70.カップル成立?
休憩所に戻ると、穂積の姿が無かった。
そこにいるのは、スマホをいじってる透だけ。
「ただいま。鞠はどうしたんだ?」
「ついさっきお花摘みに」
「そうか。ほら、希望のワッフル。200円だから明日返せよ」
「分かってるって。覚えてたら返す」
「お前ん家行くから。用意しとけ」
「はいはい」
買ってきたものを置き、さっきまで食べていたものの容器を片付ける。
テーブルに汚れは……少し。立つ前に拭いとかないと。
この後、中央ステージでイベントがあるらしい。
ローカルバンドのライブとか、その辺の低予算な感じのものが中心だが、
今年はそこそこに大きなイベントがある。それは。
(浴衣コンテストねぇ……)
参加条件は男女カップル。浴衣の似合う美男美女を決める大会とのこと。
上位には賞品が出るし、参加賞もある。
透と穂積は出るんだろうか。どっちも容姿は完璧だし、甚平と浴衣似合ってるから、
結構いいとこまで行けそうなもんだが。
「んじゃ、そろそろ時間だし行くか」
「待て、鞠が来てないだろ」
「よく見ろよ。参加登録の締め切りもうすぐだろ?」
「あ? ……あぁ、浴衣コンテストの? 手洗いぐらいすぐに終わるだろ」
締め切りまでは、まだ猶予がある。
穂積の帰りを待つくらいの時間は、十分にあるんだが。
「行こうぜ雫。俺とお前が組めば、優勝決まりだ!」
……は?
「鞠と出るんじゃないのか!?」
「え? まー、うん。それもいいかもしれねーけどさ、画的に映えるじゃん?」
「お前……! 大体、お前と水橋は別にカップルじゃねぇだろ!?」
「こんなもんノリだよノリ。その場限りでいいんだっての」
「だとしても、鞠に申し訳ねぇって思わないのか!?」
「大丈夫だって。鞠なら分かってくれるから」
こいつ……勉強会以降、水橋から距離置いてたと思ったが、まだ諦めてねぇ。
こんな馬鹿げた真似してまで、接点持とうとしてやがる。
「じゃ、行こうぜ!」
「私、出るつもりない」
「出ちゃえば流れだよ! ちょっと出るだけだから!」
「穂積さんに悪い」
「だから大丈夫だって言ったろ! 鞠なら分かってくれるっての!
折角浴衣着てるんだから、楽しもうぜ!」
顔を見るまでもない。水橋が困っている。
ここは止めに入るのが当然だ。
「透、無理強いはやめろ。水橋が出たくないって言ってるんだから、
本人の意思を尊重しろ」
「何言ってんだよ。逆だ逆。本当は出たい癖に、変に遠慮してるだけだって。
な? そうだろ?」
「違う。こういうの、出たくない」
「はいはい分かってる分かってる、そういうのもういいから。
浴衣着て来たのも、コレに出る為だろ? そうだろ?」
「違う。浴衣は関係ない」
「じゃあ何で浴衣着て来たんだよ? 折角だろ?」
「お祭り、浴衣で来たかっただけ」
「やっぱりコレ出たかったんじゃねぇか! 決まり!
俺と一緒にコンテスト出て、優勝かっさらおうぜ!」
……全てのことを、自分に都合良いように解釈してやがる。
なら、俺が徹底的に否定するしかねぇな。
「さっきから勝手言うな。水橋の気持ちを変に解釈するんじゃねぇ」
「いやいや、そんなんじゃねーよ。雫って無口じゃん?
本当の気持ちを俺が出してやってるだけだっての」
「バカ言え。んな事言ってるなら察せ。水橋が嫌がってるって」
「あのさー。俺は神楽坂透だぜ? 怜二と違って、その辺読むの上手いの。
今まで会った女、みーんな俺の思ってた通りだったんだからよ」
それは事実ではあるが、お前がウザい程に絡むから、流されただけってのも多いぞ?
はっきり言って、お前は相手の気持ちを慮るのがドのつく下手糞だ。
お前の容姿が普通以下だったら、とことん嫌われてたからな?
透は引き下がりそうにない。
だが、穂積が戻ってくるか、締め切りまで時間が稼げればいい。
どっちもそうは時間かからないだろうし、こうして口論になっていれば……
「あ! あの二人どうです!?」
「おぉ、いいじゃないか!」
突然、二人の男が俺達を指差した。
大学生ぐらいの若い男と、口髭を蓄えた初老の男。
両方とも、この祭りの実行委員である証の腕章をつけている。
「ちょっといいかな! 君達にお願いがあるんだ!」
「何ですか?」
「急で悪いんだけど、この後にある浴衣コンテストに出てくれないかな?」
「……え?」
よりにもよって、このタイミングで!?
というか、何でそんなことになった!?
「実は、このコンテストはシークレットゲストを呼んでたんだ。
それを目玉にしようと思ってたんだけど、ドタキャンされて。
今の所、参加者が正直微妙なのばっかりでさ。盛り上がりに欠けるんだよ。
お茶を濁すにしたってもうジジババしか見当たらないし、どうしようかって。
だからさ、お願い!」
「すまんが、ワシを助けると思って一肌脱いで欲しい。
どうか、お願いされてはくれんだろうか」
「いいですよ。どうせ出るつもりでしたし。な、雫?」
「本当か! 恩に着る!」
……時間さえ、稼げればいいと思ってたんだが。
どうやら、透の主人公補正がそれを許さなかったらしい。
目当ての女子とお近づきになる為のイベントは、神が用意してくれる。
こんなレアケースもレアケースな事態だって、簡単に引き起こせる。
「そういう訳だから、人助けと行こうぜ!」
「だったら、穂積さんと……」
「もう時間無いッスよね?」
「時間も無いし、君達みたいな逸材、もう見つからないよ!」
「な? いいだろ?」
クソっ、何でこうもこいつは都合いいことばかり起こすんだよ!
でも、こうなっても俺のやるべきことは一つだ。何とかして時間を稼ぐ!
「だから、さっきから出たくないって……」
「……分かりました。出ます」
「ありがとう! 助かるよ!」
「えぇっ!?」
水橋!? お前、本気で言ってるのか!?
人目につきまくる、こんな目立つイベントに参加する気でいるのか!?
「じゃ、エントリー用紙あるから書いて!」
「おう! 優勝貰ったな、雫!」
大丈夫、な訳がない。水橋は確実にパニクる。
透が何しでかすかも分からねぇし、こんな大舞台……
「神楽坂君、私、出るとは言ったけど、君と出るなんて言ってない」
「へ?」
……?
水橋、透の持ったペンを取って……
「それじゃ書いて、れーくん」
俺に渡して……え?
れーくん、って…………
………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????




