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73.らしくもない

静寂の中、ゆっくりと目を開ける。

最初に映ったのは、呆然とした水橋の顔。


俺の体に、何かがぶつかったという感触はない。

最後に鳴った音は、後ろから。

多分、照明の直撃を喰らったのは誰もいない。


(……よかった)


危ないところだった。

この高さから落ちた照明が直撃したら、ただじゃ済まねぇ。

とっさのことだったから手荒な真似しちまったけど……って!


「……藤田、君」


水橋の憑依が解けるのも、当然。

この状況……凄まじくヤバイ。主に見た目的に。


まず、俺は水橋を押し倒すようにして避けさせたから、

今、俺は水橋に覆いかぶさる体勢になっている。

それだけでもまずいのに、一体何がどうしてそうなったのか、

浴衣がはだけて、そのスイカみたいな胸が形成する深い谷間が露出している。


(って、ボーっとしてる場合か!)


気合で煩悩を捨て、正面から水橋を抱きかかえる。

いきなり離れるのもダメだ。こんな状態の水橋を衆目に晒す訳にはいかねぇ。

とりあえず、ステージ袖に移動させなければ。


「痛っ!」

「えっ?」


どこかケガしたか?

照明はぶつかってないとしても、俺のやり方がかなり強引だったし、

思いっきり押し倒しちまったから、背中か、腰か……


「ごめ、足……」


足……捻ったか。

下駄履き直した所で突き飛ばしたから、バランス崩したんだろ。

くそっ、最悪の事態は避けられたけど、ケガさせちまったか……


「分かった。……そらっ!」


素早く横に移動し、俺の体で観客の視界から水橋を遮りつつ、2回目のお姫様抱っこ。

これなら足が地面についている時間はほとんどないから、負担をかけない。

……前を見ろ俺! 絶対に水橋を見るな! 特に上半身!


ステージからハケたら、医療スタッフの下に連れて行こう。

絆創膏貼って直るものでもねぇし、専門家に任せるのが一番だ。




「……ふむ」


水橋の足首を見ていた医者が、顔を上げた。

その表情は、幾分か柔らかくなっている。


「ごくごく軽い捻挫、だね。

 しっかり冷やして、テーピングすれば大丈夫だよ」

「……はい」


安堵の表情を浮かべる水橋。

大事に至らなくて、本当に良かった。


「ステージの照明が落ちたんだってね。これだけで済んだのは奇跡だよ。

 応急処置をしておくね。腫れが引いたらリハビリも忘れずに。

 軽度でもしっかり対処しないと、後々大変になるから」


コールドスプレーをかけ、包帯とテープを巻く。

今日はもう、歩き回るのは無理だろうけど、

医者の言う通り、これだけで済んだのは不幸中の幸いだ。

……けど、水橋にケガさせちまったのは変わらねぇ。謝らないと。


「水橋……」

「藤田君、もしかして自分のせいだと思ってる?

 そうだとしたら、それは違うよ。藤田君のせいじゃない。

 私を助けてくれて、本当にありがとう」


俺が謝る前に、水橋は先回りしてお礼を言ってくれた。

……情けねぇな。俺がもっとちゃんとしてれば、ケガさせてねぇのに。

こういう詰めの甘さが、他人を傷つけることになるんだ。


「……ごめん」

「謝らないでよ。藤田君がいなかったら、この程度じゃ済まなかった」

「でも、俺は……」

「謝るのも自分が悪いと思うのも禁止。

 どうしてもって言うなら、私をおんぶして、足になって。

 夏祭り、まだ楽しみ足りないから」

「……分かった」


最大の被害者に、気を使わせてしまうなんてな。

罪滅ぼしの為にも、水橋の足役、しっかりと果たさせてもらうよ。




「最低でも30分は、安静にしてもらうよ」という医者の言葉を受け、

仮設ベッドに横たわった水橋の足を高い位置に固定すると、司会者がこっちに来た。

照明落下の原因は点検時に見逃したボルトの緩みだったらしく、謝り倒された。

この騒ぎを受けて、コンテストは中止となり、

お詫びということで、1位賞品をそのまま貰うこととなった。


「この度は本当に、申し訳ございません!」

「大丈夫ですよ。それより、いいんですか?

 私、賞品そのままもらっちゃって……」

「この程度じゃお詫びになりませんから、後で医療費も支払わせて頂きます。

 それに……あんな所を見せられたら、優勝はお二人で決まりですし」


苦笑する司会者の顔は、俺に向いている。

そこまでのことをしたつもりはないんだけどな。ほぼ脊髄反射だったし。


「それでは失礼ながら、事後処理が残っているのでこれで。

 あと……紹介文、僕が考えたんですよね。失礼なこと言って、すいませんでした」

「おう。金輪際人を見た目で判断するんじゃねーぞ」

「肝に銘じます」


お前だったのか。

まぁ、時と場合によってはそういう遊び心も必要だ。

いけ好かない野郎だが、いい司会だったぜ。


(それにしても、こんなことが起こるとはな)


落下する照明から、身を挺して守る。

まるで主人公みたいなことしちまったよ。……ラッキースケベもあったし。

無傷にできなかったのが脇役補正ってことなんだろうけど、

だったらケガするのは俺にしてくれよ。


「大丈夫か、雫!」

「雫ちゃん、具合どう?」


透と穂積も来た。

今思えば、ケガしたのはこの二人になっていたのかもしれない。

……冷や汗出てきた。本当に危なかったな。


「うん、藤田君のおかげで助かったよ」

「悪いな。怜二の野郎がケガさせちまって」

「藤田君は何も悪くない。藤田君がいなかったら、私はもっと酷いケガしてた」

「捻挫したのは怜二のせいだろ? この野郎、ふざけ……」

「それ以上言うならバラすよ。コンテストに私を……」

「うん、怜二は悪くないな! よくやった怜二!」


自分に被害が及びそうになった途端に手の平返しやがったな。

いっそお前の番で頭に直撃すれば、衝撃でその腐った根性どうにかなったかもしれん。


「ねぇ、雫ちゃん。雫ちゃんって怜二くんと付き合ってたんだね」

「えっ……?」

「3ヶ月前っていうと、ゴールデンウィークの頃?

 私、全然知らなかったよ」


おっと、これはまずいな。

その点についての説明は、俺がさせてもらおう。


「鞠、それなんだけどさ。コンテストに出る為の嘘だ。

 俺と水橋は、別に付き合ってねぇよ」

「え、そうなの?」

「あぁ。もしそうだったら、水橋がお前に話してるだろ。

 普段と比べておかしかったのは、ただの演技だ」

「確かに、何か雫ちゃんっぽくないなーって思ったけど」

「そういうことだ。な、水橋?」

「……う、うん」


憑依を演技の派生形と考えれば、説明がつく。

変な勘違いさせて、水橋に負担かける訳にはいかねぇしな。


「そりゃそうだろ。お前と雫が付き合える訳がねぇよ。

 今回のことはともかくさ、お前のどこに雫と釣り合う要素があるんだよ?」

「まぁ、無いな」

「だろ? 例えばさ、俺みたいにカッコいいとか……」

「バラすよ?」

「いや怜二もカッコいいよな! うんうん!」


こいつは自分に関する利害でしか動かねぇのか。

マジで頭に衝撃与えようかな、今この場で。

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