93.予感
体育祭の振り替え休日明け、俺は古川先輩の下へと向かった。
調査の前に、まずは先輩の体調確認と、ついでに少々。
「おはようございます。2年1組の藤田と申します。
古川先輩に用があるのですが、いらっしゃいませんか?
古川先輩のクラスを、実際に見てみる。
ほんのちょっとの時間でも、ある程度の感覚は掴めるはず。
「古川、呼ばれてるぞ」
「えっ? ……あっ、藤田くん」
先輩は本を読んでいた。
本当に、暇さえあれば何かしら読んでるんだな……
「読書中すみません。ちょっと、いいですか?」
「うん。何、かな?」
雰囲気は普通だな。先輩に声をかけた男子も普通だったし。
これだけだと、浮いてるっていう感じはしない。
「この前の体育祭の後、お身体の調子はいかがですか?」
「うん。点滴打ってもらって、しばらく休んだらよくなった。
ごめんね、私のせいで……」
「先輩が謝る必要なんてないですって。それより先輩、
この他にもお話したいことが色々あるんですけど、放課後大丈夫ですか?
ちょっと長くなるかもしれないんで、まとまった時間を頂きたいんですが」
「放課後なら、大丈夫。いつも通りだったら部室にいるから……」
「分かりました。では、放課後にまた」
事を考えると、じっくりと時間をかけた方がいい。
陽司は……部活がかぶるか。1対1だな。
何事もなく放課後を迎え、文芸部の部室に辿り着く。
そういえば、他の部員っているのかな。古川先輩以外に見たことないんだけど。
「失礼します」
「いらっしゃい、藤田くん。……お話って、何かな」
もしかしたら、かなり深いところで絡み合っている問題かもしれない。
心情的にも、慎重に、一気に踏み込まないようにして聞かなければ。
……とはいえ、最初に明らかにするべきは、かなり踏み込んだ内容だが。
「1000m走を押し付けられた件で少しばかり。
あまり思い出したくないこととは存じますが、聞いて頂けますか」
「うん、いいよ」
「それでは。柏木先生なんですけど、どうやら押し付けた人が誰かは知ってるみたいです」
「え……?」
一つずつ、一つずつだ。俺と陽司が知った事実は色々とある。
一つのことを理解しないまま話を続けたら、先輩はパニクる。
そうなったら情報も引き出せないし、何より先輩に辛い思いをさせてしまう。
「先輩にそれが誰かを教えなかった理由は分かりません。
……ここまで、いいですか?」
「そんな……先生、何で……?」
困惑してる。それも当然だな。
有り体に言ってしまえば、自分は嘘をつかれたということになるのだから。
ここは一旦、間を取ろう。
たっぷり3分、時間を取って。
「続けて、宜しいですか?」
「……うん」
落ち着きを取り戻したことを確認して、話を続ける。
「故あって分かったんですが、押し付けたのは先輩のクラスの中の誰かです。
先生は、古川先輩からの許可は取ってあるとも言っていました。
体育祭前に、そういったことがあった覚えはありますか?」
「全然、ない。そもそも、クラスの皆と話したことも、あんまりないから……」
(ふむ……)
その生徒が嘘をついたのか、それとも柏木先生がでっち上げたのか。
可能性は、色々と考えられる。
クラスメイトにどんな奴がいて、いつもどんな雰囲気なのか。
クラスカーストはどういう構造で、どんなグループができているのか。
現段階では、情報が足りなさ過ぎる。この辺はサルにでも聞いて……
(そういえば)
体育祭の昼食時間で、サルが零した話を思い出す。
柏木先生は見た目で人を判断する。そのせいで、おかしなクラスカーストができた。
翔も、先生は美人な女子に当たりがキツいと言っていた。
それらが事実だとすれば、パッと見は地味だが、実は凄く美人という古川先輩は、
ターゲットとして考えられなくも……!
(ターゲット……)
自然に『ターゲット』という単語が出た自分に驚いた。
『そんなはずない』、という否定が反射的にでるが、後に続くのは『でも』。
そして最後に。
(否定は、できない)
柏木先生が、何かを企んでいるとしたら?
嘘をついたのは確定している。体育祭の時の振る舞いも不自然。
何かがある、という可能性は高い。これを聞きたい。
だが、「柏木先生って、何かおかしいことしてませんか?」なんて聞く訳にもいかない。
ここはなるべく遠まわしに、雑談的な味付けをして……
「ところで、柏木先生から連絡とかありませんでしたか?
倒れられたことですし、さぞかし心配されて……」
「無かった」
「え?」
「連絡なんて、無かった」
空気が変わった。まるで、八乙女が俺に悩み相談をする時みたいに。
ただ、それとは明らかに違うものも感じる。
先輩の目に、光が無い。
感情のない人形のような、冷え切った瞳。
(マズったか……?)
踏み込みすぎてしまったか? 柏木先生の話は、まだ早かったか?
一時撤退……いや、この状態の先輩をそのままにはしておけない。
けど、どうすれば……?
「藤田くん」
「……何でしょう?」
行動を迷っている間に、先輩が声をかけた。
さっきと同じ、平坦なトーンで。
「私、嫌われてるんだ」