76.馬鹿にすんな
「助手席で待ってな。ちょっとメシ買ってくる」
近くのコンビニに着くなり、海さんは自動ドアを通って入店。
少しすると、軽食と飲み物を買って戻ってきた。
「ほら、これはお前の分。コーラでいいよな?
俺はこっち。勿論ノンアルだから心配すんな」
出されたのはビーフジャーキー。手に持っているのはミネラルウォーター。
アルコールどころかカフェインすら入っていない、文句なしの水そのもの。
「俺、チューハイ1本でもべろんべろんになるからなー。そもそも車だし。
ま、食えそうだったら好きに食え」
「では、頂きます」
「タメでいいって。かしこまられるのは好きじゃねぇんだ」
「そういうことなら、ここからはタメで」
「よろしい」
ジャーキーをつまみながら、コーラのキャップを開ける。
辺りはもう暗いし、なんか悪いことやってる気分。
「で、お話って?」
「だな。まず、雫に友達作らせてくれてありがとう。
おかげさまで、あいつは大分明るくなった」
「俺は大したことしてないって。あいつ自身の頑張りだから」
「そのきっかけはお前だろ? 感謝するぜ。それでなんだけどよ、一個聞かせてもらう。
怜二的に、今雫に告白したら何%くらいで成功すると思う?」
この人は突っ込んだ質問を思いっきりぶつけてくるな。
俺が水橋のことを好きだということは俺から明かしてるけど、直球すぎる。
どうあれ、俺は正直に答えるしかないんだけども。
「0%」
「ゼロォ? ずいぶん弱気だな」
「まず、告白にランダム要素なんて存在しないから、0か100以外はありえない。
で、今告白しても成功なんてしない。それだけの単純な理由だ」
「あー、そういう考え方か。でも、ワンチャンありそうなもんだけどな。
お兄ちゃんとしても、お前だったら彼氏としては十分合格だし」
「そこまで評価高かったのか」
「そりゃ、身内以外で雫が心を許せる唯一の男子だし、色々と実績もあるし。
面は平凡だけど、お前ぐらいの男なら上等よ」
妙に評価高いな。海さん、水橋からしか俺のことは聞いていないはずだから、
よっぽど大袈裟に伝えられたか、解釈したかのどちらかだろ。
「大したことしてないって」
「本当にそう思うか? 落ち着いて考えてみ」
「……まぁ、色々な因果あってちょいちょい問題の解決とかしたけど、
男なら惚れた相手を守ろうとするのは、至極当然のことだし」
「確かにそう『考える』のは当たり前だ。
だが、それを『行動して成功させる』のは、誰もができることか?
少なくとも貧弱な俺じゃ、喧嘩にゃ負けるし照明にもぶつかる」
「……ちょっと、限られるかもしれないな」
「誇れ。お前はその限られた数%の一人なんだからよ」
……認めなきゃいけねぇのかな。少しばかりカッコいいことしたって。
こそばゆいというか、自己陶酔が過ぎるっていう感じがするから考えずにいたが、
主人公っぽいことしてしまった、という感覚はほんのりとある。
生憎、心の底から大したことないと思えるのは、鈍感主人公の特権だ。
当方脇役故、そういった能天気な思考はできない。
「……それが水橋を守ることになるのなら、何より」
「感謝するぜ。だからさ、俺としてはもう告白していいと思ってる。
そこでだが、怜二の気持ち、俺が代理で伝えてやろうか?」
意外な提案だ。俺が水橋を狙っているということに関して、海さんは中立のはず。
いくら評価が高いからといっても、これは不自然。
(何が狙いだ?)
俺は、告白の成功率は0%と踏んでいる。
だが、直接告白して断られるよりは楽だろうし、水橋の心情を知ることができる。
「海」
なら、答えは決まりだ。
「告白するのは今じゃないが、告白は俺が直接する。
成功だろうが失敗だろうが、その結果全てを、直接受け止める覚悟だ。
余計なことしやがったら、恨むだけじゃ済まねぇからな」
ダメージが少ないというだけで、大事な告白を人任せにするなんて、ありえない。
どんなことになっても、俺の気持ちは俺自身が伝える。
間接的に伝えたら、どっちに転んでも後悔する。
そんな消化不良な結末を迎えるなんて、俺は絶対に嫌だ。
「それが、お前の選択か」
「あぁ。文句あっか」
「いや、一切ない。っていうか、ぶっちゃけカマかけただけだから」
「……は?」
「お前の覚悟、しかと聞き届けたよ。ここで俺に頼んだら、
雫にあることないこと吹聴するつもりだったからな」
あぁ、そういうことだったのか。……俺もナメられたもんだ。
こちとら半端な覚悟で、学校の女神様をオトそうだなんて思っちゃいねぇよ。
「アンタも人が悪いな」
「大事な妹の為だ。人が悪いのは認めるし、謝る。だから許してくれ」
「アイス1個でどうだ?」
「手を打とう。お前の心意気に感銘を受けたってことで、高いの買ってやるよ」
俺が黙ったまま微笑むと、海さんも同じように口角を上げてドアを開けた。
選択は、間違っていない……いや、正解だ。自信を持て、俺。
過剰なナルシズムは自滅を招くが、適度な自己肯定感がなければ心が死ぬ。
脇役をやめるつもりなら、心の自傷行為もやめなきゃならねぇ。
そこそこの成果出したんだ。
多少は調子に乗れ、俺。
……ん、今携帯鳴ったな。電話が……透か。
「何だ?」
「お前らに降ろされたせいで、通り魔に襲われたんだよー。
逃げ切れたけど道に迷ったからさ、兄さんに頼んで迎えに来い」
通り魔に遭ったのか。そりゃまた災難だったな。
車から降ろされたところで、帰宅が多少遅くなるぐらいだと思ったが。
そういうことなら、助けに行こう……
「命令形で言えるくらいなら余裕あるな。じゃ」
とでも考えると思ったか。
返答は聞かずに即切り。そして着信拒否。ついでにメールは受信拒否、メッセはブロック。
こんな見え透いた嘘が通ると思ったか。仮に事実だとしても知ったこっちゃねぇ。
お前の尻拭いはお前でやれ。海さんの手を煩わせるなんて論外。
勝手に迷ってやがれ。
――――――――――――――――――――
「ただいまー」
怜二を家まで送って、俺も帰宅完了。
体調は問題なし。車酔いもしてない。
眠くなる成分があるから、酔い止めが飲めないのが運転手の辛い所。
最近は眠くなりにくいのもあるらしいが、事故る訳にはいかん。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おう、ただいま」
愛する我が妹の出迎えを受け、リビングへと入る。
親父がいないのは風呂だろう。お袋と雫は麦茶を飲みながら談笑、ってとこか。
「遅かったね。何かあったの?」
「ちょいと野暮用を」
「ふーん」
別に話すことでもない……いや、話したらまずいしな。
あいつの心意気はしかと受け止めた。なら、それに応えるのが男ってもんだろ。
「それで続きなんだけど、藤田君におんぶしてもらったんだ。
腕とか、背筋とかすごかったの。がっしりしてて、力強くて」
「あらあら、それはよかったわね。
でも、源治さんと比べたら流石に違うわよね?」
「それは……まぁ、お父さん有段者だし」
柔道やら空手やら、色々な武術で段持ちだからな。
体力の必要な仕事してる訳じゃないのに、何を目指してるんだか。
「けど、その子も中々いい子みたいね……ねぇ、雫。藤田君って言ったっけ。
その子のこと、好き?」
「うん、好きだよ」
「うーん、ちょっと違うかな。いや、私が聞き方間違えたか。こうしよう。
藤田君のこと、愛してる?」
「えっ!?」
ちょっ!?
母さん、何をいきなり爆弾投下してんの!?
昔から突拍子もないこと言うのは知ってたけど、んなこと聞く!?
「どうなの? どうなの?」
「えぇっと……うーん……」
「押し倒された時、ドキっとした? 身体を預けてもいいって思った?
この雄の雌になりたいって……」
「ストーップ! 母さんストーップ! やりすぎ! 雫がオーバーヒートする!
限度考えゲホッ、ゴホッ!」
「お兄ちゃん! 急に大声出さないで!」
久々に気管に負担かけたな……多少は自重してくれよ。
何でうちのお袋はこう奔放なんだ。
「それが、堅物の源治さんをオトした秘訣よ♪」
「心読まないでくれる!?」
確かにそのエピソードはかなりの回数聞いたけど!
何でちょいちょいお袋は人の心を読んでくるのかね!?
「雫にも春が来たってことかしらね、ふふ♪」
「お母さん……ボクにはそういうの、まだ早いよ……」
「何言ってるの。私が雫ぐらいの頃には、もう源治さんと籍入れたのよ?
その内家に呼んでみなさいな。どんな男か、見定めてあげるから」
「家に呼ぶのはともかく、ボクと藤田君はそういう関係じゃ……」
「『雫に彼氏ができた』! はい、今誰の顔が浮かんだ?」
「それは……あう……」
話の流れからして、どうしたって怜二の顔が浮かぶよな。
母さんはこの手の誘導、上手いからな……
「ま、ちょっとくらい考えてみなさいな。
雫はそう思ってても、相手がそうじゃないってこともあるでしょ?」
「うー……」
「いじめるのはそこまでにしてやれ。もう涙目になってるじゃねーか」
「……お母さんの、いじわる」
着実なステップアップは必要だけど、いきなりこんなこと言われたら混乱するわ。
全く、お袋にも困ったもんだ。