96.ツーマンセル+……?
一旦、陽司に退室してもらってから、古川先輩に聞いてみる。
短時間ではあるが、陽司に対する印象はかなりいいはず。
「まだ言ってませんけど、あいつにも協力してもらおうって考えてるんです」
「……この前、話したこと?」
「えぇ。あいつ自身、柏木先生には思うところがあって、色々調べてるんです。
だから、今回のことの情報共有であるとか、そういったことをしようかと。
決定権は先輩にあります。ただ、失敗した時の責任は俺が取ります。
……いかがでしょうか?」
決定権を与えるというのは、同時に何か起きた時の責任も負わせることとなる。
俺は、そんな無責任なことはしたくない。
もし失敗した時は、停学覚悟で物理的に柏木をボコってやる。
もっとも、責任を取るって言うのは捨て身になることじゃない。もっと重く、地道なこと。
そうは知っているが、俺はそれ以上に『責任を取る』と形容できる行為を知らない。
……結局は、無責任ということから逃れることはできないが。
「……藤田くんの、友達なんだよね。それなら信じる」
「ありがとうございます。じゃ、陽司呼んできますね」
決めてくれたなら、全力で報いるまで。
俺と陽司で、絶対にこの問題を解決してみせる。
「……という訳で、柏木のババアは完全に色ボケしてる。
早いとこしょっぴかねぇと、俺もヤバいってことなんですよ」
「柏木先生が、透くんを……」
古川先輩も、覚悟を決めてくれた。
現実をしっかりと認識し、どうすればいいかを考える。
自分の担任……柏木先生を、どうすればいいのか。
「同じクラス内で仲間を作りたいところですね。
俺らは先輩と学年違いますし、そこまで頻繁に来れませんから」
「俺はともかく、陽司は部活あるしな」
「とりあえず、連絡先共有しません? いつでも相談できる態勢をとりましょう」
「うん、そうだね」
「先輩、こういうSNSあるんですけど……」
陽司に乗じて、俺もメルアドとSNSのIDを交換。
SNSは使ってなかったみたいだけど、アプリ自体はインストールされていたから、
これからはメッセージで隠密に連絡が取れる。
「まず、先輩にお願いすることがあります」
「私に?」
「この件、絶対に透を絡ませないで下さい」
「……透くん、を?」
それは確かに重要だ。けど、俺より先に陽司が言うとは。
あいつ絡ませたら、ほぼ確実にマイナスにしかならん。
カッコつけるだけで何もしないか、出しゃばって余計な事される。
ただ、それを直接伝えたら、辛い思いをさせることになる。
「その……あんまり、広めるようなことでもないですし。
特に、透には心配かけたくないですよね?」
「……うん、そう思ってた。透くんに心配かけちゃって、負担になるのは嫌だし」
「なら、この話題は透に言わないように。
透がいなくても、俺と怜二がいます。解決するのは俺らに任せて下さいよ」
ナイス察し。そしてナイス話術。
ここでは俺らに意識を向けさせ、透を思考からスルーさせるのが一番いい。
それに、あいつがクズだっていうことは、仮に伝えるとしても後々。
この問題をどうにかするに当たって、先輩のメンタルは安定していた方がいいし、
自然に透を絡ませないようにできる。
「……ごめんね」
「何が?」
「二人に、迷惑かけちゃって……」
「言ったはずです。これが迷惑だなんて思ってませんし、俺は感謝される方が好きだと」
「先輩。人並みの幸せを享受する権利は誰にだってあるんです。
先輩は、大切にされていい……いや、大切にされるべき人ですから。
俺らが先輩を大切するように、先輩も自分を大事にして下さい」
「……二人とも、ありがとう」
この問題は、かなり根深い予感がする。
だが、今回は頼れる仲間がいるし、先輩の信頼も得て、幸先のいいスタートが切れた。
後は相談と計画、立案と実行。それぞれでベストを尽くし、目的を果たす。
じゃ、頑張るか。
その日の夜、電話がかかってきた。
早速古川先輩から……かと思ったが、発信者の名前は『水橋』
いつも通りの会話になりそうだ。
「はいもしもし」
「こんばんは、藤田君。相談があるんだけど、いいかな?」
「おう。何だ?」
「体育祭であったことなんだけどね」
(体育祭で……もしかして)
そういえば、柏木先生への最初の報告は水橋に任せてたっけ。
ということは……
「体育祭の時、熱中症で……えっと……名前分かんないけど、先輩が倒れたよね?」
「あぁ。古川先輩な」
「そっか。で、回復してからボク、柏木先生に報告しに行ったんだけど、
何かおかしかったんだよね」
「どんな感じに?」
「どう言ったらいいかな……先輩のことを心配してるようには見えなかった。
むしろ、迷惑がってるみたいな感じで」
そうなるよな。俺と陽司の場合と水橋の場合とで、変わる理由は無いだろうし。
一貫して、柏木先生は古川先輩を目の敵にしているらしい。
「あと、ボクのことも色々言われたんだよね。
『あんたみたいな顔してる奴の話なんて聞きたくない!』とか。
……ボク、そんな顔してるのかな?」
……あー、そっか。容姿端麗な女子を片っ端から例のノートに書いてるとすると、
水橋の名前も間違いなく書かれてるだろ。
「そんな顔してねぇよ。柏木先生の嫉妬だ嫉妬。水橋はめっちゃくちゃ可愛いっての」
「っ……藤田君、そこまでストレートに言われると、なんか、その……」
「悪い。言い過ぎ……あぁいや、正直な気持ちではあるんだが、いや、えっと……」
「ううん、嫌な気持ちになった訳じゃないから。
恥ずかしいけど、褒められるのは嬉しい」
危ないというか、やらかした。
最近緩んでるよな、本当に……
「何となくだけど、柏木先生って何か隠してる気がするんだよね。
ボクに対しても何かあると思うけど、主に古川先輩に対して」
その推測は合ってる。まだ、隠してることがあるだろう。
俺と陽司はその線で動いているし、古川先輩もそう思っているはず。
(これはどうしよっかな)
水橋も、柏木先生に関わった一人ではある。
だが、柏木先生から嫌われてるとすると、危険度が段違いだ。
「気にするな」とだけ言って、今回の問題には関わらないようにさせるか、
「気になるか?」と言って、今回の問題への協力を頼んでみるか。
正解は……
「ねぇ、藤田君。ボクにできることってないかな?
このままにしてたら、大変なことが起こる気がするんだ」
どちらでもない。水橋は、この問題を解決することを願っていた。
なら、答えは決まりだ。
「明日伝えるから、待っててくれ。水橋に出来ることもあるからさ」
「うん、分かった」
返答の声を聞いた後、電話を切る。
俺はすぐに、陽司へとメッセを送った。