91.水橋式センタリング慰安法
前半の種目が終わり、昼食の時間。
中間発表によれば、1組の順位は現在3位。差も殆どないダンゴ状態で、
どの組にもまだまだ優勝の可能性があるとのこと。
現実的には最下位とかブービーは離されてるだろうけど、
3位なら十分、総合優勝は射程圏内だろう。
「にしても、おかしな話だな」
今日は俺も、母さんから弁当を持たされている。
いつものメンバーで弁当を食べていたら、さっき起きたことの話題に。
「自分とこのクラスの生徒が倒れて、しかも男に襲われた。
それだけのことが起きたってのに、うっとうしいみたいな扱いって」
「でもたまに聞くぜ? 柏木のオバハン、女子に当たりキツいって。
特に美人な女子に対してそうらしいから、妙な噂も結構ある」
「アドベンチャーゲーム的には確実に黒幕だな。先輩の美貌に嫉妬したというとこか」
「ぶっちゃけその線も否定できないんだよな」
翔からは中々に有益な情報が入手できた。
秀雅は相変わらずだが、考え方としては悪くない。
とりあえず、こういう時に聞く相手は決まっている。
「サル、柏木先生に関して知ってることってあるか?」
「翔の言う通り、いい噂はねぇな。典型的な決め付け系オバハン教師。
門倉をそのまま成長させて教師にした、って考えると分かりやすい」
「いいんちょの教師版とか、それもう地獄じゃねーか」
「人を見た目で判断するなって言う癖して、本人は見た目で判断しまくってる。
そのせいでおかしなクラスカーストができちまってる。雲雀先輩はその被害者だ」
教師がクラスの和を乱す、或いはおかしな空気にする原因となっている。
そういう事例は、決して少なくない。
必ずしも、教師は生徒の味方をするとは限らないということを失念していた。
もしかすると、古川先輩の人格形成にも影響しているかもしれない。
透に依存する自己否定の精神が、そこで作られたとしたら……
「何にせよ、藤やんも陽司もお疲れ。あと水橋も行ったか。
俺も行くべきだったか?」
「いや、3人もいれば十分まかなえる。気持ちだけ貰っとくよ。
透の野郎みたいなことするつもりなら、タダじゃおかねぇけど」
「いくら俺でもぶっ倒れてる相手襲う真似はしねぇよ!
俺が求めてるのは『合意のあるエロ』だ!」
「声を大にして言うことか」
「蹴っとく?」
「黄金の右はご勘弁!」
体育祭の最中は、競技に集中しよう。
この問題の解決は、体育祭が終わってから注力するか。
「やあやあ藤田君! 自分の代わりに二人三脚に出てくれてありがとう!
その恩義は、このリレーで返そうじゃないか!」
最終種目のスウェーデンリレー前に、腹痛起こしてた橋田が復活。
第三走者のこいつが抜けるのはかなり痛いから何より。
本人曰く「出すモノ出し切ったから心配ない!」とのこと。
「エネルギーを蓄える為にちょっとばかり食べ過ぎたな!
流石に焼肉10人前は無理があったよ!」
「フードファイターかお前は」
「この肉体美にいくらかけたと思っている!」
「ポーズとらんでいい」
スポーツをやるよりボディビルダーとか目指した方が良さげだな。
うちの学校にはそういった部はないけど。
「まぁ、俺の役目は繋げることだけだし、捲りは任せたぞ」
「任された!」
走行距離の1割しか走らない俺に対して、後続の3人は担当距離が長い。
俺はとにかく、スタートダッシュとバトンパスだけ注意しておこう。
「ごべんね゛~~~~~!!!!!」
スウェーデンリレーは、結果だけ見れば完璧だった。
男子はスタートから徐々に順位を上げ、アンカーに繋いだ時点で独走体勢。
陽司が大差をつけてゴールを駆け抜けた。
女子もアンカーの水橋が怒涛のごぼう抜きを果たし、最後は僅差で辛勝。
後は3年生がどうなるかによるが、総合優勝に大きく近づいた。
(とはいえ、やっぱり辛いよな……)
謝り倒しながら号泣しているのは、女子の第三走者、宮崎陽奈子。
コーナーで転倒して、大きくタイムロスをしてしまった。
その間に追い抜かれ、バトンを渡す頃には最下位転落。
しかし、そこからの水橋の走りは最早一人だけの早送り映像。
あっという間に5人抜き去って猛追すると、最後の一人を抜いたところが丁度ゴール。
結果として、順位は下がらなかったのだが……
「だ、大丈夫だって! 1位とれたんだからいいじゃん!」
「でも、私がトチったせいで、もしかしたら……!」
「いやそうかもしれないけど……」
「ちょっ、美香!?」
「ごべんね゛~~~~~!!!!!」
「あぁもう何やってんの!」
「ごっ、ごめん! 陽奈子は悪くないから!」
責任を感じ、泣きに泣いている。同じリレーの走者が慰めるも、収拾がつかない。
気持ちは分かる。俺が同じ立場だったら泣くまではないとしても、落ち込んでる。
どうにかしたいところだが、ほぼ無関係の俺が入ってもこじれるだけ。
黙って見ているしか……
「…………」
(えっ?)
水橋が、号泣している女子とそれを慰めている女子の輪に近づく。
これに加わるのか? かなり難しいぞ。誰に一番責任感じてるかってなったらお前だ。
どんな言葉をかけても、悪い方にしか……
「宮崎さん」
「な゛に゛~~~~~?」
「いい、演出だった」
「……ふぇっ?」
まさかの、サムズアップをしながら。
慰めですらないことが、水橋の口から出た。
「おかげで、面白い勝負になったし、変な空気にならなかった。
……さっきの茅原君みたいな」
「おいおい? それは随分な言い草じゃねーの水橋ちゃーん?」
「あれはやり過ぎ。みんな応援適当になってた」
「うーん、確かに! 何の言い訳もできんわ!」
慰めではなく礼にして、そこから陽司に繋げて小馬鹿にする。
このパスを受けた陽司は、軽くふざけた後……
「つー訳で、お前は何にも悪くねぇどころか、いい仕事したよ。
泣くなとは言わんが、胸張って立て!」
「……うん!」
綺麗に、纏め上げた。
(……マジか。すげぇ)
上級会話スキルを、見事に使いこなして見せた。
水橋……お前、いつの間にこんなことまでできるようになったんだ……?