〈空風〉再来
姿を曝した〈アヴェンジャー〉は、右腕100ミリ砲を真っ直ぐフィーリュシカへと向けた。
フィーリュシカは回避行動をとろうとせず、立ち止まり敵機の様子を見据える。
焦ったナツコは20ミリ機関砲を向けそうになるが、攻撃指示が出されていないので思いとどまった。
2人が攻撃姿勢をとらないでいると、オープンチャンネルで通信が繋がる。
高圧的でありながら、子供っぽい高い声だった。
『あんた、自分がどれほど愚かなことをしたのか理解出来てる?
それ以上1歩でも前に出てみなさい。
そこのクソガキもろとも始末するわ』
通信を受けたフィーリュシカは左手を掲げてナツコへ制止命令を出した。
ナツコは後退を取りやめその場で停止。コア出力を通常状態まで落とした。
「相手が悪い。
可能ならば戦闘は避けたい」
フィーリュシカがナツコへと告げる。
その言葉にナツコも同意した。
「はい。
あの人、物凄く強いです。
それにあの人、前に私を助けてくれました」
「彼女が以前あなたに危害を加えたのも事実。
指示を仰ぐ」
フィーリュシカはそう言って、タマキとの通信を繋いだ。
◇ ◇ ◇
「絶対に! 絶対に機体を無傷で確保するべきですわ!
あれほどの損傷状態から修理されたことが奇跡的なことでしてよ!
この機会に回収せずして、一体何時回収するというのです!?」
「機体の回収は必ずしも必要とは思えません」
熱弁するカリラに対してタマキは冷めた口調で返す。
少なくとも先行した2人が脅威に立たされている以上、カリラには黙っていて欲しかったのだが、そんな期待を無視して熱弁は続く。
「稼働可能状態の超重装機は歴史的価値ある保存すべきものでしてよ!
これは人類共通の普遍的価値のある行動です!
必ずや回収し適切に保管すべきです!」
「却下です。少し黙って」
黙れと言われて尚も意志を伝えようとするカリラへと、タマキは睨みをきかせて無理矢理に黙らせる。
「リルさんとサネルマさんが向かっています。
相手が待ってくれるようなら合流してから戦闘を」
フィーリュシカが通信に対して了解を返すと、カリラが恨めしそうな視線を向ける。
「可能ならば回収を」
「回収の必要性は理解しています」
「でしたら――」
タマキはシートベルトを外すときっぱり告げた。
「回収すべきは機体ではなく搭乗者です。
わたしも出撃します。
あなたは引き続き車両を頼みます」
タマキは座席から這い出し後部荷室へ向かう。
カリラは機体回収についての懇願は諦めて、指示に対して了解を返し送り出した。
そしてタマキが〈C19〉で出撃すると、端末に周辺地図を表示させて悪巧みを始める。
「車両を頼むとは言われましたけれどどうするかまでは指示されていませんもの。
これは決して命令違反ではありませんわ」
車両を隠しておけそうな場所に目星をつけたカリラは、サイドミラーからタマキの姿が消えると進路を変更した。
◇ ◇ ◇
サネルマとリルは増援としてナツコたちの元へ向かっていた。
足下が悪く離陸に必要な速度が出せないため、リルは〈Rudel87G〉を地上走行させ、先を行くサネルマに続く。
飛行攻撃機という特異過ぎる機体は、地上運用能力が著しく低かった。
「先行ってもいいわ」
「単独行動は危険ですから」
「あたしは問題無いわ。いざとなったらブースター使って無理矢理飛ぶし」
リルは説得するのだが、半分だけ振り返ったサネルマはその意見を拒否した。
「駄目です。
リルちゃんが近くに居てくれないと不安ですから」
「そ。
なら仕方ないわね」
「はい。お願いしますね」
2人は引き続き伴って進む。
既に辺りが暗くなり始めていたので、サネルマは警戒レーダーを起動した。
レーダーが異変を感知するより一瞬だけ早く、リルの目が闇夜に動く何かを捉えた。
「ほぼ正面1時方向何か動いた」
「レーダー確認。
――高機動機接近!
識別信号確認できず。敵機です!」
直ぐに戦闘態勢をとる2人。
サネルマはタマキへと敵襲を告げ、リルは一方的にブースターの使用を申し出て許可を待たずに点火した。
「敵は単機です!
照明弾上げます!」
「頼んだ。
上から援護するわ。接近戦は出来るだけ控えて」
「了解です」
〈ヘッダーン4・ミーティア〉から照明弾が打ち上げられ、空中に4つの光の球が弾けた。
煌々とした光がなだらかな麓を一杯に照らす。
光の中で無事に離陸したリルは軽く旋回しつつ高度を上げ、迫り来る敵機の姿を目視で捉えた。
「あの機体――〈空風〉よ!」
「向こうに〈アヴェンジャー〉居ますし、こっちもあの時の敵でしょうか?
だとしたら近接装備のみのはずです」
「確認する」
後退しつつ距離をとるサネルマ。
リルは十分高度を上げると、敵〈空風〉を注視する。
右腕にも左腕にも銃の類いは装備していない。
それどころか、個人防衛火器も拳銃も所持していないようだった。
「銃は持ってないみたい。
上からなら一方的に攻撃出来る」
「ワイヤーとチェーンブレードには気をつけて」
「分かってる。十分近づいた。仕掛けるわよ!」
サネルマの応答を待たず、リルは真っ直ぐに向かってくる敵機へ向けて腰の両側に懸架した30ミリ速射砲を向けた。
取り回しを考慮した低重量短砲身の火器だが、既に相対距離は400メートルを切っている。リルには高速で動く相手に対しても命中弾を出せる自信があった。
間髪入れず発砲。
だが敵機は攻撃の瞬間、僅かに軌道を逸らした。
2発の30ミリ砲弾は前進を続ける敵機の両側へ着弾。
信管が起爆し、金属片と土埃を巻き上げる。だが至近弾を受けたにもかかわらず、装甲皆無の〈空風〉は無傷でそのまま前進を続ける。
ブースターに点火し高機動状態へと遷移させた〈空風〉に対して、リルは射角がとれず一度上昇をかける。
「サネルマ下がって!!」
「了解っですけど――」
中装機ベースの重対空機である〈ヘッダーン4・ミーティア〉は、とてもでは無いが宇宙最速の機体である〈空風〉から逃げ切れない。
右肩に担いだ40ミリ砲も高機動機相手に有効な装備とは言えない。
副兵装として左手に装備していた12.7ミリ連装機銃を向け乱射するが命中弾は1発も出なかった。
敵機は僅かな機体の動きだけで、正面からレーダー管制で放たれる毎秒12発もの弾丸を全て躱してしまう。
サネルマは更に40ミリ砲を打ちまくった。
敵機目前の地面に着弾し炎が上がるが、敵は構わず前進を続ける。
敵に接近されてサネルマは40ミリ砲を引き戻した。かわりに右手に個人防衛火器を持ち接近戦に備えるも、武器を構えた時には既に側面を取られていた。
「まずいっ」
「なんとか避けて!」
リルの叫びは敵からの攻撃に対するものではなかった。
彼女はサネルマの至近。敵の攻撃してくるであろうルート上へ向けて30ミリ砲を放っていた。
30ミリ砲至近弾の金属片くらいなら、〈ヘッダーン4・ミーティア〉の装甲で受けきれる。
サネルマは緊急後退をかけつつ脆弱部である喉元だけを守った。
30ミリ砲弾が着弾。
サネルマの足下で爆ぜたそれは、爆炎と共に金属片を撒き散らした。
それでも敵機が止まることは無かった。
一切の躊躇無く金属片の雨の中へと身を投じる。
敵は〈空風〉の僅かなフレームだけで、無数の金属片の軌道を全て逸らし、損傷を負うこと無くサネルマへと肉薄した。
銃声。
急降下をかけ敵の死角をとったリルが12.7ミリ狙撃銃を放った。
精確に〈空風〉頭部へ狙い澄ました弾丸は、僅かな首の動きだけで躱される。
「なん――」
完璧に死角から仕掛けたにもかかわらず、後方視認用のカメラも、接近弾レーダーも持たない〈空風〉に回避されたことにリルは動揺した。
敵は逃げようとするサネルマとの距離を保ち、右腕、炸薬式アームインパクトを突き出す。
『ロケット撃ちました。回避を』
サネルマは通信機からの声に「どうすりゃいいんだ」と混乱しながらも背後から迫るロケット弾の情報を確認し、がむしゃらに右方向へ回避をかけた。
〈空風〉は動きについてきたが、迫るロケットを見て緊急後退をかけた。
サネルマの直上で爆ぜたロケット弾頭は周囲に燃焼材料をばら撒く。
赤々とした炎が辺りを照らす。
「え!?」
驚いたのはサネルマだった。
まさか味方から焼夷弾頭の攻撃を受けるとは思わず、目の前の光景に頭の理解が追いつかない。
『すぐに消化器作動させて』
「了解です!」
小声で「ちょっと味方撃つ人多すぎませんか?」と愚痴りながらもサネルマは消化器を作動させた。
緊急消化剤が機体周囲に散布され、機体にまとわりついて赤々と炎を上げていた燃焼剤が鎮火される。
「おっと! させませんわよ!」
一度距離をとった〈空風〉は再度サネルマへと肉薄しようとしたが、その進路を別の機体が塞いだ。
宇宙最速の高機動機〈空風〉。
肩に刻まれた製造ナンバーは12。
イスラが個人所有し、幾度も前線で使っていた機体だ。
片足を失った彼女に代わって、今はカリラが装備している。
〈空風〉の出現に敵〈空風〉も一筋縄ではいかないと判断したのか、大きく跳躍して後退した。
サネルマの元に合流したタマキは、彼女の安全を確認するとカリラへと尋ねる。
「車両はどうしたのですか」
「ちゃんと隠してきましたのでご心配なく」
「その機体は?」
「お姉様からわたくしが使うようにと」
「出撃許可は出していません」
「演習だとうかがっていますわ」
「大馬鹿者」
「罰でしたら後ほど。
こいつの相手はわたくしが引き受けますわ。
そのかわり、〈アヴェンジャー〉の回収をお願いします」
流石にその提案にタマキは頷けなかった。
「1人であれの相手をするのは無謀です」
「ご心配なく。
わたくしはあのお姉様の妹でしてよ」
「だから不安なんです」
「来ますわ」
敵〈空風〉はカリラを優先排除対象として認識したのか、左手のチェーンブレードを振りかざし邁進を始めた。
「早く行ってください。
フィーさんが〈アヴェンジャー〉を破壊してしまうより早く!」
「サネルマさん、リルさん行って!」
タマキは2人へと移動指示を出した。
後退しながらカリラの援護のため12.7ミリ機銃を構えたが、その目前で常人には目で追うことも出来ない超高速の戦いが繰り広げられていた。
複雑な軌道を描くチェーンブレード。
のたうちながら迫るその刀身をカリラはハンドアクスで全て叩き落とす。
最高速度まで加速した両機が相対距離をあっというまに縮める。
カリラはチェーンブレードをハンドアクス1本でさばききり、接近戦へと持ち込んだ。
敵機が繰り出した右腕の肘部分をハンドアクスの柄で押し上げ、アームインパクトの軌道を逸らすとブースターを使い急加速して肩から敵機へ押し当たる。
受けた反動を攻撃に転じようとする敵機だったが、カリラはスラスターの空中制動で無理矢理右脚を地面につけると、そのまま地を蹴りつけ、左足で強烈な回し蹴りを繰り出した。
脇腹を捉えるはずの蹴りだったが、すんでの所でハンドアクスを挟まれた。
それでも蹴りの威力によって敵機は吹き飛び、3度地面を転がった。
両足で着地した敵機は損傷したハンドアクスの柄をねじ曲げて元の形に近づけると、首をかしげてカリラを見つめる。
損傷は軽微。敵機には十分な損傷を与えられていなかった。
「上手く威力殺しましたわね。
さあ、見ての通りこちらは問題ありませんわ。中尉さんも向こうに行って、よくよく〈アヴェンジャー〉を破壊しないようにと伝えてきてくださいまし」
「あなたは――」
タマキは言葉をかけようとしたがそれを飲み込んだ。
こちらはカリラに任せて問題無いだろうと判断し、一言だけ投げかける。
「搭乗者は可能ならば生け捕りに」
「畏まりましたわ」
カリラの返答を受けて、タマキは後退。
敵〈空風〉と距離を保ちながら、リルとサネルマの後を追った。




