表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/236

66.え、心拍数? 祭囃子のちょっと上くらい。

夏祭り当日。持ち物は確認したし、虫除けスプレーもふりかけた。

可能な限りのオシャレ着を出して、身嗜みも整えた。

甚平は小さい頃に着た丈の短いものしかなかったから、普通の夏服だけど。


(水橋、浴衣で来るのかな)


見たいか見たくないかで言えば、めっちゃ見たい。

基本的に何を着ても似合うだろうけど、浴衣姿の水橋とか、

どんだけレアなんだって話。


あの時、海さんの問いに正直に答えてよかった。

それなりの心証がなければ、俺にボディーガードを頼むことはなかっただろうし、

もしかしたら水橋の浴衣姿が見られるかもしれない、という期待もできなかった。

加えて送迎までして頂けるというんだから、至れり尽くせり。

やらしい話、水橋の脇役としてはかなりの役得。


家の前で待つこと数分。以前、雨の日に乗せてもらったワゴン車が来た。


「こんばんは」

「おいっす、久しぶり! ほら乗れ乗れ!」

「では、失礼して……あれ、海さんだけですか?」

「安心しろ。これから戻って雫も乗せる。

 ……喜べ、雫は浴衣だ」


キター! テンション上がるわー!

海さん、本当にありがとうございます!


「君にはギリギリまでドキドキ感を味わって頂くということで、

 特別に、玄関からの登場シーンからお見せしてしんぜよう」

「……海さん、ありがとうございます」

「礼なら雫に言え。浴衣着たいって言ったのは雫だ。

 俺の懐の都合でレンタルだが、はっきり言おう。……ヤベェぞ」

「だと思います」


『水橋』がある時点で、どんな掛け算してもプラスにしかならないというのに、

『水橋×浴衣×夏祭り』とか、どうあがいても最高に決まってる。


「だからこそ、怜二というボディーガードが必要な訳よ。

 もしかしてさ、何か武道とか習ってる?」

「いえ、軽く護身術覚えてるだけです。

 だから、ボディーガードというには力不足ですけど、できるだけ頑張ります」

「謙遜すんなって。2対1で勝ったんだろ? いけるって」


弱い相手二人ならともかく、強い相手に通用する自信は全くない。

でも、信頼して頂けた以上、何としてでもやり通すしかあるまい。

ベストは問題が発生しないことだけども。



 

「じゃ、しばし待たれよ」


水橋の家の前に着き、芝居がかった声を出しながら、海さんが家の中へと戻る。

あと少し待てば、浴衣姿の水橋が来る。……ドキドキが止まらん。

頼むぞ俺の心臓、もう少し頑張ってくれ。水橋の浴衣姿を見ずに死ぬわけにはいかない。

いや、普通に大丈夫だとは思うけど、それくらいには鼓動が高鳴ってる。

……玄関開いた!


(………………はっ)


目を奪われた。

可愛いとか、美しいとか、そんな月並みな言葉じゃ表せない。

自分の語彙の無さが恨めしく感じる程に、水橋の浴衣姿は綺麗だった。


紺を基調とした、紫陽花の模様をあしらった浴衣。

僅かに赤みがかった黄色の帯を締め、頭には銀色のかんざし。

小さな手提げ鞄を持ち、カラン、コロンと下駄を鳴らして現れた。


学校での美しさと、素の時の可愛らしさ。

大人っぽくありながらも、どこか幼さも感じさせる雰囲気。

それら全てが、完璧に調和している。


「お待たせ。……藤田君? おーい?」

「……あっ、いや、その、えっと」

「落ち着いて。どうしたの?」


見惚れた。水橋の呼びかけの反応に遅れるくらいには。

これは……反則だ。こんなの、俺が隣にいていいものじゃねぇ。

俺だけじゃない。僅かにでも穢れたものを持つ存在が近づいてはならない。

そんな仰々しいことを考えてしまう程に、水橋の浴衣姿は神がかってる。


「浴衣、自分で選んだのか?」

「うん。色々悩んだんだけど、これが一番着たいって思った。……どうかな?」

「似合ってるよ。色と柄が、水橋の雰囲気と合ってる。

 それに、そのかんざしも綺麗だな。履物が下駄っていうのも粋だ」

「褒め過ぎだよ。……でも、ありがとう♪」


にっこりと微笑む。

……大丈夫だよな。俺、浄化されて消えたりしないよな。


「それじゃ行こっか。まずわたあめは絶対でしょ、かき氷も外せないし、

 チョコバナナにりんご飴も。あ、この時期なら冷やしパインも……」


よかった、水橋そのものは変わってない。

甘い物大好きな食いしん坊という部分は同じだ。

ありがとう。おかげで俺は落ち着きを取り戻すことができた。




あっという間に夏祭りの会場に着き、車から下りれば祭囃子が鳴り響く。

ステージを中心にズラリと並んだ出店と、これぞ夏祭りといった感じ。


「お兄ちゃん、体調は大丈夫だよね?」

「勿論!」

「じゃ、順番に回るか。ところで、海さんって結構焼けてますね。

 お仕事、外勤なんですか?」

「いや。思いっきり内勤の事務仕事」

「これ、蛍光灯で焼けたんだよね……」

「マジで!?」


初めて聞いたわ!

虚弱体質とは聞いたけど、肌もめちゃくちゃ弱いな!?


「生まれつき色々と抱えてるもんで。筋繊維とか、骨密度とか、色々少ないんだよ。

 でも何かの病気って訳ではないんだよな。小さい頃、その辺調べたらしいけど、

 医者曰く「君は貧乏くじを山のように引いたね」とのことで」

「気を抜くとすぐ寝込むから、心配で心配で」

「そういうことだから、もし俺から連絡無かったら、適当にタクシー拾って帰ってくれ。

 祭が終わる頃には、親父は飲んでるだろうしな。じゃ、楽しんでこい!」


そう言って、車に戻る海さん。

……え、ちょっと待った。


「海さん、お祭り来ないんですか?」

「人混み苦手なんだよ、酔うから。ということで、楽しむのはお若い二人に任せる。

 俺の体調が大丈夫なら、迎えに来るから安心しろ」


えーっと……今ここにいるのは、俺と水橋、そして海さんの3人だから、

そこから海さんが抜けると……


「それじゃ、宜しくね」

(……聞いてないぞ!?)


俺は、女神様と二人きりで夏祭りを回ることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ