プロローグ②
第2話 プロローグ②
社会人になるとよく言われる言葉として、「結論を最初に言え」というものがある。
プレゼンなどを行う際などで使う技法なのだが、インパクトを与えたり、話に興味を持たせる効果が見込めるらしい。要するに、最初に結論を持ってくることで説明をわかりやすくしているのだ。
では先人の知恵に敬意を払って先に結論を言うとしよう。
例 の 広 告 の 送 り 主 は 異 世 界 の 女 神 様 で し た。
うん、訳がわからない。
長くなりそうなので、かいつまんで話すとしよう。
少し時間は遡るが、昨日の電話の後で不審に思った俺は首謀者と考えていた元同僚達へ連絡を取った。
結果はシロ、つまり知り合いの関与した悪戯ではなかったのだ。
振り出しに戻る、というのが適切だろうか。
手元には謎の旅行広告が残ったが、自分から連絡しておいて待ち合わせの約束をすっぽかす訳にもいかない。葛藤はあったが、最終的に待ち合わせのファミレスに赴くことにした。
しかしこの広告、悪戯でないなら誤植か新手の詐欺だと予想していたが、正直なところ異世界という単語に少しだけ期待していたのも事実である。
行けるものなら行ってみたいよね、異世界。
そして先刻、待ち合わせ場所に来たのが目の前にいる女神様だったわけだ。
18歳くらいの銀髪美少女が、開口一番で自分のことを女神と名乗ったときには俺の中でドッキリ説が再浮上してきたのだが、目の前でファンタジーな魔法を見せられては最終的に信用せざるを得なかった。
証明のためと実演してくれたのは防音の魔法、認識阻害の魔法、鑑定の魔法。
詳しい描写は省略するが、実際に目で見て本物だと確認した。
余談ではあるが、鑑定の魔法で俺の称号が「魔法使い」と出たことで信用したわけではないと主張しておく。
その後、本題である異世界旅行の話になった。
こちらはわからないことばかりなので、色々聞いた。
ここの内容もレッツダイジェストだ。
Q. 異世界ってどんなところ?文明レベルは?
A. 私が管理しているドラードは、地球で言うと中世の後期くらい。自然が多くていいところですよ!
Q. 観光って何をすればいいの?
A. 基本的に自由です。世界を旅して回るもよし、一か所に定住して過ごすのもよし。
Q. 現地の宿は自分で探さないとダメ?
A. 残念ながら。ただし宿については教会へ行けば便宜を図ってくれるはずです。
Q. 期間が80日間って長くない?
A. 再接続にはそれくらいかかるんですよねぇ。
Q. 現地に地球産の物を持ち込んで商売してもいい?
A. 旅行鞄に入る範囲なら認めますが、銃火器とかは勘弁してください。
Q. 女神様何歳?
A. ななひゃ……内緒です♪
Q. さっきの魔法とか、俺でも使える?
A. 地球では無理ですけど、あっちは魔素が豊富だから使えると思いますよ。
Q. 魔素って何ぞや?
A. 魔法の素みたいなもの。少量なら身体能力が向上したりするけど、多すぎると魔物発生の原因になります。
Q. 魔物いるんだ。結構多かったり?
A. え、えーっと。ここ20年くらいでちょっと増えたかなー、なんて……。
Q. ……数字にするとどのくらい増えたのかな?(ニッコリ)
A. じ、じゅうばいくらい?
Q. よーし、ちょっとそこを動くな?
A. え、何で私の頭を拳で挟んでるんで……痛だだだだだっ!
最後はQ&Aの体を成していなかった気もするが、まぁいい。
ちなみに昼間のファミレスで少女に梅干しを慣行するなど結構な大騒ぎをしている訳だが、他の客には気付かれていない。認識阻害と防音魔法超便利だな。
そして今に至るというわけだ。
「うぅ、ひどいです」
「一般人を危険地帯に放り込もうとしておいて何を言うか」
テーブルの対面から何やら涙目で恨めし気な視線と抗議がやってきたが、一言で切り捨てた。
最初はお互いに遠慮があり丁寧語でやり取りしていたのだが、今やこの有り様である。
腹の探り合いよりはよっぽどマシなので、気にしないでおく。
「それはその……、ほら日本の方って順応力高いじゃないですか。きっと何とかなるかなっと」
「アー、急ニ旅行ヘ行キタクナクナッテキタナー」
「そ、それだけはご勘弁を。128人に送って連絡をくれたのはお兄さんが初めてなんです」
そりゃ、あんな広告じゃあな。
引っかかってしまった身としては、128人の中で1番馬鹿だと言われた気がしないでもない。
とりあえず、元上司直伝交渉術、笑顔で威圧(レベル1)で情報を聞き出してみることにする。
「じゃあ、事情を話してくれるかな?(ニッコリ)」
「うっ、えぇと……その」
どうにも歯切れが悪い。
仕方がない、切り札を使うとしよう。
「デラックスチョコレートパフェ」
「!」
「季節のフルーツタルト」
「な、何を……」
「正直に話してくれたらプリンアラモードもつけようじゃないか。もちろん俺のオゴリだ」
「お客様に隠し事なんていけませんよねっ。何でも聞いてください!」
熱い手のひら返しである。さっきから店員が運んでいるのをチラチラ見てたの知ってるんですよ。
店員を呼んで注文を済ませ、運ばれてきたスイーツを目を輝かせて食べ始めたところで質問を続ける。
「で、魔物が増えている世界へ地球人を送り込む理由は?」
「魔物が増えているからこそ、他所の世界から人を招く必要があったのですよ」
「そこんとこ詳しく。生贄的な理由だったら断固拒否するぞ」
「生贄なんてとんでもない。そんなことしたら、私が地球の神々に八つ裂きにされます」
こえーな地球の神様。でもナイス抑止力だ。
「では何故?」
続きを促すと少し困った表情を見せた後、話し始めた。
「魔物発生の原因が魔素であることは先ほど説明しましたよね。原因はまだ不明ですが、ここ20年で世界全体の魔素量が急上昇していまして、それに伴って魔物の発生数も増えているのです」
「そして、このまま魔素の量が増え続けると私の世界は滅亡します。少なくとも人間が住める環境ではなくなるでしょう」
「そうなる前に魔素の総量を減らすため、私は地球の神々と契約を交わしました」
「地球人の旅行者を媒介して過剰分の魔素を地球へ引き取ってもらう契約。そして地球へ旅行者を無事帰還させる契約です」
おっと、思った以上にヘビーな話だった。
更に詳しく聞いてみると、どうやら魔素というのは濃度の高いところから低いところへ移動する性質があるらしい。
地球の魔素濃度はほぼゼロで、ドラードの魔素を多少引き取っても問題がない。
旅行者を移動させる際、地球とドラードの境界に小さな穴が開くことを利用して魔素を移動させる。
そして穴が塞がるのが約80日後。
帰るときにもう一度穴を開けることで効率よく魔素の移動を行うって寸法か。なるほど。
「ちなみに、俺が向こうの世界で死んだ場合はどうなる?」
「不測の事態に備え、最初に渡航する際にあなたの肉体のコピーを取らせていただきます」
死んだら魂を回収し、バックアップに移し替えて地球に戻すらしい。
その他にも、簡単に死んだりしないように特殊な能力を1つくれるらしい。チートかな?
「話はわかった」
聞きたいことは大体聞けた。
何を心配しているのかは知らないが、そんな不安そうに見ないで欲しい。
「異世界ドラードへの旅行、契約させてもらう」
契約なんて結局、相手のことを信用できるかどうか。
出会ってほんのわずかな時間しか経っていないが、この女神様との会話はとても楽しかった。
普通の人から見たら変かもしれないが、俺にはそれで十分だ。
危険な旅になるかも知れないが、この一時の対価と思えば安いものだ。
「……ぐすっ、本当ですか?」
「ああ。最悪死んでも戻ってこれるみたいだしな」
「本当に本当?」
「本当だって。ああほら、クリームついてるぞ。こっち向いて」
「……えへへ、ありがとうございます」
タルトを持っていた手で嬉し涙を拭うもんだから、クリームがべったりだ。
紙ナプキンで拭いてあげると、はにかんだ笑顔で礼を言われた。
「……」
「……」
いかん。30過ぎのおっさんにこの沈黙は耐えられない。
何か話題、話題を探さねば!
「そ、そういえば旅行の金額!あれを安くすればもっと人が集まったんじゃないか?」
送られてきた広告には旅費として7桁の金額が記載されていた。
本当に異世界へ行けるのであればむしろ安いとも言える金額だが、ポストに放り込まれた広告を信じるには余りにも高額だと言えよう。
かくいう俺も、10年間貯めこんできた貯金と退職金が半分以上吹っ飛んでしまう。
旅行の後に社会復帰すると考えると、おいそれと出せる額ではない。
「あー、天界にも色々あるのですよー」
露骨に目を逸らされた。
おのれ、この期に及んでまだ何か隠しておるな。
「よーし、ちょっと目を見て話そうかぁ」
両手で頬に手を当て、強制的に首をこちらへ向ける。
元上司直伝、笑顔で威圧(レベル2)のコツは、顔を挟んだ両手へ徐々に力を籠めていくことだ。
ほーら、あなたは段々不細工になーる。
「痛いです、痛いです。話しますから離してくださいー」
ギブアップしたので手を離してやると、乱れた髪を手櫛で直し始めた。
ちょっとやりすぎたかとも思ったが、先程は追及することによって重要な情報を得ることができたのだ。今回も何か重大な理由があるのかもしれない。
「これから話すことは、天界の機密事項です。くれぐれも内密にお願いしますよ」
女神様が真剣な顔で話し始めたので、覚悟を決めて頷く。
「実は天界では今、深刻な……」
「深刻な?」
「深刻な……日本円不足なのです!」
「何言ってんだこの女神」
こんなときどんな顔をすればいいのかわからないの。
ダラダラ書いてたらもの凄く長くなったので圧縮したのに、文字数が1話の倍ある不思議。
尚、プロローグがもう1話分続く模様。