90.ブチ切れ
陽司の想定していた、最悪の可能性が現実に。
古川先輩は、熱中症になっていた。
「先輩! 先輩! ……ヤバい、意識ねぇ! 怜二、救急呼んでくれ!
ここからなら、体育委員テントの電話が一番近い!」
「了解!」
9月だって十分暑いし、今日は日射しガンガンの炎天下。
こういうことが起きるリスクは十分にあった。
起きちまった以上は仕方ねぇ。全力で対処するしかねぇ!
「熱中症一人出た! 救急頼む!」
「え、熱? 何て?」
「熱・中・症! 意識ねぇから救急車呼べっつってんだ!」
「マジっすか!? 先生、電話!」
「ほらよ! もう119かけたから呼べ!」
「もしもし! え? 11時……これ時報じゃねーか!」
「すまん押し間違えた!」
「何漫才やってんだよ! 貸せ!」
まごついてる委員と先生の手から携帯を奪い取り、すぐさま119。
事は一刻を争うんだよ!
「お願いします! ……よし、保冷剤ありったけ持ってこい!」
「ど、どうぞ!」
「俺に渡してどうすんだよ! もういい持ってく!」
冷たさに耐えながら、先輩の下へと全力疾走。
とにかく応急処置だ。下手を打てば死にかねん。
戻る途中、陽司が古川先輩を日陰に運ぼうとしているのが見えた。
だが、難航している。先輩、身長あるし重いからな……あ、透も来た。
二人がかりなら運べ……っておい!
「先輩! 大丈夫ですか!」
「お前は何を……」
「しとんじゃボケーーーーー!!!!!」
「ぐへっ!」
何を貴様は先輩の胸を揉んでるんだよ!
俺が殴る前に陽司が鳩尾にトゥーキックかましたけど、それでも足りんわ!
お前は意識不明の先輩を見て、安否確認じゃなく狼藉を働くだと!?
人間として、男として最低限の矜持もねぇのか!
「怜二! こいつほっといて運ぶぞ!」
「おう!」
地面に転がってる透は無視して、陽司と二人で先輩を日陰まで運ぶ。
運び終わった所で、今度は水橋が来た。しかもジャグタンクと紙コップ持ってきて。
「飲ませ……ダメ、意識ないんじゃ」
「あぁ、誤嚥しちまう。だから……ブーッ!」
陽司が水を口に含んだかと思うと、先輩の太腿に霧状に吹きかけた。
何の意図があるのかは分からんが、とりあえず俺は保冷剤を脇の下に入れる。
「で、こう! 蒸発させて熱を奪う!」
「気化熱か!」
ジャージの上を脱ぎ、全力で上下に振ると、かなりの風が送られた。
こうすれば、熱を効率よく下げることができる!
「水橋! お前は先輩のブラ外して締め付け取れ!
その後は俺がやったみたいに水かけろ! 扇ぎは俺と怜二でやる!」
「分かった!」
こうしちゃいられねぇ。俺もやるぞ!
古川先輩、絶対に助けます!
意識が回復しかけた辺りで、救急車が来た。
先輩は大丈夫だと言っていたが、陽司の強い勧めもあって、そのまま搬送された。
「水橋、柏木先生と委員会、あと生徒会にも報告宜しく」
「分かった、行ってくる」
「顔は青白くなってたけど、発汗はあったから熱失神だろ。
熱中症の中ではまだ軽い方だから、点滴打って休めば普通に治る」
「陽司、ファインプレーだ。水かけるっていう発想、俺には無かった。
てっきり飲ませればいいものだと」
「意識やられてる時には飲ませられないし、ただの水だとむしろヤバいこともある。
霧吹きと団扇あればよかったんだけど、探す暇なんてねぇしな。
……で、だ」
エースストライカーの蹴りを急所に食らい、未だ悶絶しているクソセクハラ野郎、透。
……とうとう、蛮行の目撃者が俺以外にも増えた。
水橋は見たかどうか微妙だが、陽司は確実に目撃した。
どうしてくれるんだ、エセ主人公様よ。
「話はマジだったんだな。透、見下げ果てたぞ」
「俺は意識確認しようと……」
「声かけるだけでいいだろが! 触れるとしても肩か腕!
命かかってる状況で何考えてんだテメェは!」
「俺、プールで言ったよな? 『お前の身勝手で傷つく人がいる』って。
傷つくどころか、死にかけた相手に何してんだこの野郎!」
地面に転がったまま、蹴られた胸を押さえ、黙り込む。
こいつが次に何て言うかは、もう予測済みだ。
「まぁいいだ……」
「いい訳があるか! とうとう超えちゃならねぇものを超えやがって!
土下座でも許されねぇよこんなもん! 時代が時代なら切腹だ!」
「腹切っても足りねぇよ。事が事だ。
……ま、俺らにやれることは先生方に報告して、処罰を待つことだけだが。
俺の私刑はさっきの蹴り一発で勘弁してやる。怜二はどうする?」
「立て。……うらっ!」
「ぐぇっ!」
襟首を掴んで無理矢理上体を起こさせ、同じく鳩尾に拳をズドン。
蛙の鳴き声を汚くしたような声を出し、再度悶絶。
やらかしたことを考えると股間を狙うべきだが、触れたくねぇ。
「まだ全然足りねぇけど、もう触れたくねぇ。
お前の汚い身体に触れてたら、こっちまで腐りそうだ」
「だそうだ。良かったな、怜二が綺麗好きで」
陽司と共に、古川先輩の担任である柏木先生の下へと向かう。
透。いよいよもって、お前はおしまいだ。
何度もチャンスはやったし、何度も気付く機会はあった。
それを全部棒に振った報いだ。
「……と、いうことでして」
「へぇ、君らのとこの神楽坂君? がねぇ……」
古川先輩の担任、柏木先生に事のあらましを報告。
先輩がどうなったか、及び処置に関しては水橋が既に報告したから、
俺と陽司は透の悪行を報告することにした。
こういったことを放置したままにしない。きっちり、制裁する。
生徒間、尚且つ学校行事中に起きたことだし、先生にも任せよう。
「まぁ、男の子の軽い悪ふざけだし、大したことないわね。
報告ありがと」
「……悪ふざけ? 先生、それは軽く考え過ぎじゃないですか?」
「別に? 大体そんなもんでしょ?」
あれ、雲行き怪しいぞ。
こういう展開になるっていうのは、予想してなかったんだが。
……あ、そういえば。
「先生、古川先輩を1000mの選手にしたのって誰ですか?
先輩は勝手に決められたと仰ってたそうですが」
「そんなはずないじゃない。ちゃんと許可は取ったはずよ」
「変更依頼した先輩と、古川先輩の両方から話聞きました?
それに、古川先輩に聞かれても、誰が変更依頼したか教えなかったそうですが。
これ、どういうつもりですか?」
「うるさいわね。あなたたちに関係ないでしょそんなこと。ほら行った行った」
俺の問いははぐらかし、陽司の問いは回答そのものから逃げる。
このままにしておく訳にはいかない。
「関係なくはないですよ。俺も怜二も、この問題に関わった訳ですから。
先生も女性ですし、透がやらかしたことの重大さは認識されているはずでは?」
「だからどうでもいいのよ! 結局はあの子の自己管理不足でしょ!
18歳にもなって倒れるなんて、自覚が足りないだけ! はいおしまい!」
「ちょっ、そんな言い方ないだろ!?」
「アンタそれでも教師か!? 生徒のことを何だと思ってんだ!」
俺と陽司が怒声を飛ばすが、完全無視を決め込んだらしく、一切返答しない。
……なんだこれ。まるで門倉みてぇじゃねぇか。
「……怜二、一旦戻るぞ。こっちの担任にも報告いるし。
このまま粘ってもラチ開かねぇ。一旦持ち越しだ」
「……仕方ねぇな。確かに、このままじゃ解決できないのも事実だ」
一時撤退だ。勿論、諦めた訳じゃねぇ。
どうやら、別の問題にブチ当たってみてぇだな……