68.息するように奇跡
色々言われる前に、まずは先に言っておくか。
「いやー、うまいことバイト空けられた。店長に感謝しねぇと」
「そりゃよかったな。っていうか、何で雫と一緒なんだ?」
問題はここから。
頼むぞ水橋。うまいこと話合わせてくれ。
「ついさっき会ってさ。軽く回ってたんだ」
「へー。お、水橋は浴衣か。似合ってんじゃん?
けど、なーんか地味だなー。もっとパーッとした方がいいよな?」
「……私はこれがいいって思ったから、これに決めた」
「え、これ雫が決めたの? あー……まぁ、これもこれでいいよな!
雫くらい可愛けりゃ、何だって似合うし!」
初手から見事にしくじったよ、この主人公様は。
補正かかってないことに気づいてないと、そうなるんだよ。
「お前、一人で来てんの?」
「いや、鞠と一緒。今は焼きそばとジュース買いに行ってもらってる」
「先輩と八乙女は?」
「雲雀先輩は、コンテストが近いから執筆に集中したいってことでお休み。
つかさは今日は超回復の日ってことで、休息一本にしたいんだと」
俺が透に着いて行ったら、こいつと穂積の分の買出し要員に使われてたんだろうな。
で、俺が抜けた分は穂積にやらせると。……多少は自分で動けよ。
「そうだ。折角だし一緒に回ろうぜ!」
この誘いも至極当然。一緒に歩くだけなら何の問題もないとは思うが、
それだけで済むはずがないし、はっきり言って一緒に歩くのも嫌だが、
断るのに丁度いい理由が浮かばない。
市民プールでの件を出した所で、水橋がいる以上粘るだろうし。
「お待たせ! ……あっ、雫ちゃんに怜二くん!」
加えて、ここに穂積が一緒となると断るのも悪い気がしてくる。
穂積も浴衣で来ていた。桜模様を散らした薄く桃色がかった白い浴衣。帯は濃いピンク。
髪型もいつもと違いポニーテール。留めるのに使っているのもリボン。
容姿と柄の関係で大人っぽくは見えないが、普段の可愛らしさが更に増している。
「二人も来てたんだ」
「……うん」
「俺は来れると思ってなかったけどな」
「そうなんだ。じゃ、ここからは4人で回ろっか」
提案どころか、決定事項らしい。こうなるともう回避できないな。
といっても、穂積にとっては自然なことなんだろう。
問題は透がこれに乗じて、何かしら企んだ場合だ。
穂積が一緒にいるなら、そう大胆な行動には出ないとは思うが……
「うん、いいよ」
「まぁ、人数多いほうが楽しいしな」
あまり疑ってかかるのは、行儀がよろしくない。
だが、透がはっきりクズだと分かった今、懸念を抱かずにはいられない。
どうあれ、水橋だけは何としてでも守る。
「あっ!」
「ざーんねん。一匹もすくえないとは、嬢ちゃんも下手っぴだねぇ」
「うぅ……」
ポイがモナカの金魚すくいは、紙と比べて難易度が高い。
いくら手先が器用な穂積といっても、簡単にすくうことはできないだろう。
「もう一回やるか?」
「ううん、いいや。私じゃできそうにないし」
「そうか。それじゃ今度は何にすっかなー」
透と穂積の後ろを着いて行くようにして、俺と水橋が歩く。
ここまで、殆ど前の二人を追いかけるだけではあるが、
水橋の手にはリンゴ飴が握られてるし、俺もかき氷を食ってるから、
全くの手持ち無沙汰という訳ではない。
「見て! 輪投げやってる!」
ブルーシートの上に様々な景品が並ぶ、輪投げの屋台。
手前にはお菓子やラムネ、缶ジュースとかの入れやすいものが並び、
奥の一段高くなったところには、米や扇風機といった大型の景品が並んでいる。
これも、お祭りではよく見かける露店の一つ。
「透もやる?」
「面白そうだな。俺もやるか」
「それじゃ、二人分お願いします」
「あいよ、二人分は200円だ」
それはそうと、さっきから気になっていることがある。
透はここに来てから、ただの一度として財布を出していない。
全部、穂積に金を出させている。
「透、お前金はどうしたんだ?」
「いやー、ちょっと忘れちまって。
どうしようかなって思ったんだけど、穂積が出してくれるって」
「……立て替え、だよな?」
「んー……まぁ、言われたら返すわ」
裏を返せば、言われなければ返さないということ。
穂積は嬉々としてお金を出してるし、性格からして言いそうにない。
「言われなくても返せ。もうそこそこ出させてるだろ?
この前のバイトもあったし、それくらいあるよな?」
「はいはい。ま、機会があったらそうするわ」
言っても無駄だということは分かっていたけども。
感謝の心すら、こいつからは感じ取れない。
「水橋、やるか?」
「うん」
「じゃ、俺もやるかな。すいません、こっちも輪投げお願いします」
俺と水橋は、当然それぞれの財布からお金を出す。
水橋の財布は黒のがま口。普段使いのものも持ってきてるらしいが、
お祭りで使うのは小銭だけだろうということで、海さんから渡されたとのこと。
なお、その中身には海さんからと思われるお小遣いが大量に入っていた。
「さて……」
渡された輪は3つ。
手前のお菓子類だと2回入れば浮くってところか。
その奥にはプラモデルの類があるが、興味あるものはないし、更に奥の景品は無謀。
サイズ的に輪が入らないから、景品の手前にある長方形の箱に入れればいい訳だが、
生まれてこの方、あの距離に入れたことも無ければ、入るのを見たこともない。
後ろにちびっ子達が控えてるし、さっさと投げるか。
(……ネタにもならんな)
結果、スナック菓子1個。
何とも俺らしい、凡庸な結果に終わった。
穂積はお茶の缶とチョコスティックのお菓子を1つずつ獲得。
透は奥の景品を狙ったがかすりもせず、残念賞の駄菓子となった。
「おっさーん。これ本当に入るのー?」
「入る時は入る。入らない時は入らない。そんなもんだ」
「ちぇっ」
大型景品は、技術より運が重要。
となれば主人公補正が働くかと思ったが、大撃沈と。
数メートル先の箱にこんな小さい輪を入れるとか、どうやって……
「「「おぉーっ!」」」
突然、辺りがどよめいた。
何が起こったのかと思ったが、その理由はすぐに分かった。
店の奥にあった、スイカの手前にある箱。
そこに、すっぽりと輪っかが入っていた。
「……嘘、だろ?」
店の親父が、青白い顔をしている。
箱に引っかかってるだけだったり、箱が倒れたらアウトだが、
そこに入った輪はしっかりと、ブルーシートの上まで落ちていた。
「頂けますか?」
その声は、俺の隣から。
……またか。またこの女神様は、偉業を達成してしまったのか。
「どうか、見逃してもらう訳にいかねぇか?」
「そういう訳には。ルール、ですよね?」
「……仕方ねぇか」
誰もが予想だにしなかった、奇跡の投擲を為したのはやっぱり彼女、水橋雫。
数字合わせに続き、万分の一の可能性を見事に引き寄せた。