで良いと、シアンはナツコの横を無理矢理に通り抜け、曲がり角を使ってリルとサネルマと位置を交代。
そのままダクトを進み始める。
「道は分かってんでしょうね」
「問題無い」
4人は1列に並んで、ダクトの中を移動し始めた。
◇ ◇ ◇
「見張りがいるわ。
これ以上近づいたら生体センサ引っかかる」
ダクトを進み、管理棟へ続く扉の手前まで来たところでシアンが止まり、小声でそう報告する。
後ろに続くリルが応えた。
「全部で4人でしょ。外にも見張り置くだろうし、指揮官機は管理棟内。護衛無しとは考えられないから、この周囲に全員居るでしょ。
向こうから出てくるまで待機で良くない?
通信妨害切れるか、基地の方が妨害電波に気付くかすれば援軍が直ぐに来るわ」
「良くない」
きっぱり言い切るシアンにリルは噛みつく。
「何でよ」
「武器を持った敵が直ぐそこに居るのに放っておく理由なんて無いでしょ」
「武器を持った敵って意味ならあんただってそうよ」
「聞き分けの無い奴。
ナツコ、あたしがあいつの背後とって気を引くから1発で仕留めて」
「分かりました」
「勝手に分からないで」
シアンの命令にナツコが頷くと、それを良しとしないリルが遮った。
「これ以上近づくと生体センサ引っかかるんでしょ」
「心臓止めるから問題無い。
それより1発で絶対仕留めて。外したら死ぬのはあんたたちよ」
リルは釣り上がった目を細めてシアンを睨む。
それからちらとナツコの方を見て、応えた。
「あたしが撃つわ」
「そ。外さないでね」
「あたしは外さない」
リルの回答を受けるとシアンは息を殺して、ダクト内をゆっくりと進み始めた。
残った3人は通気口まで移動し、音を立てぬよう慎重にフィルター付の換気扇を取り外す作業を進めた。
シアンの方は生体センサにひっかること無く、見張りの真後ろまで進んでいた。
サネルマが手持ちライトで準備完了のサインを送ると、シアンはダクトを蹴破り、大きな音と共に見張りの背後へ飛び降りた。
「行くわ」
同時に換気扇の配線が切断され、リルがそこから飛び降りる。着地するのを待たずに照準を定め、即座に狙撃銃のトリガーを引く。
着地と共に2発目を構えるが、放たれた1発目は寸分違わず、シアンに気をとられ背後を向いた敵機〈コロナD型〉の後頭部を撃ち抜いていた。
「一時後退」
「分かってる」
シアンは敵機から個人防衛火器とグレネードを奪い取るとリルの居る方向へと駆け出す。
ナツコとサネルマもダクトから飛び降りて、4人は管理棟から遠ざかるように走った。
「敵機追撃無し」
シアンが報告するとリルが応じる。
「来ない?」
管理棟に居るはずの敵が追いかけてこない。
こちらの〈R3〉を押さえているのだから、居場所さえつきとめれば追ってきそうなものだった。
「向こうでも銃声が聞こえました」
ナツコは管理棟の方向を指さした。
管理棟でも戦闘があったとすれば、攻撃を仕掛けたのはフィーリュシカだろう。
「場所は分かる?」
リルが問う。
「管理棟内ではないと思います」
「ってことは外の見張りね。
残ってるのは多分管理棟内だけど」
「ちょっと待ってください」
ナツコはリルの言葉を遮り壁に耳を押し当てた。
壁を伝わる振動から、管理棟内に居る敵機の動きを予想する。
「2機で間違いなさそうです。
用具置き場側の壁の近く」
「なら挟撃して終わりね」
シアンは先ほど奪ったグレネードを右手で持ちピンに手をかけた。
拳銃しか持ってないから個人防衛火器を提供して欲しいと訴えるサネルマを無視して、単独で管理棟の扉へ向かう。
「待ちなさいよ。
タマキ達が外に居るなら、攻撃なんか仕掛けず援軍を呼びに行くはずだわ」
タマキが余計なリスクを冒してまで立てこもった敵に攻撃を仕掛けるはずは無いとリルが主張する。
その意見はもっともで、今回の帝国軍による襲撃は最初の攻撃をフィーリュシカとシアンが防いだ時点で失敗に終わっている。
何時までも通信妨害をかけ続けることは出来ないし、いい加減統合軍側も気がついて兵を出しているだろう。
警戒網をすり抜けられるような小規模の編成では、統合軍に太刀打ちできるはずも無い。
「そう?
帝国軍がどうしてこんなへんぴな場所にある施設を襲ったのか気にならない?」
「それは――あんたがここに居るからじゃないの」
「かもね」
リルは無言で、シアンの言葉について考える。
タマキはシアンが自分の知りたいことを知っていると踏んで、軍規を無視してまで不当な拘束を行い、上官にすら報告せず幽閉した。
そこに来て帝国軍が突如として、統合軍の警戒網をくぐり抜けて防衛圏内にある更生施設に攻撃を仕掛けてきた。
火薬庫なり対空砲陣地なり、他にいくらでも襲撃対象はあるにもかかわらず、何故この場所なのか。
その理由がシアンがここに居るからだとしたら、襲ってきた帝国軍はシアンについて何らかの情報を持っている。
だとすればタマキは敵指揮官の処分を統合軍に任せたりしないだろう。
自分で手を下せるよう画策するに決まっている。そしてそれを可能にしてしまうであろうフィーリュシカは、現在タマキの側に居るはずだ。
「――あんたとタマキの利害は一致しない」
「迅速に敵を無力化したいという点では一致してるのよ」
「それは――」
「あの人形女が単独で〈R3〉2機と戦闘して勝てる方に賭けてみる?」
それは際どい賭けと言えた。
相手は小部隊で警戒網をすり抜けて防衛圏内に浸透してきた特殊部隊だ。
いくらフィーリュシカでも今は生身だ。警戒している敵の前に姿をさらして無事でいられる保証など何処にも無い。
「あんたならなんとか出来るの?」
「おチビちゃんよりずっと強いわ」
「あんたにだけは言われたくない」
初等部の学生くらいの背丈しか無いシアンに対して、それよりかは若干背の高いリルは意見した。
しかし攻撃へ向かうシアンをリルは引き留めない。
リルはナツコとサネルマを手招きで呼び寄せて、万が一に備える。
「あいつが駄目だったらあたしたちでフィーの援護をするわ。
サネルマは近距離通信でタマキと連絡取れないか試して」
ナツコとサネルマは頷いた。
サネルマは端末を手にタマキ宛てに発信を試みる。
ナツコは個人防衛火器を再確認して構えた。
管理棟に銃声が響く。
入口側のフィーリュシカが攻撃を仕掛けたらしい。
それを合図にシアンも個人防衛火器を放ち、管理棟へと続く磨りガラスの扉を撃ち抜く。
ガラスが散乱したところへピンを抜いたグレネードが投擲される。
同時にシアンはライフルを構えて駆け出した。
グレネードの爆音。
シアンは割れた扉を飛び越え、管理棟内へ入る。
「続くわよ。
あくまでバックアップだから前に出すぎないで」
「はい」
狙撃銃を持ったリルが前進し、それをカバーするように斜め後ろをナツコは追いかけた。
管理棟内では複数の銃声が反響している。
リルが扉の元まで辿り着き、ハンドミラーを使って室内の様子を確認。
「1機撃破してる。
残ってるのは指揮官だけ」
「援護しに行きますか?」
「少し待って」
リルは狙撃銃をいつでも射撃できるように構え、機をうかがう。
そして銃声の途切れた一瞬を見計らって、合図と共に飛び出した。
「そこまでです。
攻撃を中止」
管理棟内にタマキの声が響いた。
カリラと共に正面入り口から入ってきたタマキは、帝国軍指揮官機〈ヘリオス16〉へと対装甲拳銃の銃口を向けるフィーリュシカへ下がるように命じた。
敵機は左足を砕かれ、両腕の武装を破壊された状態で床に俯せに倒れていた。
ヘルメットから覗く顔には苦痛が浮かび、荒く呼吸を繰り返している。
「どうしてあなたがここに?」
タマキは正面に立つシアンの姿を見て眉を潜める。
「あ、あの、これには訳が」
管理棟内の敵機制圧を確認してやってきたナツコが弁明しようとするのだが、上手く言葉が出てこなかった。
タマキがシアンの拘束をフィーリュシカへ命じようとすると、床に倒れていた敵指揮官がくぐもった声を発する。
「……遂に見つけたぞ化け物ども。
博士が動き出したら誰にも止められない。
貴様らも、アマネも終わり――」
ライフルの銃声が響く。
シアンが放った銃弾は、顔を上げていた敵指揮官の眉間を撃ち抜いた。
タマキは拘束指示を飛ばそうとするが先手をとってシアンが動く。ライフルの銃口がタマキの頭部へと向けられた。
「動かない方が良いわ」
「その通りです。動かないでください」
ライフルを構えるシアンの背後、先ほどまで何とか弁明しようとあたふたしていたナツコが、個人防衛火器の銃口をシアンの後頭部へ突き付けていた。
「シアンちゃん、頭を撃たれたら死ぬんですよね」
「あんたにあたしが撃てるの?」
シアンは挑発するように尋ねる。
ナツコは個人防衛火器のトリガーに指をかけたまま答えた。
「撃てます。
相手が誰であろうとも、私たちの目的を邪魔するのであれば、撃ちます」
ナツコは銃口を動かさない。
トリガーにかけた指は、シアンが少しでも動いたらその瞬間に引き抜かれる。
シアンは1つ鼻を鳴らすと、ライフルのトリガーから指を離し、銃口を床へと向けた。
「冗談の分からない奴」
「フィーさん、拘束して」
タマキの命令を受け、フィーリュシカがシアンを取り押さえる。
彼女は抵抗すること無く武装解除し、後ろ手に縛られた。
「また不当拘束だわ」
「所属を明らかにせず戦闘行為に及んだあなたに意見する権利はありません。
話は後で聞きます。懲罰房へ連行して」
「懲罰房はその――壊されました」
タマキの命令に対してナツコが報告する。
壊したのはシアンだが、その情報は伏せておいた。
ため息をつくタマキへとシアンが告げる。
「逃げないし暴れない。
アマネのことが知りたいんでしょ。前の部屋よりまともな場所が良いわ」
タマキはもう一度大きくため息をついて、フィーリュシカへとシアンを更生施設の収容所へ連れて行くよう命じた。




