77.多分恐らくもしかしたらデートみたいな何かと言えなくもないかもしれない
「よし、終わった!」
残り3日を残して、夏休みの課題が全て終わった。
例年より遅め。今年は結構色々なとこに行ったしな。
海の家のバイト、市民プール、夏祭り。うん、夏っぽい。
懐もぽっかぽかだし、何しようかね。
「……誘ってみるか」
残り3日ではあるが、バイトの無い完全休日は明日だけ。
そこが空いていることを祈りつつ、電話をかける。
「はいもしもし」
「よう、水橋。今大丈夫か?」
「うん、大丈夫だけど」
「明日って空いてる? よかったら、遊びに行こうぜ」
「いいね。ボクも丁度、予定考えてたとこだったんだ。
課題も終わっちゃったし、ヒマになるなーって」
これはラッキー。
脇役がこういうことをすると、大体日程が塞がっているものだが、
大体じゃない方に転がってくれた。
「水橋は、どこに行きたい?」
「藤田君に任せる。今まで、ボクがお願いしてばっかりだったし、
たまには藤田君の行きたい場所に行ってみたい」
「そうか。だったら……カラオケ好きか?」
「うん、好きだよ」
「分かった。駅前に11時でいいか?」
「了解。楽しみにしてるね」
「おう」
通話を切る。
無事、約束を取り付けることができた。
(いい一日にしたいな)
行動しなきゃ、進まない。
楽しみながら、頑張ろう。
「や、おはよう」
「おう。……相変わらずだな」
「色々買い足したからね」
夏らしい軽装。そして今回の変装ポイントは、あえてのダサい感じ。
そこに日傘をさして、水橋は現れた。
おかげでそれなりにオーラは抑えられてるけど、消えてはいない。
4、5000円そこらで収まりそうなコーデなのに、うまいこと着こなしてる。
そして。
「つけたんだな、それ」
「藤田君こそ」
夏祭りの浴衣コンテストで、トラブルのお詫びとして貰った1位賞品。
それは、銀色のペアリングだった。
水橋がつけてこなかったら、見られる前に外そうと思っていたが、
その必要はなくなった。
「それにしても暑いね。日傘持ってきて正解だったよ」
「とりあえず、どっか入るか。この時期ならどこでもクーラーかかってるだろ」
「それじゃ、デパートに行かない? 早めのお昼ご飯ってことで」
「賛成。メシにするか」
腹が減っては遊びもできず。
まずはカロリーの補充だ。
「藤田君って、食べ物だと何が好き?」
「カレー。けど今日は暑いから除外。
あそこのフードコートだと……冷やし中華あったよな」
「ボクも同じのにしようかな。冷たい麺類っていいよね。
どんなに暑い日でもするする入るし」
「おかげ様で、うちは殆どそうめん尽くし。貰いもんでめっちゃ来て。
タレ変えたりして何とか飽きない様に消費してる」
「夏休みあるあるだね。お正月は3食お餅だけみたいな」
「ま、食えるだけありがたいけどさ」
うん、いい感じにトーク弾む。
水橋のコミュ力も……いや、今日ぐらい純粋に楽しもう。
たまには、自分のことだけ考えててもいいだろ。
(考えてみれば、思いっきり個室だよな……)
行きつけのカラオケボックスに着いてから気付く。
水橋とカラオケ=個室に二人きり。
……落ち着け。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ二人でカラオケするだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。
特に『それ以上』がどういうことかに至っては知らない。
そういうことにしよう。
「先に言っておくけど、ボク、最近の曲全然知らないからね」
「カラオケは好きな曲歌えばいいんだ。気にすんな」
「そういうことなら、好きに歌わせてもらおっかな。
……あ、そうだ。おやつ賭けて点数勝負しない?」
フードメニュー表を見た水橋からこの提案。
断る理由は特に無い。自信がある訳でもないけど。
「1曲だけの一発勝負、負けた方が勝った方におごりでいいな?」
「うん。それじゃ何歌おっかな……」
水橋、歌はどうなんだろ。
レパートリーは限られてるみたいだが、イメージ的にはプロ並か?
いや、意外とこういう所に弱点が潜んでいたりとか……
「どっち先にする? 俺はどっちでもいいけど」
「ボクは後がいいな。勉強させてもらいたい」
「そんなレベルじゃないけどな。じゃ、俺が先攻ってことで」
持ち歌の中で一番点数出せるヤツってなると……これだな。
やるだけやってみるか。
歌い終わると共に、水橋から拍手が送られる。
ずっと黙って聞いてくれたみたいで、ちょっと恥ずい。
さて、点数は……
「89.239。こんなもんか」
「今のカラオケの採点って、小数点まで出るんだ」
「知らなかったのか?」
「ボクの中では、アニメ調の採点で止まってるから」
それ結構昔じゃね? 得点が出るだけのヤツの次ぐらいじゃねぇか?
カラオケに行ったことが少ないのか、採点使うのが少ないのか……
いずれにしても、もしかしたらちょっと勝機あるかも。
「アドバイスも出るんだね」
「『表現力を磨きましょう』って言われてもねぇ……」
「ビブラートとかしゃくりとか、そういうの?」
「そういうの。どうあれ検知されれば加点される」
「そこは機械だからね。それじゃ、ボクはこれにしよっかな」
曲名は……これは動画サイトで話題になってた曲だな。合成音声ソフト使ったヤツ。
水橋はこういうのがイケるタイプか。『最近の曲』とは歌手が歌ってるものを指したんだろ。
この曲、前奏が結構長めに……って!?
「~~~♪ ~~~♪」
踊ってる! めっちゃ踊ってる!
確かにこの曲に合わせて踊ってる動画もあったけどさ、ここでやるのか!?
そしてやたらとキレッキレだな!
「星をおーいーかけーてー♪」
歌いだしてもなおも踊るか! マイク持ってるから動きが減って……ねぇな!
マイク持ってない方の手と脚、そして全身でめっちゃくちゃ表現してる!
そういう意味での表現力だったら100点だよ!
「ふぅ、楽しかった♪」
「そりゃ何よりで」
フルコーラス歌って踊って、息一つ乱さないってどうなってんだ。
そして歌もめちゃくちゃ上手かったし、勝負の結果は見るまでもねぇよ。
「96点! それじゃ、シューアイスお願いね♪」
「あいよ」
気遣ってくれたのか、比較的安い単品で勘弁してくれた。
にしても、本当に楽しそうだったな。そして自分の世界に入っていた。
大サビで店員来たけど、歌も踊りもフルスロットル。
限界までスペースを使い、(>∀<)のまま、最後の最後までやり遂げた。
「どこで覚えたんだこれ?」
「運動にいいかなって思って、ネットの動画見ながらやってるんだ。
流石に投稿するのは恥ずかしいから、一人で楽しんでるだけだけど」
もし投稿してたらめっちゃくちゃバズっただろうな。
水橋は本気出せば、色々なキャラになれる素質があるのは知ってたけど、
一体どんだけ可能性があるんだ。
「皆とカラオケ行くなら、最近の曲も覚えないといけないよね?」
「そうでもないぞ。最近かどうかより、盛り上がるかどうかの方が重要。
昔の曲でも、定番の曲って多いし」
「ボク、聴いてる曲ものすごく偏ってるんだよね。
基本的にボカロかアニソンの二択」
「いいんじゃね? 学生のカラオケって大体その辺だろ」
「……電波曲は?」
「やりたきゃやれ。どうなっても知らんが」
「あはは、だよねー」
というか、その手の曲も知ってるんかい。
サブカル方面に強いとは知ってたけど、普段ととことん違うな……