69.分かってなかった
手提げ鞄から風呂敷を取り出し、あっという間にスイカを包むと、
呆然とする親父や、尊敬や羨望の眼差しを後にして、水橋(と俺ら)は立ち去った。
「雫ちゃん凄いね! あんなところにある景品取るなんて!」
「最後の輪だったから、適当に投げたら入った」
ちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ、こういうことがあるかもとは思ってた。
そうしたら、本当にやってしまうとは。
女神様の起こす奇跡には、毎度驚かされるばかりだ。
「重くないか? よかったら持つけど」
「大丈夫。持ちやすいように包んだから」
あまり見たことのない包み方だが、確かにちゃんと持ち手ができている。
こういうのも知ってるのか……俺、菓子折り包むのすら怪しいんだけど。
「そんなこと言うなって! じゃあ、俺が持ってやるから!」
透が割り込んで、水橋の手を掴んだ。
本人が持つって言ったから、俺は任せたんだが……おいおい、大分強引だな。
そこまでやったらありがた迷惑だろうが。
「荷物になるから、いいって」
「遠慮すんな! 重い物は男に持たせりゃいいんだよ!」
引き剥がすか。けど、思いっきり手を掴んでるからどうするか。
無理に引き剥がすと水橋にもケガさせ……あれ、何か嫌な予感。
「そんなに引っ張ったら……あっ!」
「うぉっ!?」
スイカが水橋の手から離れた瞬間、無理に引っ張っていたせいで、
透が後ろにバランスを崩しながら、スイカを落とした。
「っと!」
「お゛っ!」
近づいておいたのは正解だった。何とか、地面に落ちる前にスイカをキャッチできた。
透はそのまま背中から倒れた結果、鈍い音を立てて屋台骨に後頭部をぶつけたけど。
「大丈夫か?」
「あ゛ぁぁぁぁぁ…………」
後頭部とうなじを押さえながら悶絶。
相当勢いよくぶつけたから、声にならないほどの痛みだと容易に推測できる。
全く、何やってんだよお前は。
「あー……雫ー、急に離すなよー」
「離したんじゃなくて離させたんだろ、お前が。
人の持ってる物を無理やり引っ張るんじゃねぇよ」
「持ってあげようとしただけじゃーん。何でこんなことになるんだよー……」
自分が悪いとは一分たりとも思っていないご様子で。
どんだけ図太い、いや図々しい神経してたらんなことのたまえるんだ。
「透、これで冷やして」
「サンキュ。……あー、ようやくマシになってきた」
穂積がどこかで濡らした手ぬぐいを受け取り、頭に当てる透。
痛みを抑えるついでに頭冷やしてくれるといいんだが、
それくらいの分別があったら、最初から苦労してねぇか。
休憩所に戻り、4人でたこ焼きやお好み焼き等をつつく。
親父とお袋には言ってあるから、本日の夕食はここで済ませる予定。
「祭の粉物って高すぎるよなー。原価の何倍ふっかけてんだよ」
(金を一切出してないお前が言うな)
それでからに、食う量だけは一丁前だからな。
食うなとは言わんから、多少は遠慮しろってもんだ。
「お祭り価格なんてそんなもんだろ。家で食うよりうまく感じるし」
「不思議だよね。『楽しい』と『美味しい』って連動するのかな?」
「かもなー。雫、これ食う?」
「いらない」
さて、水橋は……若干、うんざりしてる感じだな。
さっきの件を筆頭に、透に会ってから明らかに疲れてる。
ここは……一旦、距離置くか。
「デザート買ってくる。何か食いたいものあるか?」
「ワッフルあったよね? あれがいいな」
「俺も! それとチョコバナナとかき氷と……」
「一人一つ。絞れ」
「んじゃ鞠と同じでー」
「はいはい。……水橋、悪いけど買うの手伝ってくれねぇか?」
「いいよ」
「じゃ、荷物の見張り頼んだぞ」
「あいよー」
表情や動きから心理を読み取るのは得意だけど、実際はどうかの確認も兼ねて。
ここでちょっと、中間チェックとするか。
「……神楽坂君、何がしたいの? できることなら帰って欲しい」
(だよなー……)
予想通り、いや予想以上に辟易していた。
そりゃそうだよな。主人公補正のない透はただのウザくて迷惑な男だ。
水橋の気を惹こうとしてるんだろうけど、そのどれもが迷惑。
「穂積さんいなかったら、ボクほっといてるからね。
穂積さんは何も悪くないけどさ……」
「お疲れ。デザートどうする?」
「もう一通り回ったかな……あ、ポップコーンがまだだった。甘い系ある?」
「えっと……キャラメル味があるな」
「じゃ、それにする。あとチュロス買おうかな。ボクと穂積さんの分。
藤田君にもあげたいけど、一人だけハブると神楽坂君に色々言われそうだし……
戻る前に食べきれる?」
「ちょっと無理があるな。その予想は合ってるし、俺の分はいらねぇ。
気持ちだけ貰っとくよ」
「ごめんね」
透の分を買うつもりは一切ないらしい。それくらいには嫌っている様子。
あいつに自覚は全く無い。言うつもりはないけど、気づけ。
キャラメルポップコーンの甘い香りにうっとりしてる、水橋の笑顔を曇らせるな。
「藤田君、今日は本当にありがとう。ボク、お父さんとお母さん以外で
誰かと一緒にお祭りに行くの、初めてなんだ。お兄ちゃんは体弱いし、
ずっと、友達いなかったし。……楽しいね、お祭りって」
この夏祭りで水橋の周りにいるべきは、本来ならたくさんの友達。
俺の居場所は、良くてその大勢の中のどこか。それが脇役には関の山。
友達としてでも、隣にいることができるなんて、夢にも思ってなかった。
「ボク、穂積さんや八乙女さんの他にも、友達作りたい。
たくさん友達作って、来年はみんなでお祭りに行きたい。
これからも、色々迷惑かけちゃうと思うけど……宜しくね、藤田君」
今はまだ、友達の範疇から出ることは夢のまた夢だけど、
『彼氏』として、水橋の隣にいるたった一人になりたい。
……いや、なってみせる。
「あぁ、任せとけ!」
水橋。俺はただの一度として、お前を迷惑だと思ったことはない。
むしろ、俺の方がやたらと迷惑かけちまってる。
こんな俺でよかったら、いくらでも迷惑かけてくれ。
どんな望みだって、叶えてやるからよ。
「ふふっ♪ ……あ、藤田君。穂積さんにチュロス買ったら、
神楽坂君にも一口あげちゃうかな?」
「間違いないな。下手すりゃ半分は食いそう」
「どうしよ……まさか神楽坂君に食べさせないでって言うわけにもいかないし、
これだと藤田君だけ食べられないよね……」
「別にいいって。そこまで食いたい訳でもないし」
「うーん……」
気にしなくていいんだけど、水橋はそうは思わないらしい。
こう思われるのは嬉しいが、重荷にはなりたくない。
「……そうだ。ちょっと待っててね」
お目当てのチュロスの屋台に、水橋が向かった。
チュロスを2本買うと、その内の1本を俺に向けて。
「あーん♪」
何のためらいもなく、俺の口元に突きつけた。
(……あれ、これデジャヴ?)
この状況、既に一回経験してる。
時間的には水橋がフリフリのワンピースを着た5月そこらで、
場所的にはスイーツに定評のある喫茶店で。
で、俺が一口食った後、水橋は普通にこのチュロスを食うだろうから……
あれ、2度目の間接キスじゃね?
「いいのか?」
「いいよ。一口だけならガブっとどうぞ♪」
「……あぐっ」
先端から2cm程を、なるべく短時間で噛みちぎる。
この状況を長いこと続けたら、変な勘違いされる可能があるし、
ここに透と穂積以外のクラスメイトが来ていないという保証もないし。
「あれ、もっといってよかったのに」
「これで十分。さ、戻ろうぜ」
「うん。……あむ」
やっぱり何の疑問も無く、俺が食った部分を口の中へ。
大好きな甘い物だけあって、心底幸せそう。
水橋。俺にチュロスを食べさせようとする気遣いはしなくていいから、
間接キスということに関してもう少し頓着してくれ。