第2話 悲壮
主人公 佐藤冷治 高校2年生
杏奈 中学3年生。冷治の妹。
寺西 真 高校2年生。転校生?
虎山 咲 高校2年生 冷治の幼馴染
一瞬の時の静止は、悲鳴と共に動き出した。
最初は何事か分からなかった後ろで宿題をしていた男子達の顔が固まる。
「キャー!!」
叫んでおけば良いと思っている訳では無いだろうが、恐怖で思考回路が固まってしまったのであろう女子達は各々の叫び声を止まさず響かせていた。
なんで、あいつが...?
いや、というよりこの状況がよくわからん。
なんだこれは。
転校初日のやつがなんで人にナイフ向けてんだ?
やばい、死ぬ気しかしない。
人は死にかけた時に本性が出る。
例えば、さっきまで騒いでいた男子は黙ってフリーズしたまま動かないし、いつもは黙っている大人しいメガネをかけた女子はブツブツと独り言を念仏のように呟いている。
善い人のイメージがあった、筋肉質の男子の学級委員長は、友達の後ろに隠れてガタガタ震えている。
にっこり笑うと、真は俺の方を向く。
「いやあ、冷治君。僕は気づいてるんですよ。君が気づいてないことにもね。」
は?
なんでこの状況でこいつはそんなに冷静に俺に話しかけてきてるんだ?
「とりあえず、俺が興味あるのはこいつだけだから。」
そう呟くと、他のクラスのメンバーが思考の早い順に少しずつ生の可能性を感じ、勿論緊張しながらも、ある程度落ち着いた顔となる。
なんで、俺なんだよ...。
というか、俺にしか興味ないなら、なんであいつを殺したりなんか?
「...ということで、冷治以外全員殺します。」
その声を聞き、また思考の速い人から絶望の表情に変わっていく。斑にいるのでウェーブではないが、点々と変わる顔は一種のアート性を感じた。
がちゃんっっ!!!
一か八か。それを狙ってか、一人の男子生徒が真のいない側のドアからの脱出を試みる。
確かに、ナイフしかないなら、攻撃範囲から外れた場所からの脱出は理にかなっている....。
はずだった。
パンッッ!!
乾いた音が響き渡った瞬間、彼の体は少しの痙攣を起こしながら、ドアに倒れ込みドアの前に血溜まりを作った。
「えっ?」
そのドアに一番近かった女子が、思わず声を漏らす。
彼女が彼を見ると、眉間の少し下に穴が開いている。そこからは、血がとめどなく溢れていた。後頭部まで突き抜けたのであろうか、彼女の制服のスカートは赤色に染まっていく。
「いゃぁぁぁあぁぁぁあ!!!!」
悲痛な叫び声が聞こえる。
他の人の息すらも聞こえない。
ただ、彼女が狂ったように叫び続けている。
「あーあー。音がでかいからあんまり使いたくないんだけどなぁーこれ。拳銃ね、逃げようとした瞬間に今みたいに殺します。襲ってきても無論殺します。」
拳銃?
ははは。狂ってる。
何で、この国でお前なんかがそんなもん持ってんだよ。
反則だろ。
FPSゲームをしていると度々拳銃はバカにしてしまう。
しかし、今ならわかる。
それに登場する全ての武器が人を一瞬で殺傷可能なのだと。
横を見ると、咲が隣ですすり泣いている。
声をかけてやるなんて到底できる状況じゃなかった。
「とりあえず、みんな自分の席についてくださーい。
はい5、4、3...」
腰が抜けていたりカップルが抱き合っていたりという状況で、慌てて各自の席に戻る。
ひとりの女子が腰が抜けていて立てないらしく、ガクガクと震えながら席まで這って進んでいた。
まずいぞ。
このままだと。
「2...」
動け!おれ!
助けてやれ!
席ならわかるし、そんなに遠くない!
動け!
動け!!!
横の席からガタンッッという音がしたかと思うと、ものすごいスピードで、飛び出していき、女の子に駆け寄り、引き摺り出した。
咲!!!?
ばかあいつ!!
「1....」
女の子を座らせるとものすごいスピードで切り返して着席を目指す。
間に合え!!
「0。」
という真の声の少し後に着席する。
やばいやばいやばい!!
「今のはぁ...」
心臓が鼓動で胸から出てきそうなほど暴れる。
「...まぁ、いいや。ぎりセーフってことで。」
危なかった。
こんな状況でも人を助けるのかこいつは。
俺は心の底からこの幼なじみを尊敬した。
「じゃあ今から一番近い人から順に殺していきます。今までと変わらず、逃げようとしたり襲いかかったりしても殺します。」
なんだよ、それ。
結局助からないんじゃんか。
「ただし、ね。一つだけ助かる条件があります。」
条件?
嫌な予感しかない。
「佐藤冷治を殺してください。そしたら、冷治君以外は生きて帰れます。」
.....。嘘だろ、おい。
「いやいやいや、冗談だろ?」
それに答えるかのように、にこりと笑うと、一番近くの席にいた男子生徒の喉仏の辺りに、さっとまるで素振りのようにナイフを振った。
ぷしゅうううううぅぅぅっっっ
という血飛沫がまたしても上がる。
ただし、もう悲鳴すら上がらずに、ただ「いっっ」というような小さな声が発せられた。
「ちなみに、その為なら席から立ってOKだよ。」
はは、ははは。
悪い夢でも見てるんじゃないか?
早速前に座っていた男子が俺に飛びかかり、手を後ろで高速するように、肩から抑え込んだ。
「今だ!!誰かやれ!!」
ああ。
教室のほぼ全員が立ち上がる。それ以外は頭を抱えてうずくまったり、気絶しているのだろう。
ガタイのいい柔道部の男子がこちらに近づく。
「なあ、冷治。俺たちのために死んでくれ。」
なんだよ、これ。
なんでこんなことになるんだよ。
その男子は俺の首に両手を当てると、そのまま...
「やめてっっっっ!!」
その手にタックルをかましたのは、明らかに柔道部の男子には負ける少女。
心のどこかでやめてほしいと思いながら、待ち侘びていた存在だった。
「咲ぃ...。」
横にいる少女はまるで処刑される前のジャンヌ・ダルクのような凛々しさを持って立っていた。
もうやめてくれ。
「おい、誰かこのバカ女抑えろ。」
「おう。」
他の男子が拘束に入る。
まずい!!
...そうだ。
どもそも教師は何をしてる。
さっきの銃声が聞こえなかったはずがない。
もう少しで誰か来るんじゃないか?
真がそんな考えを見透かしたかのように話す。
「ちなみに援軍は来ません。ここに繋がる階段やエレベーターには火を放ってます。
大体変だったでしょ、他のクラスの人や教師が来ないの。」
くそ!
確かにそうだ。
極度の緊張状態で全く聞こえなかったが、今ならこの火災報知器の音に気づく。
「話しなさいって!!」
咲が暴れるが、男子の腕力には敵わない。
暴れた中で、他の男子の顔にクリーンヒットする。
「...痛えな。」
そう呟くと、そいつは咲を殴り始めた。
「やめてくれ!!」
「本来なら君が次に殺す人だけど、ミッションに対する参加態度に免じて、後に回してあげよう。」
そう呟くと、真は、席から動けずに気絶している男子生徒の頭に拳銃を向け、容赦無く引き金を引いた。
ああ、くそ。
ここでは、命を奪おうとするものが助かり、奪えないものが死ぬ。
咲を殴っていた男子が徐々にアドレナリンが出て止まらなくなったのか、さらに暴力を加速していく。
やめろ、やめてくれ。
「じゃ、気を取り直して。じゃあな。冷治。ごめんな。」
首が一気に閉まる。
...なんだよ。
ごめん、だって?
そう思うなら今すぐその手をどけろよ。
結局、自分が大事なだけじゃねえか。
他の奴らもそうだ。
周りを取り囲んで、自分だけは手を下さず生き残ろうとしている。
一番の卑怯者だ。
...だけど。
俺にはそれをどうにかする力がない。
俺自身のこともどうにかできないんだ。
俺のために立ち向かって、今も殴られている最高の幼馴染を助けにいくことなんてできるわけがない。
思えば、いつもこいつは人のことを考えてた。
子供の頃からずっとだ。
友達がいなかった引っ越してきたばかりの俺に声をかけてくれたのも、いじめられていた同級生の女の子を一人で守ったのも、今だってそうだ。
俺はお前をずっと、口には出さないが一番尊敬していたんだ。
それなのに、なんだ。
こいつらは。
自分のことだけ考えて、人を手にかけることも厭わないでいるのか。
狂ってやがる。
これじゃ獣と同じだ。
俺は、違う。
俺は、あいつみたいに最後まで、人のまま死のう...。
ドンッッッ!!
思いっきり首を絞めている男子の顎を蹴りつける。
急に食らったアッパーに、男子がよろめく。
嫌だ!!!!!!
死にたくない!!!!
なんで優しい咲や俺が苦しんで、こいつらが生きるんだ?
ふざけるな!!!!!!!
こんなの間違ってる!!!
「てんめえ、もう諦めろや!!」
復活したのか、柔道部のその男子がこちらに近づき、拳を振るう。
ガンッッッッ!!!
頭がぐらぐらする。
やばい、もう何も考えられない。
薄れゆく意識の中、左に目をやると、完全に狂った顔で、咲を無数に殴っている男子生徒が目に入る。
拳は赤黒く染まり、顔は真っ赤になっていた。
くそ...。
咲....。
やっぱりお前みたいにはなれなかったわ...。
俺はやっぱり、人のためなんて思えない。
こいつらを許せたりしない...。
死にたくない。
こんなとこで死にたくないよ...。
俺がこいつらをぶっ飛ばして、真を止められるほどの強さがあれば、お前も救えるのにな。
俺は、無力だ...。
首を絞められるのが再開する。
あぁ、ここで死ぬのかよ...。
意識が遠のく。
「こりゃ、死んじゃったかな?」
真の声が最後に聞こえる。
咲...。
そして、おれはゆっくりと、深い深い暗闇へと沈んでいった。