ハツキ島義勇軍ツバキ小隊③
装備していた〈R3〉を解除し、統合軍輜重科から保存食料のみの簡素な昼食を受け取ると、ハツキ島婦女挺身隊の面々は仮拠点の前で食事をとった。
食事中は会話も少なく、全員が食事を終えると〈R3〉を装備しなおし作業を再開した。
「午後からはわたしも指揮を出します。手早く終わらせてしまいましょう」
タマキも作業に加わり、整備が完了した機体情報の登録を進めていく。高速艇貨物室の大型コンテナと要塞砲が外へ出されると、貨物室内の作業空間が広がったことで作業効率も上がった。
大きな格納容器に入っている〈R3〉を示して、フィーが「これは重装機。注意して運んで」とナツコに告げる。
「は、はい」
ひときわ大きな格納容器に入った〈R3〉を、ナツコとフィーは両側から持ち上げてゆっくりと外へと運んでいく。
〈R3〉を装備しているため重くはないが、倒れてしまっては大変なのでバランスをとってやる必要があった。
ゆっくりと運ぶため手持無沙汰になったナツコは、先ほどタマキから告げられたこれからのことについて、思い切ってフィーへと相談してみた。
「あの、フィーさん。フィーさんはこれから先のこと、もう決めていますか?」
ナツコの問いかけに、フィーは無感情に小さく答える。
「自分は宙族と闘わなくてはならない」
「そっか。そうだよね。フィーさんは予備防衛官でしたよね」
ナツコや他の隊員と異なり、フィーは予備防衛官課程もとっている。
これは有事の際には統合軍兵士として作戦に参加するための訓練を終えた証であり、原隊であるハツキ島婦女挺身隊がなくなった今、フィーが統合軍へ参加するのは当然の流れであった。
「あなたはどうする?」
逆に問われて、ナツコは何も答えることができなかった。
この先どうするかなんて、考えたこともなかった。これからもハツキ島婦女挺身隊としてハツキ島のためにできることをしようと考えていたナツコにとって、その拠り所であるハツキ島婦女挺身隊がなくなってしまった今、先のことなど考えられるはずもなかった。
ナツコは力なくうつむいて、フィーの問いかけに答える。
「まだ、決めてないです」
「そう」
フィーの返答は短かった。だがナツコがいつまでもうつむいているのを見て、一言付け加える。
「決まったら教えて」
「はい。決まったら、フィーさんにもお伝えしますね」
むりくり笑顔を作って見せたが、結論を自分1人で出せるかどうかナツコは不安だった。
でもフィーに聞いてみて少しは気持ちが楽になった気もした。だからナツコはほかの隊員にもこの後どうするのか聞いて回ってみることにした。
「カリラさん。次の機体を持ってきました!」
「あら、重装機ですの。お姉さま、お手を貸していただいてもよろしいですか」
「これ片付いたらすぐ行くよ」
カリラの要請にイスラは手にした〈R3〉のパーツの一片を示して答えた。
「重装機は2人で整備するんですね」
「点検と簡単な整備だけなら1人でもできるのですけれど、ここは環境もよくありませんし、簡単な整備だけで済むとは思えませんからね。ナツコさん、そちらのロック外してくださる?」
「は、はい。これですね」
カリラに手伝うよう促され、ナツコは格納容器のロックを外した。手伝うこともなかったフィーは1人、「次を持ってくる」と言い残して高速艇へと戻っていった。
「フォレストパックの旧型ですわね」
「これも珍しい機体ですか?」
「いいえ。サリッサと並んで評価の高い量産型重装機ですわ。フォレストパックのほうが最大装甲厚が薄い分、武装の積載能力が高いですから、一概にどちらがいいと言い切れるものでもないですけれど」
「なるほど」
とりあえずナツコはうなづく。
「ナツコさん、整備用ハンガーに移すのでそちら側持ち上げてくださる?」
「はい、わかりました」
2人で機体を持ち上げ、整備用ハンガーへと吊し下げる。
吊された機体を少しいじって、カリラは顔をしかめた。
「長いこと動かしていないようですわね。関節が固まってますわ……。ここまでくると整備というより修理が必要ですわね」
「まあここの設備でも治せちまうわけだし、さっさと片付けちまおう」
自分の作業を切り上げてやってきたイスラが、カリラと同じように機体の様子を大雑把に確認してつぶやく。
「何か手伝えることありますかね?」
ナツコが問いかけると、イスラは少し考えてから答えた。
「これ、分解してばらばらにするから。なくさないように並べていってくれ。
「はい! お任せください!」
仕事をもらえたナツコは元気良く返事をして、イスラとカリラが手際よくばらしていく部品を元の形が分かるように、広げたシートの上に並べていった。
一通り分解が終わると、3人は1つ1つ部品を確認して、可動領域の固まった油を薬剤とブラシでこすり落とし新しく油をさしていく。
作業を始めて少したってから、ナツコは意を決してカリラとイスラにこれからのことについて切り出した。
「2人はこれからどうするか、もう決めています?」
「あー、そういえばそうだったな。どうすっか。修理工続けてもこのご時世くいっぱぐれることはないだろうけど、ハツキ島をいつまでも宙族なんかに占領させとくのも気に食わない。できることならハツキ島奪還に手を貸したいところだが、統合軍に入るのもなあ」
イスラはまだ決めかねているようだった。そんな様子を見て、ナツコはカリラへと尋ねる。
「カリラさんは決めています?」
「わたくしはお姉さまにどこまでもついていきますわ!」
「なるほど」
となるとカリラもまだこの先どうなるかは決まっていないわけだ。
「で、ナツコはどうするつもりなんだ? 確か中華料理屋だったっけ? このご時世に飲食店は厳しいだろうなあ」
「そうですよね……。店もハツキ島ですし」
「頼れる親族はいませんの?」
「私、孤児院出身なので。院長先生たちも避難民でしょうし」
「そういやそうだったな。だったら一緒に避難したらいいんじゃねえの?」
イスラの提案に、ナツコはうんとは言えなかった。
「あのイスラさん。私が統合軍に入ったとして、役に立てると思いますか?」
「何も戦うだけが軍人じゃないからな。輸送や補給だって人が必要だし、何なら給仕係だって立派な仕事さ。トトミ中央大陸の統合軍は絶対的に人が少ないわけだから、とりあえず居るだけでも役には立つだろうよ」
「ふむふむ」
相槌を打つナツコに、イスラはへらへらと笑って語り掛ける。
「統合軍は婦女挺身隊と違って厳しいぞー。タマちゃんみたいな優しい士官ばっかじゃないからな」
「それはそうかもしれませんけど、私、せっかくハツキ島婦女挺身隊になったので、ハツキ島婦女挺身隊はなくなっても、誰かの役に立ちたいんです」
「だったらなおさらさ。役に立つ手段は統合軍だけじゃない。避難先でだっていくらでも役に立ちようがある」
「でも私は、ハツキ島を取り返す役に立ちたいんです」
ナツコの言葉に、イスラはにやりと笑った。
「それなら統合軍に入るのが一番手っ取り早いかもな。ま、なんにせよ頭を使ってよく考えることだね。決めた後から別の選択をすることはできっこないからな」
「そうですね。頑張って考えます。……ハツキ島婦女挺身隊がなくなってしまわなければ良かったですけど、我が儘ばかり言っていても仕方ないですもんね」
「だったら、ハツキ島婦女挺身隊を新しく作ったらいいじゃないか」
イスラの言葉に、ナツコは目を丸くした。なくなってしまったハツキ島婦女挺身隊を新しく作るだなんて発想はナツコにはなかったからである。
「そんなことが出来るのですか!?」
「さあな。出来るかどうかまでは知らん。でも、試してみることくらいはできるだろうさ」
「そうですよね! なんでも試してみないとですよね! ありがとうございます、イスラさん!」
「そりゃどうも。もし本当に出来たなら、そんときゃあたしらも参加させてくれ。統合軍より面白そうだ」
「はい! 頑張ってみます!」
「可能性は低そうですけれどね。お姉さまが参加するのであればわたくしもついていきますわ。それよりナツコさん。これから〈フォレストパック〉の組み立てを始めますから、元の仕事に戻ってかまいませんわよ」
「はい。では戻りますね。ありがとうございました!」
ナツコは礼を述べると、速足で高速艇へと向かった。
そんなナツコを見送って、〈フォレストパック〉を組み立てるイスラとカリラは顔を見合わせた。
「新しいハツキ島婦女挺身隊。できると思うか?」
「ハツキ島が占領された今、認可が下りるとは思えませんわ」
「そうなんだよなあ。出来るかどうか――」
「ナツコさん次第ですわね」
「いや、そいつは違うな」
「あらそうですの?」
「最後の最後はタマちゃん次第さ」
「すいませーん。ナツコちゃーん、こっちを手伝っていただいていいですかー」
遠くからの声にナツコが振り返ると、サネルマが手を振っていた。
返事をして駆けつけると、サネルマとリルが床に置いてあった対装甲砲を示す。
「すいません。88ミリ砲なんですけれど、2人では持てなくて。手伝っていただいてよろしいでしょうか?」
ナツコは振り返ってフィーのほうを見ると、フィーは細々としたパーツを1か所に集めて、機体ごとに分別する作業を進めていた。運び出しはしばらく後になりそうだと、ナツコは2つ返事で依頼を受ける。
「はい、分かりました!」
「ではそちらをお願いしますね」
サネルマの指示に従ってナツコは88ミリ砲を持ち上げた。〈R3〉2機がかりなので運ぶのには十分力が足りていた。
「リルさんでは駄目だったのです?」
「リルちゃんの機体は飛行偵察機ですから、力仕事には向かないですよ。無理して持ち上げたら腕折れてしまいますからね」
「なるほど」
ナツコが相槌をうって進路誘導をしてくれているリルのほうを見ると、リルはむっとした態度を見せた。
「整備の終わった〈ヘッダーン1〉でも〈ヘッダーン3〉でも回してくれたらあたしだって力仕事くらいできるわよ。それがあのむかつく馬鹿姉妹が――」
リルは拳を握り締め怒りをあらわにしていた。直接尋ねるのは危険だと判断したナツコは、事情を知っているらしいサネルマへと尋ねた。
「何かありました?」
「それがねえ。イスラちゃんに、リルちゃんの小さいサイズに合わせるには手間がかかるから後にしてくれって言われまして」
「あ、ああ、それは怒りますね……」
納得して頷いてしまうと、リルの怒りの矛先がナツコへと向いた。
「別にあたしは小さいって言われようが怒らないわよ。あいつらがあたしをからかって楽しんでるのが気にくわないの! そこを勘違いしないで」
「わ、分かってますよ」
ナツコの返答を受けてもリルは不機嫌そうな表情をしていたので、話題を切り替えようとナツコはサネルマに問いかける。
「そういえばサネルマさん。サネルマさんは今後のこと、もう決めました?」
「まだ決めてないなー。後で隊長さんに電話かけさせて貰おうかなって」
「電話ですか? どちらに?」
「ほら、本職はハツキ島ヘッダーン社の事務でしょ。あそこは次世代機開発の拠点だったから、宙族の襲来を受けて真っ先に設備ごと中央大陸に避難しているの。だから戻ってやることがあるなら、そっちに合流しようかなーって。無かったらそうだね。統合軍に入って、次世代機開発が終わるまで時間稼ぎするのもありかな」
「サネルマさん、結構考えているんですね」
ぽわーっとしている雰囲気のサネルマが先のことをしっかり考えているのはナツコにとっては意外だった。
もう1人、リルの意見も聞いてみようと、別件の話をしたおかげで随分表情の和らいだリルに向けてナツコは尋ねる。
「リルさんは、もう決めています?」
「まだ」
返答は短かったが、ナツコはうんうんと頷く。
「そうですよね。簡単に決められるものじゃないですよね」
「あれ、リルちゃん。〈R3〉の何かの競技で選抜選手ではありませんでした?」
サネルマが問うと、リルは顔をしかめて答える。
「飛行狙撃競技ね。言っても、この状況でスポーツ選手目指してる場合じゃないでしょ」
「あー、そうなっちゃいますよねえ」
時勢が時勢なので、リルの言うことも最もだった。誰がどう考えてもトトミ星は競技大会を開ける状況ではないし、それは防衛ラインを突破された統合人類政府だって同じことだろう。
「でもリルさん、〈R3〉の操縦凄い上手ですし、統合軍に入ったら活躍できそうですよね」
「統合軍なんて死んでも入らない!」
ナツコの何気ない発言に、リルは語気を強めて返した。思わずナツコは謝ってしまう。
「ご、ごめんなさい」
「別に、謝らなくたっていいわよ」
リルも突然怒鳴ったことを悪く思ったのか、ぷいと視線を逸らして申し訳なさそうにそう言った。
「事情は人それぞれだからねー。ナツコちゃんもまだ決めてないのでしょう?」
「はい。でも、ハツキ島のために何か役に立てないかなって思ってるんです」
「あんたなんて前線出ても足引っ張るだけだから避難して大人しくしてるのが一番よ。味方撃つし」
「あ、あれは――。ごめんなさい」
「あれ、リルちゃん根に持ってたんだ」
「別に」
サネルマが微笑んで問いかけると、リルは視線を逸らして居心地悪そうに答える。
「ナツコちゃんなら、避難先でもみんなの力になれると思うよ。ハツキ島を離れて心細い人も多いだろうから」
「そうでしょうか――。でもやっぱり私は、ハツキ島を取り返すために何かしたいんです。イスラさんから、ハツキ島婦女挺身隊を新しく作ったらどうかと言われたのですけど、サネルマさんはどう思います?」
「ほほう。それは面白そうな話だねえ」
サネルマは興味を持ったようだが、2人まとめてリルに一蹴された。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。解隊された部隊を作り直すなんて出来っこないでしょ。しかもあたしらみたいな素人集団が」
「でもでも、タマキ隊長に頼んだら何とかなったりしませんかね?」
「馬鹿らしい。夢見てる暇があったらもう少し頭働かせてどうすべきか考えなさいよ」
「うぅ……。リルさん厳しい」
「ねー。良い考えだと思いますよ。新しいハツキ島婦女挺身隊。確かに、一筋縄ではいかないかも知れないけど」
サネルマの賛同に、ナツコはリルに馬鹿扱いされた傷から若干立ち直った。そんなナツコに、リルが視線を逸らしたまま照れくさそうに言葉をかける。
「ま、あんたは頭使うより夢見てた方が似合ってるわ。もし――もしもの話だけど、ハツキ島婦女挺身隊がまた出来たら、あたしにも声かけて。あたしも居場所がないから調度良いわ」
「リルさん! ありがとうございます! 私、頑張ってみます!」
リルは「別にあんたが頑張らなくたっていい」と小さく呟いたが、ナツコの耳には届かなかった。




