超重装機〈アヴェンジャー〉
『いつまでつっ立ってんのよ。
さっさと消えなさい』
タマキからの待機命令を受けて、援軍が到着するのを待っていたフィーリュシカとナツコ。
〈アヴェンジャー〉を装備した敵はそれをしばらく黙って見ていたのだが、いつまで経っても帰らない2人に業を煮やしたのかそう告げる。
対してフィーリュシカは感情無く、淡々とした口調で告げた。
「そちらが立ち去るべき」
『何て言った? 聞こえなかったわ』
「そちらが立ち去るべき。
これ以上の命令遂行に対する妨害行為は看過できない」
『あんた――』
〈アヴェンジャー〉の左腕76ミリ砲がナツコへ向けて指向を開始。それを制するように、フィーリュシカの装備する88ミリ砲が敵機に向けられた。
「繰り返す。
これ以上の命令遂行に対する妨害行為は看過できない。
さもなくば――」
『さもなくば何?
あたしと戦うつもり?』
「そちらが望むのであれば」
〈アヴェンジャー〉の76ミリ砲がフィーリュシカへと指向開始する。
フィーリュシカは落ち着いたままナツコへと命令を飛ばす。
「後方待避。戦闘参加は許可しない」
「分かりました」
命令を受け即座に後退するナツコ。
それが作戦行動中に出された命令ならば、どんなに不条理な内容でも従わなければならない。
フィーリュシカを1人戦わせることになるとしても、彼女がそれを命令するのであれば従うだけだ。
「こちら追跡班。
〈アヴェンジャー〉との戦闘は不可避。
戦闘許可を」
フィーリュシカの要求に対して、タマキが直ぐに応答した。
『勝算は?』
「問題無い」
『では任せます。
可能なら搭乗者を生きたまま捉えて。
――あと機体も』
「後者は善処する。
前者は不可能に近い」
『了解。
わたしたちもそち…ってま……。
……せず――』
通信にノイズが混じり、やがて完全に遮断。
周囲に通信を遮断する電波がばら撒かれていた。妨害に使われている電波特性を解析しなければ通信は再開しない。
そしてフィーリュシカの〈アルデルト〉はもちろん、ナツコの〈ヘッダーン5・アサルト〉にもそんな高価な装備は積まれていなかった。
〈アヴェンジャー〉が投射機を使って照明弾を打ち上げる。
空中で2つ閃光が弾け、薄暗くなりつつある丘陵地帯を照らした。
リーブ山地南西側の麓。緩やかな丘陵地帯。足下は不整地で岩が多い。。
地形を確かめて〈アヴェンジャー〉が前進を開始。
フィーリュシカはその場で88ミリ砲を構えたまま待ち受ける。
「お母様の邪魔をする奴は許さない。
良い機会だから躾けてやるわ」
子供っぽい高圧的な声が〈アヴェンジャー〉の拡声器から響いた。
同時に、76ミリ砲の砲口が瞬く。
相対距離200メートルからの砲撃。
フィーリュシカは僅かに機体を右に逸らした。砲弾は機体左肩のフレームを掠める。
しかし彼女はそのまま反撃もせず、その場で88ミリ砲を構え続ける。
重装機。しかもどちらも大口径火砲を装備している。
本来なら1瞬で決着がつくはずの戦闘だ。
しかし敵機は更に距離を詰め、フィーリュシカも構えているだけでまだトリガーを引かない。
フィーリュシカの周辺に光の線が瞬いた。
光は彼女の内側に対して働きかけ、物理法則を改ざんする。
それは以前彼女が魔女討伐の際に使用した肉体構造の最適化であった。
彼女の身体は人間の形を保ったまま、人間の反応速度を遙かに超えて動き出す。
その動きに応じて〈アルデルト〉が一歩前に踏み出した。
〈アヴェンジャー〉はそれを見て100ミリ砲をあさっての方向に向けて放つ。
砲撃の反動で横方向へずれ、更に軽々と76ミリ砲を振り回す。
その砲口から逃れるようにフィーリュシカは移動開始。
〈アルデルト〉は重装機の中では最も機動力の高い機体だ。
対する〈アヴェンジャー〉は重装機より更に重い超重装機。しかも100ミリ砲と76ミリ砲を積んだ高火力設定。
機動力ではフィーリュシカが圧倒的に優位。正面からの撃ち合いを避け速度差を利用して側面をとるように移動。
移動先へと〈アヴェンジャー〉の76ミリ砲が指向。砲口がフィーリュシカを捉える。
相対距離100メートル。
しかし有効弾が見込めないためトリガーを引かない。
超重量の機体がアンカースパイクを作動。急停止による反動を受け、自重によって脚部フレームが歪む。
それでも〈アヴェンジャー〉は動き続ける。限界動作させたコアユニットが黒煙を吹き、邁進する機体。
フィーリュシカはその正面装甲へと88ミリ徹甲弾を放った。
トリガーを引くタイミングで僅かに〈アヴェンジャー〉が左に逸れる。
砲弾は装甲に浅い角度で侵入し、貫通すること無く弾かれ、右脇の下をくぐって遙か後方に着弾。
〈アベンジャー〉は機体の安全機構を解除し、76ミリ砲を背後に向けて放った。
左腕フレームが歪み、反動で機体が前方に投げ出されながら、100ミリ砲を突き出す。
無茶苦茶に暴れた100ミリ砲の砲口が火を噴いた。
発火炎すら届きそうな距離から放たれた砲弾に対して、フィーリュシカは20ミリ砲を放つ。
機関砲弾は100ミリ砲弾を叩く。質量差があるため進路を逸らすことは出来ないが、着弾の衝撃で設定された時限信管に僅かな遅延が生じた。
回避行動をとるフィーリュシカの頭部よりわずか10センチの距離で起爆するはずだった砲弾は、信管の遅延によりそこから2メートル後方で爆発した。
榴弾は爆炎と共にワイヤーと金属片をばら撒くが、その全てが〈アルデルト〉のフレームによって無力化され逸らされる。
2人の相対距離は20メートルを切っていた。
88ミリ砲と、76ミリと100ミリ砲。
必殺の一撃になり得る火砲を撃ち合い、命中弾を出しながらも、どちらも有効打にはならず戦闘を継続する。
やがて100ミリ砲弾が尽きた〈アヴェンジャー〉が右腕兵装を投棄。
フィーリュシカも最後の88ミリ砲弾を放ち火砲を投棄。砲撃によって〈アヴェンジャー〉76ミリ砲が大破し、投棄される。
火砲を失った〈アヴェンジャー〉がバトルアクスを引き抜き近接戦闘を仕掛ける。
乗員保護を一切無視した、安全速度を遙かに上回る速度を出して〈アベンジャー〉が邁進。
フィーリュシカは左腕20ミリ砲で脆弱部を抜こうと射撃するが、全て装甲によって弾かれて、近接戦闘を受けるためハンドアクスを引き抜いた。
重量級の機体同士で近接戦闘が行われる。
重量があり威力の高い大型のバトルアクスを振るう〈アヴェンジャー〉に対して、フィーリュシカは機動力を活かしてハンドアクスで脆弱部を狙う。
フィーリュシカは一撃必殺のはずのバトルアクスの攻撃を僅かなフレームで受け流しながら、ハンドアクスを人間の反応速度を上回る速度で脆弱部へ叩き込む。
しかし〈アヴェンジャー〉は攻撃の一切を見切り、鈍重な機体を無理矢理に動かして攻撃を防ぐ。
互角の戦いが続けられたが、戦況は徐々にフィーリュシカに有利となっていた。
〈アルデルト〉のコアユニットは熱限界を迎えて溶解寸前だったが、それより先に〈アヴェンジャー〉のコアが悲鳴を上げ始めた。
吹き出す黒煙にコア臨界による緑色の光が混じり、時折動作不良を起こす機体が関節からも煙を吹き出す。
フィーリュシカはこの機を逃さず敵機の攻撃をハンドアクスで受け止めた。ハンドアクスはひしゃげたが、バトルアクスのリーチの内側へ機体を滑り込ませる。
〈アヴェンジャー〉は距離をとろうと緊急後退。しかし〈アルデルト〉はそれを猛追し、肉薄し続ける。
フィーリュシカは左腕20ミリ機関砲をパージ。両手で砲身を持ち、重量のある機関部で〈アヴェンジャー〉の機体一体型ヘルメットを叩き付けた。
ヘルメットごと頭蓋骨を砕く一撃。
だが攻撃によって変形し、砕けたヘルメットの隙間から、深紅の瞳が覗いていた。
にやりと笑みを浮かべるその瞳に、フィーリュシカは深紅の瞳を見開く。
繰り出された〈アヴェンジャー〉の左腕が〈アルデルト〉の右脇腹を捉えていた。
フレームを砕き内臓を加害する攻撃。
しかしフィーリュシカから放たれた光の線が、機体フレームの物理強度を改変。更に運動方程式を無理矢理に改ざんし、攻撃によるダメージを最小限に抑える。
「そこまでです。
武器を捨て機関停止を」
凜とした声が響いた。
停止した〈アヴェンジャー〉と〈アルデルト〉を囲うようにして、タマキ、リル、サネルマ、ナツコが火器を向ける。
〈アヴェンジャー〉の右手からバトルアクスが落ち、コアユニットが赤黒い煙を勢いよく吹き出した。
タマキの要求通り、武装投棄と機関停止は満たされた。
フィーリュシカは一歩下がり、対装甲拳銃を〈アヴェンジャー〉頭部へ向ける。
それに対して〈アヴェンジャー〉から不満そうな声が響く
「要求には従ったわ」
「停止灯をつけなければ降伏は認められない」
「そんなもんついてないわ」
「では降伏は認めない」
「融通の利かない奴」
〈アヴェンジャー〉が予備動力によって装備解除される。
それでも機能不全を起こしたパーツのいくつかが解除されなかったが、搭乗者はそれを無理矢理に引き剥がした。
超重装機〈アヴェンジャー〉から出てきたのは、機体の大きさにはとても見合わない、初等部の学生としか思えないような小柄な少女。
少女は中途半端に伸ばした青い髪をかき上げ、髪と同じ色の、釣り上がった瞳でフィーリュシカを睨む。
「ルール違反よ」
「先にルールを破ったのはそちら」
「ふん。
お母様の邪魔をしようとするから悪いのよ」
2人の元にタマキが駆け寄る。
タマキは少女と話そうとしたが、近づこうとする彼女をフィーリュシカが制止した。
「それ以上の接近は危険」
少女は一見丸腰だった。
〈アヴェンジャー〉を装備するためか厚手の機能性インナーを身につけていたが、拳銃については所持を認められない。
「どこかに武器を?」
フィーリュシカはかぶりを振る。
それに重ねるように少女が悪態をついた。
「この状況で暴れないわよ。いい加減そのバカげた銃を下ろして貰える?」
「フィーさん、銃を下ろして結構。
ただし不審な動きを見せたら構わず射殺して」
タマキの命令に対して、少女は声を上げて笑った。
それを黙らせるようフィーリュシカの持つ銃が脳天に照準される。
「何よ」
銃を再度向けられても少女は動じない。
そんな彼女に対してタマキは士官として尋ねる。
「わたしは統合軍隷下ハツキ島義勇軍ツバキ小隊隊長、タマキ・ニシ中尉です。
あなたの所属と名前を」
「コゼットに連絡して」
少女は質問に答えずただそれだけ要求した。
再度タマキは問う。
「所属と名前を。
回答は捕虜の義務です」
「お断りよ。お嬢ちゃん」
タマキを侮辱するような態度をとる少女。
対してタマキは冷酷に告げた。
「結構。
そちらが義務を果たさないのであれば、こちらも応じましょう。
フィーさん、このテロリストを拘束して。
捕虜規定に則る必要はありません」
「承知した」
拘束具を渡されたフィーリュシカは、少女を地面に組み付け、即座に後ろ手に縛り上げた。
少女は暴れることも無く拘束を受け入れたが、立たされると青い瞳でタマキを睨む。
「後で後悔するわよ」
「かも知れませんね」
軽口で答えたタマキは少女の顔に袋をかぶせ、それから集まった隊員へ指示を出した。
「輸送隊の追跡は失敗しました。基地へ戻ります。
フィーさん、彼女の監視について監督を。
まずは車両まで戻ります。――カリラさん、そのガラクタを持って帰るつもりですか」
「当然ですわ。きっと助けて見せます」
カリラは〈アヴェンジャー〉の残骸を泣きながらかき集めていた。
タマキは大きくため息をついて、仕方なくナツコとサネルマに運搬を手伝うように命じた。
〈アヴェンジャー〉搭乗者の少女を捉えたツバキ小隊は、輸送隊追跡を断念し、エノー基地へと帰投した。




