74.風の詩、水の雫
水橋を背負って、雑踏の中を歩く。
お祭りも後は花火大会を残すのみ。一部の屋台は店じまいを始めている。
「藤田君の背中って、大きいね」
「そうか? 基準が分かんねぇ」
「えっとね……男の子って感じ」
ドキっとするセリフを突然ブッ込んでくるなこの子は……
先程から心臓が落ち着いてくれない。
「重くない?」
「全然」
「藤田君って力持ちだよね。お姫様抱っこもできるし」
「鍛えてるからな」
「……おお、すごい筋肉」
「黙って二の腕を揉むんじゃない」
俺の両手は水橋を支える為に塞がってるけど、ショルダーバッグで来たから問題ない。
水橋は手提げ鞄はともかく、輪投げで手に入れたスイカが問題だから、
これに関しては透に預けることにした。
散々迷惑したんだ。これぐらいはやって貰わねぇと。
「何か食う?」
「そうだね……あっ、あそこのかき氷、シロップかけ放題だって!」
「クレープの全トッピング、どうなった?」
「う……やっぱりやめとく」
「そうしとけ。過ぎたるは及ばざるが如し、だ。
アレとかどうだ? カットフルーツ」
「いいね。パイナップルあるかな?」
近くに座れる場所があることを確認し、冷やしパインと冷やしメロンを購入。
このまま食われると、汁が落ちちゃうんでね。
それに、安全の為に支えている手に伝わる太腿の感触、耳元にかかる吐息、
背中に当たる柔らかなナニか等、体力ではない理由でこの状態続けるのが辛くなってきたし。
「あむ……うん、いい感じに冷えてる」
「結構美味いな」
道から外れた場所にあるベンチに腰かけ、串に刺さったフルーツを食べる。
飾りっけも何も無いが、シンプルイズベストとはこのことだろう。
水橋も喜んでるし、俺はその笑顔が見れるだけで十分だ。
「後は花火見て帰りってとこ?」
「そうだね。お兄ちゃんに連絡してみる」
海さんが大丈夫なら、帰りは車。ダメならタクシー。
いずれにしろ、水橋の足に負担はかけないようにしないと。
「大丈夫だって。花火終わった頃に来てくれると思う」
「分かった。どこで花火見る? 割とどこでも見れそうだけど」
「ここでいいと思うよ。座れるし、静かだし」
「そうか。食べ終わったら串よこしてくれ。俺が捨てに行く」
「うん」
二人でベンチに座って、花火鑑賞か。デートみてぇ。
そういや、透はどこ行った? 帰り際にスイカを回収する必要があるから、
ある程度の位置は把握しておきたいんだが……
「透、二人ともいたよー!」
「お二人さーん、抜け駆けはズルいぜー?」
……あぁ、いたか。普通に後ろをついてきたんかね。
多少は擬似デートの気分を味わいたかったが、探す手間が省けた。
「なぁ水橋、その足だと辛いだろ? 怜二も疲れてるだろうし、
帰りは俺が送ってやるよ」
「お兄ちゃんの車に乗るから、必要ない」
「そう言わずにさ、いいだろ? 今度は俺がおぶってやるからさ」
「少なくとも、神楽坂君におんぶされて帰るという選択肢はない」
見事に一蹴されたな。透、お前のそれは100%下心だろ。
よく穂積の前でんな事言えるな。何の自信があるんだよ。
「そろそろだね」
「お、もうそんな時間か」
アナウンスが入り、花火大会が始まる。
夏の風物詩、存分に楽しませてもらおうか。
「たーまやー!」
「かーぎやー!」
最初に上がった大きな牡丹花火を皮切りに、次々と花火が上げられていく。
色とりどりの花火が、思い思いに空を彩っていく。
「晴れててよかったね」
「俺と鞠の日頃の行いが出たんだろ。な、鞠?」
穂積はともかく、お前に基準を置いたら天変地異クラスの荒天になるわ。
どの面下げてのたまえるんだよお前は。
「風、丁度いい」
「風?」
「無風だと、煙が流れない。強過ぎたら危険。
花火に最適なのは、風速2、3mくらいのそよ風」
「へぇ、そうなのか。そっちは水橋の行いかな」
水橋の豆知識を聞いた上で見てみると、なるほど確かに。
煙は流れていき、花火の美しさを邪魔することがない。
「……きっと、藤田君のおかげ」
大事なセリフが花火の音にかきけされる、というのはよくあるシーン。
ただし、それは主人公が絡む場合限定。
脇役の俺は、しっかり聞き取ることができてしまった。
無料配布されていた団扇を取り出し、火照る顔に向けて扇ぐ。
どんなに風を送っても、ちっとも冷えてくれなかった。
「以上で花火大会を終了致します。ありがとうございました」
全ての花火が上がり、終了のアナウンスと共に盛大な拍手が送られる。
今年も職人の皆さんには、楽しませて頂いた。
何十年とかけて磨いた技術を元に、何日も準備した花火。
それがたったの15分間で、1発当たりに至っては数秒で終わる。
『一瞬』に懸ける美学。それが花火の美しさの本質だと思う。
だから俺は、花火は写真に撮らないと決めている。
勿論、写真に撮ることも否定しない。
この花火の最中、後ろの二人の携帯のシャッター音は何度も聞こえたし。
けど、カッコつけた言い方するなら、俺は『心のカメラ』で撮って、
『心のアルバム』にしまっておく。
それが、花火に対する俺の在り方。……うん、大袈裟。柄じゃねぇ。
「綺麗だったねー!」
「鞠、後で写真交換しようぜ。お前の撮ったのも見たい」
俺が花火を写真に撮らない理由は、もう一つ。
写真に残すと、花火を見た時の気持ちが薄れてしまうような気がして。
『映像』としては残っても、『思い出』としては違うとか、
理由付けはできそうだけど、結局は俺が偏屈なだけだと思うが……
「……♪」
花火の余韻に浸る、水橋の横顔。
微笑みを湛えるその顔は写真ではなく、直接見てこそだろ。




