84.求める先は
「藤やん聞いた? いいんちょがとんでもねぇ校則作ろうとしてる話」
面倒なことになったというような顔をして、翔は両手の平を上に向け、呆れポーズ。
それも当然だ。あんな無茶苦茶な校則改悪を通す訳にはいかねぇ。
「そもそも校則って簡単に変えられねぇよな? 総会で過半数だろ?」
「最終決定はな。まず採決取るかどうかを生徒会で話し合い。
その後教員会議にかけて、通ったら総会開いて採決を取る。
有効投票数が全生徒の三分の二以上で、賛成が過半数なら可決。
他にも変わることはあるけど、生徒主導で変える方法はこれだけだな。
過去には靴下の色の自由化とか、緩める方で可決した事例があるらしい」
「俺としては髪とピアスも許可して欲しいんだけどなー。
どーせ今もほぼ黙認されてるし、だったら正式に変えろっての」
「それは俺も思ってた。何でだろうな? 総会まで行ったこともねぇし」
「悪い。多分うちのゴリが原因だ」
割って入ってきたのは陽司。それを聞いて思い出す。
サッカー部顧問にして、今年度からは生徒会顧問も兼任することとなった教師。
思想が近いせいか、門倉とかなりの信頼関係を築いているとの噂。
それだけあって、殆どの生徒から嫌われているという……山内太郎先生。
「え、鹿島先生の産休の代打だろ? 今は違うよな?」
「だったはずなんだけど、産休中になし崩し的に正式になったんだよ」
「それマジか。今初めて聞いたんだけど」
「アニキからの話。そのせいで服装規定の緩和案が押さえつけられたんだと。
逆に厳罰化まで提案されたんだけど、それは何とか生徒会で食い止めたそうだ」
「陽司のアニキさんナーイス! っていうか、委員だったん?」
「正確には副会長な。発表見なかったのか? 名字一緒だったろ」
「だからって兄弟とは限らないし、俺の興味は会長が美人ってこと以外にねぇよ」
「お前なぁ……」
校則は簡単に変えられるものではないが、懸念がこれ。
生徒会での話し合いは多数決じゃないから、圧力で押し通すこともできなくはないし、
なまじ不良生徒を更生させたという実績もあるから、教員会議に行けばほぼ確実に通過。
下手を打てば多数決である生徒総会すら、強引に票を引っ張ることもできかねない。
「これで門倉が生徒会長になったらヤバイぞ。山内先生と組んで何かやりかねん」
「誰か対立候補いねぇのか? 藤やん、お前どうよ? 立候補しねぇ?」
「面倒だし荷が重いわ」
「だよな。つーか、いいんちょが押さえつけるか」
「俺は信任投票になったら不信任に入れると決めた。後輩にも言ってある」
「頼むぞ陽司。俺も付き合いある一年坊主いるから、できるだけやるからよ!」
この二人は交友関係広いからな。秀雅も期待できる。
俺は……厳しいな。後輩に関しては八乙女以外にいない。
「というかさ、サルに頼めば一発じゃねぇの?」
「あいつは長いものには巻かれろタイプだ。この規模を覆そうとは思わねぇだろ」
「それな。サルっち、立ち回りうめぇもんな」
「選挙って体育祭と文化祭終わってからだろ? 2ヶ月そこらか……
でも、やれるだけのことはやろうぜ」
生徒会委員の3年生の引退の花道を飾る2大イベント。
これ自体もそうだけど、その先も見据えた行動をしなければ。
(……あれ?)
門倉の暴走を止める手立てはないかと考えていたら、あることに気付く。
それは、透ハーレム女子が透に惚れた理由に関連したこと。
門倉が透に惚れた理由は、透が勉学に励んでいること。
多分、門倉が一緒の時だけ、透は真面目に勉強しているんだろう。
普段から勉強してるなら、あんな成績は取ってねぇ。
だというのに、門倉はやたらと透を信頼している……と、考えていた。
もしかしたら、それは違うかもしれない。
『だって、私は常に正しいから。今までの成績が、それを証明しているわ』
門倉が信頼しているもの。それが仮に透じゃないとすると、該当するものが一つ。
自分が正しいと証明する為の要素……成績、ひいては自分自身。
『透は正しいから信頼している→自分はいい成績をとれる』は、ありえない。
どこにも繋がりが無く、破綻している。
『いい成績を取っている自分が信頼している→透は正しい』は、一応の繋がりがある。
透を信頼することの根源が、自分自身の正しさの証明だとしたら。
透が正しくなかったら、自分も正しくないということになってしまうと考えていたら。
(門倉が好きなのは透じゃなく、間違えない自分……?)
そうだとしたら門倉が透を好きになった理由は、丁度古川先輩の逆。
古川先輩は自己肯定感が極端に薄く、自分の存在意義を透に委ね、依存した。
門倉は自分が正しいということの証明の為、同じく正しい人間に見えた透を好きになった。
安心して依存できる相手であって欲しいから、透の過ちは自分のせいだと思い込む先輩。
間違った人間になりたくないから、透の行為は全て正しいと思い込む門倉。
(あくまで推測だし、そこまで深い理由はないかもしれないが)
市民プールで濡れ衣を着せられた時のように、見るタイミングと場面次第で、
善行が悪行に、悪行が善行に見えることは、いくらでもある。
もしそれが、明らかな間違いすらも否定する程に、心の奥底まで根付いているとしたら。
(……どこまで、合ってるんだろう)
ボロボロの仮説に過ぎない。でも、否定できるほど破綻してもいない。
この歪みが、透への盲信染みた恋心となったのだとしたら。
どうか、間違っていて欲しい。俺の邪推であってくれ。
そうじゃなきゃ、透が本当にクズだということに気付いてしまった時、二人は……