第3話 ウェイク
主人公 佐藤冷治 高校2年生
杏奈 中学3年生。冷治の妹。
寺西 真 高校2年生。転校生?
虎山 咲 高校2年生 冷治の幼馴染
ゴボゴボ...
なんだ、ここは。
水の中?
周りは濁ったような汚い色の水で満たされていたのだ。
苦しく...はないな。
ただ、沈んでいくような...。
この水の中のような空間には他に何もないため、自らが沈んでいるのか、浮かんでいるのかはわからなかった。
ただ、本当にぼーっと、まるで寝ているかのようにそこに存在していた。
「やあ、こんにちは。」
下から声がする。
下を見ると、下から何かが浮かびあがってくる。
深いとこにいるため、影で真っ黒にしか見えない。
ここは、夢か?
やはりぼーっとしたままだ。
「ある話を聞いてくれるか?」
「...話?」
「ああ。あるところに、ぽつんとした一つの島があり、そこには島でたったひとつのとても仲の良い集落があった。そこでは、お互いが助け合いながら平和に暮らしていた。ある時に、そこに赤ん坊が生まれた。その子は村で一番力持ちの男と、一番優しい女の間の子だった。その男が、村長であったから、次の村長はその子でほとんど決まりのようなものだった。」
なんだ、この話は。
いったいなんでこんな話を俺に?
「ところがだ。その村の人々は体が大きかったり、力が普通の人々よりもはるかに強かったりしたために他の村の人々からは忌み嫌われていた。まあ、恐れられていたわけだ。
そして、ある日のことだ。村の男たちで狩りに行っている時に、突然集落は襲撃に会った。
女達しか残っていなかったが力が強いのは女も一緒だったので、なんとか襲撃されたのを追い返せはしたのだが、ここで一つ悲劇が起こる。」
誰かが殺されでもしたのだろうか。
下から上昇しだんだんこちらに近づいてくる影の塊は話を続ける。
「次期村長候補のその赤ん坊がその時に攫われてしまったのだ。
偶然か意図的かはわからんがそのショックは大きく、村の男達総出で近くの村から片っ端に襲撃していった。
彼らの村の風習として、男達は彼らの村での腕っぷしの強さに応じて、赤色から青色の刺青を全身に施し、赤に近づくほど強いという証にしていた。そして結婚をした女はその男と同じ色の刺青をし、少年たちは19歳になると儀式として、山に一人で入り、猪を一人で仕留め、その角を持ち帰ることで自らの強さをアピールし、その長さによって刺青の色が決まるという方式だった。」
「それだと、例えばもし一番腕っぷしの強いやつが大きな角を持つ猪と出会えなければ青色とかになっちゃうんじゃないの?」
お、興味を守ってくれて嬉しいぞ。といったような笑い声が下から聞こえる。
「いいや、それはなかった。
なぜなら、彼らは動物と自由に会話ができたのだ。
故に、動物に、自分と戦うのに相応しい猪の場所を教えてもらえるように聞くことができた。
無論、猪に喧嘩を売るように雄叫びをあげて、奴らを呼び寄せることができたのだ。」
「へー。」
「...話を戻すぞ。
そういう訳で手に入れた角を使い自らの兜を作り、体の刺青とその兜を被ることによって彼らは敵を威嚇し戦った。正々堂々1対1を望むものを好み、無論それに応えた。
村のものの中で定期的に喧嘩をする機会があり、それで勝ったものは相手の色と兜、妻や子供すら奪う権利を得たので、完全なる実力社会ではあったが、他者を思いやる精神は全員が持っていたし、思いやりや優しさは力自慢のその村の、もう一つの誇りだった。
...おっと、少し本題に戻そう。
そんな村の団結力から、村は総出でその赤ん坊を探した。
先ほど襲撃といったが、赤ん坊を探したいだけなのにやはり怯えた他の村のものが戦いを挑んでくるので仕方なく応戦するしかなかっただけだった。
しかし、赤ん坊はどれだけ探しても見つからなかった。」
最初は教訓じみた面白くない話が流れるのだと思っていたが、不思議とこの話の面白さに取り込まれていた。
「そんなある日。
どこかの村で、彼らの村を討伐しようとしている少年がいるという噂を聞く。
無論、勇ましい彼らのことだ。恐れはせず、むしろわくわくしていた。
そしてそんなある日。
とうとうその少年が村に到着する。彼は、犬などの動物を操り、村を奇襲した。
その時、村の者たちはわかってしまったのだ。
彼が...」
「攫われた子供だったってことね。」
「...その通り。
無論彼らが必死にそのことを説明しようと、その子が聞き入れるはずもない。
なにせ攫われたのはまだちいさな赤ん坊の頃の話。記憶もなかったのだろう。
そしてその子は見事に力強く成長していたのだ。村の連中の文句なしに誰よりも強かった。
ただ一つだけ、彼は体が普通の村の者よりも小さかった。それは、彼が赤ん坊の頃に、おそらく村の女の母乳が飲めない環境にあったことが原因であった。
とにかく、動物達の攻撃など痛くも痒くもなかったが全力のその子を、傷付けず捕らえようとした村の者達が敵う訳もなかった。
だが、それでも誰にだって限界は来る。そろそろ力尽きそうになっているその子に、彼らは情けをかけ、負けたふりをした。
正々堂々がスローガンの彼らには耐え難き屈辱ではあったが、その子を見つけられただけでも彼らはなんとか耐えられたのだ。」
物語はおそらく終盤だろう。
続けてくれ、と沈黙で促すと話は再開した。
「それから、彼らはもう2度と他の村を襲わないということと、彼らが住んでいる村から漁以外で出てはいけないという誓約を結んだ。破ると呪いで村の全員が死ぬという...今では信じられんかもしれんが当時は信じられていた呪いの契約を結んだのだ。
そして、彼らの村にあった財宝は全てその少年に引き渡され、村の監視という名目で少年が数ヶ月に一度やってくるという約束もした。この契約は村にとっては好都合で、少年はそれから村にやってくる度、少しずつ彼らの話に耳を傾けるようになり、彼らに心を開いていった。」
少年は戻ってきてめでたし、めでたしといった話か。
「そんなある日。いつものようにその子が村にいると、他の村の者たちが訪ねてきた。
彼らが優しい者達であるとわかったので、今までの非礼のお詫びに、酒盛りがしたいと。
気前のいい彼らのことだ。もちろん返事は快諾で、他の村から次々と、酒や油などの食料が運び込まれた。
そして、酒盛り当日、約束の時間になっても、肝心の客である他の村の者達が来ない。
今か、今かと待ち侘びていると、船が何艘もやってきた。
やっとか、といって見ているが何やら様子がおかしい。
一向に上陸せずに、むしろ村の周りを取り囲んでいくではないか。
そして、次の瞬間、空に無数の火矢が舞ったのだ。
そう、彼らは村を信用してなどいなかったのだ。用意した酒や油に引火し、彼らの村や島は燃え盛った。
脱出しようにも船はいつの間にか破壊されており、そもそも呪いの契約により彼らは出るという選択肢は無かった。」
だんだんヒートアップする話の内容とともに、下の影も語調を荒げていった。
あたかも身内の話であるかのように。
「そして、最後の瞬間にもその村にいた少年はもう助からない実の父にあるお願いをした。
彼の体はこれ以上ないほど真っ赤に彩られ、父の兜をもらった。
そう、彼は最後に自らを彼らと同じようにしてもらったのである。
彼の小さな体が幸いし、村で使われていた桶に入ると、彼は村のみんなに誓った。
自分が皆の仇をとると。
そして、桶を濡らすことで炎を突破し、ほぼ重症の火傷を追いながらもなんとか外に脱出できたのである。」
なんだこの話は。
全然終着点が見えないぞ。
下から昇ってくるそいつは以前表情が見えず、不気味なままだ。
「だが、だ。食料も持ち出す余裕がなく、おまけに体は重度の火傷。
服は燃え尽き体には容赦なく潮が吹き付ける。
いくら強い少年でも、生きる望みはほとんど無かった。
とうとう船は荒波により転覆し、焼け尽くした肌は海水に揉まれ、空腹でひどい寒さに覆われながら、酸素すら失った。それでも、彼は最後まで弱気にはならなかった。
最後まで、みなの復讐という任務を忘れずに、自分を襲う、おそらく自分しか体験しないほどのまさに地獄そのものに屈することなく、目は復讐の炎を宿したまま彼は死んでいった。」
だんだん眠くなってくる。
これは、話がつまらないからではない。自分と下のやつとの間が小さくなるにつれて、意識が遠くへと行きそうになるのだ。
「上をよく見ろ。」
下のやつが言う。
そこには、見知った柔道部の男子生徒の怒りのような、怯えのような表情が見える。
水面というのは普通は上から見る者ではあるが、
俺は今、水面を間違いなく下から見ていて、そこにその景色が映し出されている。
「お前は沈んでるんだよ。今さっきからずっとな。」
さっきより近くなった気のするその声に思わずゾッとする。
そして、そうだ。だんだん思い出してきた。
「お前は誰なんだ!ここはどこだ!俺は今どうなってるんだ!」
おそらくはこの眠気に負けた瞬間俺は死ぬような気がする。
直感でそれを感じ取った。
「お前と俺が、これから10秒程度で通り過ぎるから、それまでに俺の質問に答えろ。
ちなみにそれまでに答えられなければお前は死ぬ。」
聞きたいことは山ほどあったが、やはり直感で感じたのだ。
今はこいつの言うことに従った方がいい。
「なんだ!!!?」
おそらく上に行く奴と下へ落ちる俺はこいつの言う通りすれ違うし、多分その時を境に俺の意識は落ちる。
そんな気がした。
「お前は、他者を食らい生きる獣になるか。
それとも他者に食らわれながらもそれに媚びる肉となるか。」
ひどい質問だ。
ほとんど誘導尋問のような問いじゃないか。
「早くしろ!どっちだ!?」
「俺は、獣でも悪魔でも鬼にでもなんにでもなってやる。
死んでも肉にはならねえ!!」
意識が朦朧とする。
そんな中でもやはり落ちている?いや、沈んでいる。
底知れぬ深海のような場所へ。
と、自分が沈むのを理解しながら同時に、黒い何かはやはり反比例して上に浮上してくる。
薄れゆく意識の中で、そいつと初めて向き合う。
ああ、お前だったのか。
「よく言ったな、冷治!」
目の前の、そいつはそう言って昇っていく。
血が固まっていたのだろうか。
そこかしこが赤黒い何かに覆われ、海藻が絡み付いていたり、空洞が空いていたり、ぼろぼろだった。
ただし、彼の頭の立派な角のついた帽子は威厳を保ち、かろうじて残った肌は、真っ赤に染まっていた。